承 3
「はい。―――すんません。じゃあ、失礼します」
放課後になって、俺は先輩に雇われているのとは別のバイトの雇ってくれている人に電話をかけていた。
「終わりましたか?」
「ああ。っつうか、そういうことは先に言っといてくれよ」
「いえ、廻さんも既に承知していることかと思っていました」
午後になってからアンリミズは俺と話そうとしていたようだが、休み時間はクラスメイト達に阻まれ、五限は男女別で体育、六限は四国先生が担当する古典だったため、俺に話しかけることができず、帰り際には学園内を案内しようとするクラスメイト達に連れ去られていってしまった。
俺は今日は先輩とのバイトとは別のバイトがあったので、そちらに行こうと学園を出て少ししたところで雨潟さんに声をかけられた。
「狙われている、ということは昨日の話で理解されていると思ったので、まさか、襲われる危険性のある時間帯にアルバイトに行こうとするとは思ってもいませんでした」
「わるかったな。話が衝撃的過ぎてすっかり抜け落ちてたんだよ」
携帯を鞄に突っ込み、止めていた足を動かし始め、雨潟さんも俺に続いて歩き出した。
「昨日の奴等、また来るんだよな」
「恐らく。・・・・・・しかし、本来なら『調整者』が昨日、あなたに接触することはないと踏んでいたのですが」
「そうなのか?」
「はい。あの時点ではまだ廻さんは歴史に準じた行動をとっていましたから彼らが接触する理由がありませんから」
「そういやそうだな」
むしろ、あいつらに襲われたから俺はこんな事態に巻き込まれたんだ。あいつらの行動原理からするとおかしい。
「理由があるとすれば、前日にその私と接触したことぐらいですから、それが原因だと判断しましたが」
「その前日ってただ挨拶しただけじゃねぇか。だけど・・・・・・、確かにそれぐらいしか理由がないか」
「ともあれ、昨日襲ってきた以上、今日も襲ってくる可能性があると考えられます」
「まぁ、そう考えるのが妥当だよな」
「それに襲ってくるとなれば昨日、私が撃退しましたから昨日よりも戦力を増してくるでしょう」
「げ、マジかよ・・・・・・。あんなのが何人も来るのか」
そのことを想像すると気が重くなってくる。
俺が戦うわけじゃないが、大勢に命を狙われるというのは結構きつい。
「何人、という言い方は正しくないと思います」
「いや、人型なんだからあってるだろ」
「いえ、そういうわけでなくて、恐らく、増援の多くが非人型であると推測されますから、何匹、何体という単位が正しいでしょう」
「非人型?人以外ってことか?」
「はい。昨日も言いましたが、人型以外の個体も確認されています。そして、戦闘力は非人型のほうが優れていることも確認されていますから、戦力として送ってくるならそちらのはずです」
「・・・・・あれより強いのが大量に送られてくるのかよ」
どんな姿の敵が来るのかわからないが、昨日のやつより強いやつが来るというのは俺の不安を増大させる。
「安心してください、廻さん。彼らがいくら襲ってこようと私が迎撃しますから。廻さんには指一本触れさせません」
「けど、そううまくいくのか?」
「大丈夫です。元々、廻さんを護ることになれば『調整者』と戦うことは想定されていましたから、私は彼らとの戦闘でも十分に勝てるように設計されています」
「・・・・・・確かに昨日のあの動きは凄かったが」
俺は彼女の全身を視界に収める。
彼女の体つきはどう見ても、ただの女性のようで腕や足は細長く、母性の象徴である胸は豊かだが、全体的に華奢な体つきだ。
昨日の戦闘を見ていなければ、彼女があいつらを撃退できるなど絶対に信じない。
「確認されている彼らのデータをもとに私と戦闘した場合の結果をシミュレーションしたところ、千体の個体に襲われても九十八%以上の確率で被ダメージを2%以下に抑えながら勝利できるという結果が出ています」
「被ダメージを2%以下って、―――ほぼ無傷じゃねぇか!」
千体の敵を相手にそれだけのダメージしか受けないとなると圧倒的な戦力差があるということが俺にも理解できる。
「これでも私は三十七年後でも最新鋭の機体であり、博士が研究に研究を重ね、ほぼ確実に廻さんを護るという目的を達成できるとできる明言した対『調整者』用の機体でもありますから、その程度の戦果は当然のことです」
