結 1
「・・・・・・」
もうすぐ陽が沈もうとする時間帯、俺と雨潟さんはある廃工場の中で敵を待ち構えていた。
しかし、雨潟さんは無言で俺に圧力をかけてきていて、気まずいことこの上ない。
俺は上下のジャージ姿で『ストレングス』と短い棒を所持している。
雨潟さんは白いロングスカートに白いシャツという格好にそれぞれの手にライフル『貫葉』を携えている。
「いや、悪かったって」
「悪いとは言ってません。すでに私も廻さんも歴史の歪みそのものですから何かしらの変化が起こってしまうのは避けようのないことです」
『隠れ家』に戻った後、アンリミズを助けたことを話したのだが、どうやら放っておいても逃げ出している途中で包囲され、犯人達は捕縛、アンリミズも無事に救出されるはずだったらしい。
つまり、俺がしたことは余計なお世話だったということだ。まぁ、後悔はしていないが。
「じゃあ、どうしてそんな不機嫌なんだよ?」
「別にそんなことはありません。それよりも、体のほうは大丈夫ですか?」
「ん、ああ。痛みが完全に抜けたわけじゃないが、動く分には問題ない。そっちこそ大丈夫なのか?」
「それこそ問題ありません。破損した部位はしっかりと修繕しました。『乱れ葉』が直らなかったのは残念ですが、それは予想されていたことです」
「そうか」
「・・・・・・廻さん」
雨潟さんが不安げな表情でこちらを見る。
「本当によろしいのですか?」
「ああ、こうでもしないと勝ち目がなさそうだからな」
「確かにこの作戦なら勝率は上がりますが、そのぶん廻さんも危険にさらされますよ?」
「それで怯えて隠れていても殺される可能性があがるだけだろ。それに昨日の戦いでは見てるだけで歯がゆい思いをして今日も見ているだけっていうのは俺が納得いかない。―――何より、護ってくれるんだろ?俺のことを」
「あ」
「俺は多少危険な目に晒されてもあんたが護ってくれるって信じるさ」
「・・・・・・・はい」
俺たちがそんな会話をしていると
ズォォォォォォン
体の底を震わせるような重低音が響くと、一瞬の違和感の後に世界は黒が薄まった白の世界へと移り変わった。
「来た!」
「上です!」
前方の天井を突き破り、剣を持った昨日の男が赤い光を纏いながら床に舞い降り、地上に立つと光が霧散した。
「まさか、あれで生きているとはな。予定通りに進んだかと思ったが、こんな事態になるとは思いもしなかったぞ」
「そう簡単に死んでやらねぇよ」
「いきがるなよ。多少、寿命が延びただけのこと、今日ここでお前は死ぬ」
「それはどうかな。形成」
右手に持っていた短い棒の先端から白い光が伸びた。
『ストレングス』と同じエネルギー、空気を分解するエコなエネルギーを使用したビームサーベルだ。
『隠れ家』に置いてあった装備の一つで、『葉切』には威力は劣るが、あの男と斬りあう分には問題はないそうだ。
「貴様が戦うつもりか?」
「そういうことだ」
嘲笑を浮かべる男に対して、俺は強気を保つ。
「強化」
『ストレングス』が光り、ふっと体が軽くなる。
「強化装置か。だが、そんなものを使った程度でこの私に勝てるつもりか?」
「やってみなくちゃわからないだろ」
実際は強化してもこの男には適わないだろうと雨潟さんからも言われている。
俺と男の間で緊迫感が徐々に高まっていく。
「待ってください」
そこに雨潟さんの声が割り込む。
「―――少しだけ教えてほしいことがあります」
「質問による」
雨潟さんは少しだけ躊躇った後、意を決して口を開いた。
「私は、昨日、廻さんを殺すはずだったのですか?」
推測はしていたが、確証はなかったことを聞き
「そうだ。お前は昨日、その男を殺した上で暴走し、その男の体ごと消滅するはずだった」
推測を肯定された。
改めて、聞かされると辛いものがあるのか、僅かに顔を歪ませた。
「その後、こちらで用意した偽者の死体を発見させ、未来のものであるお前の記録を処分すれば全ては歴史どおりになっていた」
「私は未来から来た存在なのに?」
「お前は特例だ。未来で作られ、過去に歴史を刻まれる唯一の例外だ。それが歴史が正しく進むために必要なことであったからな」
「そう、ですか」
彼女は一度俯き、顔を上げると右手の『貫葉』の銃口を男に向ける。
「なら、私はその運命に抗います。私は廻さんを護るために生まれ、護るために生き、護るために戦う存在であると、歴史に刻みつけてみせます」
その目に迷いはなく、その声に動揺はない。
