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2話



死。


現代日本において、その意味を実感として味わったことがある人間はどれ程いるのか。

それも病や寿命といった前もって予知できるものなら、それが虚勢であろうがある程度心の準備もできるだろう。

しかし事故、例えば横断歩行で信号無視の車に跳ねられる、といった突発性の理不尽な死。

こういった毎年日本で起きた交通事故でさえ、数千人に及ぶ。

皆、どこか他人事のように考えているかもしれないが、文字通り万が一の可能性でありうる未来なのだ。

そして実際その状況に出くわしたとき。

数瞬先に自分の命が失われるのが確定的に見えたとき。

人間はどんな反応、いや何を思うのか。


つまり、何が言いたいのかというと・・・








怖いけど動けねええええええええええええええ!





前から狼。後ろから化け物紳士。

さらに霧で視界が制限されていた俺は、状況を理解した時には既に遅く


あ・・・死んだわ


と、思うだけで体は動かない。

ただどこかゆっくりと迫ってくる死を見つめるだけ。

次の瞬間の衝撃または痛みに備えて目を瞑ることしか出来なかったのだが・・・


ぺた。


・・・


ぺた。ぺた。


・・・


ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺ・・


「って、冷たいわ!」


首筋に執拗に触れてくる化け物紳士の手が冷たくて思わず振り払ってしまった。


って、振り払う?


身を翻し距離をとる化け物紳士。

「あれ、狼は?」って辺りを見回すが綺麗さっぱり消えてしまっている。あ、霧もないじゃん。


化け物紳士を見ると、あれ、なんか驚いてる。

そしてさっきまですごい猛攻とは逆に、何やら黙ってこちらを凝視してくる。


・・・


・・・


少し落ち着いてきた。


んー。

何だろうこの状況。

さっきまで「殺される!ひぃっ」って感じで余裕無かったけど、よく考えてみたら俺危害は受けてない。

いや、もちろん腕がちぎれて蝙蝠になったり狼になったりしたのは気になるけど、すげー気になるけど、何かいろいろされた割にはダメージないからな。


それから、その前に言ってた吸血鬼宣言。


それにふさわしい衣装。


・・・


あ。

分かった、これって・・。

今まで自分の状況が把握出来なかった俺の脳が、様々な状況証拠から解を導き出す。

そう、この状況は・・













ハロウィンだったのか!




なるほどなるほど。

だから仮装した上に、それっぽい言動だったのかあ。

あ、でも、腕が・・


ピコーン。

閃く。


そうか!

あの人手品師なんだ!

だって今の紳士さんよく見たら腕がちゃんと二本生えてるし。

そう、あれは手品。

実際、腕が消えて何かしら動物がでてくるって、よくある手品師の人体切断とか、鳩が帽子から飛び出すといった奴と似てると思わない?

種も仕掛けも全然分からないけど、たぶんそう。


そっかー、すげーなあ、手品ってあんなことまで出来るんだなー。


ん?とすると、さっきまでハロウィンだから色々もてなしてくれたのに、俺死ぬぅ!とか思って騒いでた訳か・・は、恥ずかしいっ。


それに、厨二病とか結構失礼なこと言っちゃったし・・ど、どうしよう。




そうやって状況がようやく飲み込め赤くなったり青くなったりしていると、化けも(すみませんそんな風に脳内で呼んでて)・・厨二紳士さんはこちらを見ながら重々しく口を開いた。


「只者ではないとは思っていた。が、所詮ニンゲン風情と侮りすぎていたようだ。・・・我も久しぶりに本気でいかせてもらう。貴様も死にたくなければ精々足掻くことだ」


そして、構える紳士さん。


・・・


お、おう。

内心、またもや厨二台詞に突っ込みそうになったが、すぐにこれがチャンスだということに気づいた。いや、気づかせてもらった。

紳士さんは先ほどまでの俺の失態を見逃そうというのだ。

きっと今の台詞も、


「(さっきの無かったことにしてやるから、仕切りなおそうぜ!)」


って事なのだ。

ありがたい。

それにこれたぶんラストチャンス。

絶対無駄にしません!

そして、ちょっと恥ずかしいけど俺、やります。

立派に厨二に付き合って見せます!

いざっ!





 我は目前のニンゲンについて思考を巡らせる。

本来であれば一考の価値もない矮小な存在ではあるが、何の装備もなしにこの館に単身乗り込んできたこと、さらに我が娘を退けたことがあるため、少し興味が沸いたのだ。

永い時を持て余してきた我の暇つぶしに。


しかしどうやら所詮はニンゲンだったようだ。


吸血鬼の固有能力の一つ、基礎ともいえる変身能力。その中の「蝙蝠」。

それを退けたのは少々意外であったが、今「霧」と「狼」の二つを用い背後に回ったがまったく気づいていないようだ。


こんなものか、と内心落胆し奴の背に接近しその首目掛けて腕をふるう。

ようやく奴も気づくが全く反応できていない。


「今度こそ・・・死ね」


そして、終わる・・







はずだった。


吸血鬼の強大な腕力でふるい、奴の頭は吹き飛んだはずだった。

しかし、現実は五体満足のまま。

思わず何度も腕をふるうが結果は同じ。

さらに周囲を見て気づく。


「霧」に「狼」が消えている?馬鹿な、どうやっていつ消滅させたのだ!?



そしてようやく振り返った奴に振り払われた我は、距離をとり今の現象を解析しようとする。



強力な魔術障壁?

身体強化で耐えた?


違う。そのようなものがあれば何らかの抵抗があるはずだ。だが無かった。

更に何時の間にか戻っている我の腕。攻撃を受けた訳でもなく、ただ変身を解かれたといった感覚。


分からない。

奴が何をしたのか。その能力が。

だが・・






面白い!


