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スノーボーダーはどこまでも  作者: 綾瀬 佑
1/3

「雪が降るころ」



 電車を降りて駅に出ると澄み切った空がひろがる。


 お気に入りのカーディガンの袖から出た手に冷たい風があたり、季節の変わり目を感じて、もうすぐシーズンがやってくるのが分かる。それだけで胸が高まってどうしようもなくなるのは初心者ボーダーの私も同じだった。

 

スノーボード専門店が立ち並ぶ神田。休日ということもあって人が多いJR神田駅西口を出て真っ直ぐ進み、交差点に差し掛かった所で左に曲がると靖国通りにたどり着く。

 また小さく風が吹いた。

「結衣、寒くない?」

 隣でそう名前を呼ぶのは、師匠でもあり恋人でもある祐樹さん。

「大丈夫です」ほんの少し体が冷えるのを感じたけどそう答えた。

「ごめん、もう少し歩くよ。これ、かけときな」

 見透かしたようにマフラーを巻いてくれるこの人は本当に女の子の扱いに長けていると思う。

「地下鉄使った方が近かったからそっちの方が良かったかな」

 バツが悪そうな顔をしながら尋ねてくる。

「え、通りの一番近い駅って神田駅じゃないんですか?」

「うん。まぁけど、結衣の家からだとJRで来た方が楽だろ?それにこうやって二人で歩くのも楽しいしね」

 そう言いながら手を握ってくれて、冷えた手がゆっくり温まる。

「そういえば来週の日曜日は雨みたいだから、結衣が行きたがって絵本カフェ行こっか」

「え、行きたい…!」

 最近迎えた誕生日に大好きな作家さんの本を祐樹さんから貰って嬉しさのあまりちょっと話題に出た期間限定カフェ。

 祐樹さんはどんなに小さなことでも私の好きなものをちゃんと覚えていてくれて、それだけで嬉しいのにこうして誘ってくれる。嬉しくないわけない。

「はい!あの本持っていくとサイン入りのブックカバーが貰えてね……ん?どうしたんですか」

「眼、キラキラさせて本当に大好きなんだね」

「な、そんな笑わなくても…!」

「ごめんごめん。じゃあ約束」その言葉と一緒に指と指が絡んだ。



 少し歩くとちらほらお店が見えてきた。有名店から個人ブランドのお店まで幅広く滞在しているこの地だけど、一度気になった品物の値札を見てみると

「ジャケットだけで3万円⁉」

 と、学生の私には厳しい値段のものばかりだった。そこで下調べで目をひいた超激安店に入り込む。

 中は乱雑とした雰囲気だったけど、そんなことどうでも良くなるほどに安い、安い。一万円でウェアの上下が揃えられる価格設定で、その上、質も悪くない。

「デザインで選ぶのもいいけど実際使ってみないとわからないしなぁ」

 そう呟く祐樹さんを横目に気に入った組み合わせを手にとって試着室へ。

「これで決まり」

 悩むことなくジーンズ柄にワンポイント入ったパンツを手に取りレジへ向かう。代金を払うと大きめの袋とクーポンをもらった。

「やっぱりさっきのお店もう一回行っていいですか?」

 ジャケットはそこでは買わずに先ほど立ち寄ったお店に戻ってきてウェアコーナーに駆け寄る。

 そこにあったのはRoxyの水色のウェア。色とりどりの羽がデザインされていて、一目惚れした物だった。どうしても頭から離れずで…。しかし問題が一つ。

「それ予算オーバーじゃないの?」

 祐樹さんの鋭い一言。

「小物が買えなくなってしまいますね…」

 今までスキーの時に使っていたウェアや小物を使用していたので、今シーズンはボード用に全部買い換えようと思っていた。グローブもミント型の方が好みだし。どっちをとるべきか…。

 悩んでいる私の横からひゅっと手が伸びて、ウェアを手にとるとレジへ向かっていく。

「祐樹さん?」

「いいよ、いつも頑張ってるから買ってあげる」

「いやいやいや、悪いですって、ご飯とかだって出してもらってるのに…!」

 足は止まることなくレジに辿り着いてお会計を済ませてきたかと思うと、頭をぽんぽんされた。

「俺がこのウェア着てる結衣を見たいだけ」

 なんてこと無いかの様に言うけど、私に気を使わせない為の言葉に何も言い返せない。

「うぅ、ありがとうございます」

「じゃあ一つお願い。来月の俺の誕生日空けといてね」

「…手帳に書き込み済みです」

 優しさに甘えて結局頂いてしまった。

 確かに自分の方が年下だけど祐樹さんだって同じ学生でしかも一人暮らしなのだから、失礼だけどそんなにお金に余裕ないはずなのに…。次の誕生日プレゼントは良いものあげよう。

