出会いはいつも唐突に5
木々の間から差し込む木漏れ日が、暫く暗闇に慣らされた目に染みる。正午を少し回ったくらいだろうか。
大小まばらな背の木々の葉を揺らす微風が、仄かな土の香りを運んできて、鼻腔をくすぐる。
「んん〜!久しぶりのお天道様は気持ちいいのう〜!」
後ろから顔を覗かせ出てきたオルフェウスが、空を仰ぎ、きつく瞳を閉じ、猫のように大きな伸びをする。
なんというか…ほんとにこいつは何者なんだ。仕草は人間らしすぎて逆に怪しい。
洞窟の通路で聞いてみた時も、上手くはぐらかされてしまい、終いには、「いずれ時が来れば話す。あまりしつこいと、これ以上教えんぞ」と拗ねられてしまった。
それにしても、俺に仕えるんじゃなかったのか。そんな素振りが一向に見えないので、あれは夢だったんじゃないかとさえ思える。
釈然としない気持ちはあったものの、何も知らないこの土地で、案内役を失ってしまうのは困るので、この話題は心中に留めておくことにした。
腹が減ったので、朝に食べた果実をもいで来て食べる。オルフェウスにも渡したところ、ありがとう。と普通に受け取って食べ始めた。
ちゃんと食べることも出来るのか…
物足りなさはあるが、我慢をして今後の動向についての話をする。
「目下の課題は人を見つけることだが、どうしたもんか…」
「我がどれほどの間眠っていたか分からんゆえ、確かなことは言えんのじゃが、人の居住地があるとすれば南方じゃと思うぞ」
通路を歩いている時、ここら近隣の大まかな説明をされたのだが、洞窟から北側は標高の高い山の連なりしかなく、とても人が住める環境ではないらしい。
西と東は、ここと同じような森が続いていて、怪物もちらほら出現するので、オルフェウスの時代には集落と呼べるものはなかったらしい。
となると、消去法で南だ。ベヘルズ王国…とやらもここから大分南に行ったところにあるらしい。
いつまでもここに留まっていても仕方が無いので、まずは森を抜けることを最優先に考えたい。
「そうだな。とりあえずは南に向かって進もう」
洞窟の中から見て、入口の方角が南ということなので、そちら側に真っ直ぐ進んでいけばいいはずだ。
徒歩での移動だと、いくら日があっても足りないので、浮遊してオルフェウスを抱き抱えて行こうかと思ったのだが、小さく何かを呟いたと思った次の瞬間には、足が地面から離れ、華奢な体が宙に浮き始めた。
聞くところによると、これも一種の魔法で、自由自在に空中を動き回れる『飛行』という。
空を飛ぶのは二度や三度のことではないのだが、他に超能力を使える人などいるはずも無く、常に1人だったので、隣で同じように空を飛んでいる存在がいるということに、若干の違和感を感じる。
お互い無言で空中デートというのも味気ないので、世間話もとい情報集めに勤しむことにした。
先日の怪物────名前はウォバンというそうで、どうやらこの世界には、人間以外にも知性を持つ種族が多数いるらしい。しかし、ウォバンなどは、動物以外にも、人や他の種族も捕食するため、基本的には敵対関係にあるという。中には例外もいるそうだが、数は極めて少ないようだ。
所で、やつがなぜ1匹しかいなかった理由を聞いたところ、どうやら洞窟の半径数キロを囲むように、人間以外の生物が侵入できない結界が張ってあるらしいのだが、老朽化して綻びが出来始めていてるらしい。
奴はその隙間から迷い込んでしまったのではないかという事だった。
暫く飛んでいると、結界の一部である一本の鉄柱が地面から伸びていた。近付いてよく観ると、電柱ほどの太さがある鉄柱の外周に、解読できない文字列が、びっしりと彫られていた。
オルフェウスが凝視したまま固まっていたのだが、不意に、なるほどのぅ。と感心してこちらに向き直ってきた。
「読めるのか?なんて書いてあるんだこの文?」
「これは術式じゃよ。文章ではなく、単語の羅列…と言った方が正しいかの?じゃが、大まかな仕組みくらいは理解したぞ」
「仕組み…っていうのは結界のか?」
「うむ。これは大地の魔力を利用して結界を練り上げているらしい。ゆえに半永久的に使えるんじゃが、所詮は道具。寿命…というものがきているんじゃろうな…」
瞬間、洞窟内の大空間、祠を立ち去る時に見せた、あの憂いを帯びた顔になる。
どうした、と聞こうとした時には元に戻っており、口元まで出かかった言葉は、唾と共に飲み込んだ。
「今はまだ、多少の綻びであればすぐ治るようじゃが、この結界自体、もうそう長くは持たんじゃろ。主の出おうたウォバンは結界内に入ったあと、出ることが出来なくなってしまったのじゃろう」
なるほど、やけに痩せこけていたのはその為か。無かった片腕は結界に触れて消滅でもしたか…。
そして、空腹に耐えかねて俺を捕食しようと…。思い返すと背筋に冷たい汗が流れた。
正当防衛とはいえ、後味の悪い思いだが、流石にまだ食われてやるわけにはいかない。理由をつけて、やるせない気持ちをゆっくりと消化していく。
「ソーマよ」
ふと、オルフェウスが真剣な顔付きになった。そして、初めて名前を呼ばれた気がする。
「今までは結界で守られておったが、ここから先はそうもいかん。ウォバンのようなやつにいつ襲われるかは分からん。つまり…」
「あぁ、分かってる。気を付けろって言いたいんだろ?」
「そうじゃ、十二分に気をつけてくれ」
目を丸くする。会ったばかりだったので、まさか本気で心配してくれるとは微塵も思っていなかった。率直に気持ち伝えられ、なんだか恥ずかしくなって顔を少し背ける。
「……そうだな。気を付けるよ。ありがとう」
礼を言うと、うむ。と今までになく優しい笑顔で頷き、それに少し見とれてしまった。
いかんいかんいかん。相手は人間じゃないんだぞ、しっかりしろ俺。
鉄柱の横に立つ。
未知。
何が起こるか分からないというのが、これ程までに恐ろしいとは…
足が震えている。
両腿を軽く叩き、気合を入れ直す。
そして踏み出す。結界の外へ。未知の世界へ。