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起 2

 『未来ノ市』。近年、業績を急激に伸ばしてきた大企業『三ツ傘工業』の本社がある街であり、俺が現在の住居と通っている学校が存在する街だ。


 現在の市長は『三ツ傘工業』の息のかかった人間であり、彼が市長に当選したのも『三ツ傘工業』のバックアップがあったからというのは公然の秘密だ。


 市長を始め、街の有権者達も従えた『三ツ傘工業』はまず手始めに、それまでの市名から『未来ノ市』に改名し、周辺の市町村を吸収合併、更には増大した市の面積の三分の一を自分達の会社の工業地域へと様変わりさせた。更には持っていた潤沢な資金を用いて交渉を行い、新たに路線も引っ張ってきて、俺が引っ越してくる一年程前に開通した。また、『三ツ傘工業』の発展力や新たに路線を引っ張ってくること知った業者たちが金の臭いを嗅ぎつけ、こぞって『未来ノ市』に進出してきて、『三ツ傘工業』が有名になり始めて、十年もしないうちに『未来ノ市』は急激に発展した。


 所々で急激な発展に取り残された面影が見えるが、それも後十年もすれば完全に消え去るだろう。


 そんな『未来ノ市』で大きく変わったものの一つに学校が挙げられる。


 工業地域を作ったところには小学校や中学校も含まれており、それを潰すと同時に資財を投入して、保育園から大学院まで一貫した学園『未来ノ学園』を創設した。


 それには『三ツ傘工業』の社長の一人娘であり、発展の原因とも言える天才少女に充実した環境で学んで欲しいという社長の親馬鹿も多分に含んでいるものであったが、設備は文句なしに最上級であり、学費も安いということで周辺の小中高学校は軒並み閉鎖、吸収され、今や世界最高峰の学園となっている。


 かといって、難易度が高いかと言われれば、そうでもない。


 『未来ノ学園』で求められる能力というのは平均やや上といったところであり、毎年、多くの入学者が学園に通うことになる。しかし、学園は怠惰を許さない。規律自体は厳しくはないのだが、中学生からは特別な生徒でない限り、それまでの成績や性格、行動、発展性を考慮したうえでテスト毎に規定点が各生徒に通達され、それを満たすことが出来なければ学園から追い出されてしまう。


 実は入学者も多いが、退学者も他の学校よりダントツで多い。成長をしない、向上心がない者には厳しいのだ。



 そんな学園に高等部から入学した俺は入学して最初のテストを乗り切り、一ヶ月程が過ぎ、六月の下旬の今日も真面目に勉学に勤しんでいる。


 自分で言うのもなんだが、俺は素行が悪いし、態度も悪いし、喧嘩っ早い。しかし、勉強にもある程度、真面目に取り組んでいる。


 真面目に勉強して、しっかりと成績を出さなければ、素行が悪い俺はあっさりと学園から追い出されてしまうからだ。


 面倒な勉強をしなければならないが、それがあってもこの学園は居心地が良いし、学費も安い。


 俺は故郷から家族の反対を押し切って、こっちに引っ越してきた。別に親子仲が悪いわけではない。むしろ良好と言えるだろう。


 しかし、何というか思春期特有の反発や自立心から親元を離れて、自立したいと思った俺は家族の反対を押し切り、『未来ノ市』へ引っ越してきた。


 そして、親に出来るだけ頼りたくないと思った俺は高校ではバイト先を見つけ、出来るだけ自分で生活費や学費を稼ぎ、払うことにした。そのため、必要な金が少なくなるようにとにかく安いということを念頭にアパートや進学先の学校も決めた。





「はぁ」


 放課後、学園の図書室で椅子に座り、ペンを弄びながら、溜息をついた。


 溜息の原因は昨日、つむぎに一目惚れしての恋煩い・・・・・・、というわけではない。


 昨日、つむぎが挨拶をした後、見惚れていた俺に彼女が訝しげに声をかけてきたことで再起動をして、当たり障りのない会話をした後、つむぎは大家に挨拶に行ってしまった。


 確かに、つむぎは今までに出会ったことのない美人であったが、惚れる惚れないというのはまた別問題だ。


「溜息をつくとは何か嫌なことでもあったか、三号?」

「待ちくたびれただけっす。遅いっすよ。先輩」


 後ろから声をかけてきた人物に首だけ向ける。


 茶髪を短く切りそろえていて、鋭い目の上に眼鏡をかけ、茶色を基調に赤と黒を使用した女子用の制服を身に包んだ上にヨレヨレの白衣を纏い、右手に分厚い紙の束を、左手にはノートパソコンを持っている一つ上の先輩、()ツ(つ)(かさ) 知恵(ちえ)は俺の言葉を気にとめず、隣の席へと座る。ちなみに、彼女も相当な美人に分類される。


