写真の中の彼女
この日は自分に対してむかついていたというよりは、何かを恐がり今の自分に焦っていた。達也らは自分の夢を持っている。まだ幼すぎて現実離れた夢であっても、それを叶えようとして、努力している。
自分はどうだ。自分も頑張っている。毎日を必死に生きている。でも電線の上に立っているカラスから自分自身を見ると、何もしてないことが分かる。確かに必死かもしれないが、ただ生きるのがやっとなだけだと感じる。ほかの人が当たり前にできることが自分にとっては大きな悩み。
中学生の時の卒業アルバムを本棚から取り出した。何も変わっていないんだなあ、あのときから。
桜田愛華。そう名前が書かれた上には、森本さんが見せた写真と同じ子がいた。ショートカットで白い歯を見せながら笑う女の子。
何も変わっていないんだなあ。自分は 抱きかかえることのできないほどの大きな好意を彼女に抱いているはずなのに、思いを伝えることも話しかけることもせず、ただ彼女に対しての欲を頭の中で膨らませているだけ。同じ学校に通っていること知らなかったくせに、彼女の名前を呼ぶことに快感を覚え、頭の中にもうひとりの彼女を作りその彼女をもてあそぶことに満足し、現実を見るのをやめ、自分で作り上げた美しい幻想の彼女に好きと言っている。頭の中にいる彼女は決して話さない、決して怒らない、決して泣かずただにこにこと笑っているだけ。ここにある写真のように。
何もしていない、それでも彼女は僕のことが好きだと思っている。
何も変わっていない。あの時から。彼女に幻想を描いたあの時から。
それは今から三年前のことだ。僕はまだ中学二年の時のことだ。
何かをしよう。いつもと違うことを。何か見よう、いつもと違うどこかで。何か考えよ、頭でなく心で。まあとにかくいつもと違う日曜日に。
いつもと違う何かをする。そして明日を掴む。言葉の響きはカッコイイと思う。夢に向かって突き進む、青春漫画によくある、最初試合に負けてしまい、自分の弱さや甘さに気づき、毎日精一杯死ぬ気で練習。今までとは全く違う事をし、そして夢が現実になる。
こんな非現実の事を求めている訳ではない。ただ何となく。今が嫌なだけ。
起きてすぐは、そこまで自分がダメな人間だと思っていなかった。だが、朝飯を食べ終えてもう準備は出来たのに、何もしない。考えても考えても、このネズミ並みの小さな脳には、どうすればいい、どうすればいいと頭の中を回っているだけだ。ただでさえ疲れ果てたこの体は、もうこれ以上の重さに耐えきれない。
時間が経てば経つほど、自分が嫌になり、醜く感じ、呆れた。それと同時に、自分はやっぱりこうなんだ、口だけの人間なんだ、どこにでもいる中学生と一緒なんだという、戦ってもいないのに負け惜しみみたいな自分の心の嘆きが聞こえた。
このままだと暗い事にしか興味がない生き物に成りかねない。自分の腐りかけの頭でも分かった。
とにかく外に出よう。この意見は問題の解決策ではなく、心臓発作で倒れた人を、救急車が来るまでの人工呼吸やAEDによる応急処置のようなものだと自分では解釈した。
胸の辺りを押さえて倒れてから三時間後、昼食を食べ終えてからやっと玄関の扉を開けた。
空からは降り注いでいる光は、優しく自分を包み込んでいる気がするが、その優しさで醜いだけの自分の存在が消えてしまいそうだ。
空を見上げれば雲はどこにも見えずただとても大きく青空が広がっているだけ。その色は自分が今足を覆っている一週間前に買って今日初めて履いた真っ白の靴が黄ばんで見えるぐらいだ。