#013 天才の矜持
しばらくゾンビに囲まれたまま押し合い圧し合いした後に、どうにもならないことを悟ったのか人々は大人しくなった。
「見ているか? 人間共。こやつらを解放して欲しくば余の仲間に会わせよ。
さもなくば我らの勢力が増すだけじゃぞ?」
魔王が自撮り棒を片手に、スマホに向けて不敵な笑みを浮かべた。ぐるりと人質の様子を映しながら、一度音声を切ると、
「見ろリッチー、PVがうなぎ上りじゃ。コメントが一瞬で流れるわ。広告収入はざっと……くふふ、笑いが止まらぬのう」
と、満面の笑みで言うのだった。
「恐れながら、魔王様。リアルタイムの犯罪動画に報酬が支払われるものでしょうか? 規約に抵触するのでは?」
だが、リッチーは冷静に突っ込む。
「くっ……、は、はは、そんなことは分かっておるわ!
これはただの“撒き餌”じゃ。さて、目当ての獲物は釣れるかのう?」
ツッコミにもめげずに魔王は再び不敵に笑った。彼女の内心は知る由もない。
「やいお前ら! 人質なんて取ってどうするつもりだ! 今すぐ解放しろ!!」
ふいに、上から高らかに叫ぶ声が響いた。
「ほう、誰か来たようじゃな。何者かのう?」
魔王が見上げると、さっきまで彼女達がいた通路から制服姿の少年と少女がこちらを睨みつけていた。
「お前は、この間の屍術士! それに、この邪悪な気配……まさかお前が魔王かっ!?
人々をこんなひどい目に合わせて、一体何のつもりだ!!
勇者として、この一社勇人が退治してやる!!
とうっ!!!!」
びしっと指を突き付け、少年は高らかに叫ぶと、そのままひらりと飛び降りた。少女も後に続く。
「何じゃ外道か。つまらぬ。
それにしても、先刻全世界に向けて宣言したというのに何を今更。自称勇者、とんだ情弱じゃの。
余はそちに興味はない。とっとと失せるがよい」
魔王は盛大にため息を吐き、しっしっ、と手を振った。勇人の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「何だと――」
「勇人! 落ち着いて!! まずはゾンビの方を何とかして人質を助けないと!
あたしが新たに習得した敵グループ対象の上級火炎魔法でゾンビを倒すから、勇人は魔王と屍術士をお願い!!」
勇人の傍らにいたポニーテールの勝気な感じの少女が謎の説明口調で彼を宥めた。
「千衣子、ありがとう。俺、つい熱くなっちまって! 悪い癖だな。お前がいてくれて助かったぜ」
鼻をこすりながら、勇人は千衣子に少し照れくさそうに礼を言った。
「いいよ、仲間でしょ? さ、行くよ! 炎の精霊、サラ――」
「やめておけ。たとえお前の魔法が私の兵士だけを対象とするものであったとしても、炎は炎だ。ここで使えば燃やしきる前にスプリンクラーが作動し今以上の大惨事だぞ?」
呪文を唱えようとする千衣子を遮りリッチーが嗤う。
「あ……しまった……。濡れたら服がべったり貼りついて……
いやぁあああ!!! 大惨事だよ!! この屍術士、なんてド変態なの!!!」
千衣子は頭を抱えて叫んだ。悩む千衣子に、勇人が力強い笑顔を向ける。
「大丈夫だ千衣子! むしろ好つ――いや、操っている本体を倒せば、それで終了だ!
出でよ、我が聖剣!」
「勇人……。ありがとう! 頑張れ! 勇――」
キラキラした目で勇者を見つめる千衣子を、魔王が後ろから自撮り棒で殴ると、そのまま彼女を床に倒し、棒で首を絞め上げた。カクリ、と力なく倒れる千衣子に、リッチーを倒すことで頭がいっぱいの勇人は気づかなかった。
「死ね! 屍術士!! くらえ必殺――」
勇人が大振りに聖剣――というよりはナイフ――を振り下ろそうとするが、さっと割り込んだゾンビがその強化された力でナイフを持つ勇人の手首を掴み、攻撃を止める。
「えっ……!?」
驚く勇人の顔は、すぐさま苦痛で歪んだ。ゾンビはそのまま距離を詰めつつ、股間、鳩尾と流れるように蹴りを叩きこむ。
「ぐっ……」
洗練された動きで急所に攻撃を次々と叩きこまれ、ぐったりと体を折りすっかり動けなくなった勇人の腕をゾンビが捻り上げ、聖剣を叩き落とす。聖剣は形を失い消滅し、勇人も床に崩れ落ちる。
「ほぅ、見事なもんじゃの」
「魔王様こそ」
勇者一行を沈めたリッチーと魔王が笑みを交わす。人質の顔には皆、絶望が浮かんでいた。ただ一人を除いて。
「え……? 貴士君、なの……? ねえ、そんな酷い事は止めて! 護身術……人を傷つけるために習ってたんじゃないでしょ?
ゾンビって……死んじゃったなんてそんなわけないよねえ? 正気に戻ってよ!!」
ただ一人絶望しなかった人間、いつの間にか目を覚ましていた姫子が、タっと走ると囲みから抜け出し、勇人を組み伏せる特別製のゾンビに哀願する。
「何じゃ、姫子。このゾンビと知り合いか?