 冬が過ぎて春を迎えたら社会人になる男の人って何が嬉しいのかな。ネクタイと名刺入れとかかな。

 そんなことを頭で考えながら次は小物を、と通りを歩いていると祐樹さんが急に立ち止まった。

「え、ドラゴンがこの値段⁉」

 祐樹さんの動きに引っ張られ私も立ち止まる。おっとっと。そしてその声を聞いたのか、青いニットを被った店員さんが出てきて語り出す。

「びびっと来たのを買ったほうがいいっすよ」

「自分ゴーグルには結構金かけるんですけど、何でこんな安いんですか?」

「昨シーズンモデルなんで定価の半額で出せるんすよ」

 でも、とお兄さんは見ていた棚とは違うところを指さして

「今シーズンのオークリーが自分的にはおすすめっす」

 そこには青いフレームにオレンジのレンズのゴーグル。反射して祐樹さんの顔が見える。

「うわ、欲しい」

 普段は落ち着いている祐樹さんの無邪気な表情にキュンとした。

「今使ってるやつ普通のミラーレンズだからなぁ…」

「曇ってる時とかだと視界暗くなりますよね」

「レボミラーなんすけどこっちもおすすめっすね」

「あー良い。でもやっぱ新モデルに惹かれますね」

「分かるっす。奧にも置いてるんで見て下さいな。お姉さんの方はご予算どれくらいのを?」

 盛り上がる二人についていけず、適当にゴーグルを眺めていたのでいきなり話を振られて戸惑った。

「えっと…なるべくお安いので…」

 答えになってない回答にもお兄さんは笑顔をみせて、それなら、と一度店内に消えてからすぐに戻ってきた。

「これなんか可愛くておすすめっすね」

 そう言って出してきてくれたのは、白ベースにピンクの柄の入ったゴーグルで凄く可愛かった。

「お値段は…?」

「元値2万3千円が、5980円っすね」

「それ下さい!」即決だった。

 その後にグローブ、ビーニーもそのお店で見つけてまとめ買い。大きい袋は祐樹さんに持ってもらったけど、それらが入った小さい袋は自分で持つことにした。

「良かったね、良いの買えて」

「はいっ、大満足です」

「板はまだ去年のでいい感じ?」

「うん、もう少し上手くなったら良いの買おうかなと思って」

 といいながら行く店行く店で板を眺めていたのはバレてるんだろうな。

「今シーズンの01のデザインすげー好みなんだよなぁ。俺も来年型落ちで一緒に買おうかな。」

「祐樹さんのNovemberのやつも十分かっこいいですよ?」

 すぐ新しい板欲しがるんだから。でも、その一言は来年も一緒にいようって言われているみたいで少し嬉しかった。

「てか、結衣が2回目でギア揃えてきた時は本当に驚いたな」

 これは友達にも言われた言葉。初めて滑りに行って完全に虜になった私はネットで3点セットを見つけて即買いしたのだった。

 でもやっぱり良い板が欲しい。ブーツもしっかりしたのに変えたい。そんな欲求は止まらない。

「お金降ってこないかなぁ」

「バイトしてるだろ?」

「あんまりもらえてないです…」

 大学生になった春から塾のバイトを始めた。勿論生徒と触れ合うのは楽しいし時給良いけど、時間短いし、しかもサービス残業も多くてパフォーマンスが悪すぎる。

「泊まりで冬、バイトしようか考えているんですけど、それなら上手くなるし一石二鳥でしょ?」

「あぁ、いいんじゃない?」

「でもサークルの合宿優先させたいなぁって思うと…」

 頭を悩ませている私の前を老夫婦に連れられた真っ白な犬が一匹前を通って行った。

「マルチーズだ、可愛い」

 白い綺麗な毛並みで顔も整っている。人間だったら相当の美人さんだ。そんなことを揺れる尻尾を見つめながら思った。

「結衣みたいだね」

「えっ」ふと呟かれた言葉にドキっとする

「ん?わんちゃんみたいに従順で、扱いやすいってことだよ?」

