出会い
初戦からおよそ5日が過ぎた。森の中を進み、相変わらず襲ってくるウルフを狩った。目的だったコボルトが手にした小さな棍棒を振りかぶって襲ってきたが、回避から小さく放ったウインドに首が飛ばして絶命した。
コボルトは絶命すると黒い煙を吹き出し、あるときは牙、またあるときは持っていた棍棒を残して消滅した。俺はそれらを回収して散策を繰り返し、適度なところで街に帰る事を繰り返していた。
「やっと貯まったか。」
大きめの巾着には今八万ルピが入っている。受け取った報奨を見ていた俺にレオルは不思議そうな顔をしながらこちらを見ていた。
「何か買うのかね。」
「あぁ。武器を買おうと思っている。」
「なるほど。」
フムフムと顎をさするレオル。
「で、何を買うつもりだい。」
「刀だ。」
レオルは手を止めてこちらを見たまま固まった。
「ザガ……だったよな。刀が欲しい。」
「そろそろ来ると思っていた。」
ザガは相変わらず無愛想に、カウンターの向こうで剣を研いでいた。こちらをチラリと一瞥すると、手を止めて立ち上がり、カウンターの向こうにあるいくつかの棚から何かを取り出した。
「刀か。今お前さんに出せるのはこの二本だ。」
ザガはカウンターに二本の武器を置いた。両方が黒塗りの鞘に納められていて、片方が短く、もう片方は長かった。
「前回来たときに少し見せてもらった。どちらかと言えばスピードアタッカーに見えたのでな。重さを生かした一撃よりは素早い攻撃が可能なものをと思い用意した。」
「あんたが打ったのか?」
「片方はな。もう一方はうちの一番弟子の作品だ。遜色はないだろうと思って出した。」
「見ていいか。」
ザガは静かに頷いた。俺はまず短い方に手を伸ばした。柄には布が巻かれていて持ちやすく、刀身はやはり少し重く感じた。鞘と柄を持ってゆっくりと刀を抜く。ギラリとした鋭い刃が姿を現す。
「いいな。」
俺はボソリと無意識に呟いていた。刃を出したのは5センチ程だったが、俺はそれをすぐに鞘に戻して置いた。そして次に手をかけた。
「おっ?」
持ち上げた刀は思った以上に軽かった。もしかすると短い方より軽いかもしれない。
「驚いたか。それは軽金属を使ったもので扱いやすいものになっている。お前さんのような駆け出しにも扱える代物だ。」
「なるほど。」
鞘から刀身を出すと、先程と同じ鋭い刃が姿を現す。俺はすぐにパチンと鞘に戻してカウンターに置いた。
「どうする。値段は……」
「あんたの目は確かみたいだ。だから、俺はあんたの武器をもらう。」
ザガを制し、俺は短い方を手に取った。ザガは疑わしそうな顔をしながら俺をジッと見ていた。
「何故それが俺の作品だと思った?」
「あんたこれを俺が来てから打っただろ?この辺りで戦ったがやはりリーチが欲しい敵ばかりだった。もし、あんたが弟子にスピードアタッカーと伝えたらこっちの武器になるだろう。」
俺は長い方に視線を滑らした。
「それに……」
俺は手に取った刀の刀身を半分程出した。ザガは刀身に目を移し、次いで俺の顔をジッと見た。
「これになら命を預けられる。」
ザガはフンッと言うと長い方を手に取り、棚に戻した。
「いやー、流石ですね。」
俺の背後でパチパチと手を叩く音と若い男の声が聴こえた。俺は刀を鞘に納めて振り返った。そこには頭にバンダナのように布を巻いて腕捲りをしている男が立っていた。
「合格じゃないですか?とりあえず。」
男は俺ではなくザガに話しかける。ザガは肩越しに一度男を見るとそのまま先程の砥石の場所に戻った。
「やれやれ。さて、はじめまして。僕は弟子のレードです。えっと……」
「トーヤだ。」
「トーヤさん。その刀は差し上げますよ。」
俺はザガを見たが、ザガは何も言わずに研磨を始めた。レードに視線を戻すと、レードは俺の手にある刀に視線を移していた。
「親父が言う前だったんですが、この刀は僕の刀の七、八倍の値がします。実は僕と親父と賭けをしていましてね。親父曰く、あいつは俺の刀を選ぶと言いましてね。もし僕のものが選ばれればめでたく一人立ちだったんですが。まだまだのようですね。」
