第28話 前世の頃の俺の記憶
バレンタインデーの2月14日。彼女とのデートのために俺は駅前で彼女を待っていた。
そして駅前で彼女を待っているときに、突然誰かに衝突された。
その誰かは、そのまま俺の胸へと抱き着いてきた。
「私に振り向いてくれないくろ君がいけないんだからね?」
とても澄んでいるソプラノの声。だけど何かとても濁っているような声だった。
その声に俺は、なんだか聞いたことある声だな、と心の中で思い、俺はその声が聞こえてきた自らの胸に目を向けようとした。
だけど、確認することは出来なかった。何故なら、さらにその誰かが今よりも強い力で抱き着いてきたからだ。
それを俺の脳が認識した瞬間に胸の辺りから鋭い痛みが走った。相手は30秒ぐらい俺に抱き付いたままだった。
ようやく離れたときには俺は立っているのがやっとの状態だった。
だけど、それでも俺は自分をこんなにした相手の顔を見ようと残っている力を振り絞り顔を上げた。
そして俺が顔を上げた先にいたのは─────────────────────────────────────俺の幼馴染みにして、俺を振った元彼女だった。
俺には好きな人が居た。それは幼馴染みだ。幼馴染みはいつも俺の傍に居てくれた。
俺が悲しんでいる時や、楽しんでいる時など、いろいろな時間の中いつも傍に居てくれた。そんな幼馴染みことが好きだった。
小学校4年生の頃から由奈のことを好きだと意識し始めた。
中学生になってもその気持ちは変わらないばかりか、大きくなっていた。そして幼いながらも高校生になったらバイトを始めようと決心した。理由は自分と由奈との幸せな結婚式を挙げるために。
そして高校生になった俺はバイトをし始めた。そしてそれと同時に俺は由奈に告白した。返事はオッケーだった。それがとても嬉しかった。それからも俺はバイトを頑張り続けた。もちろんバイトだらけではなく由奈と何度もデートした。
三年前、俺と由奈は一緒の大学に入った。俺は由奈とのために一生懸命働いた。高校ではできなかった、深夜のバイトなどをして寝る間を惜しんで、働いた。早朝の新聞配達もやった。
そして今から二年前の12月15日に俺は由奈にフラれた。
俺は訳が分からなかった。その言葉を告げて帰ろうとしていた、由奈に俺は
「どう言うことなんだ?冗談だろ?」
「冗談だって言ってくれ!!」
と言った。何度も何度も言い続けた。それに対して由奈は
「二度と話しかけてこないで。じゃあね」
そう言って行ってしまった。俺はその瞬間、目の前が真っ暗になった。俺はその場で泣いた。家に帰っても泣いて泣いて泣きまくった。そしてこの世界に絶望した。そして自分に絶望した。
そして次の朝、重たい足を引きずるように俺は自分が通っている大学へ向かった。そしてその大学では、由奈は親友と楽しそうに話して登校してきた。
しかも俺に見せつけるようにイチャイチャしてきて、世界を恨んだ。
そしてその時に俺の悪い噂が流れ始めた。それは在ること無いことそれはたくさん。それはそうだ。彼氏(親友)が居るのに俺がしつこく彼女(由奈)に言い寄るから。
その日から俺は早朝は新聞配達をやり、そのまま学校に行き、夕方から深夜までバイトをし、家に帰り、飯を食って、寝るという自らの身体を壊すかのように働き積めた。俺の視る景色からは色は無くなり、ただ無気力になった。
それが半年ぐらい経った時から俺は代わり始めた。それはある少女のお陰だった。
その少女は俺が通っている大学の後輩だった。そして俺が入っている、サークルの後輩だった。おれが入っている天文部の。
その後輩(霧梨志乃と言う)は俺の傍に居てくれた。無口で、恥ずかしがりやだけど、いつも俺の事を心配してくれた志乃。悪い噂が流れているなかでも俺の傍に居てくれた。
志乃はそんな俺の悪い噂を聞いたとき、いつも言っていた。
「先輩は本当にこれでいいのですか?」
それに対して俺はいつも
「仕方無いよ、俺がいけないんだから」
絶望し始めた頃から俺は、自嘲するのが癖になっていた。だけどそれでも志乃は
