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スノーボーダーはどこまでも  作者: 綾瀬 佑
3/3

「人間だって飛べるのさ」


 GARAは今日も晴天。そして俺は半袖。なぜって、5月の雪山は暑いんですよ。そして俺は春のベシャ雪をこよなく愛している只のサラリーマンです。

 ここGARA湯沢は新幹線とゲレンデが直結していて、行きも帰りも凄く楽のなので社会人になって一人で山に行くことが増えてからはホームになった。

 はい、常時ヒトリストですが何か?

 まぁ学生の時みたいに大勢でわいわいするのも楽しいけど、一人でも自分のペースで練習できるから良かったりする。一人カラオケみたいなもんだ。え、違うか。

 強がってはいるけどやっぱり昼飯とリフトに乗っている時、こけた時とかは若干寂しくなる。もっぱらリフトに乗っている時は人間観察とかして暇を潰すわけで。

 グラトリのトリック失敗して派手にこけてるやつとか、初心者の女の子達がきゃぴきゃぴしていたり、異常に上手いお父さんと娘さん。いいな、俺もあんなかっこいい父親になりたい。それから何かと目につく楽しそうなカップルな。ほら、またあそこ

(ん?これはまた、珍しい)

 視界に入ったのは紛れもなくカップルだろう。しかし男の方が木の葉で、女の子の方が教えているようだった。

(お、こけた)

 男の方が山側に座り込むようにこけた。それを見て女の子の方は一瞬心配する素振りを見せたが、何かがツボに入ったのか大きな声で笑い出して、つられて男の方も笑って、、、って羨ましいなおい。しかも観察を続けていると、女の子は360をいとも簡単にこなしていてさらに目をひいた。 

 俺も大学の頃は後輩(男含む)とか、付き合ってきた子はボードに誘って教えたりしてきた。フツメンの俺が唯一かっこいいとこを見せられるのが雪山だけだからな。

 ただ、初めてボードする子を連れて来る場合は本当に注意しなければいけない。ケガもそうだがその日のコンディションと相手の運動神経によっては地獄と化する危険があるからだ。

 それを体感したのは大学の頃、当時気になっていた女の子をボードに連れ行った時だ。標高高めの丸沼だったので何の心配もせず行ったところ、気温が高い日が続いたせいか、がちがちのアイスバーン。

 しかもバランス力が無いのか彼女はサイドスリップすら出来ず、そんな最悪な状況でだんだん彼女の機嫌も悪くなってきて…言い出したのは彼女の方だったのに、ましてやリフト代も、レンタルも、交通費も昼代も俺。

 それなのに疲れがどっとくる帰りの車の中(もちろん運転は俺)

「全然楽しくなかった。あんたの教え方が下手なのよ。これなら先輩と一緒に行けば良かった」

 あの時初めて誰かを殴りたいと思った。でも本性を見破れなかった俺にも否がある、そう言い聞かせて我慢したけどな。


 本日2周目のパーク。5、6人のボーダーが座って順番待ちしているのが見える。やっぱり若い子が多いなぁ。ウェアの着こなしから歳の差を感じる。

 そして技の無謀差な。無理やり回せば何とかなるだろうみたいな荒いエアーが目立つ。いや、勿論おぉってなる上手な人もいるけど。

 順番が回ってきた。とりあえずレールにF/Sで入って軽く流してから、その流れで10メートルのキッカーをフロントサイドで540。

 体が投げ出され、真っ白い世界が反転。すぐに真っ青な空で視界がいっぱいになった。

(うわぁ、めっちゃ浮く)

 体の底からグワーっと湧き出るようなこの感覚が堪らなく気持ちいい。

 RPGとかに出てくるドラゴンに乗ってみたい、幼い少年時代にそう思ったことが何度あったか。きっとあのデカ物が飛び立つときはこんな感じなんじゃないか。そう思うと無性にワクワクする。

 その感覚を味わいながら少しふらついたが上手く着地出来た。3周目は俺が一番お洒落だと思ってる技、トゥイーク。この板を見せつける感がまた堪らない。

 今日はいい調子だ、高揚気分のまま一旦パークを抜けフリーランに戻る。

 お気に入りは、中央エリアのエンターテイメントコース。コブも少なくて滑りやすい。本当は南の非圧雪のコースも行きたかったが残念ながら今日は大会らしくクローズしている。