「・・・・・・そうは見えないけどな」
見た目はどう見ても令嬢風の黒髪美女でしかない。
「この見た目は廻さんを護衛するにあたって、違和感無く社会に溶け込めるような容姿でなければならないので人型として設計されたんです」
「ん?それだったら女である必要はないんじゃないか?むしろ、男のほうが俺は遠慮なく付き合えると思うんだが」
「いえ、護衛対象、つまり、廻さんが男性なので異性である女性型のほうが廻さんも無下には扱わないだろうという博士の判断です。それにいかにも戦いなれている風貌な男性より優しげな女性のほうが警戒心無く受け入れられるじゃないですか」
「・・・・・・確かにな」
いかにも戦いなれている風貌の男性が近くにいたら自分がどのような反応をするかを想像し、確かに近づきがたいと思った。
「そういえば、昼に聞きそびれたが、その博士は何で俺を護ろうとしてくれんだ?」
俺の命を護ってくれるのはありがたいが、理由というのはどうしても気にかかる。
「博士が言うには、あなたの死が博士の原動力であり、大きな傷だからだそうです」
「俺の死が・・・・・・?」
「はい。あなたの死が今でも博士の記憶に残り、夢にまで出てくるそうです。昔の博士はその死を感じる夢に怯え、その悪夢を振り払うためにまず、己の身を護ってくれる存在を作り上げることに腐心しました。やがて、それは自律行動を行うロボットへと変わり、アンドロイドなどの高度なものへと進化していきました。しかし、どれだけ強力で頼もしいアンドロイドところを作ったところでその悪夢が振り払われることがありませんでした。そんなあるときです。タイムマシンが完成されたのは。博士はそのとき天啓を受けたかのように、廻さんを助けることが出来る、助けたいと思ったそうです」
それは、ずっと俺の死に何か後悔のようなものを感じていたといことだろうか。
何度も何度も繰り返し夢に出てくるほどに強烈な後悔を。
「博士はすぐにタイムマシンを利用したいと名乗り出たそうですが、未だに確かなデータが取れていない技術、当時、すでに『変革の賢人』の一人に名を連ねていた博士を失う危険を犯せない上にまずその技術によって得られる恩恵をそうそう分け与えたくない者達はそう簡単に博士に許可を出すことはなく、博士は許可が出るのを待つしかありませんでした。そして、もうすぐ博士に許可が出ようとしていたときのことです、『調整者』が現れたのは」
そういえば、奴等はそれまで見つけられていなかったんだよな。
「当然、博士に出ようとしていた許可は撤回。彼らのことを探るための調査隊が結成され、彼らの生態が調査されました。少なくない死者をだしながらもその結果、彼らの行動原理、『歴史を正しく進めようとする』ということが突き止められて以来、元からあった歴史家達から批判も更に勢いづき、タイムマシン技術への取り組み規模は縮小されていきました」
凄い技術なんだが、利用するのが難しいと判断されたんだろうな
「そんな中でも博士は諦めず、『調整者』にも対処できるものの開発を始め、研究、開発、実験を重ねた結果、私を創り出すことに成功し、私を送り出す許可を取り、私をこの時代に送り込みました」
「そこまでするほど、俺の死が重かったのか・・・・・・」
誰だか知らないがその博士という人物に重荷を背負わせてしまったことに罪悪感を感じてしまう。
「死ねないな・・・・・・。俺だけじゃなく、その博士のためにも」
「はい。私も全力を尽くさせていただきます」
今まで、俺の命が危ないということで、混乱や恐怖で思考が纏まらず、漠然と死に対する恐怖感のみがあったが、他人の人生に暗い影を落としてしまうということを知り、死にたくない、死ぬわけにはいかないという想いが強くなり、このとき『生き続ける』という決意が固まった。
「ところで、明日、何とか生き残ったとしてその後はどうするんだ?その後も奴等が俺を狙ってくるかもしれないだろ?」
決意を固めるとその先のことも考えられるようになり、ふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「可能性がある、というよりもほぼ確実に狙ってくるでしょう。将来、『変革の賢人』になる人物の傍にいる人間が死の運命を避けたとなるとその後、『変革の賢人』にどのような働きかけがあるか予測が出来ないので、それを避けるためにも廻さんを殺そうと躍起になるでしょう」