そうであると自分が決めた確固たる存在理由を宣言した。
「今日、ここで死ぬものにはそんなことは出来はしない」
「お前に決められる筋合いはない!」
そう叫びながら俺は飛び出した。
「おらっ!」
「はぁ!」
俺が振り下ろした白いビームサーベルは男が振り上げた赤い光を纏った剣に正面から激突。
「ぐっ」
あさっりと弾き返されたこの状況はやはり相手のほうが俺よりも力が上であることを如実に表していた。
素早く切り返される相手の剣が俺の胴を分断せんと迫るが
「!」
俺の後ろから伸びてきたビームに男は攻撃を中止して回避せざるを得なかった。
俺はその間に体勢を立て直して、再び切りかかっていく。
今度はそれを男は右にかわして、俺に切りかかろうとするが、
「くっ」
避けた先でまたしても襲ってきたビームに攻撃を中断する。
俺達が考えた作戦は至って単純だ。
一人で勝てないなら二人で挑めばいいといった極めて単純な作戦。
俺が前で接近戦を挑めば、雨潟さんはさっきのように銃撃で相手の動きをけん制する。
「ならば、お前からだ!」
雨潟さんに接近しようとする男に対して、雨潟さんが足止めのために銃を乱射する。
そう簡単に当たるわけもなく、かわされ、切り伏せられどんどん近づいていく。
「行かせるか!」
しかし、回避や迎撃で鈍った移動速度なら俺でも追いつくことが不可能ではない。
男が雨潟さんに狙いをつけるならば俺がその妨害をする。
単純だが、単純ゆえに効果が出やすい。
「ならば!」
赤い光を纏う剣をもう一本作り出して、両手で二本の剣を持って俺に襲い掛かってくる。
一本でさえ苦戦するのに二本など相手に出来るわけもなく、後退して回避し、
「長剣!」
ビームサーベルという実体をもつ剣ではないという性質上、出力を調整すればその長さを変えることぐらいわけはない。
伸びたビームサーベルで男の間合いの外から横薙ぎに切り払う。
「くっ」
赤い光を身に纏い空に飛んで回避しようとする男だが
「させません!」
頭上をビームで防がれてしまい、飛ぶタイミングを逃して赤い光が霧散し、ビームサーベルを片方の剣で受ける。
受け止めながら俺との距離を詰めようとするが、ビームによるけん制でまたしてもそのタイミングを逃し、俺はその間に剣を引き戻す。
「図に乗るなよ!」
男が再び赤い光を纏うと先程より速くなり、俺に突っ込んできた。
「―――短剣!」
今度はビームサーベルが短くなり、小回りが利くようにする。
あの速さを相手に小回りの利かない長剣で相手にしていたらあっという間に切り裂かれてしまう。
高速で間合いに俺を入れた男は二本の剣を上下左右のあらゆる方向から繰り出してくる。
俺はその攻撃を必死で防ぐことしか出来ないが、俺がこうして粘っているうちに雨潟さんから援護がくる。
援護のビームを避けた男は俺の相手をすること止めて、先に雨潟さんを倒すべく高速で突っ込んでいく。
「重力場制御、起動」
しかし、雨潟さんと男をその内側に収めた青い光の円が出来たかと思うと、次の瞬間、その円の内部の地面が陥没する。
「ぐぅ!?」
「くっ」
明らかに鈍った二人の動き。
「貴様!」
「動きにくいでしょう?今、この円の中の重力は外よりずっと重くしました」
動きは鈍ったが、雨潟さんは銃口を男に合わせて引き金を引く。
「くっ」
ビームは重力の影響などものともせずに突き進み、動きが鈍ったにも関わらず男は剣で切り伏せたり、回避することに成功する。
しかし、それで終わりではない。
「長剣!」
ビームサーベルを異常に長くした俺は重力場の外から男に切りかかった。
「くそっ」
男は悪態をつきながらもその攻撃をかわし、剣を手放す。
すかさず、雨潟さんはビームを放つが
「ふっ!」
両手を突き出した男の目の前の空間が歪む。
命のときと同じものだと察した俺はその噴出口を探し、雨潟さんの背後に歪みを見つけた。
「後ろだ!」
「っ!」
気付いた彼女はその場から移動し、そして予想通り歪みに飲み込まれたビームは雨潟さんの後ろにあった歪みから出てきた。
出てきた歪みが消えたと思ったら、その間に男は自分で目の前の歪みに入った。
次は何処に歪みが出るか、辺りを見渡すがどこにも見えない。
どこに行ったのかと疑問が浮かび
「上です!」
彼女の叫びに上を見上げるよりも早く前方へと飛び込んだ。
後ろで剣が床を切りつける音を聞きながら前転をして、そちらに向き直る。
「短剣!」
