転 3
天理 命という少女は恵まれていると同時に不幸な少女であった。
彼女の両親はとても仲がよく、命のことを可愛がっていた。
しかし、父親である翔太郎が友人に騙されて、多額の借金を肩代わりさせられてしまって以来、貧しい生活を強いられた。
貧しくとも仲が良い夫婦である二人の絆は壊れることはなく、むしろ逆境をともに生き抜いていこうと絆が深まりはしたのだが、翔太郎は月々の返済と生活費を稼ぐために仕事を多くこなすようになり、家には不在になりがちになっていた。
そんな家族を自分も助けようと恵まれた才能もあり独学で工学知識を身につけた命は家の電化製品の修理や他人の電化製品を有料で修理し、金を稼ぐことで家族を助けていた。
そんな命は小学校では男子、女子問わずに人気が在る。年齢にそぐわない落ち着きや生まれ持った容姿、性格、そして優秀な頭脳は皆の憧れの的であった。
しかし、小学校の男子の中には好きな子に素直になれずに苛めてしまう子供もいた。
そんな子供があるとき、他人が捨てていた電化製品を命が譲ってもらう現場を見てしまい、その子供と一緒にいた友達二人と共に命に対して馬鹿にする言葉をぶつけた。
良くも悪くもそれまで人気者で人の悪意に触れたことがなかった命はその状況に怯え、ぶつけられない怒りを感じることしか出来なかった。
しかし、そんなところにやってきた人物がいた。
入居者が出て行ってしまい誰もいなかったアパートにこの一週間ほど前から新しく住みだした住人、尾形 廻だった。
廻が偶然、通りかがったときにこの現場に出くわし、世話になっている大家の娘ということで助けてやろうと思い、命の周りにいる少年たちに声をかけた。
少年たちは廻の顔を見て、その目つきから不良と勘違いし、あっという間に逃げ出してしまった。
廻は自分の目つきの悪さが役立ったことに喜べばいいか、嘆けばいいのかどうでもいいことを考えながら残った命へと声をかけた。
正直、命は廻のことが苦手だった。理由は言うまでもなく、目つきや雰囲気が怖いからだ。しかし、助けてもらったお礼を言わないのは礼儀に反すると思い、素直にお礼を述べた。
廻がどうしてこうなったのか聞くと、命は経緯を説明した。
ちょうどその時、廻の部屋のパソコンの調子が悪かったため、修理が得意という命に修理を頼むことにした。
命が譲り受けた物を廻が持ってやりながら、アパートに帰り、命の家に荷物を置くと廻は自分の部屋に招き、パソコンを見せた。
それをあっという間に命が直すと廻は命を褒めながら頭を撫でてやった。
そこで命は廻が怖い人ではないのではないのかと思うようになり、そう思うとさっき助けたもらったときの姿が颯爽と駆けつけてくれたヒーローのように思え、今頭を撫でてくれている手を温かいと感じた。
子供であるがゆえにヒーローのように現れた廻を慕うようになり、それが小さな小さな淡い恋心の芽生えでもあった。
ゆえに、目の前の光景を信じたくはなかった。
「お兄ちゃん・・・・・・?」
目の前には体中から血を流しながら倒れている廻の姿。
段々とその周囲を漂う白い光の残滓が薄れていく。
命には訳が分からなかった。いきなり変な場所に迷い込み、知り合いを見つけたと思ったら突き飛ばされて、そして、目の前を青い光がたくさん通って、廻が血を流して倒れている。
訳がわからないが、廻が血を流して倒れたまま動かないことはその眼にしっかりと映り
「い、いやぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
現実を否定するように悲鳴をあげるとぷっつりとその意識が途絶えた。
あまりにショックな出来事を目前に心が意識を保つことを拒否してしまったのだ。
そして、同様に混乱の渦に陥っていたのが、青い光弾を撃った本人であるつむぎだった。
悲鳴が聞こえたので視線を向けてみれば、そこには血を流して倒れふす護るべき存在。
その近くに残る歪みのあとを発見したことでその高性能な頭脳がああなった経緯を推察してしまう。
そして、その経緯を察したことで電脳にノイズが走り、攻撃の手を止めてしまう。
