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人見知り同級生

僕は主人公だ。とある公立高校に通う、どこにでもいる、ごく普通の高校二年生。どこにでもいる、主人公。僕は、ある女性に、恋に落ちた。

彼女の名前は、持田みさと。僕と同じ2年7組に在籍する、おっとりとした女の子。部活は美術部で、見るからに文化部、といった黒縁眼鏡をかけている。人と話すのがあまり得意でない恥ずかしがり屋。接点こそ同じクラスということだけだったが、僕は彼女に魅了されることになった。

11月の末のある日、僕は課題の提出を忘れて先生に居残りを命じられていた。どうやら今日提出するまで僕は帰れないらしい。誰もいない無機質な教室で、提出するためだけの身にならない課題が捗るわけもなく、課題の量に比例しない時間を費やしていた。とりあえずこの世で最も汚い字でノートの行を埋めて、最後の問題までやり終えたことにした。気づけば外は暗くなり、廊下の明かりも消されてしまっていた。帰り支度をしながら、黒板に目を遣る。黒板の右端には、明日の日付と、明日の日直の名前が書かれていた。明日は僕か。提出用ノートを左脇に挟んで、教室を消灯して職員室に向った。その途中、階段で女子生徒とすれ違った。校章の色からして3年生だろう。そして、ほのかな女の子の匂いを意識させられた、その瞬間、どてどてっと崩れ落ちる音がした。先の先輩が派手に転んでいた。カバンの中身は飛び散り、スカートはまくれ上がり、大変な格好になっていたので「大丈夫ですか?」と我ながら紳士的な対応をした。彼女はけろりと笑って立ち去って行った。思えばあの人は学校中で有名な篠崎先輩であった。あんなおっちょこちょいな一面もあるんだな、とふと微笑ましく思った。

ノートを先生に提出した後、僕は忘れ物をしているのに気が付いた。電子辞書を机の中に忘れたままだ。これでは明日の予習が出来ない。一度は下りた階段を再び上がるのは気が進まないが仕方ないので2段飛ばしで駆け上がる。

教室に戻り、パチン、と電気を点けた。すぐさま自分の机から電子辞書を回収して帰ろうとしたとき、ふと目を遣った黒板に異変があることに気が付いた。日直の名前が僕の名前ではなくなっている。そこには持田みさとと書かれていた。彼女は今日日直当番だった子だ。きっと日直の仕事に不備があったみたいだ。うちのクラスでは担任の命により日直の仕事忘れがあった場合にはもう一日日直をやるというルールがあった。なんとも幼稚なシステムではあるが、クラスメイトは愚直にそれに従っていた。きっと持田さんもなにかし忘れたのだろう。お気の毒に。

もうすっかり真っ暗になってしまっていた。昇降口のセンサーが僕を感知して、自動で電気が点く。上履きを下駄箱にしまい、スニーカーを床に抛って乱暴に履く。ほとんどの生徒は帰ってしまって、駐輪場も閑散としており、僕のほかには2,3人しかいなかった。見慣れた自分の自転車を引っ張り出し、素早く跨って校門を出た。しばらく自転車を漕ぎ、決して近くはない高校の最寄り駅にたどり着く。駅の駐輪場に自転車を止め、改札へと駆ける。別段急いでもいないが、駆け足で改札を抜ける。定期券を持っていると、無性にこれをやりたくなる。ホームに着いて、早く来すぎたことに気が付いた。電車の到着まであと7分ほどある。待つに長し、遊ぶに短し、一番厄介な時間である。いつもより数本遅いため、周りに学生はあまりいない。僕は音楽で耳を塞ごうとイヤホンを取り出そうとしていると、ホームのベンチに見覚えのある人が座っているのに気付いた。あの黒縁眼鏡は、持田さんだ。ベンチにちょこんと座り、文庫本を開いているその姿は宛ら文学少女だった。教室でもよく本を読んでいるから、同じクラスになったばかりのころはてっきり文芸部員だと思っていた。美術部員だと知ったのは二学期に入ってからだったと思う。普段は挨拶程度の会話しかしない間柄だが、日直の件もあって話しかけることにした。