「重力場制御、解除」
俺がビームサーベルを短くすると同時に青い光の円が解除された。
男は重力場から解放されて、元の速さに戻り、俺に向かってくる。
俺に向かってこられると、俺は短剣で防戦するしかなくなる。
右からの横薙ぎに始まり、左、上、下、左、右下、上、左上、右、下と次々と二本の剣が繰り出される。
雨潟さんの援護を待っていたのだが
「くっ!剣が!」
その叫びに一瞬、気をとられた瞬間に剣ではなく、男の脚が俺の脇腹に突き刺さり、後ろへと蹴り飛ばされ、地面を転がる。
「げほっ!がはっ!」
恐らく折れた肋骨の痛みを無視して、起き上がり膝を立てると男が目の前に立ち、剣を振り下ろそうとしていた。
「死ね!」
「ぐぁっ!」
何とかビームサーベルを上に掲げ、受け止めるがその剣でビームサーベルごと押さえつけられているところにもう一本の剣が俺に迫る。
「させません!」
しかし、ビームが迫ってきたことで男は攻撃を中断し、距離をとり、俺の前に右手の武器を『葉切』に変えた雨潟さんが割り込んできた。
「大丈夫ですか!?」
「肋骨が折れたが、まだいける」
『ストレングス』のおかげで痛みを感じにくくなっているおかげでまだ戦闘は続けられる。
「さっきはどうしたんだ?」
「射線上に剣を精製されまして、それに妨げられました」
「あいつも段々、こっちの攻撃に慣れてきたってことか」
男はこちらの様子を伺っているようですぐには攻めてこない。
「どうしますか?このままでは押し切られますよ?」
「とりあえず、今までの戦法では駄目だよな」
どうするべきかと考えていると、男が両手を前に掲げ、目の前に歪みを作り出す。
俺と雨潟さんは何処に出口が出来るか周りを見渡し、
「後ろだ!」
俺が後ろに歪みを見つけたのだが
「いえ、前です!」
そんな声がしたが歪みからは剣の切っ先が飛び出してきて、俺がそれをビームサーベルで弾くと剣だけが転がって
「きゃあ!」
俺が振り返ると、俺と男の間に割って入った雨潟さんが歪みを通らずに突進してきた男によって横に弾き飛ばされて、俺は咄嗟に遠ざかろうと脚を動かすが、僅かに間に合わず左腕が斬られる。
「ぐぅっ!」
俺が痛みに顔を歪めている間にも男は剣を繰り出そうとしてくるが、弾き飛ばされた雨潟さんからのビームを後ろに飛びながらさけ、避けながらも俺に向かって赤い光弾を放ってきた。
俺は転がりながらその光弾をよけるが、そのよけた先に今度は剣が飛来してきた。
俺はその剣に対して傷ついた左腕を叩きつけて軌道を逸らすことで何とか回避した。
左腕はこれでビームサーベルをに握れなくなったが、命を奪われるよりはましだ。
「はぁぁぁ!」
弾き飛ばされていた雨潟さんが男に一人で突進していく。
俺が危機的状況になっているので、注意を引きつけるために向かっていったのだろう。
しかし、一対一それも接近戦では彼女に分が悪いことは昨日の戦闘から分かりきっている。
このままではすぐに二人とも殺されてしまうと感じ、状況を打開できる策を必死で考える。
このまま勝負を長引かせたらまず間違いなく勝てない。
だったら、一発逆転を狙わなければならない。
厄介なのはあの二本の剣と身体能力だ。
普通なら遠距離武器を持っているこちらのほうが有利なのだが、その身体能力で距離を無理矢理詰めて接近戦へと持ち込んでくる。
かといって、無理に距離をとっても空間を移動してくることが出来るあの男にはそれも意味をなさない。
どうすればいい、と必死に考え、怪我を負った自分が何を出来るのか考えたとき、自分が持っているものについて思い出した。
それが実際、どういうものなのか分かっていなかったのだが、この戦闘の前に使えそうなものとして雨潟さんにそれがどういうものなのか調べてもらい、その結果は・・・・・・。
左手をポケットに突っ込みながら、頭の中で作戦が組み上げられていく。
勝算は低いが、このまま戦い続けるよりはまだましだ。
「長剣」
ビームサーベルを右手で持ち、左手は握りこぶしにして戦っている二人のところへ向かう。
「うぉぉぉ!」
「む」
俺の大上段からの振り下ろしを男は片方の剣で防いた。
「はぁっ!」
その隙に『葉切』を横に振るうが、もう片方の剣で防がれ、彼女は『貫葉』を至近距離で放とうとするが、それよりも早く男は彼女から離れていった。
俺はその隙に雨潟さんの傍に駆け寄った。
彼女は僅かな間だけ、一対一で戦っていたのだが、斬られた傷が体中の至る所に出来ていた。
