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初のボス戦

「っつ……アリシア!!」


俺は刀を構えて目の前の敵に向き直っていた。目の前には緑の体をした巨体、ブデッとした太った体。手にした巨大な棍棒を振り上げてこちらを濁った目で見下ろしていた。


「と、トロール……」


再度振り下ろされる棍棒。俺は直前で回避して後ろに回り込むために走った。体長六、七メートル近い巨体から目を放さずに。


「アリシア!!」


俺は叫ぶが姿は見えない。幸いデカブツ、トロールの意識はこちらに向いている。俺は今ならと思い自分に胸に手をあてた。


「クイック」


瞬時にスピードをあげて一気に回り込んで丸太のように太い足を斬りつけた。刃は表面を走り、浅い傷を緑の足に横一文字に刻み、そこから赤い液体がツーッと垂れた。


「固くはないか。ただキツいな……」

「ファイヤー!!」


直後、トロールの頭部に複数の炎弾が着弾する。野太い雄叫びを上げながら無差別に棍棒が振るわれる。


「っつ、これは危ない。」


飛ばされる石片をクイックの効果で辛うじて回避していく。アリシアは棍棒の動きを目で追い、地面に当たることで起こる揺れに翻弄されていた。


「まずいな」


俺は刀を納め、トロールの足元を走り抜けてアリシアの側へ駆け寄る。


「大丈夫か。とりあえず離れるぞ。」


返事を待たずにアリシアを抱えて走り出した。アリシアは纏っていたローブの為か酷く重く感じた。


「あっ!!」


アリシアの声に反応し、次いでアリシアの視線の先を見た俺は危機を理解した。トロールは顔の火を消し、こちらに大きく棍棒を振りかぶっていたのだ。


「くそっ!!」


俺は思いきり横に飛び出した。直後振り下ろされる棍棒。紙一重で回避出来たが風圧で二人とも飛ばされてしまう。


「何がいけるだよ……レオルの馬鹿野郎が……」


飛ばされた勢いのまま受け身をとり、一気に立ち上がる。次いでアリシアを横目に確認する。どうやら大きな怪我は無いようだった。


「アリシア!! まだいけるか?」


アリシアはハッとなって俺とトロールを見た。立ち上がってはいるが足と手が震えていた。


「仕方無いか。」


俺は両手に魔力を集中し、指を二本立てた状態にした。


「ウインド!!」


右手を逆袈裟に振り風の刃を飛ばした。次いで左手を前に突きだした。風の刃はトロールに向かい、振りかぶっている棍棒を強く握る指に迫った。


「フリーズ」


風の刃はトロールの指を切断し、左手から出た光がトロールの右足に走る。


「えっ……魔法?」

「ウインド!!」


右手をさらに振り下ろし、風の刃を飛ばす。トロールの右足は既に凍り始め、指を切断されたために棍棒を取り落とした。


「アリシア!! 攻撃だ!!」


アリシアはハッとなるとローブの内側に手を入れ、一枚の紙片を取り出した。


「舞え、荒れよ。幾重に重なり敵を巻き払え。ストーム!!」


突きだした両手の前に浮かぶ紙片を中心に大きな魔法陣が形成される。白い魔法陣を先程同様に赤い魔力が走っていく。一、二秒の間に魔法陣全体が赤く染まった。そして、中央から風の螺旋が飛び出して真っ直ぐにトロールの顔に向かう。


「ウインド!! サンダー!!」


再度右手を振って風の刃を飛ばし、左手の人差し指を高く掲げた。指先から小さな電気が上に走る。俺はそれを思いきりトロールに振り下ろした。


ズガァーーン!!


派手な音と共にトロールの頭部に雷が落ちる。アリシアの風魔法を受けていたトロールはグラリと後ろに倒れ始め、首筋を風の刃が掠めていった。


「初めて使ったけど威力凄いな。」


俺もグラリとバランスを崩すが、ギリギリのところで踏ん張って体勢を立て直した。背後ではキョトンとしたアリシアが呆然とこちらを見ていた。


「グガァ!!」


気を抜いた所を大きな咆哮が空間を走る。こちらも踏み耐えていたトロールは、焦げた顔から覗く目でこちらを見据え、無事な方の手で拳を作ってそれを振り下ろしてきた。


「まだ生きてるのか……プロテス」


左手を自分にあてて魔法を唱え、体に魔法がかかった直後に両手を真上に上げ、そこにトロールの拳がぶつかる。


「っ……重っ、いけど……」


なんとかそれを押し止める。足が少し地面に埋まり、回りに小さなクレーターのような凹みが出来た。一度止めた事によって威力が小さくなっていく瞬間に片手を放し、刀を抜いた。


「くらえっ!! ウインド!!」


刀をトロールの手に突き刺して魔法を唱える。次いでトロールの手が一瞬脈動し、手からいくつかの刃が飛び出した。


「いけるんだな……なるほど。」


俺は刀を引き抜いて納め、引かれるトロールの腕に飛び乗って走り出した。一瞬の内にトロールの眼前に着いた俺は居合いの構えを取った。


「グ、グガァ……」


相変わらず濁ったままの目が俺をどう捉えているのかわからなかったが、刀に力を込めて最後の一歩を踏み込んだ。


「ウインド!!」


一気に引き抜かれた刀は勢いそのまま横一文字に走り、刀の鋒が通った場所に風の刃を形成していった。振り抜かれた直後、風の刃はトロールの首に向かって一気に飛び、先程掠めた傷より深く入っていった。俺はトロールの体を蹴って後ろに飛んで距離を取った。着地した時にはトロールの目から光が消え、首からは勢いよく血を吹き出していた。そして、トロールは振動を洞窟内に起こしながら倒れた。