「あ、ね。うん、なるほどです」

 勘違いを隠すのに必死だった。それなのに

「冗談、結衣は可愛いよ」クスクス笑われた後に続いた言葉は一瞬で私を真っ赤にさせた。



 帰りは丸の内線に乗り、最寄り駅まで送ってもらった。久しぶりの人混みで疲れて寝てしまったみたいで

「着いたよ?ほら起きて」

「うぅ、あと5分…」

「言うこと聞けない子は後でお仕置きだよ?」

 寝ぼけながら発した言葉に予想外の返しが来て、祐樹さんのSな一面を垣間見た。すぐに目を開けて立ち上がる。

「いい子」

 優しく撫でられ、それからホームを出る。いつもの見慣れた駅前、ファーストフード店や漫画喫茶、カラオケ、一通り揃っていて都心部では無いけれど結構便利だったりする。

「ご飯食べようか」

 祐樹さんの提案にふと時計を見ると針はどちらも6を指していて

「ここのカレー屋さん、前から気になってるんですけど…」

 駅からすぐのお店の看板を指さしてそう伝える。

「じゃあ、そこ行こうか」

 祐樹さんは私の手を引いて階段をあがる。ドアを開くと、お店の雰囲気はマジなカレー屋さん。で、店員さんはもちろんインドの人で少しカタコトのいらっしゃいませを頂いた。優柔不断な私は注文を祐樹さんに任せて料理を待つ間、昔のことを思い出す。



 祐樹さんと出会ったのは一年前、竜王スキーパークでだった。  

 ボード経験者である友達に誘われて、夜行バスで雪山に行く計画を立てていた高校3年の冬。さぁ行こうといったその当日、自分の部屋で大好きな作家さんの新作を読んでいると携帯が騒がしく鳴った。

「ごめん熱でたから今日パスする」

 鼻を啜りながら、ガラガラの声でただ一言そう言い切ると役目を終えたように電話が切られた。

 電話の相手は勿論言い出しっぺの友達。写真が大好きな女の子で、とても小さくて、例えるなら猫みたいな子。天然で気分屋さんで、普段はおとなしいのに実はアクティブな私と正反対の子。

 とまぁ、その子の話しは置いといて。

 悩んだ末に、仕方ないから着替えと財布諸々をつめたリュックを背負い、電車を乗り継いで新宿のバス乗り場まで行った。着いたら22時を回っていて周囲は大学生のグループばかり。一人で、しかも高校生がぽつんと立っているのは完全に浮いていて、とても恥ずかしかったのを鮮明に覚えている。

 慣れないバスで全く眠れないままスキー場に着いたのは朝の5時。それから外に放り出されてレンタル案内まで連れていかれ道具を手にとり、インフォメーションセンターで時間をつぶしながらオープンまで孤独を耐え抜いた。だけど、ウェアに着替えリフト券を引き換えてもらうホテルのフロントで驚愕の事実を知る。

「え、スクールやってないんですか⁉」

「大変申し訳ございません。ただいまインストラクターの者が来ていない時期でして」

 一人だけど、インストラクターさんに一から教えてもらえば大丈夫と思っていたので想定外の事態に動揺したこともあり

「そうなんですか…」と、大人しく引いてはみたが

 じゃあ、ホームページに載せないでよ、初めての人のことも少しは考えてよ、なんて心の中は大荒れだった。台風どころじゃない、ハリケーンの様だった。

 この状況どうしよう。周りの人は早く行こうぜ、と言いながら楽しそうにリフト乗り場の方に向かっていく。一方私は初めて触れた板を片手に立ち尽くすだけ。何も知らない素人が一人でどうにか出来る程簡単なスポーツじゃないのは分かりきっている。

(ええぃ、こうなったら誰でもいいから助けてもらおう)

 行動力だけが取り柄の私はそう決意すると、外に出て周りを見た。軽く吹雪いているせいか台数は少ないけど、何台か車が止まっていた。と、一人の男性が目に入る。遠目からなので具体的には分からないけどしゃがみ込んで何かやっている。ゆっくり近づいて声をかけてみた。