「持田さん?」

「はいっ!」

いきなり声をかけられて彼女はビクッという音が聞こえてくるほど驚いた様子だった。

「あ、ごめんねいきなり声かけちゃって」

「―くんかぁ…びっくりした…」

「そんなに驚かなくても…」

「本に熱中しすぎて周りが全然見えてなかったから…ごめんなさい」

「いやいや謝らないで」

「それで、私に何か御用ですか?」

「あぁ、持田さん今日日直だったよね?」

「はい、―くんが明日ですよね。なんかありました?」

「その…何かはわからないけど不備があったみたいで、持田さん明日も日直みたいです」

「ええー!?そんなぁ…何かし忘れたかな…」

「先生細かいからね」

「ショック…あっ、教えてくれてありがとうございます」

「いえいえ、たまたま教室残ってて知っただけですから」

敬語交じりのぎごちない会話だ。出席番号が連続している都合上、話すことはあるにはあるのだが事務的な内容にとどまっている。

そうこうしていると電車が来て、僕たちは同じ車両に乗り込んだ。車内でもこれと言った話はせず、微妙な空気が張りつめていて居心地がいいとは言えなかった。何か話そうかとも思ったが適当な話題が思い浮かばず、しばらく悩んでいるうちに僕の家の最寄り駅に着いた。彼女はもう少し先の駅のようだ。僕はそれじゃ、と軽く手を挙げた。それじゃ、と返す声は聞こえないが口がそう動き、彼女もすっと手を軽く挙げた。よく見れば彼女の手には青やら白の絵の具がついていた。そうだ、持田さんは美術部だった。どうしても文芸部のイメージが離れない。そんなことを思いながら、家へ帰った。

翌日の昼やすみ、黒板消しをクリーナーにかけている持田さんを見かけた。なんとはなしに彼女に話しかけてみた。

「持田さん」

「あっ、―くん」

「日直の仕事お疲れ様だね」

「明日も日直はやりたくないですから」

彼女は困ったように笑って言った。

「そういえば持田さんって美術部だったよね?」

「はい、美術部です」

まるで英語の教科書に載っている英文をそのまま訳したような会話だ。

「今なんか描いてるの?」

「えっ、あ、今は来月のスポーツ大会のポスターを…」

「へぇー、そっかもうそんな時期かぁ」

「なんでわかったんですか?」

「え?あぁ、昨日電車乗った時に手に絵の具付いてたの見えたから」

「そうだったんですか…お恥ずかしいところを」

「いやいや、そんな縮こまらないで」

「はい…」

人と話すのには慣れていなさそうだ。さっきからこちらを一切見ずに手に持った黒板消しをじっと見つめながら話をしている。

「どんなの描いてるの?」

「どんなのって…?」

「そのポスター。何の絵が描いてあるとか」

「えっと、実はその…まだ全然できてなくって、何枚か途中まで描いたんですけどあんまりいいのが出来なくって…」

「そうなんだ、見たかったなー」

「えっ、あ、じゃあ…見に、来ますか?」

「ほんと?いいの?」

「私もデザインに悩んでいて…どこが悪いか指摘していただけると、助かります」

「僕デザインとかわかんないですけど…」

「いいんです、思ったことを…聞かせていただければ」

「じゃあぜひ見たいな!」

こうして昼休みの間、僕たちは美術室でポスターのデザインについて話した。彼女の絵は、女子生徒が天使をモチーフとした武装に身を包んで太陽に向かって飛び立ってる様子を繊細なタッチで描いたもので、素晴らしい作品ではあったのだが、スポーツ大会の楽しそうな雰囲気を説明するようなものではなかった。僕は彼女の絵の上手さに見惚れてそのことを口に出す気にはなれなかった。僕が上手い、すごいと褒めるたびに、彼女は照れたように困ったように笑っていたが、どこか満足しないものがあるようだった。やはり正直に言ってやるべきだった、と思ったのは5限が始まったあとのことだった。さらに不運にも5限の授業は担任の教科であり、担任は目敏く昼休み中にチョークを指定どおり揃えていないという日直の不備を指摘し、彼女の再々日直を宣告した。その時、僕は彼女に、絵が見たい、と言ってしまったことを悔いた。僕は5限が終わるとすぐに彼女のもとへと行った。

