承 2
「―――であるからして、ここではこの法則が適用され、法則から―――」
朝のアンリミズの登場後、休み時間の度に彼女の周りには生徒が集まり、彼女を質問攻めしていたが、講義中はよほど朝の四国先生の注意が効いたのか、アンリミズは静かなものだった。
現在は四限の物理の講義中。
俺がいる『未来ノ学園』の高等部は一日、六十分×六の講義で構成され、四限と五限の間に昼飯を食べるための昼休みがある。
「ねぇ」
小声で隣から話しかけるが、ちらりと目線を向け、すぐに視線を前に戻す。
「ねぇってば」
再度呼びかけられ、脇をシャーペンで小突かれる。
昨日、殴られた箇所に近かったため、思わずシャーペンを強く握り締めてしまう。
「・・・・・・何だよ」
「えっと」
反応してしまったので、会話に応えることにしたのだが、話しかけてきたアンリミズは戸惑った様子で俺の顔と掴まれたシャープペンを交互に見ている。
シャーペンを強く握り締めたままだったことに気付き手を放す。
「で、何だ?」
「いや、ちょっと話でもしようかな、なんて」
「講義中だぞ」
「・・・・・・顔に似合わず真面目だよね、わるきち」
「知り合いにはよく言われる」
やはり目つき悪いのは不真面目だと思われるのが一般的らしい。
「わるきち、休み時間になるとすぐどっか行っちゃって全然話せないから講義中じゃないと話せないじゃん」
「俺がいると他の奴等が寄ってこないだろ」
休み時間になると近づきたいけど近づけない、といった感じの視線をクラスメイト達がちらちらと俺に向けてくるので、俺が席を離れると一斉にアンリミズの周りにクラスメイト達が集まっていた。
「みんな、怖がってるっていうより、近寄りがたいみたいだけどね。てっつんを助けたのもみんな知ってるからそこまで悪い人じゃないのかな、と思っててもやっぱり目つきが怖いし、雰囲気も刺々しいから」
「助けたんじゃなくて、巻き込まれたんだけどな。ところで、てっつんっていうのは徹也のことだよな?」
「そうだよ。あだ名は仲良くなるための第一歩だからね」
いいあだ名でしょ、と言わんばかりにアンリミズがない胸を張る。
「ともかく、席も譲ってもらったし、隣同士だし、これから仲良くしていきたいなと思って」
「講義聞かなくていいのか?」
「全然、大丈夫。理系科目は講義を聞かなくても困らないし」
「・・・・・・俺は困るんだが」
「じゃあ、そのときはミスティが教えてあげるよ」
「人に教えられるほど頭良いのか?」
「まぁ、そうね。この学園にいる三ツ傘の娘さんぐらいにはいいんじゃないかな」
俺はその言葉に驚いた。
三ツ傘の娘さん、というのは『三ツ傘工業』の社長の一人娘である先輩のことに違いはないだろう。
先輩は『三ツ傘工業』を発展へと導いた天才だ。その天才ぶりは尋常ではない。
小学生になる前には既に院生以上の知識を有し、現在までに画期的な金属精製法の提案に始まり、新しい合金の開発、論文の発表、有名な賞の受賞など絵に描いたような現実離れした実績を残している。
以前に、少しだけ書きかけの論文を見せてもらったのだが、何が書いてあるのだか俺にはさっぱり理解できなかった。
冗談でもその先輩と同じくらいに頭がいいとは口にするものはこの『未来ノ市』には存在しない。
「あの人は本当に半端なく頭がいいんだぞ?」
「知ってるよ。その上で言ってるの」
思わずマジマジとアンリミズを見つめてしまう。
「・・・・・・本当だよ」
「まぁ、そのうちわかるか」
嘘でも本当でも次のテストでわかるだろう。
「ん~。じゃあ、これならどう?」
アンリミズが自分のポケットに手を突っ込み中身を取り出すと、俺に見せるように掌を広げる。
「これが何だ?」
「ほら、朝の煙のやつがあったじゃん?あれのちょっと違う種類のやつ」
手の上にはカラフルな玉がのっている。
「だから、それが何だっていうんだ?」