「あの…すみません」

「はい」

 その人が顔をあげてこちらを見る。イケメンさんだ。

「お一人ですか?」

「そうですけど」

 少し冷たく感じたけど作業に戻りながら答えてくれた。

「もし良かったらなんですけど、ご一緒していただけませんか?」

 勇気を振り絞って出した言葉に、相手は板を削っているかのような手を止め、一度目を合わせてから

「いいよ」

「えっ」

「こんくらいかな」

 作業が終わったみたいでそう言ってから板を車の屋根に積みだした。呆然と立っていた私の板もいつの間にか一緒に。へぇ、こうやって取り付けるんだ。

「乗って」

「あ、はいっ」

 慣れない車に乗り込んでから運転席の方を見るとその人は腕時計に目をやっている。防水なんだろうなぁ。シンプルな黄緑のフレームに水色の時計盤、黄色の時計針で可愛らしい感じのものだったけど、男の人がしていても違和感は無かった。

「8時32分、ゴンドラ行っちゃうか。」そう呟くとアクセルを踏んだ。

「あの…本当にいいんですか?」

「なにが?」

「自分今日初めてのド素人なんですけど」

 自分から声をかけといて、今さらながら迷惑ではないかと気になっていた。でも、その不安を打ち消すかのように返ってきた言葉は

「一人より二人の方が楽しいだろ?」

 そんな流れで板のつけ方、スケーティング、リフトの乗り方、木の葉などを丁寧に教えてくれて、午後は板を前にしてターンのやり方を教えてくれた。前足に重心をかけるのが中々難しくて

「ビビってる、ビビってる」

 笑いながらそう指摘される。だけどどうしても怖くて後ろに体重を乗せてしまうクセが抜けない。この日は、まだ雪が少なくて山頂の方しかオープンしていなかったので、初級者コースのCコースをメインで滑った。林間コースのような感じで木々に囲まれていたけど斜度はそんなに無くて、コース幅も広く滑りやすかった。

 そして標高の高い竜王で初めてパウダーというものを知った。

 スキーは小さい頃からしていたのでゲレンデ自体は馴染みがあったけど、こんなにふかふかの雪は味わったことがなくて、こけても全く痛くないことに感動した。今思えば普通に圧雪されたゲレンデであんなに逆エッジしていたら心が折れていたと思う。

「じょーず!」

 最初はびくびくしていたけど、そうやって後ろから声をかけてもらうのが嬉しくなっていつの間にか恐怖心は無くなっていた。

 ふかふかの雪の上に二人で突っ込んで真っ白になって、いっぱい笑って、久しぶりに心から楽しいって思えた。それに加え、転んだらわざわざ戻ってきてくれたり、リフトから降りる時は後ろから支えてくれたり、多分無意識なんだろうけどその行為一つ一つにドキドキしている自分がいて

「はい、あげる」と渡されたココア

 明らかに幼い私のことを考えて選んでくれたのが分かる。

 そんな嬉しさと暖かさにホッとしたのも束の間。

「一口ちょうだい」

 ふいに私の手元にあった缶は祐樹さんの口元に。

(か、関節キス…)

 自分と3つしか変わらないのに凄く大人で落ち着いていて、それでいて社交的な人柄にどんどん惹かれていった。そしてC字ターンを修得したその日は連絡先を交換してバイバイした。

 それから何度か一緒に滑りにいくうちに、友達が目指している大学の先輩だということを知ったり、家がすぐ近所だと分かってからは勉強を教えてもらうようになった。そのおかげもあり、受験を無事に終えたバレンタインの前日。チョコを渡しに行った日に告白され、今日にいたる。



運ばれてきたカレーはとてもいい匂いで

「うわ、めっちゃ美味しいです」

ほんのり甘くて今まで食べたカレーの常識が覆された。

「本当だ…」

祐樹さんも一口含んで声を漏らす。私の方は手が止まらず次々ナンをちぎっては口に運んでいた。

「結衣の美味しそうに食べるとこホント好きだわ」

なんだか恥ずかしかったけど、そう言って笑う祐樹さんの優しい笑顔はても愛おしかった。

「そういえば、空と久しぶりに会ったんですけど、サークルに憧れの人がいたらしくて凄く嬉しそうに話してくれました」

「あの、初スノボの子か」

当時ドタキャンされた事をぶーぶー言っていたのを思い出したのかクスクス笑われた。

「その子とはクラスが一緒だったの?なんか、結衣とはタイプが違う子みたいだから何で仲良くなったのか気になる」

ラッシーを飲み終えてからそんなことを尋ねてきたので私も少し飲んでから答える。

「入学式の日の朝、愛犬の散歩をしてたんですよ。いつものコースで緑道なんですけど、桜が綺麗に咲いていて、ランニングする人とか、私みたいに犬の散歩をする人とかがいて」

