#102 屍術士と白き暗殺者(後編)
「はーい、じょうずにつけましたねー!
じゃ、次の方どーぞぉ!」
沢山の人に体験してもらう以上、一人当たりの搗く回数など二、三回といったところだった。円滑に進めるためには仕方がないのだと、姫子は心を鬼にして、もっと搗きたそうにしている男の子から杵を回収する。
「フフン、漸く余の番が回ってきたようじゃの」
「あ、重いから必ずおとなの人と一緒に持ってね!」
得意げに、一人で杵を持とうとした女の子に、彼女は慌てて釘をさした。
「ち、仕方ないのう……。まあ良いわ。我らの力、見せてやろうぞ」
ニット帽を目深にかぶった黒髪の幼女が、にやりと嗤って傍らに立つ浅黒い肌の屈強な大男を見上げた。彼はこくりと頷くと、杵に軽く手を添える。
「そーれ! ぺったん! ぺったん!」
姫子の声に合わせて、幼女は楽しそうに男と一緒に杵を振り下ろしていた。その様子を、リッチーの灰色の瞳が捕らえる。
(あれはまさか、魔王様……? だが、だとしたらあの隣にいる巨漢は誰だ?
いや、大体魔王様は来ないと仰っていたし、あれはきっと他人の空似。私の見間違いだ。そうに違いない)
彼は首を振り、浮かんだ不穏な考えを必死に振り払った。
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(……やはり素人に搗かせると理想通りには仕上がらぬか。もっとコシと粘りが欲しいところだったが)
餅つき大会で搗きあがった餅を台に拡げ、一人分ずつにちぎって丸めながらリッチーはため息を吐いた。
「あっ、ダメですよリッチーさん! もっと小さくちぎらないと。小さい子やご年配の方がのどに詰まらせたら大変ですから! 健康器具の会社で事故なんて、絶対だめですからね!
あー、えっと、ひょっとして意外に不器用なんですか? 仕方ないなあ、ここは私がやりますから」
その様子を見て姫子が口を尖らせると、慌てて餅の大きさを調整した。
(くっ……それでは意味がないではないか! 食べにくいからいいのだ! この女、邪魔をしおって!)
リッチーが鬼の形相で睨みつけている事には気づかず、彼女はてきぱきと餅をまるめていく。
「あ、そういえば、万一の時のためのリヴァイヴ、ちゃんと用意できてます? ちょっと、確認してもらっていいですか?」
「蘇生魔法……?」
ふと思い出したように彼女が呟いた、彼の敵とでも言うべき呪文と同じ音に、リッチーは驚きの目を向ける。
「え? もう、困りますよ! この間講習会とかもやったじゃないですか! 開発2課が作ってる、窒息の応急処置用の手動吸引機ですよ!
さてはリッチーさん、忙しいからって講習会サボったんですね!」
姫子は頬を膨らませてリッチーを睨む。
「……あ、でもよかった。ちゃんと準備はされてる。使い方、分かりますか? ちゃんとマニュアル、見といて下さいよ! 何かあってからじゃ遅いんですからね!!」
彼女は器具が備えられているかを自分で確認すると、リッチーに言い含めた。
(ち……蘇生魔法ではないにしろ、こんなものまで用意しているとはな……。今回の計画は失敗か?
いや、気づかれる前に……もしくは応急処置をするふりをして屍術を使い、我が配下に変えてしまえば問題ない!)
思わぬ伏兵に驚くリッチーだったが、それも大したことではないと思い直した。
「さ、それじゃお餅、配りましょう!」
リッチー達は、行列を作り、無料のつきたて餅を今か今かと待ち受ける人々の所へ向かった。
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「なんじゃ、ずんだはないのか。残念じゃのう。まあ良いわ。ならばきなこにしようぞ。
フフフ……見ろ、これだけちょっと周りのより大きくてお得な感じじゃ。儲けたの」
「魔王様のご慧眼、感服仕りますな。では我はあんこを」
餅を配るリッチーに気づいていながら声を掛けるでもなく、魔王が嬉しそうな笑みを浮かべてきなこ餅を取っていった。隣に立つ体格のいい、浅黒い肌の壮年の男も、その赤い瞳でリッチーを一瞥しただけで、あんこ餅を満面の笑みで取ると去っていった。
(な……やはり魔王様か! だが本当に誰だ、あれは……?)