「まぁ、パッと見た感じはわかりにくいだろうね。一見、ただの煙玉に見えるけど、これ、結構な威力があるへ、じゃなくて、防犯グッズなんだよ」
「だから、それが?」
「実はこれ、ミスティが創ったんだ」
これはつまり、この防犯グッズを創った自分が先輩並に賢いということを示したいのか。
「そう言われても、その凄さがわからねぇって」
「じゃあ、お近づきの印も兼ねて一つあげる」
そう言いながら、黄色い玉を摘んで俺に握らせる。
「色ごとに種類が違うんだけど、一番安全なやつをあげるよ。聞いた話だとたびたび喧嘩をするみたいだから、そのときに効果を試してみて。使い方はただ投げてぶつけるだけ」
つき返そうかと思ったが、今の俺は昨日のような連中に襲われる可能性が高いことを思い出して、何もないより何か持っていたほうがいいと思い、素直に受け取り、ポケットに入れた。
それと同時に授業に集中したり、何かをしていることで誤魔化していた俺の身に迫る危機や命の期限が強く思い出されてしまった。
「それを使ってくれれば、ミスティの凄さをちょっとはわかってもらえると思うよ」
「・・・・・・ああ」
「どうかした?」
「何でもない」
一度、強く思い出してしまうとどんどん思考が深みに嵌っていってしまい頭の中を不安や恐怖がしめるようになってきた。
「・・・・・・悪い。席外すわ」
「え?」
俺が席を立つと、教師とクラスメイトの視線が俺に集まる。
「どうした、尾形」
「すんません。少し気分が悪いんで保健室に行ってきます」
「・・・・・・そうか」
教師は訝しげに俺を見ていたが、特に追及もしなかった。
教室を出た俺は保健室には行かず、理科室などがある特別教室棟の屋上にきていた。
教室棟や部活棟の屋上と比べて、ここは人が来ることがほとんどなく穴場の一つになっている。
特に今は講義中ということもあって、ここには誰もいない。
「はぁ」
俺は屋上にきて適当な日陰を見つけてそこで寝転がっていた。
さっきまでは授業に集中したりすることで誤魔化していたが、思い出すとどんどん思考がネガティブになってしまう。
「サボりですか?」
声がしたのでそちらを見てみるが
「―――っ」
そこには誰もいないという異常事態に飛び跳ねて体を起こし、警戒心を最高にまで高める。
「私です。安心してください」
風景が揺らいだかと思うと、徐々に輪郭がはっきりとして、雨潟さんが現れた。
その現象に驚いたが、彼女に関しては深く考えてもが仕方ないかと思いながら、警戒を解き、胡坐をかいて座りなおした。
「隣、いいですか?」
「ああ」
今日も白一色の服に身を包んでいる彼女は俺の隣に腰を下ろす。
白一色の服なのに汚れを気にしないのだろうかとどうでもいいことを考えてしまう。
「何でここにいるんだ?」
「言ったじゃありませんか、あなたの護衛についていると」
「ああ、そういえば言ってたな」
朝の会話を思い出す。
「廻さんこそこんなところでサボりですか?」
「・・・・・・勉強してる気分じゃなくなったんだよ」
俺は雨潟さんに向き直った。
「昨日の話の続きをしてくれ。気になってしょうがないし、正直、不安でどうしようもないんだ」
「いいですよ」
あっさりと肯定されて拍子抜けしてしまった。
「・・・・・・いいのか?」
「はい」
「・・・・・・朝は学園に行けって断ったわりにはすんなりと頷くんだな」
「必要だったのは学園に行ってもらうことでしたから。今は特に断るような理由もありませんし」
「学園に来ることに意味があったのか?」
俺には意味があるとは思えないんだが、
「はい。昨日の話の続きになりますが、『調整者』が正しい歴史としているものは基本的に大筋が定まっているもので、細かいところまで明確になっていません。ただの人、一人が多少ずれた行動をしたところで歴史に大きな影響は与えられませんから」
「それだったら俺が学校に来る必要性が感じられないんだが」
「基本的には、ということですから当然、例外がいます」
