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スノーボーダーはどこまでも  作者: 綾瀬 佑
2/3

「雪氷のシュプール」

 

 関越道で片道2時間。隣で邦ロックバンドの曲にノリノリな友達を横目に缶コーヒーを飲みながら渋滞知らずの高速を運転して着いたのは雪質、アクセスの良さで知られる舞子スキー場。目の前に広がる雪景色はオフシーズンを耐え抜いた気持ちを爆発させた。

「雪だ―――」

 板を担いで子供のように走り出す相方を追うように俺も走り出す。駐車場からすぐのリフト乗り場手前で板をつけて、ビンディングを締める作業さえもどかしく感じた。

 それからロープウェイに乗って奧添地エリアへ。舞子はこれで頂上まで一本で行けるから好きだ。       

 雲一つない景色を拝んでから滑り出す。スイッチから入ってその勢いで180ノーズブレス。からのフロントサイドで360。

 世界がくるりくるりと回る。めちゃくちゃ気持ちいい。冷たい風を浴びながら久しぶりの快感に続けて回りまくる。

「まさ、かっこいいー」

 後ろから茶化してくるのは同い年の宏太。経営学部の首席らしく、大手企業のお偉いさんとか色んなコネクトがあるらしい。しかも外見も内面も完璧で女子からまぁモテる。

 だから何で俺なんかとつるんでるのかよく分からないんだけど。

 宏太は俺を追い越し、軽くリワインドを流したかと思ったら上体を低くして、 何をするかと思いきや宙に浮いて前回り。ロデオアンディを決めてきた。

 俺、絶句。

 それでこんだけスノボも出来たらそりゃモテるだろうな。さわやかにこちらを振り返る宏太。ドヤ顔もイケメンすぎてもう何も言えない。

「怪物ですか」

「それ褒めてんのー?」

 あんなの軽々決められたら素直に賞賛する気持ちも失せるだろ。ふかふかのパウダーでやるのも怖いのに、普通に圧雪されたとこで、しかもノーガードで挑むのは相当自信がないと無理だ。そういう度胸も含めて尊敬している。普段は口に出さないけど。


 いつもニコニコしているこいつとの出会いは一年の頃、サークルの新歓の時だった。かなり人見知りだった俺は大学生特有のノリには付いていけず、隅っこでウーロン茶を啜っていた。すると同じ一年らしき男がグラスを持ったまま近づいてきて

「隣いい?」そう声をかけてきた。

「あ、どぞ」俺はそう答えて少し横にずれる。

「向井宏太です。よろしく」

 座りおえると俺の方に手を伸ばしてきた。

「まさひろです」

 一応飲みの始めに自己紹介は済まされていたけど、名前を憶えられていなかったので助かった。

「いいの?向こうの女子残念そうな顔してるけど」

「大きな声じゃ言えないけど、あの集団香水の匂いきつすぎて耐えられなかった」

「なるほどな」苦笑いで同情を示す。

「そういや、ボード経験あるって言ってたけど、歴どれくらいなん?」

「高校の時に2、3回行ったくらいかな」ターンぐらいで技なんてとてもじゃないけど出来ないレベルだった。

「そうなんだ。俺は6年くらいだから、ボードで言ったら先輩だな」

 けらけらと嫌味なく笑う。

「長いんだね」

「元々北海道にいたからさ」

「へぇ、雪国っ子か」

 それからは大学でも声をかけてくるようになって、宏太の彼女、では無いらしいけどそう思われても仕方ないくらい仲いい女友達も一緒に飯食いに行ったり、3人で頻繁に遊ぶようになった。

 そして大学に入って初めての冬。雪マジ19という19歳はリフト券タダなんていうイベントも発生してくれたおかげで俺らは雪山に行きまくった。

 そして宏太に初めてグラトリを教えてもらって完全に魅了されたのだ。

 色々調べてK2の板を買った。そいつは勿論今でも愛用品だ。



 ギロチンに挑戦しようとして一瞬目線を落とした瞬間小さなコブに引っ掛かり一瞬速度が落ちた。そのせいで回転が足りずノーズが引っ掛かると思ったらもう遅い。抵抗することも出来ず、体ごと前に吹っ飛ぶ。

「いってー」激しく背中を打ち付け痛みに悶えた。

 目に映る青い空がキレイだった。

 あれ、てか、雪の感触の前になんかに当たった気が…。起き上がって振り返ると水色のウェアを着た女の子が倒れている。ビーニーもゴーグルも外れていた。痛みなんて忘れて急いで駆け寄った。

