ショートショート2 『未来予知!痛みを伴う開眼』
学校の屋上においつめられた俺に、その少女が語りかける。
「お願い、大人しく言うことを聞いて。手荒な真似はしたくないの……」
だが、そんなことを言いつつ、彼女が両サイドに従えている少年達は、手をポキポキと鳴らし、どう見ても手荒なことをする気満々の気配だ。
その様子に俺が冷や汗を垂らしながら後ずさりしていると、彼女は目を潤ませながら、およそ、その天使の容姿には似つかわしくないセリフを言うんだ。
「ほんのちょっとだけ……。ちょっと『アレ』を蹴らせてくれるだけでいいから……ね?」
俺は「ひぃ」と小さく呻いて、咄嗟に自分の股間を抑えた。
あ、ちなみに、こんな状況で言っても信じてもらえないだろうが、この子、俺の彼女なんだぜ……。
後ずさりする俺は、背中に硬いものが当たるのに気づいた。そう、それは落下防止用のフェンスだった。
(もはや、これまでか……)
どうしてこんなことになってしまったのか、それを話せば長くなるんだが――
・・・・・・
俺の名は三田陽司。中学生の超能力者だ。
念動力、時間停止、読心術……、超能力にも色々あるが、俺の場合はずばり「未来予知」。一寸先の未来が、ほぼ百パーセントの確率でわかるんだ。
さて、そんな話をすると、だいたい皆、同じような言葉を返して来る。「じゃあ、未来を予言してみろよ」って感じにね。そして俺が未来予知を成功させると、今度はやれ「宝くじの当選番号を教えて」とか「競馬の当たり券を予知してくれ」と来る。
それはできないことじゃないが、ハッキリ言ってやりたくない。というのも、リスクが高過ぎるからだ。確かに俺は未来予知ができるが、それは無条件でできるわけじゃない。俺が予知するためには「代償」が必要なんだ。
それはずばり「痛み」だ。未来予知をする時、それ相応の痛い思いをしていないと予知はできない。たとえば、「明日の晩飯は何じゃらほい」と未来予知する場合……、まあ、晩飯だから洗濯バサミで挟む程度かな……? 予知する前に洗濯バサミで手を挟んで痛い思いをしないと、晩飯の予知はできない。しかも面倒なことに、その予知が世間に及ぼす影響が大きい程、それに比例した痛みが要求される。早い話、未来予知の内容によっては命も覚悟しなくてはならない。宝くじの当選番号なんてまさにそれだ。
大体、「明日の晩飯」なんてしょうもない未来を予知するだけでも痛いを思いするんだぞ。もしも宝くじや競馬の当たり券を当てるともなれば、どれだけ痛い思いをしなきゃいけなくなるか……、想像しただけでも震えあがってしまう。
そもそも、こんな能力に目覚めたきっかけは、小学生の時、交通事故に遭ったことだった。車にはねられ、生死の境を彷徨った俺は、夢の中で自分の未来の姿を見た。
夢の中で俺は、冬休みの百人一首大会で学年一位の座に輝き、その日の給食で余ったコーヒーミルク争奪ジャンケンで見事優勝していた。俺はハッキリ言って百人一首なんて得意じゃないから、まったくの夢だと思っていたんだが、半年後、百人一首の学年一位の座とコーヒーミルクの権利を獲得し、俺はあの時の夢が未来予知であったことを確信したんだ。
それから様々な訓練や自分の能力に関する実験を経て、代償を払えばその代償の大きさに比例して未来が予知できることを知った。
さて、人間誰しも、こんな能力が身についたら、自慢の一つや二つしてみたくなるものだ。小学生の頃は、仲の良い友人だけに秘密を教えて自慢していただけだったが、中学に入るとそれだけでは面白くないと思うようになった。どうせなら女の子にちやほやされたいと思い、クラスのプリンセスこと高嶺美花ちゃんに自慢したんだ。
で、顔中に洗濯バサミつけるとかちょっと頑張って、週間ヒットチャート・ランキング50を美花ちゃんの目の前で予言し、全て当ててみせたんだ。そしたら、美花ちゃんったら「すごーい」って喜んでくれた。その後は、学校で四六時中俺の傍につきっきりになってさあ。廊下で手をつないだりして……、でへへ。あの時は、クラス中の……いや、学校中の男が、俺のことを羨ましそうな目で見ていたっけなあ。
だが、今考えると、それが間違いのもとだった。というのも、およそ天使のような純粋無垢な心の持ち主である美花ちゃんも、少しばかりの心の闇を持った只の人間だったというわけさ……。ほとんどの人間がそうだったように、美花ちゃんもまた「宝くじの当選番号を教えて欲しい」と頼んで来たんだから。
あの可愛い顔を近付けて言うんだから断るのは辛かったが、俺はそこをぐっと堪えて、こう言った。
