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学校

リィリィリィリィリィリ……

 いつものように目を覚まさせる。この五畳程の小さい部屋は普通より、耳に響く。久しぶり聞くこの音は、自分にとってどんな音よりも恐怖を仰ぐ。体が重たい。眼はさえているのに起き上がることができない。心拍数が上がり、ため息が止まらない。胸に違和感がある。肺の中に大きな石が一つ入っている。気持ちが悪い吐きそうだ。いやだ、行きたくない。学校が始まってしまった。昨日までの長い安らぎの日々は終わり、また始まる不安だけの日々。時間が止まってくれればいいだよ。時計を布団の中に入れ、それを持ちながら自分はカタツムリのように、布団の中で丸くなった。そして、願った。時間を止めてほしいと。


リィリィリィリィリィリィ……


 スヌーズ設定されている時計が鳴り響いた。当たり前だけど時間は止められない。そんなこと、別に今知ったわけではない。かなり前から分かっていた。だって学校がある日は毎日これをやっているのだから。誰よりも何よりも願っているけど、やっぱり止まらない。痛いよね。自分って本当に痛い子ね。こんなことを毎日繰り返したら、おかしくなっちゃうよ。行かなくてはならないことは分かっているけど、どこかに抜け道があるならそこに逃げたい。例えそれが非正義のことでも、自分を守るためなら構わない。そうしなくては生きていけない。


 重たい石が乗っている布団を力ずくで持ち上げ、鉛で作ったリュックサックを背中に担いだまま体を立たせる。溜息をするたびに、目の前が暗くなる。


 外はもう夜明けらしい。数十センチ積もった雪が、柔らかい朝日に照らされ光っている。人にはどう頑張っても生み出すことができない、宝石が無数に散らばっている。自分の心と全くの正反対だから、余計にきれいに感じるのかもしれない。それでも少しはましになった。この宝石の上を歩けると思うと、なんだか少しは嬉しい。


 シャリシャリとシャーベット状の雪の上を歩く。歩道には雪が解けすに残っている。そのまっさらな雪の上に傘を引きずった跡と小さい足跡が続いている。

 

 ひとりでいるときは、本当の自分を隠すことができる。僕は何でもなれる。空を飛んで命がけで人を救える。殺人犯を捕まえることもできる。好きな人に告白もできるし、生徒会長にもなれる。新しい友達も作れる。どんなことでも出来る。


 前を歩いている同じ学校の女子に話しかけることぐらい簡単だ。明るく話しかけ、冗談を言って笑いあったり、いろいろと聞いたり話したり、学校に行くまでの時間を楽しく過ごせるだろう。こんなことで恋が生まれるのだろう。彼女が僕の彼女かあ。


 一歩ずつ一歩ずつ、彼女に近づいていく。確実に歩く速さが速くなっている。彼女の長い髪が冷たい風にやさしく揺れる。雪のせいだろうか彼女の髪は誰よりも黒くつやがあるように見える。


 あと少し、あと少しで。


 しかしそれらすべては偽造にすぎなく、ただ頭の中で作った妄想。


 彼女が後ろを振り返ると、全てがはじけた。彼女に気がつかない振りをして、視線をどこか遠くに合わせ、早歩きで彼女の横に行き、そのまま抜き去った。


 黒いワゴン車が僕の横をものすごいスピードで過ぎ去った。水の塊が僕たちを襲った。


 車が来ると同時に僕は、持っているものを全て投げ捨てて、ものすごい勢いで彼女のところに行き、彼女の盾になり彼女を守った。


 こんなことできたらよかったのに。でも一人ではないからできない。


 友達が少ない、いつも一人のはずなのに、いつも誰かの目を気にする。誰も見ていなく誰も気にしていないことぐらい知っているのに、何もできず空想の中で生きるしかない。しゃがんでポケットから出した青のチェック柄のハンカチで足を拭いている彼女をチラ見して、何事もなかったようにそのまま歩いて行った。


 明日が来ても、来週になっても、一年過ぎても同じことをずっと繰り返す。不安で仕方ない。何も変われない自分が、変わり方を知らない自分が、時間にもてあそばれている自分が、みんなが変わっていくことが。


 いっそうこの白銀の中でたった一人置き去りになった方がましなのかもしれない。一面真っ白で見えるのは自分の体だけ。歩くたびに泥の付いた足跡で汚していく。この広大な何もない世界を自分色にできるはずなのにただ、一直線に足跡を付けていくことしかできない。きっと気が付かないだろう。その歩いているところは、誰かが歩いて固められた雪の上であることを。それでも、自分の道を歩いていると言い切る。


 

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