出会いはいつも唐突に3
『我、御身に仕えることをここに誓わん』
静寂を切り裂いて聞こえるその声は、その内容を忘れて聞き入ってしまうほど、綺麗に透き通っていて、頭の中に直接、鈴の音ように響いてくるものだった。
『主の名は?』
「…天笠…蒼馬」
『ふむ、これで契約は交わされた。これより我は主の剣となり、盾となろう』
問いかけられ、やっと声を発する。急展開過ぎて、呆然とただ見つめるばかりになる。
「どうした?そんなに驚いた顔をして。我を呼び起こしたのは主であろう?」
今度は普通に耳から声が聞こえる。
優雅に小首を傾げ、心配そうにこちらを覗き込む。
────あぁ、どうやら幻覚でも幻聴でもないらしい。
先程から手足に力が入らない。なけなしの精神力で、遠のきそうな意識を必死につなぎ止める。
樽の底が抜けたように、怒涛の勢いで押し寄せてくる出来事の数々は、片時も休む暇を与えてはくれないようだった。
「一体、ここは何処でお前はなんなんだ…」
「ふむ、そう言えばまだ名乗っていなかった。我はオルフェウス。ここは我を封印していた祠であろう」
ふと零れ落ちた疑問を聞き逃さなかったのか、オルフェウス、とそう名乗った奴が答えた。
脳内が直接かき混ぜられているように濁っていく。重たい頭をフル回転させて考える。
目の前の女性?は昨日の怪物のように唐突に危害を加えてくる様子はないが、如何せん相手の情報が少なすぎる。気を抜くべきではないだろう。一挙手一投足に気を配らなくてはいけない。
「オルフェウス、ここら一帯はどこの国なんだ?日本か?」
何はともあれ情報だ。先程呟いた『ここ』とは実際はこの洞窟ではなくて、地球のどこに位置しているかを知りたかった。
「封印された後のことは我には分からないが、少なくともニホン国という所ではない。そもそもそのような国名に聞き覚えはない。昔であればベヘルズ王国という国の一部であったはずじゃ」
少なくとも知っている歴史でべヘルズと名のつく国名は無い。
しかし、妙に時代がかった口調ではあるが、日本語による意思疎通が出来ているのだ。
「ふむ、どうやら主と我の間で情報の齟齬があるらしい。どれ、少し記憶を覗かせてもらうぞ」
不意に、緩やかに近づいてきて、気づいた時には目の前には瞳の閉じられた端正な顔立ちがあった。
耳を塞がれ、額を付けられ、意識が遠のくのが感じられた。
「かなり精神がすり減っているようだの…、しばしの間安らかに眠れ…」
必死に手繰り寄せてた緊張の糸が、今までとは違った柔らかな声音と、キンモクセイに似た甘い香りによる安堵とともに手放されてしまった。
「本来1人で呼び起こせるものではない…主は…一体……」
暗転する意識の中、なぜ俺の日常は崩れてしまったのか、それだけが呪いのようにぐるぐる、ぐるぐると蜷局を巻いていた。