承 1
俺が歩いていく先、人がどんどん避けて通路の端によっていく。
朝になって、学校に登校しているときから、街の中でもそうだったし、学校に着いてからは通路がそんなに広くない分、俺との距離が近くなってしまい怯えが大きくなる。
避けられたりするのはいつものことなのだが、今日はそれに輪をかけて、恐れられ、距離をとられている。
「・・・・・・」
それというのも、俺が今日はピリピリとした空気を纏っているからに他ならない。ただでさえ、目つきが悪い俺が剣呑な雰囲気を振りまいていたら自然とそうなる。
じゃあ、何で俺がこんな状態かと言えば、当然、昨日聞かされた海潟さんの話が原因に他ならない。
「ちっ」
俺がそのことを思い返し、舌打ちをすれば周りの生徒は更に怯えて距離をとる。
その様子を気にする余裕も無く、足を進める。
『―――歴史が正しく進めば、あなたは明後日、死亡します。―――』
普通ならただの戯言として聞き流すのだが、それを聞かせたのが未来から来たと言う人物、いや、アンドロイドであり、それを証明するようなあり得ない技術を見せられた直後のことなのだからただの戯言と聞き流すことが出来ない。
仮に、仮にだ。もしも、彼女の言っていることが事実なら、
俺は明日、死ぬ運命にある。
「―――っ」
そう考えてしまうと、途方もない恐怖に襲われる。
ただの戯言と誤魔化すことが出来ないことで、常に恐怖が俺をさいなみ、昨日は寝られなかった―――、ということはなかった。
自分の部屋に戻りしばらくすると猛烈な眠気に襲われ、そのまま眠気に逆らえずに見事に朝まで快眠してしまった。
恐らく、雨潟さんが何かしらしたのだろう。彼女が持つ未来技術ならそれぐらい出来そうだ。
そのことに関して問い詰めるためと昨日の話を聞くために、起きてからもう一度、隣にある彼女の部屋を訪ねたのだが
「とりあえず、学校に行ってください」
「は・・・・・・?何言ってんだよ?あんたの言うことが確かなら、俺の命が狙われてんだろ?それなのに学校なんか行ってられるかよ」
「廻さんの不安も最もですが、学校には行ってください。それに昨日、少しだけ言いましたが、『調整者』の出現する時間帯は分かっています。彼らが現れるのは夕暮れ時から夜まで、朝と昼に現れることはないので安心してください」
「けどな!」
「それに万が一に備え、私も廻さんの護衛につきますので大丈夫です。廻さんにご迷惑がかからないようにするために隠れながらの護衛ですが」
その後も俺は食い下がったが、彼女は全く折れる雰囲気を見せず、押し切られてしまったため、彼女に言われるがまま登校することになった。
しかし、そう簡単に安心できるわけもなく、警戒したり、ストレスなどが重なり、剣呑な空気を振りまく結果になっている。
ガラガラ。
教室に辿り着き、ドアを開けると一瞬、注目が集まり、すぐに皆が視線を逸らした。
荒々しく、窓際の一番後ろの席に座ると俺の雰囲気がいつにも増して悪いことをクラスメイト達が察したのか、こちらをちらちらと気にしながら、話をしている。
「あ、兄貴?どうしたんですか?」
そんな中、話しかけてきたのは俺の前の席に座る男にしては低い身長に、丸眼鏡と没個性的な顔立ちをして、制服を纏ったクラスメイト、六車 徹也だ。
徹也と知り合ったきっかけは、街中を歩いているときに、人通りの少ない場所で三バカが徹也に絡んでいる現場に遭遇し、こちらに気付くや否や、俺に絡んできた三バカを叩きのめしたところ、何故か俺を兄貴と呼び、慕うようになった。
ちなみに、クラスメイトだと気付いたのは、その翌日、学校に登校し、俺にあいつが近寄ってきたときだった。
「・・・・・・別に何でもねぇよ」
「それにしては何だか雰囲気が」
「何でもないって言ってんだろ」
「そ、そうみたいですね」
俺が一睨みすると徹也は追求するのを諦めた。
「そ、そうだ!兄貴、知ってますか?今日、編入生が来るらしいですよ」
「編入生?この時期にか?」
「そうです。それも僕らと同じ、一年生らしいです」
六月下旬である今、一年生に編入とは随分、おかしな話だと思う。普通なら俺たちと一緒に入学しているはずだろう。しかも、今日は月曜日ならまだしも、金曜日であり、明日と明後日は学校は休みだ。