「ふぅ。危なかったか……というかレオルのやつ、アリシアに何かあったらどうするつもりだったんだ……」


俺は刀を納めてペタンと座り込んだ。薄手のローブの内側から青い液体の入った小瓶を取り出して蓋をあける。そして、トポトポと一気に口の中に流し込んだ。炭酸の抜けた薄いサイダーのような味が口の中に広がる。中身は魔力回復薬で、魔力の回復力を上げるものだ。


「いま三つくらい物足りない……」

「ねぇ?」


口に残った液体を飲み干したくらいにアリシアが近づいてきた。俺は懐からもう一本同じ瓶を取り出した。


「アリシアも飲んどけよ。もう大丈夫だと思うけど、一応な」

「あ、ありがとう……じゃなくて!」


一気に近づかれたかと思うと、襟首を引っ張られ、次いで胸ぐらを両手で掴みあげられた。


「今のは何? あなたは何者なの?」


ガクガクと揺すられる。いきなりの行動に覚悟していなかった俺は先程飲んだサイダー擬きが少し上がってくるのを感じた。


「ま、待て。落ち着け」

「答えなさい!!」


表情に必死さが見て取れるが、本当に止めてもらわないとそろそろ危ない。俺は思いきってアリシアの肩に両手を置いて揺れを押さえてジッとアリシアの黒い瞳を見つめた。


「一つずつ答えるからとりあえず止めてくれ。いろいろ出てきそうだ。」

「うっ……わかったわ」


アリシアは渋々と手を離して、ついでとばかりに俺の持っていた回復薬を受け取って飲み干した。


「ふぅ……」

「ごちそうさま。早速答えてもらうわよ。」


腰に手をあてて俺を見下ろすアリシア。俺は両手を上げて仕方ないと諦めた。


「あなた何者?」

「魔法使い?」

「……正直に話しなさい」


声のトーンを落として言われるとやはり怖いものがあった。


「魔導士らしい」

「らしい?」

「詳しく言うつもりはない。知りたければレオルでも尋問したらいい」


俺の言葉に深く追求しようとしたアリシアだが、真剣な態度に思案して諦めた。


「何故剣士のフリをしていたの?」

「フリじゃない。魔法頼りもいいけど、自力もあげたかった。」

「何故ギリギリまで隠していたの?」

「レオルの指示だ。アリシアに冒険者の危険さでも教えたかったんじゃないか?」

「……あなた、詠唱をしていた?」

「いや、していないな。気が付いたら詠唱をせずに魔法名だけで魔法が使えた」

「……私が見ていた限り、5つは魔法を使っていた。下級ばっかりだったけど、どれも違う属性。これについては?」

「……恐らくだけど、全属性が使える」


俺はアリシアに手を翳した。アリシアは何かされると身構える。


「大丈夫だっての。ヒール」


アリシアに回復魔法をかける。アリシアは目を見開いて驚いていた。回復が終わると、アリシアは真剣な顔で俺をジッと見ていた。


「……あなたは、どう思って私と来たの?」

「協力しようと?」

「なら……何故隠していたの!」


目に涙を溜めてブワッと泣き出すアリシア。


「あなたは……私の事を見て何を思ったの? 私の説明を聞いて何を思ったの?」


俺はどうするか考えが纏まらなかった……正直なところ、何故アリシアが怒って泣いているのかわからなかったからだ。


「レオル様に頼み込む私を見て、内心で嘲笑っていたんでしょ!!」

「……それはない。」

「あなたが……あなたが魔導士と知っていたならもっと安全な戦いかたが出来た。あなたはレオル様に言われたように私を追い込んだんでしょ!!」


恐らくアリシアの琴線に触れたのはわかるが、正直なところ解決方々が思い付かない。


「アリシア。とりあえずここを出よう。話は村でもギルドでも戻った時に聞くから。」

「触らないで!」


俺はアリシアの肩を持とうとして、思いきり弾かれた。


「もう知らない!!」


アリシアはキョトンとしていた俺を置いて走り出した。


ピシッ……


アリシアの向かった先で嫌な音が響いた。次いで、洞窟内がゴゴゴゴと言う音と共に揺れ出す。


「何……いったい?」


アリシアが異変に立ち止まる。地面に走った亀裂がまた広がる。


「止まるな!! 走れ!!」


俺は急いで立ち上がった。ハッとなって俺を見たアリシアは急いで走り抜けようと足を踏み出した。しかし


「えっ……きゃあぁぁー!!」


足下が崩れ、踏み込んだ足に体重をかけていたアリシアはそのまま抜けた穴に飲まれていった。


「ちっ……」


舌打ちをしながら急激に広がる穴から逃げるために後退する。穴は先程俺が座り込んでいた辺りを飲み込んで拡張を止めた。


「アリシアァ!!」


穴に向かって叫ぶが返事がない。穴からはひんやりとした冷気があふれでていた。俺はこの穴から嫌な気配を感じていた。冷気が溢れて体を包み、背中にはジットリと嫌な汗をかきはじめていた。


「行くしかねぇよな……」


俺は意を決して穴に向かって飛び込む。降りていくにつれて冷気が強くなる。飛び込む前は空気がひんやりとした

と感じた程度だったが、肌寒く感じ、底が見える時は寒いと感じるくらいだった。


「きゃあぁぁー!!」

「アリシア!!」


着地したと同時に目に入ったのは、氷の蔓延る幻想的な洞窟と宙を舞うアリシアの体。そして、氷と電気を纏ってアリシアを後ろから引っ掻いている、巨大な狼の姿だった。





いつもありがとうございます。


体調崩したリスです。

季節の変わり目は弱いみたいです(汗)


では次回もご期待下さい



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