異界
誰かが話している声が聞こえ、僕は目を覚ました。
そこにはいつもの僕の部屋とは違い、真っ白な壁のすごく大きな所だった。
僕は夢の事を思い出し、ハッ!!とし、その声のする方を見た。
そこには、夢に出てきたあの黒い人形と、身長180cmぐらいある、ある男が立っていた。
服装は白のワイシャツで、首元ににフリルの付いた貴族などが着ていそうな上品なシャツで、その上には黒のベスト、下には黒のパンツスーツを着ている。
見た目はモデルのようですごく決まっていたのだが、その顔を見て僕はゾッ!!とした…‥。
目は充血し真っ赤で、口元には長く鋭い犬歯が二本生えていて、とても人間には思えなかったからだ。
だが僕はあの事を確かめる為に勇気を出して言った。
「ここはどこだっ!!みんなはどうしたんだっ!!」
僕はその二人に向かって怒りながら詰め寄った。すると男は僕に
「構えろ。」
と言うなり、僕の顔を殴った。
僕の体はまるで、ぬいぐるみのように飛ばされ壁に勢いよくブチ当たった。
今まで感じた事の無い程の痛みと衝撃に意識が飛びそうになってしまった。
まるでトラックに跳ねられたような力に、左の奥歯は二本折れ、口の中は血の鉄のような味でいっぱいになってしまった。だが僕は痛みよりも、この圧倒的な力に対する恐怖の方が勝り、ガタガタと体の震えが止まらなくなってしまった。
「脆いな。」
男は僕に対してそう言い放ち、人形の方を向いた。人形も僕の事を『痛そう』というジェスチャーをして、哀れそうに見ているのを止め、男の方を見た。
「どういう事だっ!!」
「どういう事って?」
人形はとぼけた顔で聞き直す。
「あれはホントに人間なのか。いや違う…あんなに弱いはずが無い!!」
男はかなり怒りながら人形に言った。
「あんたが言ってるのは、こっちの世界にいた人間の事だろ??」
「そうだ!分かっているなら早く連れてこい!!」
「そんな人間はもうどこにもいない。」
人形がそう言い切ると、その男は信じられない、というような顔をして、ガックリと肩を落として下を向いた。
僕には何を話しているのかが、さっぱり分からなかった。
だがここに居ては殺されてしまうと感じ、震える体をなんとか動かし外に逃げようとした。
「でもこれじゃあまりにも可哀相だと思って、今回だけはもう一人サービスしてあげるよ。」
人形は意地悪な笑顔を浮かべながらそう言った。
「そんなゴミみたいな奴が何人来ても何の意味もないだろ。」
黒い男は顔を上げ、人形に詰め寄った。
「アンタは、ボクを呼び出して人間を連れて来いと言っただけだろ。ボクはその契約を実行しただけなんだ。しかもサービスまでしたんだ、文句を言われる筋合いは無いよ。」
人形も負けじと、身振り手振りを交えながら、小馬鹿にしたような態度で言った。
「俺は<いい奴>をと言ったはずだぞ。」
「あっちの世界にいる奴なんか、みんな同じようなもんさ!」
人形が、ほっぺたを膨らまし子供がすねたよいに顔をプイッとすると、男はたまらず人形に殴りかかった。人形は男の攻撃を空中でフワリとかわし、男の手の届かないところまで浮かんでいきニヤリと笑った。
「この俺が誰だか分かっての態度か?」
左腕の手の平を人形に向けてそう聞くと、人形はビクッとして慌てて言った。
「ご、ごめんよ。す、少しふざけただけなんだ。誰もドラキュラの王に喧嘩なんか売らないよ。」
男は人形に向けていた手を下ろし、鼻で笑った。(ドラキュラだって)
タイミングを掴めずに逃げ出せないでいた僕はギョッとした。
目の前にいる男がドラキュラだなんてそんなの信じられる訳が無い。でもその顔は、僕達が思い描いている西洋の怪物ドラキュラにそっくりだ。そして宙を自在に飛び回る喋る人形もいる。
僕は自分の置かれている状況が全く分からず、ドラキュラの王と呼ばれる男に勇気を出して聞いた。
「ここは、どこなんだ。」
男は振り返り言った。
「ここはお前達のいた世界とは違う、もう一つの世界だ。」
「え、えっ?」
僕は言っている事の意味が解らずもう一度聞いた。
「違う国って事?それとも違う惑星とか…?」
男は呆れたように、鼻で笑いながら言った。
「お前に言っても一生理解できないな。」
「君達のいた世界と時間軸の違う、全く別の発展を遂げたもう一つの世界、それがここさ。君達から言えば異世界、異次元世界、アナザーワールド、どれが君に一番伝わるかなぁ。」
人形はまた、馬鹿にしたような意地悪な笑顔を浮かべて僕に言った。。男が人形を睨みつけると、わざとらしく姿勢を直した。
僕はやはりまだ、よくは解らなかったが、ゲームのような世界だと理解するようにした。
まだかなり解らないことがあるが、僕はあの恐怖の記憶について聞く事にした。
「その話はとりあえず分かった。じゃあ、あの恐竜もお前達の…」
「シーーー!」
人形がいきなり僕の言葉を制して言った。
「やっと着いたみたいだ。ドラキュラの旦那もこっちの奴より、よっぽどマシだと思われますよ。まぁ力は無いですが、頭の方は役に立つと思いますよ。」
そう言うと、どこからともなく風が吹いてきて、目の前の空間が歪んで渦のように回りだした。そしてその渦のようなところから、徐々に人の足が出てきた。
「では、ボクはこれで失礼します。なお苦情などは一切受け付けませんのでよろしく。また会いましょう、さようならー。」
最後までふざけた口調で人形は、その渦のようなところに入り消えてしまった。
僕もそこに入れば、元の世界に帰れるかもしれないと思ったが、人形が言った一言が気に掛かり、その渦に飛び込めなかった。
(頭の良い人間って、もしかして…)
僕のこの不安は数秒後に現実のものになってしまった。
リンがこっちの世界に来てしまったのだ…。