異世界の傲慢なる者
視界を覆う光がゆっくりと晴れていく感覚に、きつく閉じていた眼をゆっくりと開いた。開いた視界は未だ光の影響が強かったのか見える世界が暗かった。数瞬の後、目が馴れてきたおかげで世界に色がつき始めた。
馴れてきた眼でも薄暗いと分かる室内。壁は赤茶色の石が積み上げられてできているようだった。そして壁にもたれて項垂れている数人の人間。しかし、見える顔は皆青く、視線を動かした先には意識を失っているのか倒れているものまでいた。
「せ、成功しました」
視線を巡らして声の方に振り向くと、光に包まれた時と同じように佐々木の腕にしがみつく二人と高良。そして、何故か俺の腕を掴んでいる御崎がいた。
「誰だ……君は?」
聞いたことのある声、恐らく佐々木誰かに問いかける。俺は同級生の視線の先、佐々木にしがみつく中川と高良の隙間から彼女を見た。薄暗い室内でもはっきりわかる美少女がいた。
腰まで届きそうな金髪に青い瞳。豪華とまではいわないが綺麗なドレスを着て、ペタンと座っていた彼女の顔には疲労感と驚き、喜色が見えた。
「よ、ようこそお越し……ではなくて…えっと……」
彼女は慌てたように言葉を出そうとするも、違うと感じたのかまた言葉を探す。
「えっと……まず落ち着こう。深呼吸だ深呼吸。」
とりあえずいつものイケメンスマイルを向けて彼女に話しかけているであろう佐々木。佐々木の言葉に目を二、三回ぱちくりさせた彼女は俺達の顔を一度見回してから佐々木を真っ直ぐ見た。
「えっと……申し訳ありませんでした。改めて、召喚に応じていただいた事を感謝いたします。」
礼をするためと立ち上がろうとしたのか手を着いた彼女だが、力が入らないのかグラリと姿勢を崩して前のめりに倒れた。
「へぶっ……い、痛いです……あっ…えっと……」
「えっと……大丈夫かい?」
佐々木の伸ばした手を一瞬躊躇ってから取った彼女は羞恥かわからないが耳まで真っ赤にしてゆっくりと立ち上がっていた。
「何かいつも通り過ぎて冷静になってきたわ、俺」
「佐々木君はいつもあれだからね。志那乃の苦労もよくわかるよ。」
俺と御崎はそんなやり取りをしながら佐々木と美少女のファーストコンタクトを興味無さげに見ていた。しばらくしてふと腕を掴んでいた感覚が消え、御崎を見てみるとこちらも頬をほんのり赤くしてあたふたと俺の腕と自分の手を見ていた。
「なぁ、御崎。」
「へっ?……な、何!?」
「落ち着け。何故かわからないが、この召喚に不本意ながら納得してるんだが、御崎はどうだ?」
「召喚?……そういえば彼女そんな事を言っていたね。」
どうやら御崎はそうでもないようだ。ただ、こちらは何故かこの状況をなんとなく理解していた。帰れないことはないが、恐らく困難であろうことも。
そんな思考を巡らしながら辺りを見回すと、壁にもたれていたり倒れていたりしていた何人かが不自由そうに体を起こしていた。彼らは皆赤黒いローブを纏っていて、姿や顔は見えないが今のところ害は無いだろうと感じた。
「あの……ありがとう御座いました。」
ふと視線を佐々木達に戻すと、例の金髪美少女が佐々木から一歩引いてふらつきながら礼を言っているところだった。礼を言ってから俺達をもう一度見てニッコリと微笑んで口を開いた。
「申し遅れました。私、アレイアルド王国第三姫のアリーティア・アレイアルドと申します。アリアとお呼びください。この度は私達の都合でお呼び致しまして申し訳ありません。」
「えっと……はじめまして。俺は佐々木浩介。ちょっと色々わからないから詳しく説明をしてもらえないかい?」
アリアと名乗る彼女はリアル王女様でした。第三姫って事は上にも二人姉がいるってことか。というか、こんな部屋に護衛もなくいるところを見るにあまり権力がないのだろうか。
「父様……国王陛下に謁見いただきますが、しばらくお待ちください。」
アリアは一度深々と頭を下げると、回りに来たローブに目配せをして頷いた。ローブの人達の一人はアリアに頭を下げて部屋を出ていった。そして、残る人達は未だ倒れている仲間の介抱を始めた。
「では、参りましょう。付いて来てください。」
身を翻したアリアは、先程一人が出ていった出口に向かって歩き出し、
「あっ……つぅ……」
ふらついてまた転けた。見かねた佐々木がまた手を貸しに行き、その後ろを中川と田辺が続き、高良が呆れたような諦めたような顔をして佐々木を見ていた。俺は御崎と一度顔を見合わして回りを見回した。
未だに立ち上がれない者を介抱し、一ヶ所に運ぶ。見た所、とりあえずが全員何かしらのアクションをしているのが見てとれた。
「沢村、皆行っているよ。」
「あぁ……わかった。」
佐々木達に続いていた御崎は振り返って俺を呼んだ。アリアと四人は先に部屋を出たようだ。
「気持ちが悪いな……」
部屋を出るとき、俺は部屋全体を再度見回して小さく呟いた。
俺達は長い螺旋階段を上り、初めてこの世界で陽の光を見た。薄暗かったから気付かなかったが、途中から石の材質が変わっており、階段から出て見た廊下は陽が差し込んでいるためキラキラと光って見えた。
近くの窓に飛び付いた中川と田辺は「すごい……」と外の景色を見ていた。その後ろから覗き込むように見た高良も「確かにね……」と漏らしていた。
