#015 リッチーの未来
「良かろう」
管林の提案に魔王は即答した。それには三人の配下も、そして当の管林も驚いた。
「魔王様! 何を仰るのです! こ奴らに下るなど言語道断!
この世界を征服し、我らのものとすれば済むだけの話にございます!!」
驚きから抜け出し、いち早く抗議したのはリッチーだった。
「おやリッチー、そなたがそんなに征服に熱心だとは思わなんだぞ。
大体、元の世界でそなたが余の下にいたのは、その方が研究に都合が良かったからじゃとばかり思っておったぞ? ゾンビの調達と実験にうってつけじゃからな。今回もそうではないのか?」
魔王は口の端を吊り上げ、皮肉を込めて大げさに驚いてみせた。図星を指され、リッチーは狼狽えた。
「おっと、余は別に責めてなどおらぬぞ。それはそれでよい。そなたがどう考えておろうが、余の望みを叶える役に立つのならそれでよいのじゃからな」
そんな様子を彼女は軽く笑い飛ばす。
「魔王様の望み……。それは、人間共を滅ぼし我らの世界を作ることではなかったのですか?」
リッチーが縋るように魔王を見つめて問いかけた。ドラコとハピィも、それに頷きながら魔王に視線を投げかける。
「そうではあったが、正確ではないのう。余の望みは我らの居場所を作ること。
元の世界で余が戦っておったのは、我らの居場所が奪われていたからじゃ。人間共は我らには何一つ譲ろうとしなかった。故に滅ぼすことにしたのじゃ。
じゃが、こちらの世界は義務を果たす限り、我らも暮らしてよいと言っておる。余は余の仲間が楽しく、幸せに暮らせれば十分じゃ。少々窮屈なところもあるが、思ったより悪くはない」
魔王はきっぱりと答えた。その顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
「人間共を追い詰めた魔王様のお言葉とは思えませぬ! あんなせせこましい、退屈な暮らしが幸せなどと!
愚か者共に彼我の如何ともし難い力の差を見せつけ、屈服させるあの瞬間を、魔王様は愉しんでおられると思っておりましたのに!」
信じられないとでも言うように、リッチーが畳みかける。
「相手を出し抜き戦に勝つ喜びは、仮想世界でも得られたしのう。余はそれ程退屈でもないぞ。
それにリッチー、まあお主は単に力を取り戻すためだったのかもしれんが、毎日遅くまで商品開発しているお主は何だかんだ言うて楽しそうじゃったぞ。結果はともかく商品やサービス自体は喜んでいた人もいたのではないか?
ハピィ、ドラコもな。お主等も結構馴染んでおったではないか」
魔王の言葉に、三人は顔を見合わせた。皆それぞれ、今までを思い返し思案していた。
「そうですわね。下僕共がハピィの歌を待ってますわ」
「漸く我と戦うに相応しき戦士の卵を見つけたところです故、奴の成長を待たねば」
魔王の言う通りかもしれない、と思い始めている二人に、リッチーは首を振る。
(楽しい? しがないサラリーマン生活が? 私はただ、屍術士としての力を取り戻したかっただけだ。漸く取り戻し、これからなのだ。こんな世界の生活など、私は――)
「ふう。お主思ったより頑固じゃのう。
過去の栄光に縋らず、現在と真摯に向き合うのが、良き未来を生きる秘訣ぞ?
お主は天才じゃろう? その才能と努力で屍術を極めたように、こちらの世界の、新しい何かとて極められるのではないか? 我らには時間がたっぷりあるのじゃしの」
魔王が満面の笑みで言った。その笑顔に、リッチーははっとして、
「新しい何か、ですか……。
確かに私は、取り返すのに必死でこちらの世界を見ていませんでした。探してみるのも、よいのかもしれませんね……」
半分は自分に言い聞かせるように、魔王に応える。
「話がまとまったようで何よりだ。
だが先程も言ったように、まずは罪を償ってもらいつつ、こちらの世界について必要なことを学んでもらうぞ」
ずっと静かに様子を見守っていた管林が、努めて冷静に、威厳を持って言ったが、その声や表情には安堵が含まれていた。
「監獄送りか。まあそれも一興じゃ。普通の市民の生活をしておっては中々入れるものでもないしの。それに……クフフ」
何か思うところがあるらしく、にやにやと嬉しそうな魔王に、リッチーはいつもの冷静な目を向ける。
「恐れながら魔王様。魔王様一押しのドラマのようには行かないかと存じます。
それにドラマのマネなどつまらぬこと。誰かの後追いなどせず、新たな道を作ってこそ魔王様かと」
そう言ったリッチーの顔には、自然に笑顔が浮かんでいた。
「ハッ、言うてくれる。そうじゃな。余は余じゃ。お主等、しっかりついて来るのじゃぞ!」
「喜んで!」
高らかに宣言する魔王に、リッチー、ドラコ、ハピィの三人は明るく返事をするのだった。
これにて完結です。最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
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