「俺がその例外ってことか?」
「いえ、廻さんはその例外ではありません。しかし、『調整者』が動き出した以上、廻さんにはあまり想定外の行動をとって欲しくないのは確かですが」
「だったら、どういうことだ?」
「例外なのは、ミスティリーネ・アンリミズ様。彼女のことです」
「アンリミズが?」
いきなり今日、編入してきたアンリミズの名前が出てきたことに驚き、戸惑った。
「はい。先程も言ったようにただの人、一人が多少ずれた行動をしたところで歴史にたいした影響は出ません。逆を言えば、ただの人ではない、特別な人がずれた行動をするというのは歴史に大きな影響を与える可能性があるということです」
「その特別な人にあたるのが、アンリミズってことか」
「はい。彼女が今日、この学園に編入してくることは定まった事柄でした。そこで出会うはずでなかったあなたがいないというのは歴史に極僅かですが、ずれが生じてしまいます」
「だけど、極僅かだろ?そこまで気にしなくてもいいんじゃないか?」
「普通ならそうなのですが、『調整者』があなたの周りで動き、『時間逆行者』である私もこの時代にきてあなたに接触している以上、少しでも『調整者』を刺激はしたくはないんです」
「なるほど」
確かに下手に刺激して奴らの動きが活発になったら不味い。
「そういや、ちょっとした疑問なんだが、アンリミズが何で特別扱いなんだ?別にたいして変わった人物に見えなかったが」
「彼女は特別の中でも重要度の高い人物です。廻さん、昨日、私の話を聞いてすぐには信じられませんでしたよね?それは何故ですか?」
「何故って、そりゃあ、タイムマシンなんて馬鹿げたものがあるなんて思わなかったし、それに確かあんたがいた未来っていうのは今から五十年も経ってないんだろ?そんな短い間にそこまで技術が進歩するわけがないって考えが普通だろ」
百歩譲ってタイムマシンの存在は認めるとしても、それが今から五十年もしないうちに出来るわけがないというのは俺にもわかる。
「そうです。その考え方が普通です。実際、現在から遡り五十年前から現在までの技術発展のスピードで発展すれば、到底タイムマシンの開発は不可能です。しかし、現在から五年後、その不可能を可能にする人並み外れた天才達が台頭し始めます」
「人並み外れた天才・・・・・・。先輩みたいな人か?」
心当たりとして、バイトの雇い主にして『三ツ傘工業』を発展させた先輩のことが思い浮かんだ。
「廻さんの周囲で、先輩と呼ばれる条件に該当する方ですと、三ツ傘 知恵様でしょうか?」
「やっぱり先輩もその天才達の一人なのか」
「はい。三ツ傘様は比較的初期から活動していた方の一人です。金属を扱う分野で名を馳せた方で新しい合金の開発では世界中を探しても右に出る方はおられません。私に使われている金属も全て三ツ傘様の物が使われています」
「何というか・・・・・・、流石は先輩って感じだな」
あの先輩はやはり偉大な人だったらしい。
元々、少し変なところもあるが、賢く、優しい先輩だと尊敬していたので、その思いがさらに強くなった。
「未来では三ツ傘様のように各分野で突出した才能をもち、社会に大きな影響を与えた天才達を『変革の賢人』と呼んでいます。ミスティリーネ様もその一人です」
「ってことは、あいつも先輩と同じくらい頭がいいってことか。あいつは何の分野の天才なんだ?」
アンリミズの言っていたことが本当だったことにそう思っていなかったので内心、驚きながらも更に質問を重ねる
「ミスティリーネ様は兵器開発における天才です」
が、軽く聞いた質問に予想外の答えが返ってきて、思わず固まってしまう。
「彼女の創った兵器は従来の兵器とは一線を画し、現在から二十二年後に発生した第三次世界大戦では八割以上の兵器が彼女の設計、あるいは彼女が開発したものや理論を元に開発されたものであるというデータもあります。代表的な物として、携帯型レールガンに始まり、荷電粒子砲等の光学兵器、パワードスーツ、人体強化技術、反物質砲、無人戦闘機」