ちらっと祐樹さんを見ると、真っ直ぐこっちを向いて相槌をうってくれている。

「そんな中で、女の子が一眼でね、桜の木を撮ってたんですよ。その子同じ学校の制服で、あ、私と同じ新入生だ、って思って」

「声かけたの?」

「はい。山北高校の人ですか?って。そしたらいきなりレンズ向けられてびっくり」

「撮られたの?」

「そう。花びらついてて可愛かったからつい、って言われました。そんな出会いでクラスも一緒だったからすぐに仲良くなれました」

思い出してつい笑っちゃった。すると祐樹さんも笑いながら、なるほどな、って。

「そういえばシーズン始まるなぁ」

「そうですね」

「待ちに待った合宿だろ?」

「はい!今年は滑り倒しますっ」

 大学に入ってサークルはもちろんスノーボードサークルにするつもりだった。学部の友達からはチャラサーだ、飲みサーだ、散々言われたけど、それでもボードをやっている人と少しでも多く繋がりたい、上手い人に教わりたい、そんな気持ちは変わらなかった。そして新歓期、偶然見つけたボードサークルの先輩。青いパーカーが目印だってツイッターで知っていたからすぐ分かった。

 そう言って爽やかすぎる笑顔とチラシを頂いた。その人が代表だったらしくて新歓の時もたくさん話しかけてくれて先輩方も優しくて凄く良いところだと思った。けど派手な人ばかりで人数もかなり多くてその雰囲気には馴染めなかった。

 そして私の大学にはスキーサークルはたくさんあるのにボードサークルはそこの一つしか無くて…

 困っていた時に祐樹さんの学校のインカレを勧められて行ってみると、皆でわいわい楽しくをもっとうにするのでは無くて、大会を目指して、級もとる。そんな本格的にスノーボードをするサークルですぐにここだ!と思った。

「楽しんできてな」

「ありがとうございます」

「でも新歓の時みたいに羽目はずしすぎないように」

「…気を付けます」

「さすがに雪山までは迎えいけないからな」

「はい…」

「って、前も言ったけどいつまで敬語なのさ」口を尖らせる。

「え、あ、中々抜けないですね」苦笑い

「呼び方も祐樹、でいいのに。彼氏彼女だろ?」

「年上さんだし、尊敬してるから中々…」

「そんなの気にしなくていいの、俺は結衣と対等に付き合いたい」

「じゃあ少しずつ…」

 真っ直ぐな瞳に俯きながらそう答えた。

「いつになることやら」

 優しい顔をしながらため息をつく。祐樹さんの表情全部が愛おしい。それを見透かしたかのように

「ん、俺も結衣の全部が好きだよ」そんな言葉を囁かれた。



 それからしばらくして冬休みになった。

 私はバイトにサークル、祐樹さんは卒業研究や、卒業旅行で中々忙しくて会えなかった。

 その間に髪を切ったみたいで駅で見つけた祐樹さんは雰囲気がいつもと違って少し緊張。

「2週間ぶりくらいだね」

「そうですね」

「今日、何か大人っぽい」

「自分ですか?」

「うん」

 だって、お洒落なお店でディナーなんて初めてだから、いつもはパーカーとかばっかりのクローゼットをひっくり返しながら本当に悩んで頑張ったよね。

「祐樹さんも、いつもだけど、今日は特にかっこいい…です」

「嬉しいよ、ありがとう」

 そんな会話をしながらイタリアンのお店で初めてトリュフの乗ったパスタや口の中でとけるお肉を食べて

幸せな気分に浸った。

 それから向かったのは祐樹さんの家の近くの遊園地。イルミネーションが自慢らしくて入口からもう別世界。そこで一枚。最近二人で写真撮ることが増えたなぁ

 ひとまず園内を見てからお目当てのジェットコースターに

「バンデット120分待ちだって」

「じゃあ先にプレゼント交換会しようか」

「うん!祐樹さんは当たるまで開けちゃだめね」

「え、ずるくない?」

「名刺入れ、ネクタイ、財布、時計、手袋…」

「ぶー」

「え、ちょっと待って。会社に行くまでに顔洗ってご飯食べて…分かった!歯ブラシ」

「なんでですか(笑)」

「えー、ちょっとやばい、本気でわからない」

 慌て方が面白くて笑っていると近くの双子コーデの女の子達からあそこのカップル仲良しで、可愛いなんて言われてしまった。

「じゃあ結衣は何だと思う?」

「手袋!」

「あたり」

 暖かいものがいいて言ってたもんね。

 渡された袋を開けると小さなラッピング袋が二つ…?

