転 4
『隠れ家』があったのは人気のない工業地域の一角の地下であり、三日前に俺が襲われた場所に割りと近い位置だった。
予想していなかった三日目の襲撃の現場に駆けつけることが出来たのも、『隠れ家』の設置で偶然近くにいたからだったそうだ。
「あ~、いてぇ」
上下ジャージ姿の俺は『隠れ家』の近くの路地を体の痛みを感じながら歩いていた。
雨潟さんは最終調整があるらしく、恥じらいを覚えた彼女はその様子を見ないように俺に言ってきたので、だったら俺は体を慣らすために外へと出ることにした。
ただし、ちゃんと日が沈み始める前に戻ってくるようにしっかり念を押されたが。
右手首には『ストレングス』をぶら下げていて、その十字架部分が薄く白い光を発している。
『ストレングス』には自然回復を促す機能が備わっているらしく、簡単に『ストレングス』の使い方を教えてもらい、こうしてその機能を活用していた。
「ん?」
『隠れ家』を設置しただけあって、ここには人気があまりない。ましてや、今日は日曜なので人が来ることなど皆無に近いはずなのだが
「・・・・・・きなくせぇ」
少し先にある車が通れる通りの倉庫の前に一台のワゴンが止めてあった。
こっそりと様子を伺ってみると、明らかに見張りと思われる人物が怪しげな黒服の男が二人立っていた。
ただでさえ厄介なことを抱えているに変なことに巻き込まれるのはゴメンだと思い、踵を返したのだが
「―――」
聞こえてきた声に足を止める。
「・・・・・・まさかな」
気のせいだと思ったが、どうにも気になってしまい、見つからないように迂回して、中の様子が伺える窓を見つけた。
そこからこっそり中を覗きこむ。
「だから嫌だって言ってるでしょ!」
「君の拒否権などないとこちらも何度も言っているのですがね」
「何でいるんだよ・・・・・・」
中には予想通り、アンリミズの姿があった。
しかし、その手足は縄で縛られ、ここから見える限り五人の黒服の男に囲まれている。
「リーダー」
「何だ?」
「警察がこちらに向かっているそうです」
「警備の穴をついたとはいえ、そう時間も稼げないか。では、予定よりやや早いが場所を移動するぞ」
一人の男がアンリミズに話しかけていた男に報告すると、リーダー格の男の指示で他の男達が動き出す。
「君も来てもらおうか」
「嫌よ!」
リーダーが懐から拳銃を取り出し、アンリミズに突きつける。
アンリミズは怯まずにリーダーを睨みつける。
その様子にリーダーはアンリミズに近づき、グリップの底で頬を張る。
「うっ」
「いつまでもそんな口を聞いていられると思わないことだ。拠点に戻れば、拷問にかけて無理にでも私達の組織の武器開発に協力してもらう」
そういえば、アンリミズは兵器開発の天才だったな。
何処の三流映画だ、と軽く現実逃避をしながら、三流映画だと俺がアンリミズを救出する役かと気付く。
再び、中を覗くと男達がアンリミズの両腕を捕まえ、引きずっていこうとする姿が見える。
正直、さっき拳銃を見たときにあまり驚かない自分がいた。
まぁ、雨潟さんの武装のほうがよっぽど物騒だから感覚が麻痺しているのかもしれない。
しかし、もし相手にするとなると少し喧嘩が出来るだけの一般人である俺は明らかにその筋の人間だと思われる男達を普通なら相手に出来ないだろう。
・・・・・・そう、普通なら。
右手首にぶら下がっている『ストレングス』を見る。
使用方法を聞いたときにその効果の程を試したのだが、流石は異常に発展した未来の技術だけあって洒落にならない効果を発揮した。
「放っておくわけにはいかないよな」
ワゴンが置かれている入り口が見える角に移動して、様子を伺う。
アンリミズを除いているのは合計七人。
全員が銃を持っているとしてもここから入り口までの距離ならどうにかなるだろう。
「・・・・・・強化」
