#011 危険分子の当惑
「しかしリッチー、もう少しファッションに気を遣った方が良いぞ。黒いセーターにパンツにコート。なんじゃその黒ずくめは。
コーディネイトに自信がなくて無難なものを選択し続けた結果、手持ちの服に色味が無くなるなど、典型的なモテない男ではないか!
そういえばお主、年がら年中、カジュアルフライデーも無視して通勤は頑なにスーツじゃしのう……。
そうじゃ、ここには折角店が色々あることじゃし、余が特別に見繕ってやるぞ?」
きっちりコーディネイトされた紳士服売り場のマネキンとリッチーを見比べながら魔王が呟いた。
二人がやって来たのは、昨日の作戦会議で嫌と言うほど見取り図を見た、小規模なショッピングモールだった。そもそもモールの営業時間内には会社にいるリッチーは来たことがなかったが、魔王は何度も来たことがあるのか、随分このモールに詳しかった。
モール内を実際に歩いて内部の様子を頭に叩き込むのが目的だというのに、魔王がそんな軽口を叩いていることに、リッチーは若干苛立った。
さらに追い打ちをかけるかのように、聞きたくない声が耳に飛び込んできた。
「あ、リッチーさん! さっき遠くで見かけて、もしかしたらって思ったらやっぱり」
いつぞや声を掛けてきた同僚の女性だった。
(く……この大事な時にこの女……! どこまでも私の邪魔を……!)
リッチーは唇を噛んだ。
「何じゃリッチー、この女、お主のコレか?」
魔王がニヤニヤと幼女らしからぬ笑いを浮かべ、小指をピンと立てた。
「恐れながら魔王様。そのような下卑た中年しか使わぬジェスチャー、やった瞬間にセクハラ認定されます故、お控えになった方がよろしいかと。
そして、彼女はただの同僚でございます」
リッチーは困惑しながら魔王に耳打ちした。
「もう、コソコソと何を話してるんですか?
っていうか、その子もしかしてお子さんですか? えー、お子さんいるなんて知らなかったですよー! うわー、すっごいかわいい子ですねー!
でも、あんまり似てないかも。お母さん似なのかな?
ねえ、名前はなんていうの?」
同僚の女性は屈んで魔王と目の高さを合わせて尋ねた。
「似てなくて当然じゃな。余はリッチーの娘などではないからの。余は魔お――」
「へー、マオちゃんて言うんだ! かわいー!!
わたしは姫子。河合姫子だよ。リッチーさんとは同じ会社で、いつもお世話になってます! よろしくね」
ぎゅっと魔王の手を握り、にっこりと笑顔を浮かべて、姫子は魔王に名乗った。そんな名前だったのか、と若干驚きつつ、リッチーは彼女を見た。
「けど、娘さんじゃないんですね。あ、親戚の子とかですか? 外国からリッチーさんのこと訪ねてきたとか。日本語ちょっとヘンだし……」
「あ……ああ。まあ、そんなところだ」
「……っと、話しかけておいてごめんなさい、そろそろ行かないと。
っていうかリッチーさん達は福引行かないんですか? 早くしないと景品、取られちゃうかもです。良いの当てたかったらもう並んどいたほうがいいですよ! 行くなら一緒に行きましょうよ!」
姫子はショッピングモールの吹き抜けから下の階の広場の方を見ると慌てて言った。
「いや……我々は行かない。今日は別の用件で来ていてな。楽しんで来るがいい」
「そうですか。タダなんだしせっかくだから参加したらいいのに。
あ、ひょっとして整理券貰い忘れちゃったんですか? もう、意外とうっかりさんですね。
じゃあ、また」
少し残念そうに言うと、姫子は去っていった。
(漸くいなくなったか。しかし馬鹿な女だ。いつ引いたとて確率は同じなのに)
リッチーはため息を吐きながらその後ろ姿を見送った。
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