第4話 裕喜の伝えたいこと
俺・楓 裕喜は目が覚めた。
椚木さんの部屋が目に映り窓からは夕陽が照らされている。
俺、何時間寝てたんだ。
焦りつつ辺りを見渡し時計を探す。
見つからなかった。
そこで、焦っている俺に椚木さんが気づく。
「あ、起きましたか」
「うん」
「大丈夫ですか? 五時間も眠っていたので」
椚木さんは少し心配したように聞いてきた。
俺は思わず大きな声で言ってしまう。
「ご、五時間!?」
急に大声を出してしまったので椚木さんが怯む。
まさか、そんなに寝ていたなんて。かなり寝ていた、と思っていたけど予想外だった。
それより、今言わないといけないことを言わなくては。
「本当にごめんなさい」
俺は椚木さんに正面から向かい合いすぐさま頭を下げた。
「別に謝るほどでもないですよ」
椚木さんは優しく言った。
俺は震える心を落ち着けながら言う。
「今のことじゃなくて、勝手に部屋に入ったり、抱きしめたことの方だよ」
「そのことは驚いたけど今はもう良いの」
少し頬が緩んでいた気がするが気のせいか。
俺は頭に浮かんだあまい考えを振り払った。
そんなわけないか。知らない人にいきなり抱きつかれたら、怖がるに決まっている。
自分に良いように考えすぎだな。
それにしても、もう良いとはどういうことだ?
予想していた返答と違ったため、思わず聞き返した。
「どうしてだ?」
すると、椚木さんはもじもじし始めた。
少々顔が赤らんでいる。
やはり、怯えているのだろうか。
「いや、別に言いにくいことなら良いんだ」
「はい」
返事をすると落ち着いた顔つきに戻った。
なんとか許してもらえたのかな。
でも、俺が言いたかったのはこれだけじゃない。
俺は、
「君の支えになりたいんだ」
「え?」
「お節介や変な人かもしれない。でも、今のままじゃ絶対にだめだ。人前で気を張って生活していくのは辛く厳しいと思う。少なくとも俺はそうだった。だから君に幸せになってほしいんだ」
「どうして、そこまでするんですか。」
「一人で泣いている子が居るのに見過ごすなんて出来ないよ、それに」
「それに?」
「勝手なことかもしれないけど、君に外の世界を知ってもらいたいんだ」
外の世界にも自分のことを受け入れてもらえる人が居ることを知ってもらいたい。
ずっと一人だった彼女が頼れるような人きっと居ると俺は信じている。
そういう、思いから俺は椚木さんに言った。
「外の世界?」
「そう。この部屋では絶対に出会うことのない世界だ。そこは君の知らない所だ、不安も多い。でも、そこで得た事はきっと自分の味方になってくれる」
「そうなんだ」
実現できなかった自分が何を偉そうに、と心に毒づく。が、そんな不安を振り切ってでも彼女には普通に生きてほしい。
椚木さんは少し目を輝かせる。
しかし、すぐに元の暗い顔に戻る。
「でも、私はこの部屋からでられないよ」
「どうして?」
「そ、外が怖いの。人の視線を凄く気にしちゃって胸が締めつけられるの」
椚木さんはうつむき左胸に手を当てて言う。
「……なら。お、僕と一緒に行かないか。少しでも気が楽になればと思うんだけど。厚かましいか?」
「いえ、そんなことありません。少しですが嬉しいです」
椚木さんの顔が少し和らいだような気がする。しかし、少々引かれているような。
少しでも椚木さんに気が楽になったなら良かった。
「楓さん」
「なに?」
「今日は本当に」
そこで一呼吸おいて、椚木さんは言う。
「ありがとうございました」
夕陽に照らされた椚木さんは、今までの表情の中で一番の笑顔だった。
不器用ながらもなんとか笑おうとしていて、俺の事をじっと見ていた。
この部屋の中だけにふわりと風が吹いたように感じる。
なびく風の中、一輪だけ咲く花のように。どこか暖かく、愛しい。
まるで、心の中の優しさを具現化したかのようだった。
何度見たって、心揺さぶられるこの笑顔は美しかった。
この笑顔をもう二度と壊したくないと強く思う。
自分の顔が赤くなったような気がした。
体の芯から体温が上がっていくようだ。
「こちらこそありがとう」
今にも消えそうな声で言った。
心の中でも呟く。本当にありがとう。
きっと君がまた、笑って暮らせるようにしてあげたい。
ふと、椚木さんに目を向けた。
腰まで伸びる銀髪に薄い黄緑色の目、背は百十センチぐらいだろう。前髪はいわゆるぱっつんと言うやつだろう。
髪にはつやがでていて、目はぱっちりとしていて二重だ。
顔つきは子供よりだが心は大人びているような気がする。
同年代なら惚れていたところだった。
だからといって手を出す気はないが。
綺麗で可愛い子だな、と思ったのが第一印象だった。
つい守ってしまいそうだとも思う。