「無理だよ、ミカリン。そんなでかいことを予知しようとすると、俺は死ぬほど痛い思いをしなくちゃいけなくなる。いや、もしかしたら死んでしまうかもしれない。俺が死んでしまったら、ミカリン悲しいだろ?」
そしたら、美花ちゃんはハッとして、やがて悲しそうにこう言うんだ。
「そうね、陽司くんが死んでしまったら、美花、悲しくて泣いちゃうかも……」
「ミカリン……」
目に涙を浮かべながら俺の命を心配してくれている美花ちゃんに、俺は感激して胸が熱くなった。それから、こんな天使のような人の願いを断ろうとしていることに、胸が痛くなって来たんだ。
(こんな願いでなければ叶えてやりたいところだがなぁ……。でも、いかに美花ちゃんの願いだとしても、命にかかわるようなことはできないよ……)
だが……いやあ、女っていうのは可愛い顔して怖いものだよな……。
美花ちゃんったら、くるりと表情を変え、微笑みながらこんなことを言うんだもの。
「……でも、別に死ななきゃいけないわけじゃないよね? 死んじゃうぐらいの痛いことをすればいいだけなんでしょ?」
一瞬、俺は耳を疑った。
まさか、あの天使である美花ちゃんが、そんな非情なことを言うはずがない。ましてや、彼女は俺にぞっこんなのに、俺を殺すようなことするはずがない。そう思ったんだが、次に出て来た美花ちゃんの言葉は、更に驚くべきものだった。
「じゃあ、『ソコ』蹴ってみようよ?」
そう言って美花ちゃんは、ある一点を指さすんだ。
(嘘だろ……ミカリン……?)
美花ちゃんが、天使の微笑みで指さしたところ……それはいわゆる、男の弱点とも言うべき部分だった。
「知り合いのお兄さんが、草野球でピッチャー返しのボールが『ソコ』に当たって、死ぬほど痛かったって言っていたわ。陽司くんも、『ソコ』を強く打てば死ぬような思いするんじゃないかな?」
そう言って、うふふと笑いながら、俺ににじり寄って来るのさ。
ハッキリ言って、これは悪夢かと思ったね。あの天使であるはずの美花ちゃんが、そんな恐ろしいことを考えているのにも相当驚いたけど、俺が痛めつけられることを何とも思っていないのにも驚愕した。
「ちょ、ちょっと、待ってよ! 男の大事なところを蹴り上げるとか、死ぬような思いどころか、本当に死んでしまう事だってあるんだよ? 俺が死んだら嫌だろ?」
そんな風に言ったが、美花ちゃんは、
「そんなの、やってみなければわからないじゃない」
とか言うだけなんだ。
愛する人間にそんなことを言われ、俺はもうパニックになって逃げ出した。
それはもう、無我夢中で。
一人の女の子に何をそこまで慌てるのかと思うかもしれないが、美花ちゃんは何せクラスの……いや、学校中のアイドル的存在だったから、ぼやぼやしていると、親衛隊に連絡がいって、本当に俺の大事なところがどうにかなってしまう!
それから先、どこをどう行ったのか、その辺りのことはよく覚えていない。気づいたら俺は屋上から転落していて……、次に目が覚めた時には、俺は病院のベッドに寝ていた。
どうやら追い詰められた俺は、屋上から落ちてしまい、そのことが原因で全治一カ月の大怪我をしたらしい。目覚めたと大泣きして喜ぶお母さんが言うには、もう三日も寝ていたそうだ。
でも、フッ……どうやら俺という男は、愛のために生きる哀しい生き物らしい。
(あ、でも、こんな大怪我したんだ。もしかしたら、これでミカリンの願いを叶えてやれるかもしれないぞ?)
俺は性懲りも無くそんなことを考えていた。
うん、我ながらバカだと思う。
そして、いつもの通り意識を集中させて、未来予知にかかったんだが……、そこで俺は気づいてしまった。もう「未来予知」の能力が使えなくなってしまっていることに。宝くじの当選番号はおろか、何にも未来のことが思い浮かばないんだもの。
「そっかぁ……」
俺は病院の天井を見上げながら、最悪の未来を回避できたことを安堵すると共に、未来予知ができなくなったため、美花ちゃんとの縁もこれっきりになるだろうことを、ほんのちょっぴりだけ残念に思うのだった。
知人に「お前に恋愛ものは無理だ」と言われたのに反発した書いた話でございます。
あれ?どうしてこうなった??
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異世界ものの連載書いてます。
よければ見てやってください。
『異世界の女子どもが俺のぱんつを狙っている』
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