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転校生

僕が教室に入った時、教室の空気が重たかった。正しく言うと、僕が入った瞬間からおかしな空気になった。クラスを間違えた奴を「どうしたのだろう」と顔で言って、ただ間違えてしまっただけなのに、冷たく厳しく批判する感じ。自分はまるで転校生のようだ。


 しかし、僕は本当に転校生のような感じがする。なぜなら、この教室にいる生徒の名前が誰一人として分からない。それにこの教室で授業を受けた記憶ものないし、自分の机がどこにあるのかわからない。全員の視線が体に刺さる。氷柱が刺さっているような冷たく痛い。背中から汗が止まらない。風の引き始めのいやな寒気がする。


 不思議な、理由が分からない、現実味のないこの状況は一秒もなかった。自分の机も分かったし、全員の顔も分かった。名前はきっと最初から覚えていなかったのだろう。みんなはさっきのことは、まるでなかったかのように、いつもの光景になった。


 僕が知っているいつもの光景。窓際に五人ほどで、じゃれ合っている女子たち、前の方でクラスの半分ぐらいの男子が固まっていて、友達の宿題を写させてもらっているのもいれば、一人分厚い本を読んでいるのもいる。


 頭を打ってみんなが記憶喪失になっていたが、ふとしたことをきっかけに治った。そのきっかけは分からない。ただその時すぐに、先生がドアを開けて入ってきた。転校生を連れて。


 その転校生は緊張しているせいだろうか、自己紹介する声が震えていてどこか遠くを見ていた。今日来たばかりのはずなのに、なぜだか来ている制服が薄汚れていた。








 窓の外には、雪がちらちらとめ、紙のように降っている。それらは、道路に触れるか触れないかのところで、溶けてしまう。しかし、外を歩いている生徒たちの肩や頭は、うっすらと白くなっている。日が出ていないせいだろう、それはただ白いだけで輝いてはいない。   


 自分はひとりぼっちだ。当然自分が分かっていることだ。でも、生きるのが嫌になる。好き好んで一人でいるはずなのに。周りの人が絶対誰かといる。たった一人は自分だけ。他人の目を気にせず生きられるほど自分は立派な人間ではないから。


 何となく死にたくなる。本当に死にたいわけではない。死ぬってどういうことなんだろうね。あっちの世界は、どんなんだろうかと、興味はいつもある。自分が孤独と感じ、生きたくないと思う。


 しかし、まだ死ぬことを怖いと思っている。これは僕でも本当か分からない。僕は僕にも心を閉ざしているから。


 時々感じるこの変な感じ。心臓の少し上が痛くなる。自分の体を傷つけたくなり、体が重たくなり、何もかもがいやになる。前触れも無く訪れる発作。自分はただ終わるのを待つしかない。何もできずただじっと待っているだけ。しかしこの病気になった理由が分からない。生きていて少しぐらいは楽しいと思う。ほんの少しだけ良いことよりも悪いことが多いだけ。ただ同じ日々が続いているだけ。

 雪はその日ずっと降り続けた。


 雪が積もっているが、それは、除雪車によってかき集められて固まっているから残っているだけ。この教室と同じだな。車の排気ガスで黒くにじんだ雪。未だに溶けようともせず、青々とした小さなつぼみが出てくるのを邪魔している。ほんの少しなのに、まだ冬だと言われる。


 また始まった。今この教室には、二十人はいるだろう。誰もそれを止めようとはしない。それどころか自分は知らなかったと、後から言い訳ができるように、皆見ようともしない。窓際で喋っている三人組みの女子、一番後ろの席で漫画を見せあっている男子たち、一人本を読んでいる人、宿題をやっている人、そして、その現場に一番近くにいるのは自分。


 別にみんな心がないわけではない。勇気がなくて止めたいけど止められない人二割、かわいそうと動物実験で使われるマウスを見ているように、上から目線のやつ半分。どうせいつものことほっとけと少数いて、完全に自分たちの世界とは違うと、言い切っている者たち残り。自分もそのうちのどれかだ。どうしても何かしようという気になれない。自分には、どうせ関係ない。正義感よりも面倒くさいが勝ってしまう。自分が今止めたとしても、どうせ続くだろうという言い訳があるというか……。でも本当はただ怖いだけ。


 どうしてあいつはそんな簡単にいじめられっ子になったのだろうか。背が小さいからか、目が釣り合って生意気そうに見えるからか、殴られても何も言わずただいやそうな顔をしているだけからか。まだ誰もあいつのことを知らないのに。何も知らないからかなあ。


 その場の異様な空気を変えるのは、授業の始まりを告げるチャイムだけ。チャイムと同時に、そいつらは、ばらける。


 そのチャイムが鳴り終わる前に先生がドアを開ける。何もなかったように入って来る担任の英語の教師。いつもと変わらず授業を始める。


「聞いた話だが、このクラスでいじめがあるそうだなあ。どうだ、みんないじめを見たか。何か心当たりのある者、手を挙げて言ってくれないか。」

 自分は自分の耳を疑った。何言っているんだ、コイツ。なにひとごとのように言っているんだ。聞いたんだよ、僕は。チャイムがなる前にお前が廊下を歩いている音を。そしてその音はかなり教室に近くなって、止まったことを。


 誰も手を挙げなかった。こいつに何かを言ったところで、何をしてくれるのだろうか。


 みんななかよし、と言っているのはこのクラスの、汚染物質たち。いくらこのクラス全員を、浄化してもすぐに黒ずむだろう。汚いのは空気で、その空気を出しているのは、前に立って、高いところから、見下ろしている先生だ。ただの肩書き。教員免許を持っているだけ。ただ英語を教えているだけ。

この退屈な日常。生きている意味があるのだろか。



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