リッチーは魔王の傍らに立つ眼光鋭い謎の大男に戸惑っていたが、それも餅を待つ列を処理することに押し流された。
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「何とか配り終えましたねー。これで何もなければ、イベントも無事終了ですぅ!」
最後の一人を見送って、嬉しそうに姫子が呟いた。その呟きにリッチーは眉をひそめる。
「そういうフラグを――」
「おい! ちょっと嬢ちゃん大丈夫か!」
「誰か! 誰か来て!」
「しっかりなさって下さい!!」
言いかけたリッチーの耳に、沢山の慌てた声が飛び込んできた。
「ほら見たことか!」
忌々し気に振り返ると、青い顔で首筋を押さえる黒髪の幼女の姿があった。先ほどの大男が彼女の背中を叩いているが、上手く回復させられないようだった。
「……って魔王様? 魔王様! くっ……しまった、こんな事ならきちんと使い方を――」
「あっ、こんな時こそ早くリヴァイヴですよ! 取ってきます」
後悔するリッチーを尻目に、姫子が急いで救命器具を取ってくると、てきぱきと処置をした。
「ごほっ、ごほっ。はあ……はあ……。
ふう……川の向こうから先代魔王に呼ばれたような気がしたが……気のせいかの」
盛大にせき込むと、魔王がパチリと目を開け、そんな事を呟いた。
「魔王様! ご無事でしたか!」
「魔王様! 良かった!」
「二人とも心配をかけたな。
誰かが蘇生魔法を唱えるのが聞こえたが……この世界にそんな高等魔法を使えるものがいたとはのう」
駆け寄る二人に魔王は微笑みかけた。だが、リッチーは自分の準備不足で彼女を助けられなかったことに胸を痛めるばかりだった。
「しかし、確かに死の危険を冒してまでも食べたくなる味ではあったが、それでもこのような人を死に至らしめる食物を皆平然と食しておるとはの。この国の者共は勇気があるのじゃな。蘇生魔法の件も含め侮り難いのう。
我らの計画も、見直さねばならぬかもしれぬな」
この国の攻略は難しいのかもしれないと、幼女は大きくため息を吐いた。
「はー、無事でよかったですぅ!
お餅って毎年事故が起きるし、何か一部ではサイレントキラーとか呼ばれちゃってるくらいですからね、最強クラスに危険な食べ物なんですよ。小さい子やお年寄りは特に注意が必要です。
お嬢ちゃんも、今度からは気を付けてね」
ほっとした顔で、姫子は魔王をぎゅっと抱き寄せ頭を撫でた。
「ぬ……サイレントキラー……? リッチー、貴様確かこの間そんな事を言っていたな? まさかこのために……? おのれ、魔王様の暗殺を企むとはなんという事だ!! 屍術士風情が受けた恩を忘れおって!!!」
魔王の傍らに立っていた屈強な大男が、怒りに肩を震わせ凄い形相でリッチーを睨みつける。
「え……? 断じて違う! 私はただ一般人を我が配下に変えようとしていただけだ! 魔王様が巻き込まれたのはただの偶然! 大体私は来るなとあれほど――」
「結果的に貴様のせいだ!」
「ちょっと待て! 話せば解る!!」
「問答無用!」
二人の壮絶な追いかけっこの結末は不明だが、翌日リッチーは突発有休をとることになった、ということだった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
皆様もお餅にはくれぐれもお気をつけ下さい。
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