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#009 社畜の受難

「今日も遅いですね、リッチーさん」


「私はまだ確認しておきたいことがあるからな。

 それより今の時間を遅いと認識しているのなら、君は帰るべきだと思うのだが」


 声を掛けてきた同僚の女性に振り向くことなく、PCの画面を見つめたままリッチーは答えた。


「うー。冷たいですねー。さすが仕事の鬼」


 彼女はちょっと頬を膨らませた。そして、それをふっと吐き出すと、


「でも、だからこのプロジェクトもうまく行くようになったんですよね。

 ホント、リッチーさんのアイデアも、それを実現する技術と熱意も凄いですよ。

 どうなることかと思いましたけど、今じゃわが社の売り上げに大きく貢献してますもんね」


 と、心底感心したように言った。だがその誉め言葉にもリッチーは何ら心と視線を動かすことはなかった。


「君が発案したカスタマイズサービスも随分と売り上げに貢献しているぞ。

 特に今まで主要な購買層では無かった女性の需要を掘り起こした。プレゼントやノベルティとしても使われるようになったな。

 それに顧客満足度も伸びた。素晴らしいアイデアだ」


 彼はカスタマーサービスからあげられた顧客の意見に、凄い速さで目を通しながら淡々と言った。


「え……。そんな風に言ってもらえるなんて、嬉しいです」


 思いがけないリッチーの言葉に、彼女はその比較的地味な顔をぱっと輝かせた。


 リッチーとしては彼のシステムの拡大に寄与した事実を淡々と述べているに過ぎないのだが、彼女は他人とそもそもあまり関わらない人からの思いがけない誉め言葉、と受け取ったようだった。


「えへへ。これ、私もカスタムで作ったんですよ。

 昔提案したけど、思いっきりダメ出しされてボツになったデザインなんです。私も気に入ってたし、彼氏もすごく良いねって言ってくれたから自信あったんだけどな。

 でも、自分と彼氏のだけとはいえ、復活させられて嬉しいです」


 彼女はポリポリと頬を掻きながら、はにかんだ笑顔で答えた。


「そうか。それは良かったな」


 彼女のそんな様子を見るではなく、PCのモニタをじっと見つめたままリッチーは事務的に応答する。


「はい。でも……。

 でも、これをプレゼントした後少しして、彼氏とは何て言うか、疎遠になってしまって。

 向こうは前から忙しかったんですけど、私もほら……最近これが売れてるおかげで仕事が忙しくなって、余計会えなくなることが多くなっちゃって。

 それで喧嘩して、そのまま連絡取らなくなって。仲直りしたいんですけど、電話もメールも無視されちゃって」


彼女は俯いて、自分の腕につけた活動量計を寂しげに見つめながら言った。


「そうか。それは残念だな。

 だがそういう相談なら他の人間にしてくれ給え。私は色恋沙汰には疎いから、有益な助言はできん」


 リッチーはキーボードを叩く手を止めること無く、さらりと答えた。その答えに、彼女は少し意外そうにリッチーを見た。


「えー? そんな事、ないんじゃないですか? 

 実は私、見ちゃったんですよ。リッチーさんが女の人と歩いてるところ。この前のお休みの夜、うちの近所で。見かけたけど声かけづらくて掛けなかったんですけど。

 ふふふ、なんか……ええと……存在感のある美人さんでしたね!」


 秘密を握ったことが嬉しいのか、それともうっかりプライベートの暗い話をしてしまった気恥ずかしさを振り払うためか、いたずらっぽい笑顔で彼女はリッチーをつついた。リッチーは眉間に皺を寄せる。


(く……見られるとはな。この間、ハピィと帰った時か……。

 しかし、存在感のある、とは上手く言ったものだ。おっと、感心している場合ではないか)


「見たのか。だが彼女はただの……ただの同居人だ」


 リッチーは努めて冷静に、相変わらずモニターから目を離さず確認を続けながら答えた。

「えっ!? 同棲してるんですか!? しかもご近所さんだったなんて!

 っていうか、だったらこんなところでいつまでも仕事してないで、早く帰った方がいいですよぉ。きっと彼女さん、待ってますよ! 絶対寂しがってますって!」


 彼女はリッチーの爆弾発言に驚くと、彼女を一人にするなとまくし立てた。


「君は何を勘違いしているのだ? その様な事は有り得ん。

 それにあの女なら今頃また下僕共と交流会と称して呑み歩いているに決まっている。

 そもそも家賃の都合で、同郷の者達と同居しているだけの事。君の期待するような関係では断じて無い」


 リッチーはため息を吐き、さも面倒くさそうに答えた。


「ふぅん……。まあ、そういう事にしておきますよー。

 じゃあ、私はそろそろ帰りますね。リッチーさんも、あんまり遅くならないようにしてくださいね! 彼女さんを大切に!」


 彼女はそう釘をさすと、ぺこりとお辞儀して帰っていった。


(全く、時間が惜しいというのに下らん話を。漸く帰ったか。これで作業に集中できる。

 しかしあの女、一体何のつもりだ?)


 もう一度大きくため息を吐き、傍らのコーヒーを飲み干すと、彼は作業を続けるのだった。

いつもお読み頂きありがとうございます。

朝更新すると何かアクセスが増えないので(誤差の範囲かもしれませんが)、夜にしようかな、と思ってます。

もしよろしければ、これからもお付き合い下さい。ご意見等、お待ちしております。

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