「終わりだ」
「―――っ!」
ハッとしたときには既に遅く、右手の『乱れ葉』ごと胴体を真横に切られ、地面に落ちていく。
斬った男はその様子を見届けることなく、気絶した命に近づき、彼女を抱える。
「ここまでは予定通り。あとは爆発が外に出ないように空間を維持したまま、この子供を外に放置し、偽装した男の遺体を浮かべれば任務完了か」
確認するように男は独り言を呟くと、その姿が蜃気楼のように揺らいでいき、その空間からいなくなった。
右手と胴体を深々と切られ、体の内側で配線がショートを起こしていながらも、地面に墜落したつむぎは意識を保ち、左手で体を支えながら立ち上がった。
「廻さん・・・・・・」
倒れている廻のほうを見ながら、つむぎは生まれて初めてとなる弱弱しい声を出していた。
その機械仕掛けの胸中によぎるのは、自分らしくあれとアンドロイドの自分に言う廻、プレゼントをくれたときの廻、この二つを始めにたった三日、実質二日の間しかなかったが、その間の廻の様子が思い出されていた。
「ごめんなさい」
使命を果たせなかったことによる博士への謝罪ではなく、護れなかったことに対する廻への謝罪がこぼれた。
そして、廻が死んだことによって動力炉の暴走が始まると思い、諦めて俯く。
が、しかし、いつまで経っても暴走が起こる気配がない。
「何で・・・・・・」
白い空間でつむぎはその現実に戸惑いながらも、何故爆発が起きないのかを考え、ハッとして倒れている廻の元へ壊れかけの体を引きずっていく。
「もしかして」
倒れている廻を仰向けにして、胸に手を当てる。
トクントクン
「やっぱり生きてます!」
微かにだが、手から感じられる鼓動につむぎは信じられないものを感じつつもこの奇跡に感謝を禁じえなかった。
一番威力低い『乱れ葉』の光弾とはいえ、生身で受けたら普通なら生きているはずがない。
そのことがデータで誰よりもわかっているがゆえにつむぎの驚きは大きかったのだが、驚いて呆然としているよりしなければならないことを考える。
「出血量が多い、それに衝撃で骨折も。早く治療しないと死んでしまいます。・・・・・・私の修理も含めて『隠れ家』に避難したほうがよさそうですね」
つむぎは左手に廻を抱きかかえるとちゃんと動けるように体のバランスを把握する。
「この空間から出られるかどうかわかりませんが、―――亜空間展開装置、起動」
つむぎは甲高い音を聞きながら、蜃気楼のようにその白い空間から消えていった。
聞きなれない物音が耳に響き、ゆっくりと目を開けていった。
「・・・・・・知らない天井だ」
前に雨潟さんの部屋に運ばれてきたときと違い、今度は本当に俺が全く知らない天井だ。
「起きましたか、廻さん」
雨潟さんの声が聞こえたので、体を起こしそちらを向こうとしたのだが
「いってぇ!」
全身から痛みが走り、身悶えるはめになった。しかも、身悶えてもまた痛みが走るという無間地獄だった。
「動かないほうがいいですよ。出来る最高の治療を施しましたが、死ぬ一歩手前だったんですから」
「死ぬ一歩手前?」
意識を失う前に何があったのかをゆっくりと思い出していく。
確か、雨潟さんとテーマパークに行って、絶叫アトラクションに乗って、動物と触れ合って、ぬいぐるみをプレゼントして、敵が襲ってきて―――
ガバッと痛みを無視して起き上がる。
「命は!?命は大丈夫だった、の、か?」
命があの場に現れたことを思い出して、その無事を確認するために声がしたほうを振り返ったのだが、
「命ちゃんは無事です。恐らく今頃は親元に帰っているでしょう」
「な、ななな、何で風呂に入ってんだ、あんたはー!」
そこで見えたのは服を脱いでバスタブに溜まった緑色の液体に浸かっているつむぎの姿だった。
叫びながら首を違う方向へ向ける。
「これですか?一応、修理の一環です。私に使われている金属は少々特殊で、ある程度の自己再生能力を持っているんです。この液体はその再生を早める効果があります」
「へぇ、そうなのか。―――じゃなくてな!男の前で女が無闇に肌を晒すんじゃない!」