 気ままに滑っていると後ろからボーダーの集団(この場合5、6人くらいを指す)の気配を感じたので少し脇による。

 そして後ろから追い越して行った集団の格好に驚いた。某人気アニメキャラクターのコスプレをしていたからだ。しかも後から続く仲間らしきやつらも全員そんな感じだった。

 中にはかなりマニアックなやつもいたが全部分かって、しかもそのキャラの口癖、技なども即座に頭に浮かぶ。一応言っておくが別に重度のオタクなわけじゃない。職業柄そういった類のものに縁があるだけで…

 情報系の専門学校を出た俺は元々パソコンが得意だったのもあってゲーム会社に入った。本当はプログラミングを担当するはずだったのだが、色々な事情がありキャラクターデザインを務めることになってしまった。

 それでも絵は小さい頃から描いていたし、それはそれで楽しそうという気持ちで始めて、案の定楽しかった。

 一方キャラデザインと兼業でウェブデザインも任されていて、そっちの仕事はあまり向かないと感じた。キャラはだいたいストーリーなんかに合っていて、ちょっと個性をだせば自分のアイデアが大抵そのまま採用される。

 しかしサイトの方はクライアントの求めているもの、その企業、団体のニーズなんかを色々考慮しなければならず、なかなか正解に辿りつけなくて

「こういうのじゃないんだよねー」

「全然惹かれないんだけど」

「ちゃんと頭使って考えてんの?」

 新人の頃はそんなクレームの毎日で何度へこたれそうになったことか。こんな地獄のような日々を癒してくれたのがマンガだった。

 学生の頃は活字を見るのも嫌という感じで小説は勿論のことマンガでさえも敬遠していた。しかしキャラデザインの参考にと読み始めたらもう止まらない。

 今ではジャンプから少女漫画も読んだりしていて、その延長でアニメも見るようになったのだ。そういえば最近では痛板(板のデザインが二次元のキャラのものを指す)まで出回っているみたいで、まぁお目にかかったことはないけどかなり興味はある。どうでもいいけど、そろそろ板買えたい。

 本当はここまで来て仕事のことなんか考えたくなかったが、いま手がけているRPGゲームに出て来るキャラクターを考えなければならず、期限はあと3日。 どう考えてもかなりムリゲーなのだ。というか冒険もので女の子を主人公という難易度の高いキャラなんて平凡な俺の日常、見飽きた部屋に居たって思い浮かぶはずが無かった。

 そこで悩みに悩んで、そうだ、雪山行こう。こうなった。



 しばらく滑って西エリアのレストランに入った。

 来る前に初心者コースを滑っていたらスキーヤーがぶつかってきて本気で死ぬかと思った。全く、止まり方くらい習ってから滑ってほしい。

 冷や汗をかいたウェアを脱ぎ食券を買う。受け取ったのはカツ丼だ。卵がふんわりとしていてカツもジューシーで上手いのだ。水を取ってから席に戻り、一口目を運ぼうとしたが視線はカツ丼ではなく向かいの席に現れた別のものを捉えていた。

 さっきリフトの上から見たカップルだ。そして女の子がゴーグルとビーニーを外した時だった。

 ガタン。大きな音が響く、音の原因は、俺。

 なぜなら勢いよく立ち上がった反動で椅子が倒れたからだ。周りの視線を一斉に集める。

 その子も驚いた顔でこちらを向く。癖っ毛の茶色のショートヘアにくりくりの目。幼い顔立ちなのに雰囲気は凄く大人っぽい。イメージにぴったりだ。そう思った。

 一瞬静まりかえったその場も客がすぐに自分達の会話に戻り騒がしくなる。

「どうかしましたか?」

 いきなり目の前の男が立ち上がり、静止したまま動かない。不審に思ったのだろう、彼氏の方が声をかけてきた。

「あ、いや…大事なことを思い出して…あはは」

 作り笑いを浮かべて相手の顔色を伺う。

「思い出せて良かったですね」苦し紛れの理由付けにほんわかとした笑顔でかえされ初めて男から癒しをもらった。

「お騒がせしてすみません」

 謝りながら椅子を直しゆっくり座った。よく見ると似ている。何がって女の子とこの男性だ。俺の中で一つの仮定が浮かんだ。

「早く決めて食べて、午後も特訓だよ、お兄ちゃん」

 やっぱり兄弟だった。お兄ちゃん、いい響きだ。

「何で好きになったのが結衣なんだか」

「仕方ないだろ、あんな可愛い子」

「お兄ちゃんじゃ無理だと思うなぁ」

「分かってる、けどそれでも諦められないんだよ」

「ボード出来るようになって仲良くなろうなんて浅はかだけど、お兄ちゃんが彼女無し=年齢なんて嫌だから協力してあげる」

「サンキューな」

「頭良かったら勉強教えてあげるって口実出来たのにね」

「うっ…仕方ないだろ」

 一人っ子の俺は仲睦まじい兄妹の会話に和んだ。

 少しして運んできてもらったオムライスをスプーンで掬いながら嬉しそうに笑う女の子。とりあえず帽子を被せる。それから勇者のような、男物のコスチュームを着せる。ボードブーツは革靴で、勿論手にはスプーンではなく剣をもたせて、完璧だ。

