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#103_屍術士とテレワーク

「魔王様! いよいよ【ろっくだうん】が来ると看守どもが噂しております。如何致しましょうか」


 黒光りする鱗を持つオオトカゲが全速力で、たった今仕入れたばかりの噂話を魔王に届けた。真紅の瞳で、彼の主をじっと見上げて反応を待っている。


 元の世界では幾多の人間を屠った魔竜のドラコも、今やただ監獄のそこかしこで噂話を集めて魔王に届けることが日課の、可愛いペットのオオトカゲになり下がっていたのだった。


「ほう……金網デスマッチか、楽しそうじゃの。余は最前線の席を所望するぞ」


 報告を受けた黒髪に金の巻角を生やした幼女が、金色の目を細め愉悦の笑みを浮かべる。なんだか偉そうではあるものの、くすんだ灰色の囚人服に、全員分の薄い座布団を積み重ねて作った玉座の上、という状況では台無しだった。


 その姿からは、彼女がかつて別の世界を支配した魔王だとは全く想像できない。


「恐れながら魔王様、ロックダウンはプロレスの興行ではありません。都市封鎖です。感染拡大を防ぐため、既に各国で実施されております」


 青白い、端正な顔の銀髪の男がひざまずき、彼の主を見上げて生真面目にその間違いを正した。


 元の世界では屍術士だった彼、リッチーは、人間の死体をとある方法で集め、ゾンビとして再生させ、魔王と共にこの世界の人間を襲撃した。


 だが、それも【異世界対策特別室】の前にあえなく失敗し、逮捕されてここに収監されたのだった。


「ふ……ふん。都市封鎖(ロックダウン)が実行されれば大人しくしておられぬ馬鹿どもが出歩く。それを取り締まるために官憲が出動する。それが気に食わん血気盛んな奴らが暴力に訴え……ほぉら、デスマッチであろう? そういうことじゃ」


 魔王は配下の指摘に動揺すまいと努めて平静を装い、否、返って自信たっぷり得意気にそう応じた。


「さすがにここではそこまでの事態にはな――」


「流石魔王様! このドラコ、ご慧眼に恐れ入るばかりッ!」


 困惑顔のリッチーを遮り、ドラコがぶんぶんと尾を振って嬉しそうに褒め称えた。彼は追従(ついしょう)したわけではなく、真に魔王の発言を素晴らしいと思っているらしかった。


「とはいえ、すでに収監(ロックダウン)された我らには関係ないかのう」


 魔王がくっくっ、とくぐもった笑いを浮かべた。


「いっそのこと、このチャンスに監獄破りするのは如何ですの?

 最近じゃハピィのステージも開催自粛を()()されましたから、もうこんな酷い食事を我慢してここにいることもありませんわ。

 ハピィ、ピザとかパフェとかメガ盛り牛丼とかが食べたいですの」


 だぼだぼの囚人服を着た、ピンクのウェーブの掛かった髪をした美しい女が、バサバサと背中の白い羽根をはためかせ、甘い声で不平を言った。


 規則正しい生活と、適度な作業と運動、そして何より栄養管理された食事のおかげで、彼女は元の世界での華奢な体を取り戻しつつあった。囚人相手や、監獄が地域住民向けに行うイベント時に開催を許可されるステージは、地下アイドル時代以上に盛り上がっていたのだ。


 因みに囚人服のサイズが合っていないのは、背中の羽根のためにそれが特注であり、そのせいで体形の変化に合わせて取り換えられることもなく、入所当時のままだったからだ。服の隙間から覗く彼女の白い肌が見たいがために誰かが阻止している、という説がまことしやかに囁かれてはいるが。


「ふん、ハルピュイアなぞ所詮鳥か。何がお前をあの体形にしたか、全く覚えておらんとは」


 リッチーがせせら笑った。怒ったハピィが飛び掛かるが、その質量と共に力を失った彼女になら、ひ弱な美形のリッチーも何とか対応できた。


「お前達何をしている! ……全く困った奴らだ。何でこいつらを特別待遇にして、一か所に集めたのか……。それより今日に限って普段の担当が病欠で自分にお鉢が回ってくるとは……。