「ちょ、ちょっと待った!」
スラスラと物騒な単語をあげていく雨潟さんの言葉を止め、眉間に指を当てて、思考をまとめる。
「まず、兵器っていうのは殺すためのあの兵器でいいんだよな?」
「はい」
信じたくないことをあっさり肯定されて、頭痛を感じるような錯覚を覚えながら、一番気になったことを聞く。
「他にも戦闘機とか物騒な単語があったが、一番問題なのは、だ。・・・・・・第三次世界大戦が起きる、とか言ってなかったか?」
「言いましたよ」
とんでもない情報を知ってしまい、今度は目眩を感じてしまう。
「何で、あんたはそんな情報をさらっと出すんだよ」
「私にとっては現在、さほど重要な情報ではありませんから」
「重要じゃないって、戦争が起こるんだぞ!?」
「昨日も言いましたが、私の目的は『尾形 廻の命を護る事』です。未来の大事件より、目先の些細な問題のほうが優先度が高くなっています。衝撃的な情報を前に忘れてるかもしれませんが、あなたは現在進行形で命を狙われ、歴史通りに進めば明日、死んでしまうんですよ?」
そう言われて、その事を思いだし、熱くなった思考に氷水をぶっかけられたかのように怒りが静まっていく。
「あなたは遠い未来のことよりも明日をまず乗り越えなければならないということを忘れないでください」
「確かに、そうだろうけど・・・・・・。無視ってわけにはいかないだろ」
「私からすれば、優先順位の低い事柄です。廻さんが生き残っていて、戦争が近くなったのならば対策は講じますが」
「戦争になれば大勢の命が失われるんだぞ!?何でそんな」
「お忘れかもしれませんが」
彼女は俺の叫びを遮るように言葉を被せてきて、俺の目を真っ直ぐに見据える。
「私はアンドロイドです。廻さんを護るために作られ、廻さんを護るためにこの時代にきたアンドロイドです。外見上、そうは見えないかも知れませんが、私は機械なんです。情に訴えかけられても、プログラムされた事柄が優先されます。私にとってあなたの命が最優先で、その他は二の次なんです」
真っ直ぐ俺を見据える瞳は恐ろしく冷ややか、いや、冷ややかというより何も感じられない、無機質と言ったほうが正しいだろう。
その瞳が、その言葉が彼女がアンドロイドであるということを俺に改めて思い知らせる。
鳴り始めたチャイムを耳にしながらお互いに沈黙したまま見詰め合っていたが、ふと彼女はその目を笑みの形へと変える。
「それに、戦争とは言いましたが、第三次世界大戦で死亡した人達は過去の二度の大戦に比べて圧倒的に少ないうえに、民間人の死者はほぼいません」
「は?どういうことだ?」
「近代では平和や人権などが尊ばれてますのはわかりきっているとことだと思いますが、それは未来においても同じ、むしろ、紛争地域も発展するに伴いその思想が広まっていきました。そんな中で民間人を巻き込んで、土地を荒らしながら兵器を使用するなんてことになったら、民衆の反発が起こることは誰が見ても明らかでした」
確かに平和な今の世の中で戦争なんか起こそうものなら民間人の反発は起こるだろう。
俺だって、戦争という言葉を聞かされただけであれだけの反応を示したんだ。実際に被害が出たらその危機に瀕するとわかった人々が猛抗議することはさけられないだろう。
「そこで、世界各国は戦争をゲームという形にすることにしたんです。簡単に言えば、軍人たちによる、危険かつ野蛮な戦争ゲームです。人は自分にその火の粉が振りかからなければ他人事という方が大多数ですから、この案が受け入れられ、軍人達にはゲーム中に死の危険があり、それを了承する書類を書いたものが参加しました。得られる報酬も破格でしたから辞退する軍人は少なかったそうです」
「確かに、それなら人死には少ないだろうが、場所の問題が解決してないだろ?」
