#002 屍術士の苦境
「で? お主ら調子はどうじゃ? 結局この国――日本、とか言ったか?――を我らの第二の故郷とする計画は進んでおるのか?」
仮想世界で誰かの国を征服し終え、満足気な魔王がふと思い出したように配下の三人に尋ねた。
「ハッ! お聞き下さい魔王様。このドラコ、屋敷の主が後生大事に抱えておった大量の“そのうち大いに役立つ宝”を、彼奴が不在の隙に我が炎のブレスで焼き払ってやりましたぞ。屋敷の主のみならず、周りの住人共も大いに恐怖に震えておりましたぞ!」
ドラコは前脚で器用に草臥れた新聞紙を広げ、地域面を魔王に見せた。そこには地元では有名だという、所謂ゴミ屋敷が全焼、という記事が写真入りで載っていた。
「ほう。新聞に載るとは! ドラコ、流石だのう!」
魔王は新聞をちらりと見て満足気に笑った。読まないながらも一応新聞をこの世界の権威ある情報媒体と見做している彼女にとって、それに載った事実は賞賛すべきことだった。ドラコは褒められて気を良くしたのか、尻尾をぶんぶんと激しく振った。
「あらドラコ、記事では堆積物同士が何らかの反応を起こして熱を持ち、それが引火したのではないか、と推測されていてよ? 本当に貴方がやったのかしら?」
得意気なドラコの手から新聞を奪い取り、ハピィがクスリと嗤った。ドラコはぎろりと彼女を下から睨み上げた。そんなドラコを上から一瞥すると、すぐに彼女は科を作って魔王に微笑みかける。
「魔王様、そんなことよりハピィは今日も沢山の人間の男共を下僕にしてきましたわ! ライブは満員、CDは完売! 写真撮影は長蛇の列でしたわ‼ これで今週も牛丼を生卵付きで食べられますわよ‼」
得意げにハピィが豊満な胸をそらすと、胸を含めた色んな肉が揺れた。
「素晴らしいのう、ハピィ。余は温泉卵を所望するぞ!」
魔王の口の端が、蛍光灯の明かりにきらりと輝いた。
「……で、リッチー、お主はどうなのじゃ?」
魔王と、他の二人の視線がリッチーに突き刺さる。
「ええと……その……野生動物のゾンビを使い住民共を恐慌状態に……」
「小学生の間で気味が悪いと噂になっていたな。ああ、我はゆーとにーちゃん、とやらが猫のゾンビを倒したとかいう噂も耳にしたぞ」
背中に冷たいものを感じながら答えるリッチーを、ドラコが嘲笑した。
「こ……今月はカイゼン活動の報奨金という臨時収入が……」
「あら、三千円? ハピィのライブの入場料といっしょですわね☆」
何件も何件も、業務効率化を図るために書き連ねたアイデアで勝ち取った報奨金が地下アイドルのライブ入場料一人分にしかならないことに、リッチーは唇を噛んだ。
それを見たドラコがわずかに目を細めた。爬虫類の表情の変化は分かりづらいが、恐らく嗤っているのだろう。
「リッチー、もっと別の職を探したらどうだ? その綺麗な顔を活かして“ほすと”とかな。女が大枚をはたくのだろう? 三丁目の宇井家がそれで凄絶な夫婦喧嘩をしておったわ」
ドラコの意見を聞いたハピィはあきれ顔だ。
「あらドラコ、それはむりですわ。だってリッチー、下戸だし陰気だし愛想が無いし、それにホストをやるには年が行き過ぎてますわ。第一生身の人間を嫌うあまりに屍術に手を出し、あげく魔族の仲間入りした男ですのよ? 死体にしか興味のない男に、生身の女を悦ばせられて? 顔より誠意とサービス精神ですわ」
言いたい放題の二人の幹部に、リッチーは何も言い返すことができなかった。
魔王軍の幹部としてこの世界に与えた害の大きさはドラコに劣る。そしてサラリーマンとしての彼の収入はハピィの足元にも及ばないのだ。
(死体さえ……活きの良い死体さえあれば……)
リッチーの薄い唇に、うっすらと血が滲む。
何千、何万の死体を操ることができる彼も、操るべき死体が無ければただのひ弱な美形だった。
そして、この現代日本で死体を手に入れることは極めて困難だったのだ。
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