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3話



ゆらゆら。

ゆらゆら。




炎が揺れている。


陽炎のように揺らめくそれは、現代人である鋼にも人間本来の火への根源的な恐怖を思い出せるほどの迫力を持っている。


しかし、と。


俺は脚にまとわり付く炎を恐る恐る振り払う。消える。


普通ならその多大な熱量で以って、鋼の靴、に覆われたその地肌も焼くはずだ。


「熱くないな」


今日何度目の死の危機だっただろうか。

あの時、紳士さんが放った炎の塊に俺は逃げることも出来ず、ただその輝きに呆然とし、直撃した。

衣服を焼き、肌を灼き、骨の髄まで燃やし尽くすだろうその小さな太陽の脅威。

ただその我が身が燃え尽きるその瞬間を待つだけで動けない俺。

そして閃光が視界を覆いつくしたとき、


「今度こそ・・・死んだと思ったんだけどな」


それどころか肉の焼く匂いの代わりに直面したのは怪現象。


「俺に燃え移らない?」


周囲が燃えた屋敷の残骸しか残らず、あちこちにまだ消えぬ炎の余韻がある中、鋼だけ全くの無傷なのだ。

実際、鋼が触れた炎が消えたのも確認した。


「・・・ありえない」


だがそれは自分の見たものを否定することになる。

大体、冷静に考えてみると、さっきからおかしな現象は何度も見受けられた。

ただ俺が信じたくなかっただけだ。




ふう。


結局何がどうなっているのも分からないけど。


「一つだけ分かることがある。」


周囲を見渡し、探す。

きっと居るはずだ。紳士・・・いや、もうおっさんでいいだろう。

俺に危害を加えてきたおっさんが、居るはずだ。

きょろきょろ辺りを見回す俺。


そして・・・いた!


あちらも此方を伺っていたのか、視線が合う。


おっさんの表情が喜色満面なそれにかわる。

俺も口角が引きつり、歪な笑顔になっていく。


・・笑顔は本来攻撃的なものっていうのは、事実らしい。

そんな余計な事を考えながら、俺の足が一歩踏み出す。その行く先には、おっさん。

幼女が傍でおろおろしているが、気にもならない。


一歩、また一歩。

そしてとうとう走り出す俺。

一刻も早くおっさんの元へ!

逸る気持ちが、抑えられない。

この気持ちを、おっさんにぶつけたい。


知らず、拳を握り力が入っている。

おっさんとの距離はもう幾ばくか。

俺の鬼気迫る表情に気圧されることなく、おっさんは悠々と立ち塞がっている。笑顔で。

つられ笑顔になる俺。


・・一体全体俺が何でこんな場所にいて、何でこんな目にあっているのか。先ほどまでの物理を無視した超常現象の原因は?


しかし、全ての疑問を差し置いて、今優先することがある。


今、目前にまで迫ったおっさんに対して、俺は大きく腕をふりかぶって、


「いきなり何するんじゃあああああああああ!死ぬかと思っただろおおおおおおおおおお!」


おっさん、一発殴らせろ!