「ふむ、勉強か、三号。お前は相変わらず顔や素行に似合わずクソ真面目だな」

「こうでもしないとついていけないんすよ」

「三号は馬鹿だからな。だが、私に泣きつけば配慮するように言ってやってもいいんだぞ?」

「遠慮します。金銭面で先輩に世話になってんのにこれ以上、迷惑をかけられないっすよ」


 先輩の声は平坦で、台詞には毒が混じっているが表情は感心したり、心配そうな表情になったりところころと変化する。


 名前で分かるが、先輩はあの『三ツ傘工業』の社長の一人娘にして天才少女だ。


 何でそんな学園の宝とも言える人物が俺とこんな親しげかと言えば、単純に先輩が俺の行っている二つのバイトのうち、片方のものの雇い主であり、先輩は差別や人によって態度を変えるなどのことを無駄な労力と断じ、ほとんど全ての人に同じ態度で接するからだ。つまり、この態度は特に俺が特別ということではない。


「そうか。だが、どうしようもなくなったら私を頼れ。三号は顔に似合わず真面目だからそれぐらいは便宜を図ってやろう」


 三号という呼び名は、俺より前に先輩に雇われ、アルバイトをしていたのが二人いたかららしい。三番目だから三号。実に安直だ。


「ふむ」

「なんすか?」


 先輩がおもむろにじっと俺を見つめると、溜息をついた。


「いやなに、表面上は悪そうに見えるが、中身はなんてことはない真面目で礼儀正しい好人物だというのに表面にとらわれて誤解する者達が多いのは非常に嘆かわしいことだと思ったのだ」

「別に特別俺が真面目で礼儀正しいってわけじゃないっすよ。先輩が相手なら誰だってかしこまるんじゃないんすか」

「それも一理ある。良くも悪くも私は有名だからな。学園の者は教員も含め、皆が私に敬意を払ってくる。私が父に溺愛されているのは周知のことだからな、父の怒りを買うのが怖いのだろう。一号や二号もそういったところがあった」

「それもあると思いますけど、単純に先輩が凄いからじゃないですかね。っつうか、俺も先輩の親父さんの怒りを買うのは勘弁したいんですけど」

「ふむ・・・・・・。三号、お前は何故私が凄いと思う?」

「そりゃ、先輩、尋常じゃなく頭がいいじゃないっすか。それなのに特にそれに驕ってるって感じでもないですし、性格も、まぁ、いいかは分かりらないっすけど、悪くはないですから」

「性格うんぬんはともかく、お前の言うとおり、私は頭がいい。尋常ではなく、な。・・・・・・しかし、人間、自分の理解を超えるものは避ける傾向がある」

「先輩は別にはぶられてないじゃないっすか」


 実際、先輩のファンクラブなんてものも存在するし、話しかける生徒もいる。


 しかし、ゆるゆると先輩は首を横に振る。


「物理的にはそうだ。しかし、精神的な距離は果てしなく遠い。皆にとって私は皆と違う存在なのだよ。賢いのが当然であり、理解が及ばないのも当然であり、畏怖や崇めはすれど肩を並べる者ではない」

「そこまではないんじゃないっすか?アイドルとか芸能人に接するのと同じ感じだと思いますけど」

「ふむ・・・・・・。三号にとって、私はアイドルなどのような存在なのか?」

「は・・・・・・?いや、まぁ」


 ニヤニヤしながら俺に問いかける先輩の問いに俺は考え込んだ。


 容姿的に言っても文句なしで美人である先輩はアイドルとしても十分に通用するだろう。しかし、俺が先輩に感じているのはそういうものではない。


「そうっすね・・・・・・。アイドルとかそういうんじゃなくて、何て言うか、金の面倒も見てもらってますし、すげぇ人だと思ってますし、ただ漠然と尊敬の出来る人って感じっすね」

「ふむ。三号にとって私はそういう存在か。なるほど。まぁ、それはともかく、この学園の者達にとって私は雲の上の更に向こう側の存在なのだよ。私の周りで私をちゃんと見てくれるのは両親と研究仲間、それと三号ぐらいなものだ」

「俺もっすか?」

「そうだ。お前くらいなものだ。この学園で私にそんな気の抜けた言葉を向けるのは。皆、私と話すときは常に身構え、当たり障りのない言葉を奏上してくるだけだ。何より、私に対して真っ向から意見をぶつけてくるなどこの学園ではありえないぞ?」

