出会いはいつも唐突に2
洞窟の中の、まるで冷蔵庫にいるかのような寒さと、奥へ進むほど深くなる暗闇は、灯りなしでは立ち止まっていると、闇が纏わりつき、底なし沼に沈んでいくような錯覚さえ感じさせるものだった。
横幅、高さ共に3mほど。
千里眼で奥を見ようかと思ったのだが、あまりに暗すぎて奥の方は視認出来なかった。日が暮れようとしていたので、洞窟の探索は明日に回し、今日は入口付近で野宿することにした。
無音。
正確には風で揺れる草木や、洞窟の氷柱のような岩から水滴が落ちてはねる音が時折するが、それがまた、生命が居ないことの不気味さを感じさせ、孤独さを倍増させていく。
せめてもの救いは虫だけはいるのだが、勿論見たことがない新種なので、殊更気分を落ち込ませる。
上着を枕にし、氷のように固く冷たい石畳には落ち葉をひいて運着を毛布代わりに掛け、少しでも寒さを和らげ寝転がる。普段ならこんな劣悪な環境では寝られないだろうが、あまりにも意識を張り詰め過ぎた。
「帰りてぇな…」
呟いた言葉に返事はない。父に、母に、友人に。誰でもいいから会いたい。
腕時計にそっと触れる。子供の頃親にもらった巻き時計だ。凡そ10年以上は使っているはずだ。両親はそろそろ新しいのを買ってやると言っているが、愛着心により、ずっと使い続けている。
普段腕時計は寝る時に取り外すが、今日はこのまま寝ることにした。
目を閉じると自分の殺した怪物が瞼の裏に映る。罪悪感に似た気持ちの悪い感情で暫くうなされていたが、いつの間にか泥沼に沈むように寝てしまった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
夢を見た。昔の夢を。
ブランコや砂浜で遊んでいる。初めて出来た友達。微笑む両親。家族で行ったピクニック。雪が降った日は外ではしゃいだっけ…。素手でつかみすぎて霜焼けになって泣いてたな…。
どれくらい前だろうか…幼稚園?ならばその前は?もっと前は……?
思い出せない。遠い記憶。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
射し込んできた朝日で目が覚める。目尻が濡れている。泣いていたのだろうか。
起き上がろうとするもふらついてしまい、それが空腹によるものだとやっと気が付いた。昨日吐いてから何も口にしていないのだ。喉も乾いて、唾を飲み込むと引っ付きそうである。
幸い、千里眼で果実のようなものが実っているのを見つけたので、食べてみた。毒が入っている可能性もあったが、空腹の方が勝ってしまった。
形はりんごに似ていたが、味はどちらかと言うと柑橘系に似た酸味が強く、酸っぱかった。しかし、水分がかなり多く、喉をかなり潤すことが出来た。
一応とおまかな時間が把握できないと困るので、腕時計を9時に合わせ、ゼンマイをキリキリと巻いた。
軽い腹ごしらえも出来たので、洞窟の調査をすることにしよう。
灯がないので、発火能力で手に火を纏わせ、その光を頼りにして進むこと約10分。今までの狭い通路からは想像もつかない広さの空間に出た。壁と天井の至る所から青白く発光する水晶が飛び出ていて、火球の光なしでも当たりの状況が見てとれた。
部屋の中央には一際重圧な存在感を放つ巨大な水晶が聳え立っていた。中を覗くと、琥珀色の光が、水に垂らした絵の具のように、渦を巻いて蠢いていた。
この世から完全に切り取られた、隠り世と言われればそれが一番納得する神秘的な光景が目の前にあった。
思わずその水晶に手を触れると、身体中の力と意識がすべて吸い込まれていくような感覚に陥った。慌てて手を引いて下がろうとしたが、手が離れない。激しい地鳴りにより洞窟全体が震え、水晶に触れている所から、吸い取られる力とは別の、ねっとりと何かがじわじわと腕を伝って染み出してきた。
時間をかけて徐々に徐々に出てきたそれは、段々と人型の形状をとり始め、次第に顔や服、髪の毛のようなものもできたが、やはり人とは思えない異質な雰囲気を醸し出していた。
その外見はと言うと、髪は絹のように滑らかで、飲み込まれるような青色。パチリとした大きな瞳、すっと通った鼻梁。薄紅色のきつく閉じられた唇は、見るもの全てを魅了するような妖艶さを帯びていた。
『我、御身に仕えることをここに誓わん』
天使と見間違えそうなそれの第一声は、まるで悪魔のようにベタな使い古されたセリフだった。