「これは噂なんですけど、編入生は女子で、かなり可愛いみたいです。職員室に編入生らしき女子を見かけた人の証言ですけど」
「まぁ、可愛かろうとなんだろうと俺には関係ない話だろうけどな」
「兄貴」
やれやれといった感じで徹夜が首を振る。
「何だ?」
「今の言葉はフラグですよ」
「フラグ?」
「兄貴、そっち方面の知識はないんですね」
何のことか聞こうとしたとき、
「はーい。みんなー、席についてねー」
妙に間延びした声が教室の前の方のドアが開くと同時に響いてきて、クラスメイト達が自分の席に戻っていく。
「みんな席に着いたかなー?」
言いながら、クラスを見渡している女性が俺ら1―Fのクラスの担任、四国 真知子だ。
ウェーブのかかった茶色いロングヘアーに、細目、高めの身長である体を落ち着いた色の私服で包み、足首まで伸びる薄い桃色フレアスカートも彼女の雰囲気にあっている。まさしく、優しいお姉さんという言葉がピッタリ合う女性だ。
「今日は、みんなに嬉しいお知らせがありまーす。知ってる子もいると思いますがー、このクラスに今日から新しいお友達が増えまーす。拍手―。パチパチパチー」
四国先生の宣言でクラスにざわめきが広がる。
ついでに、徹夜が「さすが、兄貴」と、わけの分からないことを呟いていた。
「先生。編入生は男ですか?女ですか?」
「可愛い女の子ですよー」
一人の男子生徒の問いに四国先生が答えると、男子のテンションが上がっていく。
「ではー、今から呼ぶけど、みんな温かく拍手で迎えて上げてねー」
「「「「はーい」」」」
クラスメイト達が元気よく返事をする。
「じゃあ、どうぞー。入ってきてー」
四国先生がドアに向かって呼びかけると、自然とクラスメイト達の視線がドアに集まる。
俺もどんな奴が来るのか気になり、ドアに目をやると、僅かにドアが開き、何か球体の物が複数投げ込まれた。
何だ、と思うよりも早く、それらが突然、破裂した。
「―――っ」
俺は破裂音に反応して思わず立ち上がり、身構えてしまった。
いきなり、爆発物を投げ込み、攻撃(?)を仕掛けてきたのだから、俺の命を狙った奴等がここに来たのかと過剰に反応してしまったのはしょうがないことだろう。
爆発物は爆竹のような音を出しながら様々な色の煙を発生させ、教室内に煙を充満させる。
クラスメイトは煙で咳き込みながら、混乱している。
煙にまぎれて攻撃を仕掛けてくるつもりかと、煙を逃がすために窓を開けて、身構えていると、他にも誰かが窓を開けたようですぐに煙が晴れていく。
煙が晴れていくと先程まで誰もいなかった先生の隣に一人の女性との姿があった。
「ちゅーもーくっ!」
その生徒が声を張り上げると、クラス中の視線がその生徒に集まる。
「ミスティリーネ・アンミリズ!今日から皆と一緒にクラスだよ!ミスティのことはミスチーとか、ミスティとか好きに呼んでいいからね!よろしくー!」
腰に手を当てて、胸を張り、金髪をツインテールにして、ごついゴーグルを目に付けている女生徒が高らかに叫んでいた。
一瞬、沈黙がおりたが、
「「「「うぉぉ―――!」」」」
男子生徒達の歓声が轟いた。
アンリミズは間違いなく、美少女と呼べる美しさを備えており、今の挨拶の仕方からしてかなり、人懐っこい感じである。
それがいたく男子生徒の心を捉えたらしい。
「はいはーい!みんな、静かにー。静かにしてねー」
四国先生がみんなに呼びかけて、少しずつ鎮静化していった。
その間に、俺も席に座る。
「アンリミズさん。あんなことをしたらだめですよー」
「大丈夫ですよ。有害性のなく、すぐに散る特別製でしたから」
「それでも、めー、です」
「・・・・・・はーい」
男子生徒が静まると、奇行に走っていたアンリミズを嗜めた。
若干、不満そうではあるが、四国先生の言葉を受け入れ、頷きながら、ゴーグルを頭へと押し上げた。
「ではー、気を取り直して、彼女が新しいお友達になるミスティリーネ・アンリミズちゃんでーす。彼女はお家の事情でこの学園に来るのが遅くなっちゃいましたけどー、みんな、仲良くしてあげてねー。はい、拍手―。パチパチパチー」
