#007 屍術士の本領
「すみません、インクラートゥス・ヘルスケア社のリッチーと申します。こちらの202号室から通報があったのですが」
「インク……? ああ、見守りサービスの人かい? それに警察……。そうかい……202号室……こっちだよ」
検出通知を受け、警察の制服を着た――生前は本当に警官で、今でも警官として働いてはいるが――ゾンビを伴って、リッチーは兵士候補の住むアパートにやって来た。対応する大家であろう中年女性の顔が一気に強張った。自分のアパートの一室から死体が発見されるかもしれないともなれば、当然の反応だろう。
「誤検出の場合もありますし、間違って緊急通報ボタンを押してしまっただけの場合もありますから。
警察の方にも立ち会ってもらって……ああ、もし宜しければ私が確認しておきますよ。」
リッチーは口角を上げ、笑顔を作った。こうすれば大抵の人間、特に女性は彼の思い通りに動くものだ、ということを彼は学習していた。
「そうかい? 悪いねえ」
それを彼の厚意と取ったのか、単にその場から離れたかったので好機だったのか、彼女は足早に戻っていった。彼の思うつぼだった。
リッチーは鍵を開け、中に入る。恐らくつい昨日まで使われていたのであろう、筋トレグッズが整然と並んでいる。珍しく、全体に良く片付けられた部屋だった。
部屋の窓際に置かれたベッドには全身を硬直させた、物言わぬ男が横たわっていた。昨今、彼の徴兵に応じたものには珍しく、鍛えられた筋肉質な体を持つ、健康的な死体だった。彼は思わずほくそ笑んだ。
少し前に提供を始めたカスタマイズサービスを使って作ったオリジナルデザインであろう活動計を操作し、通報が誤報だった事にすると、すぐさま彼は魔法陣を組み、準備を整える。
「不完全なる生を捨て、共に不滅の死を生きん。甦れ! ソウル・ジェイル!」
力ある言葉に応え、男の硬直しきった体がゆっくりと起き上がり、彼の横に立った。成功だ。邪魔さえ入らなければ、彼の屍術は必ず成功した。彼は10回に1度成功するか否かの凡百の屍術士とは違うのだ。
満足気に嗤う彼の耳に、ばたばたと走る複数の足音と、それを咎める先ほどの大家の声が飛び込んできた。
「気配を感じて来てみれば……貴様屍術士か!! そこで何をしている!!」
ドアを勢いよく開けて、14、5くらいの威勢の良い少年と、同い年くらいの少女が入ってきた。黒い髪に意志の強そうな鳶色の瞳の、詰襟を着た少年がリッチーを睨みつけた。
「ネクロ……何だって? 君は何を言っている?
勇者ごっこなら他所でやってくれ給え。私は仕事で忙しいのだ。まあ、それももう終わったが、な。
では、内藤さん。誤報という事で処理しておきますね。ああ、今日はしっかり休んで下さい。お大事に」
勇者には取り合わず、あくまで一般人を装いリッチーは彼の新しい配下を振り返る。
「エエ……。ゴ心配ヲオ掛ケシテ、申シ訳アリマセン」
先ほどまでの硬直が嘘のように、彼の新兵は滑らかに頭を下げた。
「勇人、どういうこと!? 間違い、だったの? それに、警察だっているよ!」
緩い天然パーマのかかった、暗い茶色の長い髪をポニーテールにしたセーラー服の少女が困惑した様子で少年に尋ねる。
「間違いなんかじゃない! 二人ともこいつが操っているんだ!
俺の聖剣で、早いとこ片付けねえと!!」
いつの間にか、少年の手には輝く聖剣――というには小さく、ナイフといった方が適当――が握られていた。
(あのナイフ、精霊の加護を感じるが、魔法か? 元の世界の憎き勇者とは違うが、こいつも勇者なのか……?)