「ってことは、先輩やアンリミズと関わらなければいいってことか?」
「いえ、出会ってしまった以上、縁が出来てしまいましたし、死という絶対的なものによりその縁が断ち切られない以上、襲ってくる可能性は残ります」
「戦い続けるしかないってことか」
「いえ、博士はその対策も立てています」
「へぇ、どんな策なんだ?俺も何かしないといけないのか?」
俺のことであるので、何かしらのことを俺がしないといけなくなるだろう。
「いえ、その対策を実行するために廻さんにしてもらうことはありません。しいて言うなら、死なないでもらうことぐらいです」
「そうなのか?」
「はい。必要な『処置』は昨日、治療とともにすでに施しましたから」
「・・・・・・昨日、俺に何かしたのか?」
『処置』という不穏な単語に不安になった。
「ちょっとした機械を埋め込ませてもらいました」
「・・・・・・ま、まぁ、俺の命を護るために必要なことなら仕方ないか。・・・・・・俺の体に悪影響はないんだよな?」
「その点は安心して下さい。廻さんには全くの無害ですから」
「そうか。それで何の機械を俺に埋め込んだんだ?」
「埋め込んだもの自体はたいしたことはありません。廻さんが生きている限り、信号を発し続けるというものです。心臓付近に取り付けていますが、先程もいいましたが無害ですので安心してください」
「心臓って・・・・・・。まぁ、害がないならいいけどよ。そんなんで奴等をどうにか出来るのか?」
「はい。信号が途絶えたら、私の動力炉が暴走し、少なくともアジアを吹き飛ばす大規模爆発を起こしますので大丈夫です」
一瞬、何を言われたのか分からないため言葉が出なくなり、その言葉を理解してくるとそのあまり突飛な事柄に絶句し、歩いていた足が止まり、やがて搾り出せた言葉は
「はあ!?」
と、まぁ、何とも言えない驚きだけに満たされた声だった。
「アジアを吹き飛ばすって、おまっ、ちょ、どういうことだよそれ!」
「私に搭載されている動力炉は核を遥かに越えるエネルギーを得ることが出来る対消滅の原理を利用した動力炉ですので、それぐらいの威力は十分に出せます」
「そういうことじゃなくてな!どうしてそんな大勢の人を巻き込むようなことになってんだよ!」
俺が襲われときに周りの人を巻き込むわけにはいかないと思い、人気のない道を選び、進んでいたこの道で俺の叫び声が響いた。
「必要なことだからです」
「だから、どうして!」
「とりあえず、落ち着いてください。それから説明します」
「くっ」
怒鳴り散らしながら問い詰めたい衝動にかられたが、それでは話が進まなそうなので怒りを押し込める。
「『調整者』が正しい歴史にするために行動するというのはもうお分かり頂けてますね?」
「ああ」
「私達は廻さんの命を明日以降も守りぬかなければなりません。しかし、彼等はその歪んだ歴史を正すために廻さんを殺そうと動きます」
「そうだな」
焦らすように結論を先に言わないので、苛立ちが声ににじみ出てしまう。
「死んだはずの廻さんが生き続けることはその歪みをどんどん大きくしていくでしょう。そうなれば、それ相応の戦力を彼等は投じてきます」
「それを解決する方法がどうして、アジアを吹き飛ばすなんて結果になんだよっ」
「廻さんが生きていれば、それだけ正しい歴史から逸れていくことになります。しかし、廻さんが死んだ結果、それ以上の歪みが発生し、正しい歴史から遠のいてしまうとすればどうでしょう?」
冷静に思考することが出来ない頭で彼女の言葉を吟味していく。
「廻さんを殺した結果、絶対的にありえてはならない事象が起きてしまうとすれば彼らの動きをけん制できると博士は予想しました」
「・・・・・・つまり、大勢の命を人質にして、俺の命を永らえさせることを奴等に認めさせるってことか」
「端的に言えば、そうなります」
「だけど、それはっ!それは―――!」
その理屈が正しいことは分かる。
俺が死ぬことが、俺が生きていることよりも奴等にとって都合が悪くなるとなれば、俺という小さな存在の命ぐらいは認めるかもしれない。