ふぅむ……知り合い、というよりはもっと深い仲の様だのう」
疑問を口にする魔王には見向きもせず、彼女は自分の元恋人であった男をじっと見ていた。彼女の目は彼の左手首を捕らえた。
「それ……私があげた、お気に入りのデザインで作ったカスタムの活動量計……。今でも、持ってて、くれたんだ……」
彼女は愛おしそうに、自分の手首と彼のを見比べ、同じものが巻かれている事に笑みを浮かべた。だが、すぐに何かに気づいたのかさっと顔を曇らせた。
「他のゾンビ達も、つけてる……。もしかして……活動量計がこうなるトリガーだって言うの? リッチーさんは、そのために一生懸命これを作ってたの?
私は……この騒動を引き起こす片棒を担いでしまったの……?」
彼女は震えながら、頭を抱えて呟いた。
「今頃気づいたか、愚か者め。だがお前は私の徴兵システムの普及に一役買ってくれたのだ、礼として、こいつと永遠を過ごさせてやっても良いぞ?
そうだ、恋人の手で逝かせてやろう」
リッチーは冷たく嗤うと、勇者を倒した特別製のゾンビを彼女に差し向ける。
「いや……やめて……お願い……こんなこと……もうやめて、よ……」
ゆっくりと迫るかつての恋人の生気のない目を見つめ、震えながらも、姫子は思いとどまるよう説得の言葉を精一杯絞り出した。
「拒むのか? 相変わらず解せぬな。やり直したいと言っていたのはお前ではないか。
折角その機会を与えてやろうというのに。
不完全で、無慈悲で、つまらぬ生など捨てて、甘美なる理想の不死を永劫に歩めば良いものを!」
そんな姫子を酷く冷たい目で見下し、リッチーが嗤う。
「そんなの違う。私は貴士君に無視されるのが辛かったの。でも死んじゃった事にすら気づけなかったなんて、私はヒドいやつだった。
本当はまた彼と話せるようになりたかった! 関わり合いたかった!」
「だから私が――」
「でも、ゾンビになったら私の意思も、貴士君の意思もなくなっちゃう。変わらない世界なんて、操られるだけなんて嫌。限りがある中で、お互いに関わり合うから楽しいんだよ!
リッチーさんの言う世界なんて理想でも何でもない!! 私は生きて、やり直したかっただけ。叶わないならせめて、彼には安らかに眠ってほしい」
心底分からない、という表情のリッチーと、姫子に迫る生気を失ったかつての恋人、内藤貴士だったものに向けて、彼女は必死で叫ぶ。
「小娘が戯言を。構わん、殺せ。目障りだ」
大いに気分を害されたリッチーが命じる。
(何故だ? 何故動かん!)
だが、ゾンビは動かなかった。
リッチーの顔に動揺が浮かぶ。今までどんなに強い絆も、彼の屍術から逃れ得たことは無かった。
将来を誓い合った姫騎士を守るために命を落とした、最強と謳われた王国の聖騎士を操った時は壮観だった。
父親である騎士団長が息子を止めようと悲壮な覚悟で斬り掛かるのを難なく屠った。
恋人である姫騎士が自分なら止められると信じ、幾度となく呼びかけるのを嬲り殺しにした。
そんな二人にさえ揺るがすことのできなかった完璧な屍術が、こんな平凡な、別れた恋人達に打ち砕かれようなどとは、リッチーは夢にも思わなかった。
「くそっ! 早くその女を殺せ!!」
焦る彼はより強い魔力を動かないゾンビに注ぎ込む。
「リッチー、止めろ。落ち着くのじゃ! 目的を忘れるな!
それに約束したであろう! こちらの人間を殺さないと」
主君である魔王の叫びも、初めて自分の屍術が破られた動揺でいっぱいの彼には届かなかった。
「お? ちょっと包囲が弱まったんじゃないか?」
「今ならイケるかも!?」
「よし、逃げるぞ!!」
リッチーが一体に力を注いだために、他のゾンビ達の力は弱まっていた。それに気づいた人々は口々に叫ぶと、ゾンビの包囲をこじ開け、逃げていく。
「リッチー、そいつの事はひとまず置いておけ! 人質を捕らえて置くことが先――」
魔王の命令は突如響いた銃声にかき消された。
「リッチー!?」
ふらりとよろめき、どさりと音を立てて倒れる部下の姿に、魔王が絶叫する。
(魔王……様……申し訳……ございません……)
リッチーは彼女に応えようとするが、口が動かなかった。彼の体は、急速に自由を失っていった。動けない彼と、それに駆け寄る魔王の下に、武装した集団が押し寄せる。
「ち……勇者め余計な真似を。奴らに様子見の時間を与えたのが運の尽きか。先に交渉さえできていれば、こんな事には……」
悔し気に、忌々し気に呟き両手を上げる魔王の声を遠くで聞きながら、リッチーは取り押さえられ意識を失った。
いつもお読み頂きありがとうございます
。倒された主人公の運命や如何に。もう少しだけ続きますので、お楽しみ頂ければ幸いです。
もしよろしければ忌憚のない評価・感想等々いただけると嬉しいです
※前書きに入ってました。すみません、後書です。ご指摘有難うございました