リッチーは戸惑ったが、ここは下手に戦わない方がいいと判断した。強化ゾンビと作ったばかりのゾンビでも十分対応可能とは思うが、油断はできない。それに、今後を考えれば騒ぎになるのは避けたかった。
「おやおや、物騒だな。人の家に勝手に上がり込んで、刃物を振り回して脅すとは。
不法侵入に銃刀法違反、恐喝もか? 下手をすれば傷害も、だ。そうでしょう?」
リッチーは配下の警官に目くばせする。
「貴様こそ!」
少年はナイフをリッチーに向けた。
「私は仕事で来ているのだ。許可も取っている。見ての通りに、な」
凄む少年に、リッチーは余裕を持って答えた。
「勇人! こいつ、倒さなきゃいけないんでしょ!? 話してる場合じゃないよ!
アンデッドは火に弱いわ! 全員まとめてあたしのファイアーボールで、火球的速やかに解決しましょ!」
火球と可及を掛けた少女の洒落は、頭の悪い勇人には通じず、ノリの悪いリッチーには顧みられなかった。
「お嬢さん、仮に魔法が使えたとして、だ。そんなことをすれば火事になる。
せっかく無事だった彼を含め、このアパートに住む無辜の人々を消し炭にする気か?
馬鹿な事は止め給え」
「くっ……!」
「ごっこ遊びは卒業する年ではないのか?
大体、仮に勇者だとしても、君達は勇者である前に市民だろう? 法律は守らねば」
リッチーは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、諭すようにゆっくりと彼らに言った。どうしていいか分からずに二人はただ怒りに震えていた。
「ちょっとアンタ達! ダメだよ! 勝手に上がり込んで!
それで……リッチーさん、だったかい? どうなんだい?」
ようやく、大家がやってきて、恐る恐るリッチーに尋ねた。
「ああ、大家さん。申し訳ありませんね、お騒がせして。
いや、誤報でしたよ。活動量計を付け忘れてしまったんですね。それでバイタルサインが届かなくてアラームが鳴ったようです。
今日は体調が悪くてすっかり寝込んでいたから、呼びかけにも気づかなかったそうです」
「オ騒ガセシテ、スミマセン」
「そうだったのかい。良かったよ!
ところでアンタ達、どこの学校だい? 名前は?」
「聖ウルバヌス学園中等部2年、一社 勇人だ!」
「同じく宇井 千衣子よ!」
大家に問いかけられ、二人は何故か胸を張って答えた。その堂々とした名乗りに、尋ねた大家も大いに戸惑った。彼女は、てっきり彼らが後の事を恐れて答えられず、逃げ出すと思っていたからだ。
「そ……そうかい。じゃあ迷惑行為ってことで、学校の方に通報しておくよ」
「えっ……!? そ、それは困るっ!
頼む、黙っててくれ……下さい。すぐに、帰りますからっ!!」
「学校にだけは言わないでっ! ごめんなさいっ! お騒がせしましたっ!!」
やはり学校に言いつけられるのは極めて都合が悪かったらしく、少年たちは慌てて帰っていった。何とか切り抜けられたことに、リッチーはほっと胸をなでおろした。
「あの二人、何だったのかねえ。全く困った子達だよ!
だけど、良かったよ。内藤さんが無事でさあ。確認ありがとうね」
二人が去った後、大家がリッチーに話しかけてきた。彼女は、入居者がまだ生きていると信じきっており、その表情は安堵に満ちていた。
「いえ、仕事ですから」
リッチーは小さく首を振った。
「あ、そうだ、ちょっと待っててくれるかい?」
大家はそう言うと、自分の部屋に走っていった。少しして、小さな紙袋を持って戻ってきた。
「良かったらこれ、食べてみてくれないかい? 筑前煮だよ。沢山作りすぎちゃってねえ」
彼女はその紙袋をリッチーに手渡した。中を覗くと、タッパーの中に何か茶色い煮込み料理らしきものが見えた。
「ありがとうございます。日本の家庭料理ですか? 楽しみです」
楽しみでも何でもなく、全く欲しくもなかったが、無下に断り心象を悪くして今後に差し支えても面白くないと、彼は笑顔を作って受け取った。
「では、失礼します」
紙袋を提げ、足早に去っていくリッチーの背中に、大家の女性は笑顔で手を振っていた。
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あまりにも反響が無くて心が折れそうですので、何卒。
もう一作品連載してますので、よろしかったらそちらもお読み頂けると嬉しいです。