「え、可愛い!」

「貸してごらん、巻いてあげるから」

 冷えた首元を包んだのは赤色に黄色のチェック模様がとても可愛いマフラー

 手袋もはめてもらって心地い暖かさ。

「嬉しすぎます…」

「結衣からは結局何がもらえるのかな」

 待ちわびたと言わんばかりの表情が可愛かったので紙袋から包装紙につつまれた箱を手渡す。

 祐樹さんはそれを綺麗にはがすと黒い箱。

「やっぱり時計じゃないかー」

「開けてみて」

 その箱を開けると今度は一回り小さな白い箱

 そして最後は某有名ゲームの?Box。それを開くと…

「…」

「…」

 しばらくの間の後、二人で大爆笑。

 中から出てきたのはリボンがついたじゃばら

「ごめんなさい、こっちが本物」

 そう言って私にしては奮発したプレゼントを手渡す

「これ、俺が欲しかったやつだ」

 黒い箱に包まれたのはPaulSmithの名刺入れ。外は黒一色だけど開くと柄の入ったラインが一本現れて祐樹さんに似合うと思った。

「結構したでしょ?」

「…頑張りました。」

 ありがとう、その言葉と一緒に頭を撫でられる。

 交換会がひと段落した後は待ちに待ったジェットコースタ!

 てっぺんからは園内が見渡せて、感動も束の間。急降下してからは大絶叫であっという間だった。

 イルミネーションを楽しみながら、アトラクションもいくつか乗って、寒い中アイスも食べて大満足。

 でも帰りのバスは大混雑で下手したら終電に間に合わない可能性が出てきたので、歩いて最寄駅まで出ることに。

 30分なんてあっという間。

 駅についてホームに出る。丁度ベンチが空いていた。

「そのネックレス、どこで買ったの?」

 首元からかかる真珠のネックレスを指さしながら尋ねられた。

「ん、どこだろう?貰いものだから分からないや」

「ちょっと見せて」

 どうぞ、そういって手渡した。

 どっちの手に入ってると思う?

「ん、こっち」

「どうぞ?」

「え、ちょっ、いつの間に」

 さっきまで自分のネックレスが入ってた手の中から出てきたのは違うデザインのものが

「そんなに高いやつじゃないけど大事にしてくれたら嬉しい」

 そういってかけてくれる時に首元に当たる手がくすぐったくて、でも暖かくて気持ちいい。

「似合うよ」

「嬉しい。マフラーと手袋だけで十分だったのに」

「よかった」

「クリスマスに付き合ってる人からアクセサリー貰うのって凄く嬉しいのね。しかも用意してくれてるなんて知らなかったから余計に嬉しい、です」

 珍しく素直になって恥ずかしくて訂正の言葉を紡ごうと視線をあげるとキスされるかと思うほど近くに祐樹さんの顔があった。

「今日、一緒に過ごせて良かった。プレゼントもありがとう」

 あでこをごつんとされながら言われて返事が出来なかった。

 すぐに電車が来たので立ち上がると優しく引き寄せれ抱きしめれる形に。

 普段人前では絶対こんなことしないから余計ドキドキして、窓越しに手を振ってくれて出発するまで寒い中待ってくれる姿にたくさんの好きが溢れた。


「気をつけて帰るんだよ。今日も変わらず楽しかったね」

スマホに映し出される言葉。添付された写真。そして帰り際のホームで

「絶対離さない」

 真剣な顔でそう言ってくれたあなたが大好きです。こんなに良い人多分もう現れない。我慢してた涙が溢れる。



 初めて心から好きになれる人と出会った竜王。

 初めて一目惚れをした場所でもあって、初めてボードの楽しさを知った場所。

 リフトから見える雪景色はとても幻想的。

 去年まではいつまで隣にいてくれるんだろう、いつ離れていっちゃうんだろうって不安で仕方なかった。

 でも今はもう違う。去年とは比べられないくらいに想ってるし、大切にされてる

 ね、そうでしょ?

 隣に座る祐樹さんを見つめて無言で問いてみた。

 返された笑みはきっと…

 首にかかったネックレスに手をあてて誓う。


『もうビビったりしない』


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