エルグラド
俺の言葉にいち早く動いたのはベアトだった。シャキンと音が鳴ったかと思った瞬間には俺の懐にいた。ご丁寧に首元に剣を当てて脅すように。
「今すぐ訂正し、謝罪しろ。」
ドスの聞いた暗さを含む脅しが耳に届く。ヒヤリとした感覚が首元にあるのはやはり落ち着かないが、俺は男から視線を外す事はなかった。
「私をだれと心得る。」
「知らん。だから聞いているだろう。誰だと。」
「貴様!」
男は怒りを含んだ声でいい放ち、俺も不機嫌を乗せて返した。俺の首筋に刃を当てたベアトはさらに殺気を増した。
「沢村……」
殺気にあてられたのか、声に力がなくなっている御崎の声が聞こえるが視線は移さない。
「ベアトリクス、ウルバルス・アレイアルドの名においてめ…」
「まぁ待ちな。」
ベアトの剣に力が入った時、ウルバルスと名乗った男がベアトに命令を出そうとした時、俺の背後で制止の声が響いた。同時に首にヒタリと当てられていた金属の感触が消えた。
「なかなか面白いガキじゃねえか。言ってることも間違っていないしな。」
「……お放しください、グラド様。」
右手でベアトの剣を掴みあげ、俺の肩に左手を置く謎の男。背後にいるため顔は見えないが、ニンマリと笑っている気配を感じた。
「グラド、何の真似だ。」
「このガキの言っていることはもっともだ。まぁ態度は悪いがな。」
ベアトの剣を弾き、ウルバルスと佐々木の間まで歩き出たグラドと呼ばれた男。入り口に控えていた二人よりも重そうな鎧を着ているにも関わらず、物音たてずに割って入った。二、三秒ウルバルスと向かい合ったグラドは溜め息を吐いてからくるりとこちらを見た。
「自己紹介が遅れたな。俺はエルグラド。この国の騎士団長をやっている。で、あっちの野郎がウルバルス。一応この国の王をやっている。」
「っ……グラド様、いくらグラド様でも…」
「よい。」
グラドの自己紹介と俺が言うのも何だが、野郎呼ばわりされたウルバルス国王。そしてグラドを非難するようなベアトの言葉をウルバルスが切った。ベアトは不服そうにグラドを見た後、元いた階段前に戻った。
「で?」
グラドはイタズラっぽい笑みを浮かべて俺達六人を見回した。ウルバルスは諦めたように目を瞑っている。
「えっと……佐々木浩介です。」
グラドと視線が合ってハッとなった佐々木が自己紹介を始めたが、視線があったのは一瞬で、グラドの視線は真っ直ぐに俺に向けられていた。
「沢村刀哉だ。」
視線をグラドに移してお互いに視線が交差した。グラドはすぐにニヤリと笑ってから改めて佐々木達に視線を向けた。
「高良志那乃です。」
「な、中川桔梗です。」
「田辺愛香です。」
「……御崎菜緒です」
グラドは皆の顔をもう一度見てニッと笑って口を開いた。
「コースケ、シナノ、キキョウ、アイカ、ナオ、トーヤだな。よろしく」
一番近くにいた佐々木に手を差し出し、握手を求めた。佐々木はキョトンとしてから意味を理解して手を握り返した。グラドはそれに頷いて握手を交わしてから俺を真っ直ぐと見た。
「さっきの啖呵はなかなかだった。だがまぁ、命は粗末にするものじゃねぇぞ。そういうのは嫌いじゃねぇがな。」
グラドは笑い気味にそう言った。この一連の流れの中、ベアトは殺気を出し続けており、未だに剣の柄に手を置いていた。
「やれやれ。ベアトももう止めろ。」
「……助けてくれたことは感謝する。」
俺はグラドにとりあえずの感謝を述べた。今の俺ではベアトにもグラドにも勝てないのは明白だった。恐らくだが、ウルバルスにも勝てないだろうという予感はある。
「あぁ……まぁ気にするな。ウル、そろそろ話を進めな。」
グラドは体をウルバルスに向けると本題に話を進めるように促した。言われたウルバルスは不機嫌さを多分に含んだ表情でグラドをジッと見た後、深く溜め息を吐き、深呼吸をしてからこちらにむきなおった。表情を切り替えたウルバルスを見たグラドは満足げに頷いてベアトとは反対の階段下に移動した。
「あぁ……お前達も立って聞きな。」
グラドは思い出したように佐々木達にそう告げた。佐々木達は互いに顔を見合せ、俺を一度見た後ウルバルスを仰ぎ見た。ウルバルスは早くしろと目で語っていた。佐々木達は立ち上がるとウルバルスの言葉を待った。
「……本題に入ろう。諸君ら異世界の勇者には魔族、獣人族と戦い、人族に勝利をもたらしてほしい。」
ウルバルスは重い口を開き話を始めた。
「人族は今、先の二族と敵対関係にある。魔族と獣人族も互いに敵対しており、所謂三つ巴になっている状態だ。先の戦で今の状態になっておよそ四年になる。膠着状態もそろそろ限界だろうというところまできている。現状を打破するため、諸君らにはあの卑劣な魔族と野蛮な獣人族供を一掃してもらいたい。」
ウルバルスは親の敵を語るように力強く語っていた。俺はというと真っ直ぐにグラドを見ていた。一方のグラドはウルバルスの言葉に諦めのような感想を表情に出していた。
「奴等は私達の領地を犯し、そこにいた民を奴隷として使役しているのだ。私はこれを憂い、先の戦で僅かながら領地を取り戻した。少なくない犠牲を払ってな。」
ウルバルスの言葉が続く中、俺はこの話を胡散臭げに聞いていた。戦争している時点でどっちも悪いとしか思えなかったからだ。
「そして、私はこの国の秘術を用い諸君らを召喚するに至ったのだ。見事征伐を成し終えたなら巨万の褒賞と元の世界への帰還を約束しよう。」