みんなが拍手をして、アンリミズを迎え入れる。
「それじゃあー、アンリミズさんの席は」
「先生」
「何ですかー?」
「ミスティは窓際の一番後ろの席がいいです!」
それまでの和やかな雰囲気がなくなり、気まずそうな空気へと早変わりする。
窓際の一番後ろの席とは俺の席のだ。
加えて、今日の俺はいつもより剣呑な空気を振りまいていた。
クラスメイト達にしたら、何故いきなり地雷を踏みに行く、という気持ちなのだろう。
「えっとー、尾形君、いいかなー?」
怖々とクラスメイトの視線が俺に集まる。
「・・・・・・別に構いません」
「ありがとー。じゃあ、尾形君は席を横にずらしてねー。アンリミズさんの席を誰か運んでくれるー?」
別の位置に用意されていた机と椅子を近くに座っていた男子生徒が率先して運んできた。
俺も席を横に移動させて、場所を空ける。
「どいてくれてありがとっ。これからよろしくね!さっきも言ったけど、ミスティはミスティリーネ・アンリミズ。ミスチーとか、ミスティとか好きに呼んでいいよ」
「尾形 廻だ」
隣の席に座ったアンリミズが笑顔で握手を求めてくるが、俺は名前だけ言って握手はしなかった。
「・・・・・・えっと、よろしくね?」
「・・・・・・」
「・・・・・・よ・ろ・し・く・ね?」
「・・・・・・よろしく」
言葉だけ返して、握手には応じない。
アンリミズは俯いたかと思うと、プルプル震え始め、
「うなー!違うでしょう!」
顔を上げたかと思うと、いきなり奇声をあげて怒鳴りだす。
「美少女が、握手を求めているんだよ!?そこは爽やかに笑顔で挨拶を返して握手でしょう!」
・・・・・・めんどくさい奴だな。
「あー!今、めんどくさい奴だとか思ったでしょう!」
「思ってない」
「嘘だー!絶対に、めんどくさい奴だって思ったね!」
「じゃあ、それでいい」
「投げやりだよ!それにミスティはめんどくさい奴じゃないよ!」
「アンリミズさん。静かにしてねー」
「にゅっ・・・・・・。すいません」
四国先生が注意すると、アンリミズも騒ぎすぎたことに気付いたのか、声量を下げる。
それを確認した四国先生は他の連絡事項を話し始める。
「わるきち」
「・・・・・・」
「無視しないでよっ、わるきち」
「・・・・・・まさかとは思うが、俺のことか?」
「君に決まってるじゃん。君以外の誰がわるきちなんだい?悪っぽくて、名前の最後もわるだからわるきち。どう?いいあだ名でしょ」
何故、そんな自信満々なのか分からないが、ない胸を張って自信満々な様子の彼女に残念な人を見るような憐れみの視線を送ってみる。
「な、なに?」
「・・・・・・」
「何か文句あるなら言ってみなさいよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・う~」
何というか、いちいちリアクションがガキっぽいな。
そんなことを思いながら、アンリミズを見ていると
「さすが、兄貴。美少女の扱い方も一味違う」
アンリミズの前の席になった徹夜が後ろを振り返りながら、言葉を発してきた。
「僕は六車 徹也。よろしく、アンリミズさん」
「ミスティだよ。よろしくね」
アンリミズと徹也がにこやかに握手をかわす。
そのまま、アンリミズが握ったままの徹夜の手をブンブンと振り回す。
「ん~っ。これだよ、これ!やっぱり、編入してきた美少女が近くにきたんだから、こういう風に友好的に接してくれるものだよね。あと、アンリミズじゃなくて、ミスティって呼んで」
「え、えっと」
手を振り回されたままの徹也が助けを求めて俺へと視線を送ってきたので、アンリミズの頭にチョップを振り下ろす。
「うなっ」
「静かにしろ」
「ぶ、ぶった!?さ、さっきから君は失礼すぎるよね!」
「アンリミズさん、静かにしてくださいねー」
「は、はいっ!」
にこやかだが、威圧感たっぷりに四国先生が再度、注意をするとアンリミズは背筋を伸ばし、焦りながら返事をした。
一見、ただの優しそうな女性である四国先生だが、底知れぬ迫力を用いて、生徒達を静めることができるつわものだったりする。
アンリミズも四国先生の迫力に萎縮し、大人しく先生の話に耳を傾け始めた。