「大丈夫か?」
「廻さんのほうこそ」
お互いの有様を確認して、いよいよ本格的にまずくなってきたと感じる。
「なぁ、―――って、―――」
「それでしたら、―――」
「―――で―――だよな?」
「―――から」
「だったら―――」
目線は敵に向けたまま小声で確認を取り、作戦を伝える。
「そんな無茶です。失敗する確率のほうが大きいですよ」
「だけど、他に何か方法があるか?」
「それは」
「ないだろ?どの道、このままじゃ俺たちの負けだ。だったら、賭けてもいいだろ?」
「・・・・・・わかりました。私も協力し、全力を尽くします」
「よし、じゃあ」
相手の様子を見て、タイミングを計る。
これをしくじれば俺に待っているのは死。
緊張が相手にも伝わり、俺達が何か仕掛けるのを悟ったのか、慎重にこちらの出方を伺っている。
俺たちの間の緊張はどんどん高まっていき、やがてそれが
「行くぞ!」
破裂する。
飛び出した俺を援護するように後ろからビームが飛び交う。
男もこちらに向かいながらビームをよけたり、斬ったりしながら近づいてくる。
まず、向こうから赤い光弾が飛んでくるが、俺は上半身を倒して身を更に低くすることでかわした。
続いて俺がビームサーベルを横薙ぎに振るうが、それを相手は跳躍することでかわし、同時に剣を俺に振り下ろしてくる。
「短剣!」
ビームサーベルを短くするとそれを受けて、すぐに切り返した。
そして、その切り反しに反応して剣で防ぎ、もう一本の剣で俺を貫こうとしたとき、俺は男の顔を目がけて左手で握っていたものを投げつける。
男は反射的にそれを切り捨てる。
自分の目の前でアンリミズ印の閃光弾を。
「ぐわっ!?」
切られた瞬間、爆発的に光があふれ出し、俺達の網膜を焼く。
俺は事前にどうなるかわかっていたから目をつぶることでそのダメージを軽減した。
それでも見えにくいが、目の前の男ほどでではないだろう。
男は目を押さえたまま、覚束ない様子で剣を振るうが、俺はそれをのらりくらりとかわしていた。
だが、予想以上に男の回復が早く、徐々にその焦点が戻り始めている。
どうするかと考えていると傷だらけの左腕が目に入り、即決して左腕を目の前の男のほうに振るう。
「ぐぁ!」
すると、上手い具合に目に血が入ったようで、再び男の視界は見えにくくなり、剣がぶれる。
「くそっ!」
男が苦し紛れに前方に赤い光弾を放つが、俺はそれに当たることはなく、かわす。そして、再び視力が戻ってきたときには男の後ろに回り込み、羽交い絞めにする。
「くっ、そこか!」
背中に張り付いている俺に攻撃しようとするが、一歩遅い。
「俺達の勝ちだ」
「何?」
「―――九十・・・・・・百。エネルギー充填完了」
男が前を見るが、そこにいるはずの雨潟さんの姿はない。
彼女はその上空でその身に青い光を纏いながら、バズーカ『落ち葉』を構え、エネルギーの充填を完了していた。
「撃てぇ!」
「な!馬鹿か!巻き込まれるぞ!」
「『落ち葉』開放!」
青い巨大なビームが俺と男に目がけて発射される。
このタイミングならもう歪みによる回避や防御は間に合わない。
「―――同時に亜空間展開装置、起動。『虚数空間』開きます」
キィィィィィィン
「な!うぉぉぉぉぉぉぉ!」
甲高い音を聞きながら最後に見えたのは、青い光に呑まれる寸前の驚愕の表情をした男の姿だった。
さっきの相談内容はこうだった。
「なぁ、『落ち葉』のエネルギー充填って、どれくらい時間がかかる?」
「それでしたら、一分もあれば」
「この白い空間は『虚数空間』で脱出できるんだよな?」
「はい。昨日はそれで出れましたから」
「だったら、俺が閃光弾を使って不意をついて一分を稼ぐからその間にエネルギーを溜めて撃ってくれ。そして、そのとき、俺は奴の近くにいるだろうから『虚数空間』に逃がしてくれ」
俺が一分、男を足止めして雨潟さんがエネルギーを充填していることに気付かれないかがこの作戦の肝であり、最も危ない部分だった。
そして、俺は見事賭けに勝ち、暗い『虚数空間』へと退避していた。
少し立っていると空間が歪み、そこから雨潟さんが現れる。
「―――敵の排除を確認しました。私達の、勝ちです!」
雨潟さんが嬉しそうに報告をしてくれる。
当然、俺も強敵を相手に生き延びたことに対して喜びが込み上げてきて、
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」