私の名前はマリア。

姓はまだ頂いてないけれど、偉大なハイヴァンパイアでいらっしゃるお父様のただ一人の娘。

今はまだ未熟な半人前の身ではありますが、いつかお父様のような立派な吸血鬼になるのが夢ですわ。


ところで、自己紹介は程々にして、お父様と二人きりで暮らしていまして来客もめったに無いこの館に、今日突然珍しいお客様が現れましたの。


いえ、お客様なんて大層なものではありませんでしたね。


なにしろその者というのが、下等なニンゲンだったのです。

最初は興味が湧いて、覗いていましたの。

いくら下等で脆弱な生き物であっても、この館では他者との交流はめったにないものですから。


・・パパもいつも眠ってばかりだし。


い、いえ、何でもありませんわ、ホホホ。


ただ、そのニンゲンが普通のニンゲンではありませんでしたの。

そのニンゲンの言動の品の無さ、私を子ども扱いする無礼さに対してそのニンゲンを断罪しようとしましたわ。

私とて吸血の端くれ、ニンゲンの一匹程度造作も無いはずでした。


しかし、私の能力は全く効かず、奴の大して力を込めた様子も無く無造作に振るわれた一撃の凄まじさ。


私は奴に恐怖を・・なんてものは、か、感じておりませんが、脅威と判断しまして偉大なお父様に力添えを頼みました。


快く了承してくださった上に、上機嫌なお父様を見て、私はニンゲンの命が終わったことを確信いたしました。




けれど。

なのに。


今、お父様の能力を全て防ぎ、火の最上級魔法すらものともしない、ニンゲンが。

初めて攻撃をする雰囲気を漂わせて、お父様に向かってくる。


その動きは決して早くはない。

けれど、本能が危機感をガンガンと訴えてくる。

お父様とて、それは分かっているはずなのに。


傍で堂々とたたずむお父様を見上げて、気づく。

それは初めて見る表情。いつも冷酷な表情にうちに隠しきれない退屈さを漂わせていたお父様の隠しきれない歓喜の表情。


・・ああ、パパ、楽しんでるんだ。


そして、あえてニンゲンの攻撃を受けきろうとしているのも分かった。


あのぱっと見脅威に感じないニンゲンの攻撃に、吸血鬼であるパパがやられるはずがない。


でも、きっとあのニンゲンなら・・


「いきなり何するんじゃあああああああああ!死ぬかと思っただろおおおおおおおおおお!」


そう叫びながら、ニンゲンが殴り飛ばしたパパは、宙を飛んだ。



空を飛ぶおっさん。


想像以上に飛んだおっさんは、そのまま地面に倒れこみ、ま、全く動かねえ。

てか飛びすぎだろ。俺そんな馬鹿力じゃねえよ。


やりすぎたか心配になって、慌てておっさんに駆け寄る。

ほっ、気絶してるだけみたいだ。


それからようやく、ずっと傍にいた幼女に意識を向ける。


・・やべえ、おっさんって幼女の父親だよな。


いや、俺には一発ぐらいおっさんを殴る権利があるとは思うし、今でも後悔はしてないんだけど、娘の目の前でおっさんを殴るのはやばかったか。


幼女は驚きに目をまんまるに見開いていた(あ、かわいい)が、慌てて俺とおっさんお前に割って入ると、両手を広げ立ちふさがった。


「もうこれ以上、パパをいじめないでっ」


・・・


あれっ、俺悪者?


「確かに貴方は人間で、お父様は吸血鬼。それに一対一の決闘だった。でも、もうお父様を苛めないで。こ、殺さないで。」


・・・


ええええええええええっ。

確かに殴ったけどさ。

それで殺さないでって、どんだけ凶暴に見られてるんだ俺!?


「い、いや、もう君のお父さんには手は出さないし、こ、殺そうなんても考えても無いよ」


涙目で俺を見つめてくる幼女。


「・・・・ホント?」


「ホント、ホント。お兄さん、嘘つかないよ」


しばらく此方をじっと伺っていた幼女だったが、俺が何もする様子が無いのが分かると、おっさんの傍に駆け寄り見守り始めた。


俺は俺で、近づくとフシャーっと警戒されたので、少し離れた場所にドカッと座り込み二人の様子を見ていた。


・・・


それから十数分、まだおっさんは目を覚まさず、幼女との間に会話も無い。


き、気まずいっ。


とか思っていたら、幼女が急にこちらを向いて話し掛けてきた。



「あなた、お父様に何をしたの」


なにをって・・改めて、「お前が殴ったせいだぞ、ああん」ってことを再確認させたいんかっ!?怖いよ、幼女。


「吸血鬼のお父様が殴られたぐらいで、気を失い、しかもすぐに意識を取り戻さないなんておかしいわ。」


って言われてもなあ。ただ殴っただけだし。


あ、あと、幼女の吸血鬼宣言は一応認めています。

だってこんな不思議現象が続いてるのに、現状を否定しても仕方ないもんね。判断財慮も何も無いし。


「意識が飛ぶぐらい強く殴ったのは悪かったけど、それ以外は何もしてないよ」


「そう。あくまでしらを切るのね」


聞けよっ。


あと、その大人口調似合ってないよ。


「むー、そんなこと無いもんっ」


って、また声に出てた!?


「でも、今みたいのしゃべり方の方が自然で良いよ」


「えっ・・・そ、そんなわけがないかしらっ」


顔を赤くして、変な口調になる幼女。かわいい。


「あっ、お父様!」


そして、目を覚ますおっさん。


俺的にはさっきの一発で戦闘?は終わりだ。

そして現状況について何も分からない俺の現状理解の一歩はたぶんここから始まるのだろう。


幼女に支えられながら体を起こすおっさんを見ながら、俺はそんな事を考えていた。


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