しかし、もし失敗したとき、俺が死んだときは関係のない無数の人々を死に追いやることになる。いや、俺が生きていたとしても、常に無数の命を人質にして生きながらえるなんていい気分ではない。
さっきは、俺の死が俺と雨潟さんを創った博士に大きな影響を与えると思っていたが、この状態ではそんなレベルの話ではすまない。
俺と世界が一蓮托生となっているのだ。
俺の命にそんなに価値があるわけでもないのに、こんな方法をとることになるなんてあまりに卑怯で、あまりに俺が汚なく、惨めに感じてしまう。
「葛藤されているようですが、このような手段しかないんです。あなたの命を護るためには」
「だからってなぁ!」
彼女の胸倉を掴みあげ、混沌としたその胸のうちの想いをぶつけるかのように睨みつける。
睨みつけるがそれ以上、言葉が出てこない。
理屈では確かに正しい。
そして、彼女と彼女を創りだした博士は俺を護るための最善の行為としてこんな方法をとったこともわかる。
それだけ博士という人物が俺を護ることに本気なのだということも、そのために作られた彼女がそのことに対して真剣に行おうとしていることも。
「―――くそっ」
彼女の胸倉を掴んでいた手を放し、彼女から距離をとるように足早に歩みを再開させた。
そんな俺の後を彼女も歩みを再開し、ついてくるのを感じるが、俺の心が荒れ狂っているのがわかっているのか、彼女は話しかけてこなかった。
人気のない道を歩きつつ、場所的にも多少暴れても周りに迷惑にならない場所を目指した結果、現在は街の発展に取り残された『未来ノ市』ではここしかない田園地帯を夕日に照らされながら歩いていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
お互いに無言のまま、黙々と歩き続けていた。
俺は先程のことについて、ずっと考え続けていて、彼女は何を考えているのか、いや、そもそもアンドロイドである彼女に思考というものがあるのか疑問だが、黙りこくった俺に対して話しかけずに黙々とついてきていた。
そんな二人の間に流れる沈黙を先に破ったのは俺だった。
「・・・・・・なぁ」
「何でしょうか?」
今までと変わらない声音で俺の呼びかけに雨潟さんが応える。
「俺の命のために、多くの命を人質にとるっていうやり方は正直、気に入らない」
「はい」
「けど・・・・・・、それしか方法がないんだろ?」
「はい」
色々と不満はあるし、気に入らない。が・・・・・・、
「受け入れるしかねぇよな」
卑怯だと、汚いだと思おうが、そうしなければ死んでしまう。
俺は大勢の人のために生を諦められるほどできた人間ではない。
死ぬのは怖いし、死なないですむならそうありたい。
そんなどこにでもいる人のように生にすがりついていたいただの人間だ。
「死ななければ、何の問題もないんだろ?」
「そうですね。廻さんが死ななければ誰一人犠牲になることがなく、廻さんは生きながらえることが出来ます」
「逆に俺が死んじまえば、動力が暴走する雨潟さんを始め、無関係な大勢の人達が死ぬってわけだ」
重い。
俺の命を同じ天秤にのせられてしまった命があまりに重過ぎる。
「責任重大だな。こりゃ何としてでも生き残らないとならないか」
「そうしてもらわないと、私も使命を果たせずに困ってしまいます」
「雨潟さんも死んじまうんだから困るってどころじゃないだろ」
俺のその言葉に、すぐに返答がくると思っていたのだが、なかなか返ってこないので首を後ろに振り向かせてみると、そこには初めて見る雨潟さんの悩んでいるような表情があった。
「どうした?」
「いえ・・・・・・、少し気になっていたことがあったのですが聞いてもいいでしょうか?」
「ああ」
雨潟さんに質問されるとは思わなかったため、何だろうとは思いつつ質問に耳を傾ける。
「それでは聞きますが、何故、私を『雨潟さん』と呼ぶのでしょうか?」
「は?」
質問の意図が理解できずに間の抜けた声を出してしまう。
「いや、何でもなにも、雨潟さんは雨潟さんだろ?」
「確かに最初にそう名乗りましたし、対外的には雨潟 つむぎという名前を使っていますが、廻さんもご存知の通り、私はアンドロイドです。識別名称として『つむぎ』という名を持っていますが、雨潟、それも敬称をつけて呼ぶのはどうしてなのでしょうか?」
「えっと、つまり、どういうことだ?」
「ですから、何故、私を『つむぎ』と呼ばないのでしょうか?」