『ストレングス』の十字架部分が白く光るとふっと体が軽くなった。
手を閉じたり開いたりしてその調子を確認すると、タイミングを待つ。
アンリミズが入り口から出てきて、ワゴンまでの中間距離に来ると
「―――っ」
一気に躍り出て、間合いを詰めていく。
俺のいた角の方向を見ていた男がすぐに気付き、懐に手を伸ばす。
「だれぇ!」
「しっ!」
言い切るよりも速く、異常な速度で接近した俺はその男の胴体に前蹴りを打ち込む。
そして、足から相手の骨を何本も折った感触を感じた。
人間は脳のほとんどを使っておらず、肉体にもリミッターをかけているという。
『ストレングス』は脳を活性化した上にリミッターを外し、その動きに耐えられるように筋繊維や骨などをそれに耐えられるように強化し、更には痛みも感じにくいようにするものらしい。ちなみに、動力は膨大なエネルギー量は得られないものの辺りの空気を僅かに取り込み分解することで半永久的に動くエコなものだそうだ。
つまり、『ストレングス』は人が出せる限界の力を引き出せるのだ。それに加え、その動きによる空気摩擦などを防ぐために体表に保護スキンも張るらしい。
未来において、その保護スキンは攻撃を防御する際には紙のように意味を成さないのだが、現代技術においてはそこそこの防御力を発揮する。
続いて、いきなり状況についていけずやっと懐に手を伸ばすアンリミズの両脇にいる男の腕を捻り上げ、アンリミズを解放させるとそのまま腕を引っ張って二人を地面に叩きつける。
続いて、近くにいた一人の腹に右拳を突きこみ、少し離れたところにいる男二人にも拳を叩き込み、リーダーに攻撃しようとすると流石はリーダーだけあって反応もよく、素早く銃を構え、早撃ちで発砲した。
弾丸が飛んでくるのを目で確認しながら、拳で弾丸を叩き落すと二発目を打つ前に回し蹴りを脇に叩き込む。
最後に銃をこちらに向けようとしていたワゴンの運転席に乗っている男に近づき、窓ごと顔面を殴り飛ばす。
顔を殴るときは力加減をして殺してしまわないように注意する。
一瞬のうちに七人を無力化すると
「解除」
十字架の光が消えると、体が少し重くなったように感じ、通常の状態へと戻ったことを確認する。
銃弾を叩き落したり、窓をぶち破ったりしたのだが、保護スキンのおかげで傷一つついていない。
こんな圧倒的な力を持っていたはずなのに何故、元の持ち主が『調整者』らしきあのヤクザもどきに負けたのか疑問に思ったが、雨潟さん曰く、あくまでこれは身体能力を限界まで引き上げるものであり、恐らく研究者あがりのその男では戦うといった経験がなく、十分に使いこなせなかったことが原因ではないか、とのことだった。
改めて、未来技術の凄さを感じていると
「わ、わるきち?」
「っと、大丈夫だったか、アンリミズ?」
踵を返すとへたり込んでいるアンリミズに近づき、手足を縛っている縄を解いていく。
「どうして」
「どうしてここにっていう質問なら、偶然だ。で、どうして助けたのかって質問なら見過ごすわけにもいかなかったからだ」
アンリミズはポカンとした様子で俺が縄を解く様子を見ている。
「これでよし。立てるか?」
「あ、うん」
俺が手を差し出すとその手を取って立ち上がる。
「じゃあ、俺は行くな。こいつらの話だともうすぐ迎えが来るらしいから大丈夫だろ?」
「え、あ」
「それと、俺がここにいたことは秘密にしてくれよ。面倒なことに巻き込まれるのはごめんだからな」
「ちょ、ま」
「じゃあな」
アンリミズに落ち着く間も与えずに、一気に捲くし立ててその場を足早に去っていった。
助けはしたものの事情聴取でもされて、踏み込んだことを聞かれたら誤魔化せる気がしないので捕まる前に逃げることにした。
足早にそこから去る俺はその後ろ姿をアンリミズがポーッと見ていることに気付かなかった。