「大丈夫⁉」ゆっくり起き上がったその子と目が合う。

「はい…」

 泣き出しそうな、無理して作られた笑顔に胸が苦しくなった。後ろで滑っていた宏太もやばい状況を察したのか急いで降りてきた。

「何、どうしたん?」

「俺がぶつかっちまった」

ちらりと女の子の方を見る。

「ケガは⁉」

「あ、本当に何ともないので」弱弱しい笑顔を見せる、

 俺と宏太は顔を見合わせた。これ以上しつこくしても迷惑だと思い、せめてもと連絡先だけ渡した。

「本当にごめんなさい、何か合ったらそこかけて下さい」

「ごめんな」

 宏太も一緒に謝ってくれてその場を後にする。

「まわり見ろよなー」

「気を付ける。やばい、本気で焦った…」

 でも、女の子にケガさせるようなことにならなくて良かった。

 スノーボードはスピードが出る分危険がつきものだ。ケガの主な原因はパークでのキッカーやハーフパイプの着地の失敗が多い。下手をすると骨折だけでは済まず、半身不随や最悪命を落とす場合もある。

 しかしそれは技量が足りないのに無茶をしたとか、その日のコンディションなどで自己責任として扱われる。

 対して初心者も一緒になって滑るフリーランでのグラトリは、今みたいに自分以外の人をケガさせてしまうことが圧倒的に多い。さらにボーダーは年齢層が若いこともあり、マナーがなっていなかったり、初心者の座り込みなどでスキーヤーから煙たがられることもザラじゃない。

 それにしても故意では無いにしても人にケガなんかさせたりしたら相手も自分も深い傷を負うわけで、生涯2度とボードをやることが出来なくなってしまうかもしれない。そんなの考えただけで絶望だ。だから人一倍気を付けるようにしていた。

 それもあって、さっきみたいなことがあると余計へこむ。

「あ、塩ビ見っけ」

 後方を確認してから宏太はサイドインしてスライドして見せた。次に俺も挑戦するがいまいち形になってないのが分かる。

「もっと捻る時にタメ作るとかっこよく決まるよ」

「タメ?」

 こうやって、っと次はレインボーBoxに向かう宏太。何の躊躇もなくBoxの上を滑る宏太は太陽に照らされてめちゃくちゃ綺麗でかっこよかった。



 少し早めの昼食をとろうということになり中腹のレストランに入った。ラーメンを頼み、席に着く。やっぱりまだ人少ないなぁ、なんて思っていると番号が呼ばれ、トイレに行っている宏太の分と合わせて二つ醤油ラーメンを受け取った。

「あ、さんきゅ」

「早く食べようぜ」

 二人して少し太めの麺をいい音たてながら啜る。

「うまぁ」

 ほんのり広がる旨みに感動している俺にいきなり質問が飛んできた。

「まさは、就職どうするの?」

「え、あぁもうそんな時期なんだね」

 3年の冬。来年になったら本格的に就活が始まる。

「一応親父の会社を継ぐ予定かな」

「あー言ってたな。不動産仲介だっけ?」レンゲでスープを掬いながら相槌を打ってくれた。

「そう、宏太は?」

「ん―、一応何社か受けようとは思ってるけど、ベンチャーか大手で悩んでる。結局は起業したいから大手の方が強いけど、前者の方がやりがいはあるよな」

 明確に目標を持っている真っ直ぐな目。無意識に逸らしていた。

「そういえば先輩達の卒業記念、アルバムとステッカーにしようと思ってさ、前の写真色々見てたんだけど、改めて思った。やっぱりお前写真撮るの上手いな」

「伊達にカメラ構えてきてないからな」嬉しい褒め言葉に照れを隠しきれない。

「さすが写真大好きっ子」

 普段は風景ばかり撮っていた俺は新入生の頃、サークルでカメラ係を先輩に頼まれて初めて人にレンズを向けた。

 少し躊躇したけど1年が楽しそうに初スノボしているとことか、2、3年がはしゃぎながらトリック決めたり、はたまた派手にこけてるとことか、宿で鍋囲んだりして普段見られない表情をフレームに収めるのは想像以上に楽しかった。

