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短篇集

毒キノコのつかい方

作者: 暁 乱々

 橙山(とうざん)小学校は生物授業のネタに事欠かない。

 春にはツクシが生え、ツバメが校舎の至るところに巣を作る。梅雨前には蛍が舞い、夏にはアブラゼミとミンミンゼミの音比べができる。秋には大輪の山百合が咲き、その芳香は女の子に人気がある。

 橙山小学校では児童に危害が及ばない限り、校庭の自然は残すようにしている。ツバメのフン害など子供の教育のためなら些細なことだ。だが、秋雨が過ぎたころ問題のブツが生えてきた。ブツは性質がゆえ、例外的に職員会議の俎上にのせられるのだった。


 ブツは突然白い頭をひょこり出す。二日ほどで丸い頭のまま茎をのばし、徐々に頭を広げ始める。目について三日もすれば十センチくらいの立派なキノコとなっている。その名はドクツルタケ、一本食らえば多臓器不全で彼岸行きだ。

 ブツは校庭の木陰によく生える。一本や二本ではない、たくさん生える。そんなもの児童の親が見たらどう思うだろう。


「処分した方がいいと思います。親御さんのクレームが年々多くなっていて、昨年は史上最多になっています」

「でも、キノコの件ではないだろ」

「キノコの件ではないといっても、初めてなんですよあれが発生したのは。これ以上問題を起こすと教育委員会が動く」

「そうですよ、火種は消してしまわないと」

「ここはまだ田舎だから子供たちも感覚的に分かると思うけどな。どう思います? 猿野先生」


 猿野先生は理科の専任教諭だ。橙山小学校で生物授業を取り入れたきっかけの人物でもある。今までの彼は即答できた、児童に危害が及ぶものではなかったから。だが今回は頭を抱えていた。他の先生は猿野先生を見つめるだけで誰も発言しない。その間三分、会議の進行はずっと止まったままだった。

「ブツは残した方がいいと思うよ。毒キノコにもつかい方があるから」

「榊原校長はいいのですか?」

 校長も額に手を当てていたが、数秒で口を開いた。

「猿野君がそういうなら、責は私が受けよう。その代わり十分活用するように」

「ありがとうございます」という猿野先生の礼で会議は終了した。


 猿野先生は早速ブツを授業に取り入れた。ただし対象は高学年だけだ。キノコという分解者の役割を教えるのは本来中学の第二分野だ。小学校の学習指導要領に入っていない内容を教える越権行為ともいえる。だが、猿野先生はそんなこと気にしていない。なぜなら黒板の前で話すより、現物を見ながら話す方が子供たちは夢中になる。分解者などという言葉など分からなくてもいい。たぶん言葉以上の意味を彼らは受け取ってくれるから。手に持っているものが猛毒であることさえ注意すれば十分なのだ。


 授業が終わった昼休みに猿野先生は校庭に出た。

 ブツの周りになにやら子供たちが集まっている。

「おっしゃ、キノコ狩りしようぜ」

「十秒でいっぱい狩ったやつが勝ちな」

 一人が計時役となり三人が散らばる。

 

「レディーゴー!」の掛け声とともに子供たちはキノコ狩りを始める。

 ブツは足で蹴り飛ばされ、スポーン、スポーンと瞬く間に残骸が散らばってゆく。

「八、九、十。終わりー!」

 その掛け声の後にはズタズタにされたブツが転がっていた。所々に傘が転がっているからキノコであったことは分かる。だが今はもう腐りゆくスポンジ、授業にはつかえない。

 だが、子供たちは残骸を手に取る。

「俺が狩ったキノコでけぇぞ」

「いや俺のはこれだ、お前のなんかエノキだ」

「食えねぇけどな」

「僕のはこれだ」

 一人特大のブツを持ってきた。十五センチはあるだろう、授業のときには見つけられなかった。

「なにこれ、キモッ」

 四人でジロジロと特大のブツを眺めている。傘の裏側やら軸をじっと観察している。子供たちは猿野先生に気づく様子はない。

 だが飽きたのか一分ほどでブツは捨てられた。


「何個蹴ったか覚えてる?」

「忘れたー」

「それじゃあ、二回目やろうぜ」

「レディーゴー!」


 蹴り飛ばされ、崩れてゆくブツ。一個蹴り飛ばすたびに子供たちは笑っている。ブツはどう思っているか知らないが、誰にも危害は及ばない。きっとこのキノコ狩りもまた毒キノコの正しいつかい方に違いない。

 しかし、これ以上黙認できない。教師としては生物授業のネタをつぶされてはならないのだ。


「ゴラー。お前らキノコつぶしただろ? こっち来いやー!」

 こっち来いといいながら猿野先生は子供たちに迫っていく。

「うぇ~猿ゴリラだ。逃げろー」

 全力疾走で走り出す子供たちを追う猿野先生。ゴリラと称される顔に秘めたものは子供たちと大して変わらない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました〜。 終始ニヤニヤしながら読んでおりました〜。カラスウリ様の仰るとおり、あるあるですね。これだけで起承転結を作り1つの作品に仕上げるなんて凄いな〜と思いました!…
[一言] 暁さんの小説を初めて読んだのは「またとない奇跡」。蛍の幻想的な作品でした。それからの本作。あきらかに文章が上手くなっています。 ナニが一番上手く感じたかというと、読者へ伝える力です。最初から…
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