 あとはベビードラゴンを横に…必殺技は…とここまで来て着信音によって今までの空想が一気にかき消された。

「はい日下部です」

 ディスプレイには上司の名前が表示されていた

「あ、藤枝だが。悪いなー休みの日にー」この上司は謝る時に何故かいつもヘラヘラする。

「大丈夫です、どうかしましたか?」

「それがな、このあいだ君に任せた衣料品メーカーのクライアントから電話がきてな、君のデザインがいまいち気に入らなかったみたで。作り直してくれと」

「え、ちょっと待って下さい!かなり案出したはずなんですけど」

「全部ボツだそうだ。もっとインパクトが欲しいって言ってたな」

「インパクトって」

「打ち合わせの時に先方の要望はしっかり聞いたのか?」

 いやいやいや待て待て。しっかりてか、この間打ち合わせた時はパソコン広げて、特にコンテンツは無いんだけど、このサイトみたいな感じで、もっと個性的 というか、まぁ余所とは違う感じにして欲しいんですよー、あ、でもイメージはこんなのでね。って新手のいやがらせかレベルで間延びした話し方に加えて、 この仕事を始めてから稀にみる適当さ加減に一発殴ってやろうかと思ったんだぞ。  

 しかし、それでも仕事は仕事。漠然としてかなり無茶な要求だったけど、とりあえず提示してきたサイトに使われていたフラットデザインを用いて何種類か作ってみた。もちろんこの形式の狙いは見易さと分かり易さ。

 だから必然的にシンプルなものになる。それを今更真逆のものにしろと。

「明後日までに代案出してくれと頼まれてしまってな。急いで電話をかけた次第なんだが」

「わかりました…」

「頼んだよ。あそこは親会社のお得意さんでもあるからな」

 圧力をかけてから電話が切られた机にひじをついて頭をかかえる。と同時に大きなため息が漏れた。


 とりあえず空になった皿をさげて外に出る。スマホの画面には愛犬の後ろ姿と14:25の文字が映しだされた。あと数本滑って、19:00をめどに帰ったとしてもそれからすぐに作業にとりかからないと間に合わない。というかこの身体で徹夜は死亡フラグだろ。  

 せっかくの滑り納めだってのにクソ。仕方がない、これで最後の一本にしよう。そう決心して板をつけ、4人乗りリフトに乗り込みパークへと向かう。

 その前に愛の鐘が鳴る音が聞こえた。見ると若いカップルが見えた。お幸せそうでなによりだ、このやろう。よく見るとそのカップルの女の方はよく言えばぽっちゃりで俺の対象外だった。若干心が救われた。

(それにしてもさっきの子は可愛かったなぁ。彼氏のほうはいかにも草食系だったけどもう喰われ…)

 なんて不埒なことを考えているとあっという間にパークへと流れ出る。

 ケガして会社にいけなくなったらそれはそれでいい。いや冗談だ。さすがにこの年で職を失うのは願いさげだ。

 だけどそれくらいの意気込みで滑り出す。

 ここ一番の大技をみせてやる。そう思ったのと同時にたくさんのアイデアが頭をよぎる。

(インパクトが欲しいんだろ!あんたが求めてる以上のもの造りだしてやろうじゃんか!)

 ラスボスに挑みかかっていく主人公のように恐れを知らず、そのままぐんぐん加速していく。フロントサイドから入りフラットで抜ける。

(いった)

 上手く抜けきった手応えを感じとる。そして540。

 想像以上に体が投げ出され、そのまま着地に失敗。腰が…息ができねぇ…数秒うなされたもののすぐに立ちあがって滑り出し次のキッカーへと向かった。

 この失敗するかもしれないという不安や痛みはアイデアが湧き出ている間はすべて消し去られる。そういえば何かのマンガの主人公が言っていた言葉があったな。それを思い出しながらさらに加速していく。なんだっけ、あ、そう。


『知恵は恐怖にとっては解毒剤だ』


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