 おっと、愚痴を言っている場合じゃなかった。リッチー、急げ! 面会だぞ!」


 丁度面会を告げようとこちらに向かっていた職員が、彼らの喧嘩する声を聞きつけて足早にやってきた。


「何故リッチーに面会が? 貴様に訪ねて来るものなどあるのか?」


 ドラコが怪訝な顔をした。だが当のリッチーはそれ以上に怪訝な顔をしていた。残念ながら彼にもその自覚はあった。唯一接点のあった会社の同僚は、彼のゾンビに襲撃された被害者であるし、今更面会に来るはずもなかったのだ。


「なんじゃなんじゃ、楽しそうじゃのう、余も面会に行きたいぞ」


「何を言っているんだ! 面会はリッチーだけだ、後の者は大人しく――」


「そう、カタイこと言うものではなくってよ? 融通の利かない男は嫌われますわ」


 ふわり、とハピィが鉄格子から手を伸ばし、職員の胸に指を這わせる。その美貌と美声で人々の心を狂わせてきたハルピュイアに、ただの公務員が抗えるはずもなかった。


「あっ……はい……じゃあみなさんも……」


 熱に浮かされたように呟いて、職員は彼ら四人を引きつれ面会室に向かった。



「給食の差し入れかの? 余はソフト麺を所望するぞ」


 分厚いガラスの向こう側にいる男を見て、魔王がはしゃいだ。


 リッチーに面会に来たのは布マスクで顔を隠した男だった。身に纏う、恐らくオーダーメイドであろう高級そうなスーツとそのマスクは、恐ろしい程不釣り合いであった。


「いえ、残念ですが規則により差し入れは、できないのであります。今日、わたくしは、この未曾有の危機を乗り切るために、国民の皆さんに協力をお願いしたく、やってまいった次第であります」


 男は立ったまま、面会室のカウンターに両手を付き、向こうとこちらを隔てるガラスギリギリまで上体を乗り出して、ゆっくり、はっきりと、言葉を区切って語りかけた。


「なんじゃ、ソフト麺はないのか」と気落ちする魔王。

「どこぞの答弁のようだな」と冷めたドラコ。

「国民だったらハピィは捕まっていませんわ」と不法滞在で捕らえられたハピィ。


 そんな三人とは対照的に、一人リッチーだけは満足そうに高笑いを浮かべている。


「フ……フフフ……ハーッハッハッハ! そうか、分かったぞ。私の力が必要なのだろう?

 ようやく理解したか! あの決定の後では遅きに失した感はあるが、まあ、遅くともやらぬよりは良かろうというものだ。さあ、わが力、存分に(ふる)ってやろう!」


 突然ファンタジー感――というよりは所謂厨二感――全開になった囚人の様子に、男は困惑を浮かべた。


 異世界からの闖入者、という事は事前に聞いていたものの、標準的な日本のサラリー(しゃちく)マンとして働いていたと異世界対策特別室室長の管林(かんばやし)から報告を受けていたので、普通に会話ができると期待していたのだった。


「わたくしが参りましたのは、あなたのお力を借りに、その、あなたが開発した、健康管理システムの機能強化を、要請するため、なのであります。えー、インクラートゥス・ヘルスケア社に確認を致しましたところ、システム面は専ら既に解雇したリッチー氏が開発していたとのことでありまして、引継ぎなどは一切しておらず、メンテナンスで精一杯で、まことに遺憾ながら、機能追加はできないため、本人に頼め、とのことでありました」


「…………」


 こういうのが流行りの異世界系(クールジャパン)なのだろう、とさっさと片づけ、男は冷静さを取り戻し要件を伝える。


 その態度に、今度はリッチーが色を失い、面会室の椅子に力なく崩れ落ちた。本業そっちのけで、副業の方で依頼されようとは想定外もいいところだった。他の三人の可哀想なものを見るような視線が、彼にさらに追い打ちをかけた。