「それも発展した技術が解決しました。さっき、私が姿を隠していた技術もその応用なのですが、空間に特殊な力場を加えることで空間の位相をずらして、現実だけど現実ではない亜空間『虚数空間』を作り出す空間技術によって戦場も確保できました」
「・・・・・・何だかそこまで来ると、科学って言うより魔法だよな」
「発展しすぎた科学は魔法と変わらない、なんていう名言もありますから、あながち間違いではないと思いますよ」
驚くより、呆れの感情のほうが強くなってしまうほどに未来の科学は飛びぬけていた。
「話が随分、脱線してしまいましたが、話を戻しますよ?ミスティリーネ様が特別だというのはご理解いただけましたね?」
「・・・・・・ああ」
戦争の話を打ち切られたことに不満を覚えたが、そちらが本題なので素直に頷くことにした。
「特に戦争というのは社会に対して大きな影響を与えます。勝った国と負けた国では立場が丸っきり変わってしまいますし、その後の発言権にまで影響を及ぼします」
「つまり、戦争で重要な兵器を開発することの天才であるアンリミズの重要性も必然的に上がってくるってことか?」
「その通りです。実際、彼女に接触しようとする『時間逆行存在』に対する『調整者』の対応の仕方はかなり厳しいです。兵器製造を担っていただけあって多くの人にも恨みを買いがちである彼女の元にタイムマシンが開発されてから今まで、何人もの人間が利用、あるいは排除しようと近づいたみたいですが、全て排除されています」
何度かアンリミズの命が狙われたことがあるという事実に驚き、その脅威から彼女を護ったのが俺を襲った奴等だと思うと複雑な気持ちになる。
俺を護ってくれると言ってくれている彼女を複雑な気持ちのまま見ていて、ふと肝心なことを聞いていないことに気付いた。
「なぁ、そういえば、何で雨潟さん、いや、雨潟さんを作った人か?その人は俺を護ろうとしてくれんだ?自分にもあいつらの手が迫る危険性があるっていうのに」
「それは―――、」
言葉を途切れさせ、彼女はドアのほうを向いたかと思うとおもむろに立ち上がった。
「その話はまた後にしましょう」
「どうしたんだ?」
「人が来るみたいです。見つかると面倒なのでまた隠れることにします」
そういえば、さっきチャイムがなっていたなと思っていると、彼女が一瞬だけ青い光を纏った後、その姿が蜃気楼のように揺らいでいき、空間に溶け込むように消えてしまった。
「・・・・・・本当に魔法みたいだな」
その光景にそんな感想をもらしていると
「わるきちっ」
勢いよく開かれたドアのところに走ってきたらしく息を切らせたアンリミズが立っていた。
「どうした、アンリミズ?」
「え?あ、や、えっと」
走ってきたぐらいだから俺に何か用があるのかと思ったのだが、俺の顔を見ると何故か口ごもって視線を彷徨わせる。
俺は立ち上がってドアに向かって歩いていく。
「というか、よくここがわかったな。あんまり人はこないんだが」
「あ、それはてっつんがたぶん、ここじゃないかって言ってたから」
「徹也か。まぁ、あいつなら俺のいるところはだいたい知ってるか」
俺を慕うあいつは割りと俺の傍にいることが多いので、俺が学校でよく使っている場所も知っている。
俺はアンリミズの前まで足を進めるとそこで足を止めた。
「で、俺に何の用だ?」
「えっと、その」
アンリミズは視線を俺と合わせないまま、迷った後に用件を切り出した。
「あの、ほら、何かミスティと話してるときに急に態度が刺々しくなって出て行ったじゃん?・・・・・・何か、ミスティが気に障るようなことを言ったのかな、って、思って」
アンリミズは段々と声を弱くし、こちらを伺っている。
「もしそうだったら、謝らないといけないと思って・・・・・・」
正直、俺は少し驚いた。
再三、自分で言うのもあれだが、俺は顔つきが悪く、態度もいいとは言えない。
そんな相手に対して、初対面でありながらもここまで気を使うものだろうか?