「………先輩はいけなくなんかないです」
と言ってくれた。その言葉で俺がどれだけ救われたか。
そうして必然的に俺は志乃の事を好きになった。そして今から一年前、今の関係が壊れるのを分かっていながら俺は志乃に告白した。
「こんな俺だけど付き合ってください!」
「嬉しいです♪」
そして志乃が俺の恋人になった。
そしてその頃から由奈が俺に近付き始めた。
そのときにはもう由奈に興味を抱かなくなっていた。だってもうただの幼馴染みになっていたのだから。
そして由奈は俺に何度か近付き遠回しに復縁しようと言ってきた。
あの後友達から聞いた話によると、由奈と俺の親友は別れていたらしい。
俺は冗談じゃないと思い、由奈に話しかけられても無視をするようにした。
だけど無視をしようにも泣き着かれその場から動けなくなったときは泣き止むまで待ってから、自分から遠ざけた。だけど遠ざけたら遠ざけたらで騒ぎだしたが当然無視をした。
周りの人たちは俺から遠ざけるように何度も何度も由奈に言い聞かせていた。
俺はそれを聞きながら家に帰るために歩き出した。
そして後ろから由奈の絶叫が聞こえた気がした。
それから由奈は俺に彼女が居ることを知ったみたいで、俺に志乃の悪口を言うようになった。志乃は決して由奈のような美人で無かったし、由奈のように可愛くは無かったけど、俺の目にはとても美しく見えた。
「霧梨さんはブスだよ、私の方が綺麗だよ!!」
「霧梨さんはくろ君を私から奪う悪魔だ!!」
「くろ君、やっぱりやり直そうよ!!私が悪いのは分かってるけど、私にはくろ君しか居ないって気が付いたの!!だからもう一度私と付き合ってほしいの!!」
とかいろいろ言ってきたが当然無視をしていた。
そしてそれから家にも由奈は来るようになっていた。
俺の両親を仲間にして、俺に何度も何度も付き合うよう迫ってきた。
あるときは俺の家に泊まるとか言って、またあるときは窓ガラスから俺の部屋に侵入とか、本当に由奈は色々な事をしてきた。
俺は泊まると言い出したときは、新しくできていた友達の家に泊めてもらったり、窓ガラスから侵入してきたときは急いで財布を持ち家を出て、ファミレスとかで時間を潰した。
そんなことが何度も何度も続いた。
そして今日、2月14日。バレンタインデーに俺は元彼女であり幼馴染みの由奈に刺された。
とうとう、自分の足に力が入らなくなり、俺は地面に倒れた。
由奈はそんな俺に馬乗りになり、ナイフを何度も何度も突き刺し続けた。
何度も刺されて、意識が朦朧としている中、目の前のにいる幼馴染みの由奈の事を見た。
大和撫子のような整った顔、長い黒髪。身長は俺よりもやや小さいぐらい。だけど決してスレンダーではなく、出るところは出て引き締まっているところは引き締まっていた。霞む目で見てもやっぱり俺の幼馴染みは、由奈は、綺麗だった。だけど、普段の慈愛に満ちた目は無く、とても暗く濁っている、そんな目になっていた。
「ごめん、なさい‥‥‥‥裏切ってごめんなさい‥‥‥‥‥でも‥‥‥こうでもしないと‥‥‥くろくんが私の手の届かない所に‥‥行っちゃい‥‥そう‥‥だから、ごめん‥‥‥‥なさい‥‥‥‥‥私も直ぐに‥‥‥‥‥‥‥逝くから、ね?‥‥‥‥今度、一生離さないか ‥‥‥‥ら ‥‥‥‥んんっ」
そう言って、由奈は俺にキスをした。まるで俺と由奈が付き合っていた頃のように。そして由奈は自分の心臓めがけてナイフを刺した。そして俺に覆い被さるように倒れた。微かに吐息は感じられるから、まだ死んでいなかった。
俺は由奈が俺の身体の上に倒れているのを霞む目で見ながら、残り少ない命の中、俺は想った─────────────────────────────────────決して由奈の事ではなく、志乃の事を。
今心から言葉を言おう。
こんな俺の傍に居てくれて、ありがとう。
こんな俺の事を支えてくれて、ありがとう。
君が居なかったら俺は前を向けなかった。ずっと止まったままだった。誰も信じることができなかった。
そんな駄目な俺を君は愛してくれた。