 が、男はリッチーのそんな様子は微塵も気にせず続ける。


「そのため、服役中のあなたを訪ねてきたのであります。通常の作業に替えて、システムの強化を要請いたします。勿論、ただいまは外出を自粛頂いておりますので、テレワーク環境――」


「リッチー、そんたくじゃ。そんたくするのじゃ」


 男の話をじっと聞いていた魔王が、キラキラと目を輝かせてリッチーの服の裾をくいくいと引いた。


「恐れながら魔王様、忖度も何も依頼内容をはっきり言っておりましたが……。

 しかしこんな顔も見せぬ奴の依頼を受けるなど――」


「余の気持ちを察してくれると嬉しいのじゃがのう。

 おっと、そんな嫌味を言いたいわけではないのじゃ。ともかくこの依頼を受けよ、リッチー」


 真剣に頼みこむ魔王の金色の瞳に、彼は主人の意図を探るべく考えを巡らせていたが、不意にパン、と手を打った。


「……! そうか、ここで恩を売り、取引で外に出るのですね!

 分かりました、オンライン残業でも何でも、この私にお任せあれ!」


 主の意図を完全に読み取ったと思いこんだリッチーは得意満面に答えた。珍しくキラキラと輝いている配下の灰色の瞳に、魔王は視線を泳がせる。


「……いや。残業はせんで良い。寧ろするな。そうだ、時短勤務にしろ。というか残業前提で仕事を受けるな。

 余はネットに繋がるPCが入手できればそれでよいのじゃ。フフフ……who(だれか)が推奨したらしくてな、ネットゲーム各社は限定イベントやアイテム配布など、サービスが良いのじゃ」


「…………」


「我々の要請に応じて頂き、感謝の念に耐えません。では早速、追加要求について緊急検討会議をはじめたいと思います」


 全くもって自分の勘違いだったことに項垂れるリッチーに、言質を取った男はこれ幸いと畳みかける。


「時計型活動量計によって、個人情報には配慮した上で健康状態を素早く収集し、体温が高い等体調が優れないと見做される場合には、本人に注意喚起するとともに、収集した健康状態のビッグデータから感染予測を行い、かつ行動を追跡し、感染経路の特定、及び濃厚接触者の特定と速やかな通知に役立て、さらに音声対話により専門機関の受診方法や行動指針の案内、感染状況の展開、健康に配慮した献立や室内で出来る運動の紹介、一人で寂しい場合の対話AI――」


「待て、思い付きで要求を並べ立てるな。まず優先順位を決めろ。必要な機能から開発しよう」


リッチーが慌てて遮った。そして、


「そうだな、まず健康指標の収集と位置の追跡は今でも出来る。

 収集したデータの分析は……私は死亡の検知にしか使ってなかったからな、追加が必要だ。そっちの専門家でチームを組め。

 後、これはあくまで時計型活動量計だ。高機能とは言え表示にも、処理能力にも限界がある。健康指標と活動データの収集に特化するべきだな。

 注意喚起はこっちに追加した方がいいだろう。だが他はスマートフォンなりなんなりでやれ。既存のサービスへの追加なり、海外のサービスのローカライズなりで対応可能ではないか?」


 と、バッサリと切って捨てた。日本の伝統的サラリーマ(しゃちく)ンにあるまじき顧客への配慮のなさに男は鼻白んだが、返す言葉も浮かばずにただ黙っていた。


「やっぱりリッチーさん、仕事の鬼ですね。スイッチ入ったみたいで、よかったです」


 かちゃり、とドアが開き、地味目の若い女性が笑顔で、でもどこか寂しげに言いながら面会のカウンターに近づいてきた。


「君は……」


「姫子です。河合 姫子。もう、可愛い後輩の名前くらい、ちゃんと覚えて下さいよ」


 驚くリッチーに、姫子はちょっと膨れてみせた。彼女は活動量計の開発メンバーであり、そして彼が起こしたゾンビによる襲撃の被害者でもあった。


「どうして、ここに?」


「このプロジェクトに参加するように説得しろって要請されたんです。あ、でも強制じゃなくって、もちろん私もそうしたいって思ったから来たんです。でも、必要なかったですね」