「大丈夫です。私は気にしませんから」
「俺が気にするんだ!」
「しかし、これは修理なのでそう言われても困ります」
「別の場所でやってくれよ」
「廻さんの看護もしないといけなかったので、ここで修理をしていたのですが」
それを言われると、反論のしようがない。
「ところで、ここは何処だ?」
「ここは『隠れ家』です。アパートのあの部屋では入らない機材や見つかると困るものなどはここに置いてあります」
周りを見てみると多くの機械が置いてあり、配線が床の至る所に張り巡らされている。
天井からのライトによる光で辺りを見渡すのには困らないが、俺の見える範囲に窓らしい物が一切見えない。
体を無理矢理動かしたことで痛みが走るが、不意をつかれたのでなければ我慢できないこともない。
そして、痛みを再認識したここで痛みを感じることになった原因を思い出した。
「よく生きてたな、俺」
正直、自分でも死ぬと思っていた。
確かに死ぬのは怖いが誰かを、特に知っている人間を見捨てる気にはなれなかったのでつい体が動いて光弾に身をさらしたがこうして再び、目を開くことが出来るようになるとは思わなかった。
服はどうやら使い物にならなくなったようで上下ジャージに着替えさせられている。
「普通なら死んでました」
「じゃあ」
「廻さんはいったい何を考えているんですか?私があなたを護るために敵と戦っているのにそのあなたが自分の命を投げ出して私のしたことが徒労になってしまうではありませんか。奇跡邸に助かったからいいようなものの今後はこのような行動は慎んでください」
言葉を遮り、いつもより硬めの声音でまくし立てるように俺に言葉を発してきた。
「・・・・・・あ~、怒ってるのか?」
「怒ってません。注意しているだけです」
「その、悪かった」
「謝らなくても結構です。行動で誠意を示してください」
なんだか急に人間っぽくなったなと思っていると、頭に何かが当たる。
「いてっ」
「廻さんの治療をしたときに見つけたのですが、それ、どこで手に入れたんですか?」
投げつけられたらしく、俺の頭に当たり地面に落ちたそれに視線を落として、拾い上げる。
「ああ、これは確か雨潟さんに会った日に人が落としたのを拾ったんだよ。これがどうかしたのか?」
投げつけられたのは十字架を模したシルバーアクセサリーであり、ヤクザらしき人物に連れて行かれた男が落としたものだった。
制服のポケットに入れっぱなしだったのだが、テーマパークに行くときにアンリミズからもらった防犯グッズ(?)を私服のポケットに入れるときに制服のポケットに入っていたそれを他のものと一緒に突っ込んだので、一緒に私服のポケットに十字架も入れてあった。
「それは未来で出来た武装の一つです」
「・・・・・・は?」
思わず雨潟さんのほうに振り向いてしまう。
彼女はバスタブの縁に左腕を重ねて、その上に顔を置いている。
肩から下はバスタブに隠れて見えないが、上は白い素肌が露出していて若干液体で湿っていることもあり、艶やかな印象を受けてしまう。
「名称『ストレングス』。ミスティリーネ様が開発された人体強化技術が利用されている私がきた未来では研究者なら手に入れようと思えば、簡単に手に入る代物です」
「こ、これがか?」
その姿を思わず凝視してしまいそうになるが、自制心を振り絞って視線を何とか逸らすことに成功する。
「はい。廻さんが生き残ったのは『ストレングス』の緊急防護機能が働いたからです。それのおかげで本来なら耐えきれない光弾をギリギリで耐えることが出来たようです」
「・・・・・・とんでもないラッキーだな」
もしこれ持ち主であった男に会わなければ、もしこれを拾わなかったら、もしこれを持って行ってなかったら、もしこれで耐えきれない威力の攻撃だったら、幾つもの偶然が積み重なりこうして命を繋いでいられるのだから幸運以外の何者でもないだろう。
「そうなると、四日前と一昨日に廻さんが襲われたことにも納得がいきます。恐らく、あのときの『調整者』は廻さんの命が狙いではなく、この時代にあってはならない『ストレングス』の回収が目的だったのでしょう。三日前の彼らを私があっさりと撃退してしまい、かつ私が未来の技術で創られた機械を廻さんに埋め込んだために一昨日はあんな大袈裟な軍勢になったのでしょう」