本当に俺には勿体無い位の彼女だった。
だから俺は胸を張って言うよ。
愛してる
来世でも君を探して、絶対君の事をまた好きになるよ
──────────────────本当に愛してるよ、志乃──
──そして、俺の傍に居てくれてありがとう────────
そして、その場所には重なりあった二人の男女の死体と男の方の死体に寄り添い抱き着きながら泣いている一人の少女、そしてそれらを見ていた野次馬たちだけしか居なかった。
そしてまだ救急車の音は聞こえて来ない───────────────────────────────────
「また、あの夢か……………。」
「どーしたの、黒斗?」
ルナが心配したように『俺』の顔を見てきた。『俺』はそんなルナに
「大丈夫だよ。少し昔の夢を見ていただけだから。」
ルナはそう、と言って目を閉じた。『俺』はそんなルナを見て、少し笑ってしまった。もちろん、ルナを起こさない程度の笑いだ。
そしてさっき『俺』が見た夢は、『俺』の前世の記憶だ。
幼馴染みに裏切れ、そして後輩を好きになって、幼馴染みに殺された前世の【俺】の記憶だ。
「忘れたかった、こんな記憶なんて…………。」
もう『俺』は【俺】では無いのだから。『俺』も前世の【俺】のような事はやっていないが、どうやら『俺』たちは幼馴染みへの運が無いようだ。
前世の【俺】は裏切れて捨てられて、そして殺された。
今の『俺』は幼馴染みに告白したがフラれてしまった。
「志乃は【俺】が死んでからどうなったのだろう?」
ついつい口から出てしまった。『俺』はその疑問に対して調べようとしたが、止めた。今の『俺』だったら世界に干渉して調べることが出来る。だけど、そんな事を『俺』はしたくなかった。唯一の心配事は、羽瑠が幸せに生きているのかと言うところだ。
「そろそろ『俺』からボクに戻ろうかね。」
そう言って『俺』はボクに戻った。
まだ唖然としているよ。そろそろ戻ってくれないかな?とボクが考えているとやっと四人が
「「嘘だろ(でしょ)!?」」
「「有り得ません(わ)!?」」
とリアクションをしてくれた。いやー長かったな、唖然としてたの。
だってボクが寝てから大体一時間ぐらい。そしてボクが起きてから十分ぐらい経ってからやっと反応を示してくれた。これを長いとは言わずしてなんと言う!
ごめんなさい、少し壊れてしまいました。それでも少し軽くしたかったんです、気持ちを。あの夢は今でも恐怖モノだから。ボクが恐怖しているのは殺されたことじゃない。寧ろそんなものは恐怖ではない。人間何時かは死んでしまうのだから、そのときが訪れたか、としか思わない。
じゃあ、何が怖いのかと言うと、それは一番信用していて、一番愛していた幼馴染みに裏切られたことだ。それが今でもボクの心の中にある恐怖心。
それを和らげたかったんだ、少しでも。
「──────さま、────ばー様───シルバー様!!」
「えっ!!な、何!?どうしたの!?」
突然名前を呼ばれて、ビックリしてしまい大きな声で答えてしまった。
「どうしたのではありません!!さっきから何度も呼んでいるのですよ?耳元で大きな声を出してようやく気が付くなんて…………。」
何度も呼んでいたらしい、フィユノさんは。それはごめんなさいなんだよ。
「ごめんなさい!考え事をしていましたので聞こえていませんでした。
それでボクに何か用ですか?」
一応聞いておく。すると
「さっきのことに決まっています!!何なんですか、あのステータスは!?あんなの異常すぎます!!」
「言わないと、ダメ?」
「言わないとダメです!!」
うるうるした目でフィユノさんを見たがダメだった。
「分かった、話すよ。」
そのボクの言葉に満足したのか、フィユノさんは
「じゃあ聞かせてくださいね。」
と上機嫌に返してきた。
とりあえず説明するのはボクが勇者だと言うことでいいかな?
そんなことを思いながら、フィユノさんたちが居るところへと向かった。
あのとき黒斗が世界に干渉して調べていたのなら、この先起こるであろう出来事を回避、出来たかも知れなかった。