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あいつ

「カイ、一緒に帰るか。」


この声を聴くと本当に気持ちが置きつく。自分がひとりではないんだなと気が付く瞬間。彼が隣に居るだけでこんなにも心強いのか。


 玄関で靴を変えていると、いつものように嫌な声が聞こえてきた。中身のないことをただ大きな声で言っているだけ。壊れてごみの吸うことができない掃除機みたいに。


 しかしこの嫌な空気を感じているのは自分だけなのだろうか。キャッキャッと笑い声が聞こえる。それもまた耳障りで動物の声にしか聞こえない。そのサルみたいな人間(人間のようなサル)たちはあいつを囲む三人組の反対側の壁にいた。きっと離れているから、あいつがやられいていることは気が付かないだろう。それに話に夢中だし。


 まさかそんなことは決してないだろう。ガード下にいて上を通る電車に気が付かないはずがない。嫌でも気が付いてしまうだろう。


「あれ、やばくない。」


「とめなくていいの。」


「だいじょうぶじゃない。いつものことだし。」


「ていうか。あの子だれ。」


「見たことない。」


「あの子はたしか二組に転校してきた子だよ。名前は知らないけど。」


「そんなことはどうでもよくなあい。ていうか、昨日のテレビ見たぁ?」


 そしてまたキャッキャッと笑っていた。もっと大きな声で話してくれ。あそこにあるあれらよりも。そうすれば気が付かなかったって言えるのに。雨は降っていないからわざわざあいつらの後ろにある傘建てから自分の傘をとる必要がない。そのまま外に出ようとする僕の前を達也がゆっくりと横切った。


 そして傘建ての方向に向かった。だから自分の傘を取りに行っただけなのかなあと思った。達也の顔はさっきまでと同じく、にこにこと歯を見せずに笑っていたから。決して鬼退治に行く桃太郎には見えなかった。


 しかし達也は傘建ての向こうに行った。

「何やってんだよ。」

 達也がそう言ったらあたり一面が静かになった。とはいっても、女三人組が話すのをやめて、達也に注目しているだけ。


 きっと、何とかレンジャーが悪ものに立ち向かうのを、テレビで見ているような感じなんだろう。「なんかわくわくするね。」言ってはいないけどそう聞こえるよ。「どうせ関係ないしね。」

「よ、達也じゃないかよ。」

思っていたのと違っていたらしい。「なんだあ。」と言って(本当に言っていたかどうかは分からないけれど三人とも同じような顔でがっかりしていた)、外に出ていった。


 いったい彼女らは何を期待していたのだろうかなあ。達也があいつらと殴り合うとでも思っていたのか。

「何しているんだよ。」

達也が言った。声がいつもよりも濃い色が付いていた。


「いや、これが壊れちゃったんだよ。いくらやっても金が出てこないんだよ。お前もあれだろう、お金を入れても何も出てこない自販機殴って直そうとしねえか。なあ、するよなあ。普通だよな。」


 そう言って自分の隣にいる二人に聞いた。ひとりは背が低い小太りで、もうひとりはただのデブだ。どちらかというと見た目はいじめっ子というよりも、いじめられる方だろう。


「そんなことはどうでもいいけど。あいつが呼んでいたぞ。」


「あいつってだれだ。」

「あいつって言ったらあいつだよ。」

「ああ、あのくそせんかあ。」

「そうだよ。」

「やっべ、もうばれたんかよ。くそせんの財布から三万取ったのがばれたんかよ。お前らもう行くぞ。」

 大きな豚は二匹の子豚を連れて走っていた。走りながら小さな子豚が何か黒いものを落としていった。何だとはっきり分からないがそれはたぶんあいつの財布なのだろう。


 何もなかったことにしようとしているのだろう。あいつは達也に目を合わすことはなく、自分の黒色の傘を迷うことなく取り出し、冬の淡い光の中に出ていった。雪の上に落ちている、あいつの財布をしゃがんで拾いついている雪を払うことなくそのまま自分のズボンの中に突っ込んだ。ずっと下を向いたまま、猫背をさらに猫背にして歩いて行った。

「かわいそう。」

 思わずつぶやいてしまった。

「あいつ俺のこと友達と思っていないよな。思っていたら最悪。俺あんな奴らの友達じゃないから。」

 そう吐き捨てるように言うと、僕に傘を渡して先に外に出ていった。外に出ると淡い太陽の光、吹く風が冷たい。でも今は身を刺すような冷たさが嬉しい。今は自分ができるだけ傷つきたい。

 かわいそうになりたい、せめて。



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