「あんたのも悪くはなかったが、俺より先に刀が折れそうな気がした。」
「なるほど。」
「すまないな。」
俺は懐からお金の入った巾着を取り出してレードに渡した。
「恐らく足りないだろう。いつか返しにくる。」
「いらねえよ。」
背後からザガが言う。俺は振り返り、レードは肩越しにザガを見ていた。
「慈善事業じゃないだろう。」
「元々金のない駆け出し用のものだ。次は生きて買いに来い。」
俺はザガの言葉に熱くなるものを感じた。後ろのレードはやれやれといった気配を出している。
「そうするよ。」
俺はザガに背を向けた。レードが差し出す巾着を受け取らずに店を出る。
「次にそれを頭金にさせてもらう。預かっておいてくれ。」
レードは一度キョトンとしたあと、プッと笑い出した。俺はそのままギルドに向かって歩き出した。
「だから、ギルド長のレオル様に会わせてください!」
ギルドの建物に入るとカウンターの一つで大きな声を発する少女がいた。年は恐らくそう変わらないだろう。その少女は黒髪を揺らしながらカウンターに乗り出すように何かを訴えていた。俺は横を通り、いつものティアのいるカウンターに向かった。
「なんだ、あれは。」
「こんにちはトーヤさん。あれですか……彼女、ギルド長と知り合いだから会わせろって言うのですが……ギルド長が……」
ティアの動く視線を俺も追った。その先には少女を窺うレオルがいた。何故か柱の影に隠れながら。レオルは俺に気づいたようで、何かを考えた後、人差し指を上に指した。どうやら来いという意味のようだ。
「ちょっと行ってくる。」
「わかりました。」
俺は通路を進んで奥に向かった。その際、視線を感じて振り返ると、少女の黒瞳がこちらをジッと捉えていた。俺は彼女に不思議な感じを抱いたが、スッと視線を逸らして奥に向かった。
「で、何のようだ。」
「いいところにいて助かった。彼女、受付にいた黒髪の娘なんだが……」
「あんたの隠し子か何かか?確か子供はいなかったよな。」
「違う。」
俺の冗談を真に受けたレオルは真剣な表情で反論した。どうやら少し真剣な話らしい。俺は表情を真面目に変えてレオルの言葉を待った。
「彼女はアリシア・クロアデルという。」
「ファミリーネームって事は王族か何かか?」
「いや……彼女の家は特別で、クロアデルというのは遥か昔にいた魔導王のファミリーネームだよ。で、彼女は直系の娘なんだ。」
魔導王は黒髪黒瞳だったと服屋の男が言っていたななんて思いながら先程の少女を思い出していた。そして今名前を聞いて先程の不思議な感じが何なのかというのが思い当たった。
「日本人みたいだったな。」
この世界の人は日本人のような人は今のところ見ていない。どちらかと言えばゲーム等で見た中世ヨーロッパのイメージが近かった。
「ニホンジン?まぁいい。彼女なんだが、どうやら家出をしたらしいんだ。」
「いいんじゃないのか?個人の自由だろ?」
「普通ならそれでいいんだが……」
何かを言おうとした時、部屋の入口辺りでドタバタと音がし、一人の少女が姿を現した。
「見つけました。レオル様、約束通り私に魔法の指導をしてください。」
噂のアリシアが姿を現した。彼女の後ろでは対応していた受付の女性が申し訳なさそうに立っていた。
「……やれやれ。エル、下に戻っていていいよ。あとは私が話をしよう。」
エルと呼ばれた受付嬢は申し訳無さげに頭を下げて階下に戻っていった。
「さて、久しぶりだね。どうやら元気そうで何よりだ。」
「ええ、お久し振りです。」
アリシアはツカツカと近寄ってくると俺をジッと睨んだ。どうやらレオルの向かいを変われということらしい。俺はレオルをチラッと見た後彼女に視線を戻し、仕方ないと立ち上がった。
「トーヤ君、君もいてくれたまえ。アリスもそちらに座りなさい。」