「持田さん…昼休みの件、ごめんね…」

「いえ、私の責任ですから…日直放り出して美術室に行ったのは私ですし」

せっかく話しかけたんだ、失礼ついでにさっき思ったことも言ってしまおう、そう思い切り出した。

「あと持田さん、見せてもらった絵だけど」

「はいっ」

「どれも全部上手くてびっくりした。でも、なんて言うか、スポーツ祭ってわかりづらいというか…」

「えっ?」

「いや、けなしてるわけじゃないんだけど!なんだろう、スポーツを楽しんでるようなわかりやすいのがいいんじゃないかなーと」

「あぁ…!ありがとうございます!」

「いえいえ、そんな頭下げなくても…」

「私…本ばっか読んでるからスポーツとか苦手で…どうしても自分の趣味に偏っちゃうんです」

「そうだったんだ…」

「私自身、スポーツ祭があまり楽しみでないから…」

「そりゃあ描くのもやる気出ないよね…」

「スポーツを楽しんでる人の気持ちもわからないから…」

「そっか…え?じゃあなんでスポーツ祭のポスターを描いてるの?」

「美術部の顧問の先生に言われたんです、持田お前が描けって」

「ほかの人は?」

「いますけど…ほかの部員はまた別のポスターを以前描いてまして、今回は私の番、という感じなんです」

「そうだったんだ。でも締切もあるんでしょ?」

「はい…実は来週いっぱいまでに上げないと、校区内の掲示板に貼って回れないんです」

「それって間に合うの?」

「間に合うかは…微妙なところです…」

「そっか…」

「じゃあ俺手伝うよ!」

「え」

「絵は描けないけど、なにかアイデアだったら出せるかなーって」

「あ…」

「…迷惑だったら言って!ごめんね」

「迷惑なんかじゃないです、というより、いいんですか?」

「僕は全然構わないよ」

「いや…でも」

「やっぱり、迷惑かな?」

「そうじゃないんです!そういうのじゃないんですけど…。私よくわからなくなっちゃって…」

「じゃあ美術室にまた行ってもいい?」

「えっ?」

「絵を見るだけ、それならいいでしょ?」

「あぁ…はい…」

「よし、決まり!今日の放課後、美術室行くから!」

「はぁ…」

「じゃあ僕つぎ移動授業だから」

僕はそう言って彼女と別れた。3つ隣の教室へ移動している間、僕は自分がどうしてあんなにも強引に彼女のポスターに関わろうとしていたのかを考えていた。なんとなく、としか言いようがなかった。なんとなく、放っておけなかった。ただそれだけだったんだと思う。

そして放課後、僕は美術室へ向かった。美術室には彼女の他に誰もいなかった。彼女ははじめ居心地悪そうにこちらをちらちら見ていたが、気にせずに絵を描いていて、と言うと机にかじりついてデザインを考え始めた。僕はというと、普段見慣れない美術室の中を見回していた。壁に貼られた写真と見まがうほどの静物画やデッサン、ショーケースに入った粘土作品や焼き物に見入ってしまっていた。どうやったらこんなものが作れるのかが不思議で仕方ない。一通り見回ったあと、僕は黒板のわきに小さな扉があるのに気が付いた。彼女に尋ねてみると美術準備室だそうで、石膏像やらイーゼルというキャンバスを架ける台やらがあるのだそうだ。入ってもいいかと聞くと、面白いものはないですよ、それでもいいなら、と答えたので入ってみることにした。中は半ば倉庫のようで、大小さまざまな石膏像が整然と並べられていたり画板が積み重ねてあったりと確かに面白そうなものはなさそうだった。あるといえばデッサンのモデルとなりそうなテニスラケットや野球のグローブ、バレーボールなどが棚の上に置いてあったくらいだろうか。僕は机に足をかけ、棚の上のバレーボールを手に取ってみた。ボールは十分な空気が入っておらず、ずいぶんと長い間ここにあったようだ。ボールを持ち出して美術準備室を出ると、思案中の彼女がこちらを見た。勝手に持ち出しちゃまずかった?と聞くと、いいえ、大丈夫です、と答えた。僕は机に腰かけて、ボールを指の上で回したり腕でリフティングしたりした。中学の頃バレーボールをやっていたのが少し懐かしくなったのだ。そこまで本気でやろうとは思っていなかったから、高校のバレーボール部の熱い雰囲気に気圧されて入部する気にはなれなかった。たまに休み時間でやるような、趣味程度のバレーボールが好きなのだ。そう思いながらボールをぼんぼん突いていると、彼女がこっちをじっと見ているのに気付いた。どうしたの?とボールを止めて尋ねると、我に返ったように、なんかすごいなって思って、私には出来ないから…、とつぶやいた。そこまですごいことはしてない、前にやったことあるだけ、と伝えると、彼女は恥ずかしそうに、運動がドヘタだから出来るひとに憧れてしまうんです、と言った。そうなんだ、と言って僕は再びボールを遊ばせた。すると彼女はまた食い入るようにボールの動きを見つめた。僕は猫をじゃらしている気分になって、ボールをいろいろに操ってみせた。彼女は目をはっと開いて、頭でボールの行方を追っていた。本当に猫みたいで面白かった。