何時振りだろうか、まともに戦える相手が現れたのは。

他種族から畏怖され、魔族からも、吸血種の同胞からも恐怖されたこの我が力を振るえるなど。


我の気概が伝わったのか見ると、奴も覚悟を決めたようだ。

クク。存分に楽しませてくれ、人間よ。



いざっ。

って気合入れたら、紳士さんすごい不気味な笑みを浮かべてきた。

な、なんか威圧感が半端ないんですけどー。


内心恐々しながら紳士さんを見つめていると、視界から紳士さんが消えた。


え、どこ?

って一瞬固まる俺。そして紳士さんの姿を探そうと視線を巡らす間もなく、一陣の風が耳元を過ぎていく。

気づくと横に紳士さんが立っており、首筋に手刀が押し当てられていた。ってまた首かよ。


「ふむ、やはりこれ以上は動かないか。・・ならば、もう少し試させてもらう。」


先ほど同様それに反応する間もなく、体中至る所に拳撃、蹴りが入る。

はえええっ。

視認できない速度で放たれるそれは、生身でくらえばただで済まないことが容易に想像できる。

ただし、全部寸止め。

物凄いスピードで振るわれるそれに最初は内心ガクブルだが、どうやら当てはしないようだ。よかったー。パフォーマンスだもんね。

で、でも、なんか余波だけで床とかボロボロだよ。

どういう仕組みなのかは知らないけど、手が込んでるなあ。

あ、窓が吹っ飛んだ。

・・こ、込んでるなあっ。


「ならば次はこれだ」


急に距離を取った紳士さん。

その体が今度は黒い靄になって四散するうううううっ!?


え、え・・・ぱ、パフォーマンスだもんねこれも・・・たぶん。


前とは比べにならないほど多い、黒い獣の群れ。

それらが一斉に前後左右上からも俺を襲ってくる。

しかしこれは規模は違うだけで既に経験しているのでそこまで驚かない。


あ、よく見ると、黒い獣が俺にぶつかる瞬間靄に戻ってる。すげえ。


しばらくすると靄が離れていき、紳士さんを形作る。


う、うん。手品ってオクブカイナー。


そして距離を取り急に赤い瞳になった紳士さんに見つめられる。


・・・


しばらくすると瞳の色は戻り何も起こらなかった。


・・・


「今のは・・イマイチかな」

「っ!・・・これも効かないのかっ」


喜色満面の紳士さん。

あ、やべ。また声に出してた。

って、失礼なこと言ったのに何で笑ってるん?


それに、俺さっきから棒立ちしてるだけだけど、俺はどうすればいいのかな?


とか思ってると、紳士さんが空中に浮く。

浮くなよ。

そして両手を前に突き出し、炎の球体が現れた。


・・・


さらに巨大化し黄金色に輝くそれは、まるで太陽の如く。

遠く離れていても感じるこの熱量。夢幻でもない。

紳士さんが口を開く。


「なぜ反撃をしてこないのかは分からないが、我の能力が全く効いていない事も事実。・・・これで最後だ。これを受けて、生きていられた者はおらぬ。」


・・・


い、いやっ、これはもう手品ってレベルじゃな・・・


「・・それでも死にたくないのならば、見せてみろ、真の実力を!」




太陽が、墜ちる。





 「やったか?」

どこからか「おいやめろ」という声が聞こえた気がするが、ここには我と奴以外誰もおらん。聞き間違いだろう。


眼下に広がる破壊の痕跡。少なくない時間共にしてきた我の屋敷は元の形見る影も無い。


粉塵で視界がはっきりしないが、魔法の直撃した所は草木一本残らずまず更地になっているだろう。その余波ですら多大な熱量を持つゆえ、屋敷の残骸があるのはどうやらほんの一部らしい。


ふむ。程々には気に入っていたのだがな。


そうやって辺りを感慨深く見回していると、視界の端の瓦礫から何かが飛び出してきた。


慌てて身構える。

それは一直線にこちらに向かってきて、


「お父様のバカああああああああああああああああああああ」


我の胸に飛び込んでくる、娘。


・・・


あ。


「す、すまない、マリア。怪我は無かったかい?」

「お父様、あんな大魔法使うなら仰ってください!・・燃え尽きるところでしたわっ」

「本当にすまない!」


娘は大層お冠のようだ。よく見ると服はボロボロ、綺麗な金髪も煤だらけで見る影も無い。

確かに戦闘中完璧に存在を忘れていた。

なんて言ったら余計に機嫌を損なうだろうから言わないが。


娘はしばらくぽかぽか胸を叩いてきたが、落ち着いたのか粉塵が舞う辺りを見回し恐る恐る言う。


「お父様、あのニンゲンは?」


そう。娘の安否にほっと安心はしているが、意識はまだ向けている。戦闘態勢は解きはしない、まだ。

頭ではあの火の最上級魔法の直撃を受け生きながらえる人間などいないと判断している。頑丈な肉体を持竜人族、強力な魔術障壁を展開できる妖精族ですら、重傷は避けられないだろう。


それなのに。


粉塵が収まり、クリアーになった視界に映るのは、まっさらな更地。


心のどこが告げるのだ。奴はきっと・・







そこにいるのは何事も無かったかのように佇む、無傷の、人間。






顔が歪む。今、我はどんな表情をしているだろう。

ただし、それは喜びから。ようやく見つけた我と同じ土俵に上がれる存在。

胸から溢れてくる感情に耐え切れず、爆発する。


「フハ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」




きっとそれは『ハイヴァンパイア』という強大すぎる力を持つがゆえに孤独だった我の、初めての心からの笑顔だったに違いない。


とりあえず2話投稿。

続きは未定。

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