「いや、あのときはいきなりあんなもの見せられたらつい口が滑りますって」

「一号や二号は苦い顔はしたが、私の『作品』に対してあんなにはっきりとは言わなかったぞ?それもタメ口で問い詰められるとは思いもしなかった」

「ほぼ面識のない相手に自分を題材にしたBL本を読まされれば、動揺してタメ口にもなりますよ」


 先輩のもとで行うバイトは不定期的で、たいした体力を使うわけでも、特別な能力が求められるわけでもないのに、得られる報酬は大きい。が、募集しているわけではなく、先輩の目にかなった人物に打診される。


 先輩の気分次第ではあるが、基本的には高待遇であるため、打診され断った人物はいないそうだ。


 肝心なバイトの内容だが、先輩が作り、持ってきた『作品』、BL本を読み、感想や意見を述べることと『作品』製作のための協力だ。


 最初にバイトの話を持ちかけられたときに、それまではあの三ツ傘の娘さんだということで失礼のないように接していたのだが、自分が登場する『作品』を読まされて、ついいつもの調子で先輩に問い詰めてしまった。


「まぁ、その後はまた堅苦しくなったが、徐々に今のような崩れた態度になったが、それでも礼儀を守り、真面目に仕事にも取り組んでいる。私はそんなお前をそれなりに評価しているぞ」

「接してる中で先輩が尊敬できる人だと分かったから自分なりに敬意を表したらこんな調子になっただけっすよ。特別評価されるようなことはしてないんですけどね」

「背景にとらわれず個を個として見れるのは三号のいいところではあるが、同時に背景を顧みずに後先考えない言動は三号の欠点でもある。私が驕り昂った女だったらどうなっているか分かったものではないぞ?」

「あ~、小難しく考えるのは苦手っす」


 先輩の指摘にやや思い当たる節があるので視線を逸らす。


「三号の美徳であるがゆえに無理に改善しろとは言わんよ。それにしても、三号のように多少、捻くれながらも好人物がいるというのに、まともそうに見えて変な輩がいるということは嘆かわしいことだ」

「何のことっすか?」

「ああ、いや、昨日、ストーカーらしき妙な男にあったことをふと思いだしてな。SPが対応するより先にヤクザらしき男に連れて行かれたので妙に記憶に残ってしまった」


 もしかして、昨日、俺が遭遇したあの二人だろうか。


 そんなことを思ったが、口には出さなかった。


「っと、妙に話し込んでしまったな。では、これが今回の新作だ」


 そう言って、手渡されたのは先輩が右手で持ってきた分厚い紙の束で俺はその紙の束を差し出されて顔を引きつらせた。


「これ、ですか?」

「うむ。三号もそろそろ慣れてきただろうからな。今回からは基本的にこの量を読んでもらう。」

「マジっすか?」

「本気と書いて、マジだ。いつも通り、私は論文を作成しているから何か分からなかったり、疑問に思った部分、意見があれば遠慮なく聞いてくれ」


 先輩はパソコンを立ち上げると、論文の作成に取り掛かり始める。


 俺は渡された紙束を目の前に心の準備を整える。


 目の前にある紙束の一番上、つまり表紙にあたる紙の中央にでかでかとこう書かれている。


『  イケナイ保健室   ~不良生徒と淫らな保険医~    作 三ツ傘 知恵 』


 先輩の『作品』はエロい内容の小説であり、バイトに誘われる人間は先輩が自身の『作品』のモデルにしたいと思った人物だ。つまり、自分をモデルとした人物が登場するエロ小説を読まされるということだ。


 内容も中々濃くなっていて、先輩の非凡な才能が文才にまで及んでいることを伺わせる。


 しかし内容は、『 B L 小 説 』。


 ・・・・・・自分をモデルにした人物が登場する濃い内容のBL小説を読み、それに対して感想や意見を述べ、更に相手はいないとはいえ、イメージを膨らませるためと一部シーンの再現をさせられる。これには思った以上に、精神的にダメージを受けた。


 今回の『作品』は題名から察するに、不良生徒が俺で、保険医と絡ませられるのだろう。


「三号、何をしている。早く読め。今回のは中々の自信作だぞ」

「そうっすか」

「うむ。三号はネタに事欠かないからな。攻めてよし。受けでよし。和姦も陵辱もいける。今後も期待できそうだ」


 そんな先輩の弾んだ声を聞きながら、表紙をめくり、内容を読み始めるのだった。

 ・・・・・・どうでもいいことだが、この作品中で俺は受けだった。



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