その日は結局デザインは完成しなかった。彼女は、また家で考えを練ってみます、私は日直の仕事があるから、と言って教室に戻っていった。明日も日直なんだよな、と僕はふと思い、明日の仕事手伝おうか、と言おうとした頃にはもう遅かった。

翌日、僕は登校してすぐに持田さんを探した。彼女は教室にはいなかった。僕は美術室に足を向けた。美術室のドアは閉まっていたが、明かりは点いていたので誰かいるのだろう。それに中からは時折、がしゃん、という不穏な音が聞こえた。恐る恐るドアを開けてみると、中にはやはり、持田さんがいた。しかも驚いたことに、手に持っているのはペンでも筆でもなく、バレーボール。それを空中に抛ってはそれを握りこぶしで突こうとしているのだが、あらぬ方向に飛んでいくボール。それを追って机に衝突して、がしゃん、と音を立てる。なるほど、運動が出来ないとはこういうことか。何度やってもボールは僕も予想できない方向へ飛ぶ。どうやったらあんな方に飛ぶんだろう。見てて面白くなってきたのだが、のぞき見をしているようで後ろめたいので、正々堂々入ることにした。ガララッとドアを開けると、彼女はボールを両手で抱えてびくっと震えて驚いた。本当にわかりやすい。

「おはよう、持田さん」

「お、おはようございます…」

「ボール持って何してるの?」

「えっ、いや…なんか、たまには運動しなきゃって…」

「そっか」

それ以上質問するのは苛めているようで可哀想なのでやめた。僕は本題の日直の件を切り出した。今日の日直が彼女になってしまったのは僕のせいであるので日直の仕事を手伝いたい、と伝えると、彼女は初め遠慮していたが最後には応じてくれた。

その日の日直の仕事は最後の教室の戸締りまでを分担して二人で行った。放課後残ったついでに僕はまた美術室に行った。僕はそこで彼女と話すわけでもなく、彼女がデザインを考えている脇でボールをぼんぼんと突いたり、指先でくるくる回したり遊んでいた。というのも、驚いたことに、彼女からの申し出があったからだ。彼女は、昨日みたいにボールを操っていてください、と僕に言ってきたのだ。そういう彼女は時折こちらを見ながら白紙にデザイン案をさらさらと描いていった。しばらくすると、ちょっといいですか、と僕に声をかけた。机の上には何枚かのデザイン案が並べられていた。そこには僕であろう男子生徒がボールを楽しそうに投げたり玩んだりしている図が描かれていた。前回の案よりも、スポーツ祭らしさや、躍動感があり、ポスターらしいものになっていた。僕はそれに感動しながら、これがいいこれもいいと率直に褒めていった。きっと、これならいいポスターになる、そう思った。

翌日、やっと僕に日直が回ってきた。僕は前日に仕事を一通り確認していたため、何ということはなかったが、放課後まで引きずってしまった仕事があった。学級日誌だ。毎日日直がその日あった出来事を書き込んでいって、余ったスペースには自由に記入するという緩いものだが、きっちり1ページ以上書かないと不合格というものだった。僕は1限から6限までの授業で先生がどんなことを言ったのか、どんな駄洒落がスベったのか、なんかを書いていったが余白は半分ほど残ってしまった。何を書いたらいいものやら。他のクラスメイトは最近部活であったことや、日常での一コマなどを書いていたが、僕に書くべき面白いネタなんかなかった。どうしようか、と思いながら、前のページをめくってみると、持田さんのページだった。3日連続で日直だったために3ページ連続で持田さんの字が並んでいた。前も思っていたが、彼女はきれいな字をしている。しかし、それだけでちゃんと彼女の文を読んだことはなかった。どうせ居残って日誌を書いているんだから、読んでみよう。