「俺と雨潟さんはそんなに親しくないじゃないか?それなのに名前で呼び捨てるのは俺はちょっとどうかと思うぞ」
「確かにあまり親しくはないかもしれませんが、それでも私を苗字で呼び、敬称をつけるのはおかしいのではありませんか?」
「いや、別におかしくはないだろ。そんなに親しくない人なら苗字に敬称をつけて呼ぶのが普通だと思うが」
「私は人じゃなくてアンドロイドです」
「それが―――、いや、ちょっと待ってくれ」
彼女の言葉がどういう意味なのか、俺なりに考えてみる。
彼女は自分に対して俺が『雨潟さん』と呼ぶことに疑問を抱いた。
それは自分が苗字に敬称をつけて呼ばれるのがおかしいと思ったからであり、俺は親しくない相手にそうするのは当たり前だと思っている。
しかし、彼女は親しくないからといって自分が苗字と敬称をつけて呼ばれないのはおかしいと思っている。
それは自分が人間ではなくて、アンドロイドであるからで―――
「あー、つまり、人間ではなくアンドロイドである自分を苗字と敬称で呼ぶのはおかしい、ってことか?」
「そうです。いったい、何故なのでしょうか?」
どうやら根本的なところで俺と彼女の間でずれがあったらしい。
俺は彼女を親しくない間柄の人物であるから『雨潟さん』と呼んでいたわけだが、彼女は自分をアンドロイド、人間ではなく、むしろ物に近いという考え方を持っているようで自分の正体を知っている俺がアンドロイドに対して識別名称で呼ばず、名前と敬称をつけていることがおかしいと感じたらしい。
正直、外見や表情などを見ていたら彼女は人と全く変わらないように俺には見えるので、俺としてはアンドロイドというより、人間という意識が強い。
確かに彼女に対して『作り出された』などの物的な考え方をしていることがあるが、そのときは彼女がアンドロイドであるということが意識されているからであり、ただ接しているだけでは人間という意識が大きい。
なので、『雨潟さん』なのだが、彼女は自分がアンドロイドであるという意識が強いために『つむぎ』と名称で呼ばれるのが自然だと感じているようだ。
そういえば、映画や漫画などでもアンドロイドなどの人型のロボットは登場当初、自分は人間ではなく物という意識が強く、物語が進む中で人間のような感情などを得ていくという描写が見られることがあったな。
なるほど。確かにそう考えてみれば、俺が知っている彼女の今までの行動も俺が知らないことも多かったせいか、淡々と説明しているということが多くどこか機械的な感じが否めない。
「何でそう呼んでいるかって言えば、俺の中で雨潟さんはアンドロイドというより、人間っていう意識のほうが強いからってことになるな」
「人間、ですか?私はアンドロイドなのですが」
「そうは見えないってことだ」
これから長い付き合いになるし、一蓮托生の身だ。彼女がうまく社会に溶け込めるようになるためにも少しずつ人らしさをしていったほうがいいだろう。
「ともかく、親しくない間柄の人間には俺は苗字と敬称で呼ぶし、雨潟さんをアンドロイドと思えないからこれからも同じ呼び方で呼ぶ」
「ですが」
「反論は受け付けない。それに雨潟さんも自分がアンドロイドだっていうことにそんなにこだわらないようになってほしい。社会に溶け込むためにもそういう考え方だとうまくいかない部分が出てくるだろ?」
「・・・・・・はい。わかりました」
どこか納得いかないような様子ではあるが、俺の言葉にも一理あると感じたのか彼女は頷いてくれた。
俺がその結果に満足していると、
「ところで、もう一つ、聞いてもいいでしょうか?」
「ああ。いいぞ。どんどん聞いてくれ」
こうして彼女が疑問に思ったところを改善していけば、より人間らしい思考になってくれるだろう、と考えていたのだが。
「何故、このような人気のない場所に来ているのでしょうか?アパートまで帰るのなら遠回りになっていると思うのですが」
「そりゃ、俺が襲われるかもしれないんだろ?周りに人がいたら巻き込んじまうかもしれないだろ?」
「いえ、その点に関してはあまり問題ありません。むしろ、人気のないところに来ると―――っ!廻さん、私の後ろに下がってください」
彼女が俺の前に出ながら前方を見据えている。
「どうしたんだ?」
「『調整者』がきました」