そして、俺はというと……
「もう……無理…」
「だな……」
御崎と二人で廊下脇に座り込んでいた。運動部の四人と違い、御崎は文芸部で俺は帰宅部だ。長時間の階段なんて初詣の神社くらいしか記憶になかった。
「菜緒も沢村君も少しは運動した方が良さそうね。」
いつの間にか近くに来ていた高良はわざとらしく溜め息を吐いて、ニヤリとこちらを見ていた。そして、その後ろから佐々木がこちらを……俺を見てフッと笑った。
「私は志那乃みたいに丈夫じゃないからね。」
「俺は人並みに動ければ十分だ。」
そんな事を言っていると、佐々木がこちらに近寄って来るのが見えた。
「アリアが待っているしそろそろ行こう。志那乃は御崎さんに肩を貸してあげてくれ。俺は……」
俺は佐々木が言い切る前に立ち上がり、ズボンを軽く叩いた。横に手を出し、それを取った御崎も立ち上がった。それを見ていた高良は何か暖かい目で、佐々木は何かを言いたげな表情でこちらを見ていた。
「……何だ」
「いや……何でもない」
俺と佐々木のやり取りに溜め息を吐く御崎と高良。視線を移せば中川と田辺も「あわわ……」とか言ってこちらを見ていた。
「アリア、待たせてすまないね。」
佐々木は何かを諦めたのか、アリアの方に戻って行った。
「あんた達は相変わらず仲悪いわね。」
「沢村の気持ちも分かるけどね。私も沢村程じゃ無いけど、少し苦手だし。」
「押し付けは嫌いなんでな。」
そう言ってアリア達の後を付いて歩き出した。
またしばらく豪華な壺や絵画の飾られた廊下を歩いていると前から堂々と歩く女性が現れた。最低限の防具を着て、プラチナブロンドのポニーテールを揺らす
、騎士らしき女性は真っ直ぐアリアに向かってきた。
「姫、お迎えに上がりました。陛下からすぐにお連れするように承りました。」
「わかりました。私も参ります。えっと……こちらが勇者様方です。」
疑わしい目で俺達を見回した女性はとりあえずといった感じで俺達に礼をするとアリアに視線を戻した。
「それでは行きましょう。」
くるりと踵を返すと、スタスタと歩き出した。アリアがこちらをチラリと見て申し訳なさそうな顔をして女性騎士に続いた。
そして、ぞろぞろと歩く事およそ二分。俺達の前には豪華に装飾が施された大きな扉があった。高さはおよそ3、4メートルで、両脇には重そうな鎧を着こんだ二人が立っていた。
「お待ちしておりました。」
鎧の二人はそれぞれ重そうな扉を押し開いた。ギギギという音の後、ゆっくりと開かれた扉の向こうにはまっすぐに伸びた赤い絨毯と、十段程の低い階段。そして、階段上にある豪華な椅子にふんぞり返って座る男がいた。
「ご苦労」
女性騎士は二人を見て労いの言葉をかけると、ツカツカとレッドカーペットを進んでいった。アリアもそれに続き、その後ろを佐々木達、御崎、俺の順に付いていった。
「陛下。この度召喚された六人を連れて参りました。」
立て膝で頭を下げ、拳をもう片方の手で包む姿勢で階段前にいる女性騎士。その先にいる男は俺達を一度見てアリアに視線を移した。
「アリア、ご苦労だった。」
「ありがとうございます。」
「疲れておるだろう。自室で休んでいるといい。」
男の言葉に優雅に礼をしたアリアは俺達に軽く頭を下げて入ってきた扉から出ていった。
「ベアトもご苦労だった。」
「はっ。有り難き言葉。」
ベアトと呼ばれたプラチナブロンドの女性騎士は立ち上がって右に歩き出し、くるりと回って控えた。
「召喚に応じてくれた事、心から感謝する」
見下すように男はこちらを見ていた。俺達は佐々木を先頭に後方右に中川、高良。左に田辺とおり、田辺と佐々木の間後方に俺、佐々木と中川の間後方に御崎が立って男と顔を合わしている。
僅かの間の後、男は眉を少し寄せ、ベアトは「無礼者!」と言いたそうな顔をしてこちらを睨み始めた。意味を察したのか、佐々木が高良と顔を見合わして頷き合うと、先程ベアトがしたのと同じ姿勢になった。とりあえず合っていたのだろう、ベアトが残る俺達五人に視線を移した。
「えっと……こう?」
ぎこちなく佐々木に続く中川。そして高良、田辺、御崎と続いた。俺はそんな五人には目をくれず、じっと男を見ていた。
「沢村、君も……」
御崎が慌てて俺に言うが、俺は一度御崎を見てからベアトに視線を移し、もう一度男を睨むように見た。
「おい、沢村」
「貴様、何故私の前でその様な姿勢をしておる?」
男から怒りの雰囲気が伝わり、ベアトから殺気が漏れる。御崎と高良が俺にてを伸ばそうとするが、その前に俺は言葉を放った。
「誰だ、お前は。名も名乗れないような奴に礼をする必要があるか?」
俺はこちらに来てから感じていた力を体に巡らしながら男に言い放った。横では「あちゃー」といった顔をして御崎がいて、呆れ顔の高良がこちらを向いていた。
「貴様!陛下に無礼であろう。」
「人を拉致して礼を尽くせだと?寝言は寝て言え。人を値踏みするような目で見るような奴に敬いなどもてるか」
ベアトの言葉を無視して偉そうな男にいい放った。
読んでいただきありがとうございます。
3話目でやっと異世界スタートです。これからよろしくお願いします。
誤字脱字、誤った表現がありましたら指摘お願いします。