○月○日 月曜日

 ―自由記入―

私は美術部の活動として来月のスポーツ祭のポスター制作を任されました。現時点でデザインも決まっていないという危ない状況ですが鋭意制作中です(^^;)

次は―くんのページ♪


○月□日 火曜日

 ―自由記入―

2回目の自由記入です…そして明日の日直も決まってしまいました…(;_;)明日こそはしっかり仕事して―くんに回したいと思います。スポーツ祭のポスター制作に―くんが手伝ってくれることになりました。本当に嬉しいです。運動音痴な私だけでは本当に心細かったので、―くんは運動が得意みたいで本当に心強いです!


○月▽日 水曜日

 ―自由記入―

3回目の自由記入です。なんだかこなれてきました(笑)ポスター制作に進展がありました!―くんのボールさばきを参考にしたらいい案が浮かんできて、たくさん描いてしまいました!―くんに見せたらすごいと褒めてくれました。自分でもいいポスターが出来上がりそうな予感がするので楽しみにしてください(^^)

お待たせしました、次は―くんのページ♪(今度こそ!)


 

こんなことを書いていたのか。どこかこそばゆい感覚がある。自分の知らないところでこんなことを思われているのか、と思うと小恥ずかしいものがある。とはいえ、僕は何を書こうか。せっかく持田さんから受け取ったバトンだ。これをネタにさせてもらおう。


 ○月△日 木曜日

  ―自由記入―

前日までの日誌を読んでみればわかると思いますが、僕は勝手に美術部のポスター制作のお手伝いをしています(汗)お手伝いとはいっても絵がめちゃくちゃ上手い持田さんに美術的アドバイスをするなんて言語道断、ただ一緒にどういうのがいいのかアイデアを出し合うというだけです。まぁそんなこと言いながら結局美術室の備品のボールで遊んでるだけなんですけど、持田さんにとってはいい材料になったみたいで何枚もデザイン案を考え出していました。持田さんの絵は本当にすごいです。どうすごいかはポスター発表までのお楽しみです(僕描いてないですけど)。それでもポスター制作に関われて本当によかったと思います。今回のスポーツ祭は思い入れの多いものとなりそうなので、自分が出る種目が決まったら一生懸命戦いたいと思います。


これでよし。と。僕は日誌を書き終えて担任に提出した。

それからも僕は放課後に美術室に通った。デザインは決まったのでいよいよ本格的なポスター制作が進んでいく。その工程を目にしたかった。四つ切と呼ばれる大きさの紙に下書きをし、大まかな色のあたりを付けていく持田さんの姿は、どこか自信にあふれていた。それからどんどん着色は進んでいき、翌週の同じ日にはほとんどの作業が終わっていた。出来上がっていくにつれて、僕の感情は高ぶっていった。こんなにもすごい作品の完成に立ち会えるのか、と。特に楽しみでもなかったスポーツ祭が、これほどまでに待ち遠しくなるとは思わなかった。そしてついにポスターが完成した。一応の締切にはぎりぎり間に合った。完成の瞬間、僕たちは思わずハイタッチをした。持田さんは本当に嬉しそうだった。

僕たちは完成したポスターをスポーツ祭実行委員会へと提出しに行った。そしてそのポスターは増刷され、校区の掲示板じゅうに貼られていった。通学途中で数枚は見かけるほどの目立つものとなり、生徒だけでなく市民の話題も呼んだ。そうしている間に、クラスの方でもスポーツ祭に向けての準備が始まっていた。どの種目に出るかを決めたり、補欠要因、作戦、練習などの話し合いが着々と進んでいった。僕は案の定バレーボールに出ることになった。ちなみに持田さんは卓球だ。団体戦なのを利用して、テニス部の連中が引っ張っていく作戦らしい。