「何故、そんな……」


「そりゃあ、あんなことをしたリッチーさんのこと、許せませんよ。

 でも、今の危機に役に立つ力も持ってるんです。だから、今度はそれをちゃんと良いことに使ってほしいなって。

 仕事、引き受けてくれて……社会復帰に向けて頑張ろうって思ってくれて嬉しいです。一緒に、がんばりましょう!」


 姫子はにっこりと、屈託なく笑った。どうしていいか分からずに眉根を寄せるリッチーを、ニヤニヤと他の三人が見ていた。その視線に気付いたリッチーは、


「……ふん。河合君一人いたところでどうにもなるまい。追加機能の開発に、ユーザ増加に対応したサーバの増強、セキュリティ対策、それにメンテナンス対応にだって人はいる。私も時短勤務を命ぜられた以上、以前のような無理をするわけにも行かん。……いや、それよりそもそも活動量計本体の生産はできるのか?」


 つんとした調子で問いただした。


「本体の方は大丈夫です。調子にのって増産態勢を整えたら、リッチーさんの事件のおかげで売れ行きが落ちて在庫がだぶついてた感じなんです」


 姫子が笑顔で笑えないことを言った。だが今に限れば、良かったと言えよう。


「人員に関しましては、今回の件で失業や内定取り消し等された方を中心に、雇用を進め――」


「素人をプロジェクトに突っ込むな。残念だが頭数が揃えば出来るわけではない。

 生きている人間の育成など私には出来ん。能力のある経験者を集めろ。新人も勘の良い者でチームに一人くらいの割なら、彼らが育成できるだろう」


 リッチーがぴしゃりと男に釘をさした。


「前向きに検討致します」


 男が堂々と、相変わらずハリのある声で検討すると答えたので、リッチーは満足したらしく引き下がった。その様子に、やれやれ、と魔王が首を振る。


「あー、余はこれ知っておるぞ、『机に積んでおく』、という意味じゃ。中々思うようには進まんもんじゃのう、お互いに。

 とは言え協力せぬ、といえば姫子が悲しむでな。協力はしよう。じゃがのう、余の臣下が不眠不休のデスマーチの末に、元の世界に転生しても困るでな。

 まー、仕方ないの、仕事は一日八時間までじゃ。それ以上は知らん。その範囲でやれ。どうじゃ?」


 彼女は飄々と言いつつも、その金色の瞳はあくまで威圧的に、有無を言わさぬ様子で男を見上げている。そのただならぬ気配に、男が頷きかけたその時、


「でもそういえば、これって要するにみんなを監視して行動制限しちゃうんですよね? 管理側にメリットはあっても、管理される側にはあんまりない――デメリットの方が大きい――って思っちゃうんじゃないですかね?

 うーん、みんな受け入れてくれるかな、最近はすぐにSNSで炎上しちゃうし……」


 姫子が腕を組んで小首をかしげ、心配そうに言った。彼女には何も悪気はなく、ただふと気づいた事を述べたに過ぎない。だが、彼女を除く全員は、凍り付いたように動かなくなった。


「……本件は持ち帰り、関係者と十分な協議の上で、何らかの処置を致す所存であります」


 いち早く平静を取り戻した男はそう告げて、くるりと踵を返した。


「えっ……ちょ、待て、ネット環境はおいていくのじゃ!!」


 魔王が慌てて叫んだが、男が振り返ることはなく、彼女の悲痛な声だけが面会室に響き渡ったのだった……。

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