それにさっき、雨潟さんからアンリミズが兵器開発の天才だと聞いたばかりであったものだから、そんな人物がここまで気を使ったことに対しての驚きも強い。
「・・・・・・」
アンリミズは不安そうな顔で俺を見上げている。
俺はボーっと彼女を見ていたままだということに気付き、返事を返した。
「いや、別にお前のせいじゃない。少し嫌なことを思い出しただけだ」
「でも、やっぱりミスティが思い出させちゃったんだよね。ゴメン」
そう言って頭を下げるアンリミズを見て、気を使いすぎじゃないかと思う。
・・・・・・いや、もしかして、さっきは兵器開発に関わる人間だからという理由でここまで気を使うことに驚いたが、むしろ、そのせいでここまで気を使っているのかもしれない。
兵器というのは人を傷つけるものがほとんどであり、兵器を誰が一番必要としているかというと、それはやはり軍関係者だろう。
先輩と同じくらい頭がいいのなら、彼女くらいの歳なら既に兵器開発に関わっていても不思議ではない。
開発の中で軍関係者と関わったなら、その顔色を伺うということを覚えても不思議ではないし、それに、兵器を作ったことで自分が作ったものによって傷つく人々、その人達からの恨み言を言われたということもあるかもしれない。
あくまで俺の想像であり、事実かはわからないが、そうだとすれば他者が自分に向ける感情に対して人一倍敏感なのかもしれないし、もっと穿った見方をすれば、あの人懐っこく、親しみやすいキャラクターも自分を護るための一つの手段なのかもしれない。
そう思うと何だか心なしかアンリミズが小さく見えた。
頭を軽く掻くと、アンリミズの脇を通り過ぎながら肩に手を置いた。
「あんま肩肘張りすぎんなよ」
「え?」
「適度に力抜かないと疲れちまうぜ」
そう言って肩を叩くとそのまま階段を下りていく。
今日の昼は購買でパンでも買うかと思いながら、踊り場を降りて、階段を進んでいると
「わるきちっ!」
「どわっ!」
後ろから体当たりをくらい、階段から落ちそうになった。
「何すんだよ!危ないだろうが!」
「ごめんねー」
体当たりをしてきたアンリミズは反省の色が感じられない声で後ろから俺の首にぶら下がりながら謝る。
「とりあえず、降りろ」
「ちょっとそこの下の階まで乗せてよ」
「ったく」
残り十段もない階段をアンリミズをぶら下げながら下りると、アンリミズは俺の前に回りこんできた。
「わるきち」
「ん?」
「ありがとっ」
「・・・・・・謝ったり、礼を言ったりわけの分からん奴だな」
「ふふふ」
俺が視線を逸らしながらそう言うと、アンリミズはクスクスと笑い出す。
「そうだ。わるきち、お昼一緒に食べない?クラスの人に誘われてるんだけど、どうかな?」
「遠慮しとく。俺が行ったところで空気が悪くなるだけだし、騒がしいのはあんまり好きじゃない」
「そう。じゃあ、仕方ないね。じゃっ、また午後の講義でね」
「ああ」
そう言って去っていくアンリミズの背中を見送る。
何だか騒がしいのに懐かれてようだが・・・・・・、まぁ、あいつが礼を言ったときみたいにいい笑顔で笑えるなら別にいいか。
「あ、そうだ」
アンリミズが振り返る。
「ミスティのことはアンリミズじゃなくて、ミスティって呼んでよね」
そう言い残して今度こそ行ってしまったアンリミズを見送ると、購買に向かって歩き出した。