そしていよいよ、スポーツ祭が始まった。学校には多くの保護者や卒業生たちが集まって、大盛況となった。体育館の中で行われたバスケとバレーボールにも多くの観客が集まり、点が入るたびに割れるほどの声援が飛び交った。僕たちのクラスは、運良くも勝ち進んで、なんと決勝戦まで漕ぎつけた。相手は3年生のクラス。僕はなんとしても勝ちたい、そう思った。久しぶりに、熱い試合がしたいと思った。サーブを打ち抜く腕に、力が籠った。一球一球が、面白かった。得点など忘れて、バレーをしていた。試合が終わったころには、僕は汗だくで体育館の天井を仰いでいた。こんな感覚は味わったことがあっただろうか。


こんなに優勝するのは嬉しいのか。


僕たちはバレーボールの部で優勝チームとなった。そしてほかの種目のクラスメイトも健闘したようで、総合3位のクラスとなり、2年生のクラスではトップの成績を収めた。間違いなく、スポーツ祭は大成功だった。

表彰式も終わり、クラスで勝利の余韻に浸るのもつかの間、スポーツ祭実行委員の片づけの作業が始まった。僕たちは教室へともどった。教室ではホームルームが開かれ、担任からのお祝いのメッセージや、今日の活躍選手なんかの話があった。そこでは僕の名前も挙がったので、誇らしくも気恥ずかしかった。続けてないスポーツで活躍するのも、素直に喜べないところがあるが、今日は本当に嬉しかった。ホームルームが終わって、下校へと流れていくクラスメイトのなか、座ったままの持田さんを見つけた。

「持田さん」

「はいっ」

「スポーツ祭、大成功だったね」

「そうですね!本当に良かったぁ」

「あんなにお客さんくるとは思わなかったよ」

「私も、びっくりしました」

「これも持田さんのポスターのおかげかな」

「そんなことないです」

「謙遜しないでさ、胸張っていいと思うよ?」

「そう…ですか?」

「うん」

「じゃあ、えっへん」

「ふふっ、そうそう」

「違うんですか?」

「ううん、合ってる合ってる」

「うーん…あ、バレーすごかったです」

「え?ああ、ありがと」

「あんなに跳んだり走ったりする―くん初めて見ました」

「普段なにもしてないからね…」

「本当にすごかったです!」

「そう?ありがと」

「クラスのために、私、なにもできなかったから…」

「そんなことないって」

「私全部負けちゃったのに、ほかのみんながサポートしてくれて…」

「それあってのクラスじゃんか」

「はい…」

「それに、持田さんはスポーツ祭そのものにすごく貢献したじゃないか」

「えっ?」

「持田さんのポスター、すっごく評判だったよ」

「本当ですか?」

「うん、若干僕に似てるってのも言われてたけど」

「うぅ…ごめんなさい…」

「ううん!全然いいよ!むしろ僕が役に立ててよかったよ」

「本当に、ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう」

そんな話をしていると、教室は僕たち二人だけになっていた。

「―くん」

「なに?」

「ちょっといいですか?」

「いいよ」

「今回のスポーツ祭、本当に楽しかったです。私はスポーツなんて出来ないし試合も散々だったけど、クラスのみんなのおかげでいいとこまで行けたり、クラスメイトが決勝戦で頑張ってる姿を見て応援したくなったりもできました。私、こんなにスポーツを面白いと思ったことなかったです。それも、―くんのおかげです。本当にありがとうございます」

「どういたしまして」

「―くんには、感謝してもしきれないです。私なんかの手伝いもしてくれて」

「あれは、俺が勝手にやっただけだから」

「それでも、嬉しかったです。頼れる人がいなかった私に救いの手を伸ばしてくれました」

「大げさだよ」

「大げさじゃないです。本気です」

持田さんが立ち上がった。

「―くんがいなかったら、私、今どうなってたんだろう」

「えっ?」

「―くん」

彼女は眼鏡越しに、目をきっと見開いた。

「あなたが好きです。あなたに、私の絵を見てもらいたいです」

  

「私、今まで人に見られながらの状態で絵なんて描けなかったんです。でも、―くんがいるときは、違いました。もっと、見てほしいって、思ったんです」

  

「これからも、私の絵を、見てくれませんか?」


  

持田さんからの、突然の告白。

僕は、持田さんの絵に魅かれていた。それが見たくて、美術室に通っていた。でも、気付けば僕は持田さんに魅かれていたのかもしれない。でもでも、そんなことはもうわからない。いずれにせよ、持田さんが絵をみせてくれるんだとしたら。

  

「喜んで」




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