「そういえば・・・・・・、確かに初めて俺を襲った奴らは何か探してたみたいだったな」
鞄を漁っていたし、よく考えてみれば奴らの力ならあっさりと俺を無力化できるのだからあんな風にいたぶる必要はない。あれは単に俺が奴らの行動を邪魔しないように大人しくさせるためだったのではないだろうか。
「って、ちょっと待て。―――三日前?あの男に襲われてから一日経ったのか?」
「丸一日というわけではないですが、日付が変わって現在の時刻は午後一時をまわったところです」
「そんなに時間が経ったのか」
「はい。状況はかなり不味いです。昨日、相手は廻さんが死んだと思い、私の爆発に巻き込まれないように早々に離脱したのですが、私達がこうして生き延びていることはすでに知られ、夜中のうちにダミーの施設が次々と破壊されました。ここにたどり着く前に朝を迎え、一度撤退したようですがあと数時間もすれば再び日が沈み始め、私達を排除するための活動を再開するでしょう」
「不味いどころじゃないだろ。絶体絶命じゃないか」
予想以上にまずい状況に表情が青ざめていくのが分かる。
「それまでに動けるようにはなりそうなのか?」
「私の修復自体はもうすぐ終わります。が、『乱れ葉』は一機が大破、もう一機が中破し、そちらの修復は間に合わないので昨日のように弾幕を張って対抗するといった手段がとれないず、こちらがかなり不利であると言わざるを得ません」
「そうか・・・・・・」
どうやってあの男に対抗するか必死に考えを巡らす。
あの男の恐ろしいところはその近接戦闘能力の高さだろう。近接戦闘に限っていえば、完全に雨潟さんより上の強さを持つあの男を迂闊に近づけさせれば反撃するチャンスがない。しかし、距離をとろうにもあの男のほうが速いためすぐに距離を詰められてしまう。
あいつに勝つためには雨潟さんがどれだけうまく間合いをとることが出来るかにかかっていると言っても過言ではない。
「すみませんでした」
俺が考え込んでいると、唐突に雨潟さんが俺に謝ってきた。
「何のことだ?」
「策が無駄になってしまったこと、護るはずだったあなたを撃ってしまったことです」
「あれは、しょうがないだろ。相手がああいう技術を持っていることは分からなかったんだし、俺が撃たれたのもあいつが何かやったせいだしな」
予想が出来ていなかったことが起こってしまったことは仕方のないことだろう。
「ですが!」
雨潟さんが珍しく大声を出したので、そちらを向くと、彼女はやや俯きがちになり、左手で掴んだバスタブの縁を強く握りしめていた。
「ですがっ、あの男は去り際にこう言っていました。ここまでは予定通り、と」
「予定通り?」
そんなはずはない。
未来から俺を護るためにやってきた『時間逆行存在』である雨潟さんがここにいるのだから、予定通りに進むはずがない。
「恐らく、私が未来から送り込まれることも歴史の一部なのでしょう」
しかし、俺のそんな考えは打ち砕かれていく。
「待てよ、未来からの存在はあり得ない因子ってやつなんじゃないのか?」
「確かに未来からやってきた『時間逆行存在』は本来の歴史をねじ曲げてしまうあり得ない因子です。ですが、歴史をねじ曲げようとすることが歴史によって定まっていたとしたらどうですか?・・・・・・私を創った博士は『変革の賢人』の一人です。その影響力は大きく、行動が常人より細かく定められています。未来において博士が過去を変えようとすることが定められた歴史なら、それによって送り込まれた私もこの時代で登場するべき存在ということになり、歴史に組み込まれることになるのではないでしょうか」
「それは」
「そう考えると、あの男がすぐに廻さんを狙わずに私との戦闘に応じたのにも説明がつきます。しかるべきタイミングで私があなたを撃つように待っていたのでしょう。つまり」
雨潟さんは完全に下を向き、俺からはその表情は見えない。
