#101 屍術士と白き暗殺者(前編)
季節ネタです。時系列的には本編終了より前のつもりですが、あまり気にしないで楽しんでもらえればと思います。
「どうしてですの? どうしてハピィがトリでは無くて、あんな並み以下の容姿と歌唱力の小娘共の寄せ集めの前座なんですの?
しかも持ち歌を歌えないなんて! 何ですの日本のお正月っぽい歌を歌えって。年の始めから試されてますわ! めでたくも何ともないから、ハピィがこの世に終わりをくれてやりますわ!!」
背中の白い翼を怒りに震わせながら、並み以上の横幅でなければ絶世の美女と言っても過言ではない有翼人が憤る。
「ハピィ、例、だ。恒例行事、くらいの意味だ。誰もお前を試してなどいない」
カタカタとキーボードを叩き、PCにその冷たい灰色の目を向けたまま、銀髪の男が呟いた。
「リッチー、うるさいですわ! そんなこと知ってますわよ! このハピィを自分の歌う歌詞の意味すら知ろうとしない怠惰な歌い手と思っていらして? 馬鹿にするなですわ!
冗談の通じない男は嫌われましてよ!」
リッチー、と呼ばれた男の余計な一言に彼女はますます立腹したようだった。彼女はその太い腕に力を込めた。
「ハピィ! 八つ当たりで我の鱗を剥がすな!
フン、この様子、SNSに上げてやろうか? 動物虐待など炎上間違いなしだ! お前の下僕共がどう思うだろうな! 抱き合わせ販売すらされなくしてやるぞ!」
彼女の膝の上にがっちりホールドされ、真っ黒な鱗をひっぺがされそうになっていたオオトカゲが、真紅の瞳でぎろりと彼女を睨みつけた。
「やめんかハピィ。魔竜の逆鱗に触れるものではないぞ?」
ため息交じりに、漆黒の髪にくるりと巻いた金色の角を持った幼女が彼女を宥める。
「魔王様……でも……」
ハピィがはっと息をのみ、その拘束が緩まった瞬間に、素早くドラコは彼女の元から逃げ出すと主君である幼女の足元に侍った。
「一体どうしたのじゃ? 申してみよ」
「どっかの会社の新春販促イベントに呼ばれたのですわ。盛り上げるためにアイドルのステージをやりたい、って。なのにハピィはメインじゃないんですの!」
彼女は一枚の紙を魔王に差し出した。イベントのチラシだった。そこにはかわいらしいアイドルユニットの写真と、彼女達のステージの時間がが大きく宣伝されていた。ハピィの名前は、と言えばその傍らに小さく書かれているだけだった。「うたって いわおう おしょうがつ」という主に子供向けらしいステージのようだ。
「成程のう、それはさぞかし悔しかろう。
じゃがハピィ、誰もが知っている唱歌は粗が目立つでな。真に歌唱力のあるものにしか務まらぬものじゃぞ。
プログラムがどうであろうと、お主の歌声で魅了してやればよいだけのことじゃ。お主がお主をメインにするのじゃ。伝説に名高いハルピュイアの歌声、無知蒙昧なる人間共に思い知らせてやるがよい」
幼女は優し気な笑顔で力強く語りかけた。
「魔王様……! わかりましたわ! ハピィが間違っておりました!!」
その言葉に感銘を受けたらしいハピィが、目を潤ませて主君を仰ぎ見た。
「しかし、インクラートゥス・ヘルスケア社 新春お客様感謝祭? どこかで見たような名前じゃな。……そうじゃ、リッチー、これはお主の会社ではないか?
と言うかさっきからお主何を調べておるのじゃ? コメの銘柄がどうとか、蒸し時間がどうとか、道具は温めておくとか、力が何N必要とか、返し方がどうとか、ぶつぶつ呟いておるが……」
「ああ、煩わせて申し訳ございません、魔王様。私は白き暗殺者の殺傷力を更に高める方法を探しておりました。
此度のイベントで人間共に存分に味わわせてやろうと思いまして。これを利用して、我が配下を増やす所存にございます」
「中二感が溢れすぎたワードで何の事やらわからぬが、まあ何か屍術関連かの。正月から熱心なことじゃな。ならばやってみせよ。
じゃがこのイベント、楽しそうじゃのう。何やら伝統行事も含まれておるようじゃし、食べ物もあるし、無料じゃし、余も参加しようかの」
イベントのチラシを見て、魔王はワクワクした様子で言った。その様子にリッチーはあからさまに狼狽えた。
「え……? その……お止め下さい魔王様。恐れながら今の魔王様はこちらの世界の子供のお姿。お一人で出歩かれては人間共が不審に思いましょう。官憲に通報されるやもしれませぬ。私もハピィもイベントに参加してしまいます故……」
「ふむ。まあお主の言い分も一理あるか。
会社の人間に見られた時に恥ずかしいし関係を説明するのが面倒なだけという気がせぬでもないがの。まあ良いわ。余もお主の邪魔はしたくないでの」
見抜かれている、とは言え魔王が大人しく引き下がったらしいことに、リッチーは胸をなでおろした。
「……ふふふ、では奥の手を使おうかのう。頼むぞ、ドラコ。
なぁに、魔力も宝玉も、都合はつくでな。安いものじゃ」
再びイベントの準備のために画面に集中し始めたリッチーには、何かを企む魔王の不敵な笑みも、それに応えるドラコの獰猛な瞳も目に入らなかった。
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「意外とお子さん向けのステージ、盛り上がってたみたいですよー。特に小さい子と一緒に来てたおじいちゃんおばあちゃんに好評だった、って。歌の女神が舞い降りたとか。私は見れなかったですけど、確かに歌声はすっごいキレイでしたよね!
実はアイドル事務所さんに頼んだらバーター? で押し付けられた感じだったんですけど、すごい人だったんですねー。むしろあの後のアイドルさんの方がちょっとかわいそうでしたよー」
イベントステージが終わって、次のイベントである餅つき大会の準備のため、杵と臼をお湯で温めながら、リッチーの同僚である女性社員の河合 姫子が彼にそう話しかけた。彼女がもたらしたハピィの情報に、リッチーは思わず苦笑する。
「女神ではなく魔物の類だがな……」
「え? 何ですか?
あ、そうだ、そんな事よりもち米、蒸し上がりました? そろそろ時間ですから始めないと!」
「ああ、完璧だ。申し分ない」
もち米を少しつまみ、固さの確認をしてリッチーは自信たっぷりに答えた。
(そう、蒸し加減は完璧だ。後は上手く搗きさえすればいい。そうすれば……)
「じゃあ、早く始めましょう! ほら、もうみんな並んで待ってますからね!」
リッチーが何故だか嗤っているのは気にしないことにしながら、姫子が促した。彼女の指さす方向を見れば、沢山の家族連れが、日本の伝統行事であるものの、今では家庭で行うことはすっかり難しくなってしまった餅つきを子供に体験させようと長蛇の列をなしていた。
読んで頂きありがとうございます。1/5 夜に後編を投稿します。
ところで冒頭でハピィが話題にしているのは一月一日という歌です。
私はずっと歌詞を「年の始めのお正月」だと思っていましたが、違いました。
皆様の忌憚のないご意見・ご感想お待ちしております。