「彼女出来たからってその子ばっか撮るなよー」

「大丈夫、皆平等に撮るし、むしろ俺はお前にだけレンズ向けてたいくらいだよ」

手で長方形を作りそこに宏太の顔を収めてから、ここ一番の笑顔を見せてみた。

「きもい」いただけなかったみたいだ。けど代りに爆笑されている。

「宏太笑いすぎ、そろそろ行くよー」

「おうよ、次回のベストショットに向けて練習しますかね」

 最後の一口をかき入れてウェアを羽織る。

「お前、そのクセやめろよなー」

 30センチほどの距離にある宏太のおでこをどける。

「えーだってトイレまで行くの面倒だし」

 こいつはいつも俺のゴーグルを鏡代りにしてくる。それはいいのだけど距離が近すぎて誤解されかねない。以前女の子にやれよって進言したら本当にやりかけて全力で止めた。そんなことしたら怒るやつがいるのを知ってか知らずか。

「あ、そういえば日向今日どうしたの?」

「何かロースクールが忙しいらしい」

「そっか、司法試験受けるんだもんな」

「うん。だから、将来困ったことがあったら日向先生のとこに駆け込もうな」

「はいはい。恥ずかしいから早くして」

 そんな会話を終えてから何本か滑り、ラスト一本のとこで別々のコースから降りて勝負することになった。

 じゃんけんで俺はグングンコース、宏太はゾクゾクコースになった。スタートは山頂から、そこからは自由でゴンドラ乗り場がゴールになった。

「負けたら焼肉おごり」

「絶対負けねー」

「上手いからってスピード出し過ぎんなよー」

「そっちこそ回りみること!」

 そう言い合って一人でリフトに乗り込みバーにもたれかかる。

 下を見ると先ほどの水色の女の子がいた。連れがいたみたいで背が大きくて多分俺らと同学年くらいのやつだ。楽しそうに滑っている。あんだけ可愛かったし彼氏がいて当然か、何故か残念に思う俺。

 途中彼氏らしき人が板を外しそのままソリのように滑りだしたりして、女の子の方はツボに入ったのか声を出して笑っていた。

 ケガしてないみたいで良かった。そんな光景を通り過ぎてから、ゆっくり流れる時間の中でふと昼間のことを思い出す。

 宏太にはあんな風に言ったけど、実際俺は親父の会社を継ぐつもりはない。

 理由は単純で、それが俺の本当にやりたい事じゃないから。親父はそれなら別に構わないって言っていた。弟がいるからだろうう。我が家の中ではとても優秀で、まだ高3なのに既に宅建の資格も持っている勉強家だ。必然的にあいつが継ぐだろうし、あいつ一人いれば十分会社もやっていけると思う。 

 そんな出来のいい弟とは反対に勉強嫌いな俺が親の反対を押し切切って大学に進学したのはやりたい事を見つける為だった。だけど3年の冬になっても結局それが何なのか分からなかった。

 そもそもやりたい事で食っていこうなんてこのご時世甘いのは分かっている。けど俺の性格から考えて、したくもない事に人生の半分を費やすとか続くわけないのが目に見えているのだ。

 かと言って趣味はスノーボードくらい…文学部を選んだのも本を読むのが好きだったからで、文章書いたり編集したりに興味は無い。

 残る唯一の趣味は写真。カメラ好きの親父の影響で物心ついた時にはもう風景写真集をめくっていたらしい。中1のお年玉で一眼レフを買った。それからは夕焼けをみたら無意識のうちにレンズを向けていたっけな。

 今日と同じ空は二度と撮れない、塀歩く猫の表情も、道端に控えめに咲く小さな花もどれも俺の心を惹きつけて止まなかった。


 リフトは降り場に着いた。クローズ間際でボーダーが二人とスキーヤーが一人だけしかおらず思う存分滑れる、そう思った。体を屈めてビンディングを締める。そして顔を上げた時