「私はっ、あなたを護る存在ではなくて、あなたを殺す存在だったんですっ!」:
震える声でそう叫ぶ彼女はまるで子供のように迷子の子供のように弱々しく見えた。
俺を護るための存在として生み出されたはずが、歴史が定めたのは俺を殺す役割という正反対だったことを知り、その根本のアイデンティティを破壊された彼女はアンドロイドであるが故に存在意義を否定されたダメージは人一倍大きく、どうすればいいのか分からなくて、真っ暗な闇の中に取り残されたかのように途方にくれているのかもしれない。
俺は声と同様に静かに肩を震わせている彼女に近づいていく。
必然的に何も身に纏っていない彼女の姿も目に入ってくるのだが、今はそんなことは気にならない。
俯いて震えたまま俺が近づいたことにも気づかない彼女に俺は
その頭にチョップを振り下ろした。
「あうっ!?」
多少は硬い感じはしたが、肌や髪に触れた感触はやはり人のように柔らかかった。
彼女はいきなりチョップされたことで戸惑った表情で目の端に水滴を溜ながら俺を見上げる。
だから、俺は言ってやった。
「そんなことはどうでもいい」
俺の言葉に一瞬唖然とした後に立ち上がり、俺をにらみつける。
「どうでもいいって何ですか!?私はあなたを殺すものなんですよ!実際にあなたを撃ったんですよ!」
「でも、俺はこうして生き延びてんだからどうでもいいだろ」
「ですが!撃ったという事実は変わりません!」
「わざと俺を撃ったわけでもないし、今後、俺を殺そうとするわけでもないんだろ?」
「それはそうですが!」
「だったら、もう十分だろ。謝ってもらったし、敵になるわけでもない。他に何の問題がある?」
「私は!私はっ!廻さんを護るために創られたのに!それなのに!」
「ああ!ぐだぐだうるさいんだよ!」
俺が叫ぶと彼女はビクッと肩を震わせる。
「だったら、護ればいいだろう!」
「え・・・・・・?」
「俺を撃ったとか!殺すことが役割だったとか!そんなもう過ぎたことはどうでもいいだろう!今からあんたがどうするかだろう!そんなに俺を護ることにこだわるんだったら今後俺を狙う奴等から護ればいいだろう!」
俺の叫びに目を白黒させながら彼女は呆然と聞いている。
「つーかよ。歴史を変えようとしているんだから、歴史に決められた役割なんか気にする必要ないだろ?雨潟さんが俺を殺す役割だったとしても、それを護る役割に変えてやればいいだろ」
俺がこうして生き延びている以上、ちょっとだが歴史はずれ始め、あの場で俺を殺すはずだった彼女の役割は避けられたのだから、今後敵の襲撃を退けることで護る役割を果たせる。
「情けない話だが、俺だけじゃこれから俺の命を狙ってくる奴等を退けることなんて出来ない。雨潟さんの力が必要なんだよ」
「・・・・・・」
「そういや、今までちゃんと言ってなかったな。頼む―――、俺を護ってくれ」
俺はそう言って、頭を深く下げた。
俺は彼女の答えが返ってくるのを頭を下げたまま待つ。
しばらくの沈黙の後に彼女はゆっくりと口を開く。
「私は・・・・・・、」
彼女の体の震えは止まり、
「私はあなたを護ります。それが私の存在意義で、それは私の想いです」
凛と、はっきりと、心の篭った、決意を示した、宣誓をした。
「―――ありがとう」
その頼もしい宣言に俺は口の端が僅かに吊りあがったのを感じた。
今まではただ単に状況に流されて彼女に護られてきたが、このとき、初めて彼女との間に信頼の絆が出来たように思えた。
「・・・・・・あの、いつまで頭を下げてるんですか?」
「いや、さっきまでは勢いもあったし、ほとんど雨潟さんの顔に集中してたから気にならなかったんだが・・・・・・、今、顔を上げたら、なぁ。ほら、何も身につけてないだろ?」
深く頭を下げているため、バスタブの縁とその内側にある白い素足が見えているのだが、その上も何も身につけていない状態では俺は顔を上げることが出来なかった。
「―――っ。そ、そのまま、後ろを向けばいいじゃないですか?そのままですよ?」
「そ、そうだな」
一気に何とも締まらない雰囲気へと変わってしまった。