レオルは俺にソファの端を指した。次いで、反対の端を指してアリスに着席を促した。アリシアはこちらをジッと見た後、仕方ないと腰を下ろした。
「さて、アリス。君の両親から家出の連絡を受けているのだが……」
「ええ。私はクロアデルに恥じない人間になりたいの。お父様や、お母様も優秀な魔導士ですけど、私はこの国最高の魔導士であるレオル様を師事したいと思っています。」
俺はやっぱりかと頭を押さえるレオルを見ながら、レオルが最高の魔導士なのかなんて思っていた。実際に魔法を使っているところを見た事がないから何とも言えないが。
「アリス。君はまだ幼い。家でキチンと基礎を学び、それからでも遅くないと私は思う。」
俺はレオルの言葉を自分に移して考えてみた。俺にとって基礎は結局のところ知る事だろう。この五日で色々試してみたが、詰まるところ、自分には何が出来るかを知ろうとしていた。まだ限界については調べていないが、ある程度把握はしていると思っている。
「初級魔法はマスターしています。火と風に関しては中級も扱えます。両親はあまりこちらに適正はありません。レオル様ならより的確な指導ができると思っています。」
「アリス。君は実戦の経験はあるのかい。私も指導に関してはしても構わないと思っている。ただ、私も見た目以上に忙しい身でもある。最近も正体不明の大量討伐者が現れて、それの後始末や正体解明に手を焼いている。」
チラリと俺を見るレオル。俺はそんな奴がいるのかと涼しい顔で流した。確かにウルフは最近減ってきた気がする。少し抑えるか、そろそろここを離れるか。
「私はどちらかと言うと実戦を重視した指導を行うことが多い。戦いの基礎は前提だ。君の両親もそうだったようにね。」
「っ……一度指導いただければ、こなしてみせます。」
一瞬たじろいだが、持ち直してレオルに強い剣幕で答える。先程の売り込みと違って勢いが弱いのは、売り込みはある程度考えていたからだろう。
「生憎、しばらくは付いてあげることはできない。なので……」
レオルは真剣だった眼差しを少し悪戯っぽく変えて俺を見た。
「このトーヤ君に付いてもらってある依頼をこなしてもらう。言ってみれば弟子入りのテストのようなものだ。」
アリシアの瞳が驚きを含めてこちらに向いた。そして、上から下まで一度見てレオルに向き直った。
「この剣士が供ですか。」
「そうだ。腕は確かだよ。私が今一番注目している新人だ。」
「そう……ですか。」
確かにまだ刀は使ってないからな。少し慣らしたかったんだが、そうもいかなくなったようだ。俺は疑わしい目をこちらに向けるアリシアをよそに、レオルに向き直って口を開いた。
「依頼内容はなんだ。」
「隣村にダンジョンがあるんだが、そこにいる主級の魔物を討伐してもらいたい。依頼ランクはC級~D級といったところだ。」
「……この方のランクは…」
「Eだ。」
アリシアの言葉に俺が返事をした直後、アリシアは頭を押さえて何やら考え出した。
「中々失礼なやつだな。」
「まぁ普通はこういう反応だろう。」
俺とレオルは眉間を押さえるアリシアを見ながらそう言い合った。
依頼の受託を終えてアリシアが出ていった後、俺はレオルと向かい合って座っていた。
「何が目的なんだ?」
「言った通りだよ。彼女は戦闘経験がないからね。いざやってみれば自分の力を認識するだろう。」
レオルは足を組んで組んだ手を膝に乗せた。俺はレオルをジッと観察していると、レオルは徐に口を開いた。
「ああ、君に一つ頼みがある。」
「頼み?」
「彼女が勝てないと感じるまでは手を抜いていて欲しい。」
「あんたも過保護だな。」
俺は溜め息を吐きながら立ち上がった。レオルはニッと笑い頼むと呟いた。レオルの呟きに返事をしながら俺はギルド長の部屋を後にした。
「なんとかするよ。」
いつもありがとうございます。
まず投稿が遅れてすいません。
今後も三日に一話を目標に頑張っていきます。
誤字脱字、誤った文章などあれば指摘お願いします。
次話もよろしくお願いします