 俺は驚いた。

 今まで見たことの無いくらいの夕焼けがあたり一面を包んでいたからだ。やばい、カメラ握りたい。どうしようもない衝動に駆られる。

 パシャ

 隣から聞きなれた音がした。

 音につられてふと横を見る。今度はさらに俺を驚かせるものが見えた。そして相手もこちらを捉える。

「綺麗ですな」

「あ、すげー綺麗ですね」

「学生さん?」

「はい」

「若いなぁ、夢いっぱいな時期だ」

「そう…でも無いですよ。せっかく大学に入ったのに何も見つけられなくて何してるんだろうって思う毎日です」俯きながら答える。

「んー、ゆっくりでいいんだよ。僕みたいにこうやってさ、レンズを覗いて綺麗な景色撮って生きていく人もいるんだ」

 そう言いながらレンズを覗いて、シャッターを切る横顔は小さく笑みを浮かべていて、なんだか幸せそうだった。そして不思議と暖かさをもらえて嬉しくなった。

 だけどそれが只の見知らぬスキーヤーだったらその幸福感だけで終わったのに。

「それは、あなたにはっ!」

 思った以上の声がもれてはっとする。相手はレンズから顔を離してからこちらを見て首を傾げている。

「才能があるからで…」

「僕に才能があるわけじゃない。ただ好奇心旺盛なだけだ」

「え?」

「知らない?かの有名なアインシュタインが残した言葉だよ。でも本当に僕自身才能があると思ったことは一度もないんだ。ただ僕の写真を見て感動してくれる人、君みたいに評価してくれる人がいるからやってこれているだけなんだ」

そういうのを才能と言うのでは無いかと思いながらもこの人に言われると何とも言えない気持ちになるのは仕方ないことだろう。                      

 萩原修二、日本屈指の山岳写真家で、凄く綺麗で、迫力があって、 それでいて繊細で。この人の写真を初めてみた時一瞬で惹かれた。

 それからはこの人の個展には何回も足を運んだりして、高校の進路希望に写真家って本気で書いた時期もあった。自称進学校の中で何故か選抜クラスに入っていて二年次からはクラスも担任も持ち上がりという学校だった。

 そして2年の夏休み、二者面談でそのことを話すと担任は応援すると言ってくれた。それから小さなコンクールへの出展も薦めてくれて、俺は一枚の写真を応募した。それが優秀賞に選ばれた時は言葉では表現できないほど嬉しかった。

 その事を誰よりも喜んでくれたのは担任の先生だった。それなのに三年生になって本格的に受験期間に入ると

「もう一度、考え直そう。そういう職種で食っていける人は本当に一握りなんだ。だから、な」

 一般受験の皆への影響が出ると思ったのか、それとも一人でも学校の実績が惜しかったのか、そんな説得をされていた。その言葉は遠回しに才能が無いと言われたかの様だった。一番信頼していた担任にだ。

 そして現実を知った。俺は甘かったんだと。小さなコンクールで受賞したくらいの実績で、趣味から仕事にしようなんて馬鹿だったと。

「僕はね、この仕事に就く前は只のサラリーマンだったんだ。毎日毎日同じ時間に同じ電車に乗って、淡々と与えられた仕事をして。家に帰ったら妻も子供もいたし給料は十分もらっていて、贅沢は出来なかったけど何不自由なく暮らしてた。だけどね…」

 足りなかったんだ、言い訳するかのようにその言葉には後ろめたさが感じられた。

「どうしても写真を撮りたくて、こんな綺麗な景色がこの地球にはあるんだよ、って色々な人に知ってもらいたかった。だから家内には内緒で会社を辞めたんだ」

「奥さんは怒らなかったんですか?」

「僕もびくびくしていたんだけどね、辞表を出したその日にその事を告げたら、にっこりして、お疲れ様でした、あなたがそうしたいならそうすればいいわ、私はどこまででも着いていく、って言ってくれたんだ」

「いい奥さんですね」

「あぁ、あの時ほど家内に出会って良かったと思った瞬間は無かったよ」

 また幸せそうに笑う。夕日に照らされたその表情はとても綺麗だった。

「おっと、ごめんな。長々と付き合わせてしまって。」

 申し訳なさそうに謝られ、首を振り

「こちらこそです」真っ直ぐ答えた

「君にはまだたくさん時間があるんだ。いつか心に決意が宿る時が来るのを待ってもいいんじゃないかな」

 俺は深く頷いた。

「ではお先に行くとするかな」

 スティックを雪に刺し両足を揃えて滑る体制に入り、ぐっと力を入れて綺麗に滑り出した。その後ろ姿を見ていた俺の心の何かが動いた。真っ暗な世界に光が差し込むような感覚。それから数秒して、     

「萩原さん!」

 俺は叫んでいた。もう既に距離はかなり離れていたが俺の声は届いていたみたいでこちらに振り向く。

「俺、夢決まりました」

 そう言うとスティックを持ち上げて手を振ってくれた。そして前も向き直すと、とても50代後半とは思えない滑りでどんどん離れてゆく。

 今の俺には到底追いつけない。そう思った。それからすぐにはっとする。

 宏太のことを忘れていた。慌てて滑る体制に入る。そして萩原さんが滑った後を見つめてから深呼吸。あなたと出会えた偶然、いや運命に感謝します。

そして、


『必ず追いついてみせます』


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