俺は最後の言葉に嫌悪感を感じた。アリア達の惨状を見るに、召喚は容易ではなかったはずだ。そもそもあの稚拙な陣で成功した事が奇跡的だろう。総合的に目の前にいる男に帰還を望めないと判断した俺は一度深く目を閉じた。そして、
「悪いが断らせてもらう。」
目を開いてウルバルスを睨み付けた。俺の言葉に敵対心を剥き出しにするウルバルスとベアト。やっぱりかというように俺を見るグラド。そして驚愕の表情でこちらを見る佐々木達。御崎は心配そうな顔をして俺とベアトを交互に見ていた。
「協力する気はない。俺は俺で自分で帰還手段を探す。戦争でも何でも勝手にやってろ。」
「っ……アッハッハハハ」
俺の言葉にグラドが笑いだした。予想外の反応をしたグラドに皆が目をキョトンとしていると、グラドは「なるほど」と何やら納得して俺の所へやって来た。
「俺が城の外へ案内してやろう。ウル、いいな?」
グラドの言葉を受けたウルバルスは早く連れていけとばかりに視線を切った。
「……高良、御崎を頼むぞ」
俺はそれだけ言うと謁見の間からさっさと出口に向かった。背後からは明確な殺気と何か言いたげな複数の視線を感じたが、俺は歩みを止めることなく部屋を出て曲がった所でグラドを待つことにした。
「やれやれ、とりあえず少しお前さんと話をしたい。」
「あぁ……」
俺はグラドの先導で歩き出した。
一、二分程歩き、簡素な扉を開いて中に入った。十畳~十四畳くらいの部屋で、奥には紙束が山のように積み上がっている机があった。グラドは端に立て掛けてあったテーブルをもって来ると、その後対面になるように椅子を容易した。
「まぁ座れ。」
勧められたまま椅子に座ると、テキパキと動くグラドはテーブルに紅茶のような物を用意した。そして机から筆を、紙束から二、三枚を引き抜いて対面に座った。グラドの後ろでは絶妙なバランスをとっていた紙が崩れ、床に散乱していた。
「さて、まずはだが……俺の下につかないか?」
「……あれだけ喧嘩腰な態度だったんだ。答えは分かっているだろ?」
俺は出された紅茶を飲んだ。種類は分からないが飲んだことのあるような味だった。
「だろうな。まぁ次だ。右手の掌を上にして今から言う言葉を続けてみてくれ。」
グラドは俺に手本を見せるように掌を上にした。俺はとりあえずそれに倣い同じ姿勢を取る。
「汝は己を写すもの、"ステータス"」
「……汝は己を写すもの、"ステータス"」
先に言ったグラドの掌が白く光り、光の中からB3くらいのカードが浮かび上がった。次いで俺の掌からも同じようにカードが浮かび上がった。
「ステータスね……」
俺は今までやったことのあるRPGを思い出しながらそんな言葉を呟いた。
「これが誰でも使える最も簡単な魔法だ。このカードには自分自身の能力や技能が書かれている。」
俺はカードを掴み、内容に目を通すことにした。光はカードを掴んだ時に淡く消え、手元にはカードだけが残った。
「これ自体は体からある程度離れると消滅するが、何度でも作り出せる。内容は時々に変わるが、これは作り出した時の状態を投影してる上での変化になる。」
俺はグラドの言葉を聞きながらカードを見ていった。
沢村 刀哉 Lv,1
魔導士 Lv,1
体力 110
魔力 300
筋力 85
敏捷力 90
技能
言語理解
全属性適性
詠唱省略
魔法理解
「ステータス欄四つかよ」
俺はイメージしていたよりも簡潔なステータスに思わず突っ込んだ。
「クラスは何になっていた?」
グラドは俺の反応を面白そうに見ていたが、見終わったと思い質問を口にした。俺はカードをグラドに手渡した。渡しながら思ったが、漢字は読めるのだろうか。
「なるほど……さすが召喚者だな。それに魔導士か。」
読めるらしい。俺はグラドからカードを返してもらい、テーブルに置いた。そういえばいつの間にかグラドのカードは消えていた。
「ステータスは"リリース"で消すことが出来る。売り買い出来るような物ではないから問題無いが、出したままにするやつはあまりいないな。」
「……"リリース"」
テーブルにあったカードは光の欠片に変わって消滅した。
「あれだけ堂々言ってのけたんだ。次にベアトの嬢ちゃんに会うまでに死なないくらいの実力はつけておきな。」
「何故ここまで世話をやく?」
「そうだな……ウルとは長くてな。今日の状況があいつと初めて会った時と似ていたんだ。……あとは負い目みたいなものか。おまえの言うとおりこんな戦争なんて勝手にやってろって話だ。自分の責任でな。」
「なるほど。とりあえずだが……あいつらを頼む。同郷が死んでましたなんて聞きたくないしな。あんたは信用できそうだからな。」
俺は半分になっていた紅茶を飲み干した。グラドは満足げに頷いて立ち上がった。そして、話ながら書いていたであろう紙を折り畳んでこちらへ手渡してきた。
「これを冒険者ギルドに持っていくといい。門前払いにはならないだろう。」
俺は立ち上がって紙を受け取り、それをポケットに入れた。
「また会おう。」
「世話になった。」
ニッと笑うグラドに手を出して握手を求めた。それを握り返し、俺達は固い握手を交わした。
いつもありがとうございます
少し投稿が遅れました。
誤字脱字、誤った文章表現等ありましたら指摘の方よろしくお願いします