転 2
陽が沈み始め、あたりも暗くなってきた頃、俺達はテーマパーク内の大通りの端によりながら移動していた。ちなみに、ぬいぐるみは戦闘の邪魔になるので、雨潟さんが空間に穴をあけて、そこに放り込んだ。
「・・・・・・いつ来てもおかしくないよな」
「はい。時間的にも既に五時半を過ぎましたので時間通りに殺したいならそろそろ襲ってくる頃です」
「この人ごみの中から誰が敵なのかわかるのか?」
「センサーで人間と彼らを判別できるので大丈夫です。センサーの範囲内に入ればすぐに―――、来ました!」
「どっちからだ?」
「正面から近づいてきています。ですが、これは・・・・・・」
「どうかしたのか?」
「いえ、それが、敵の反応がたった一つなんです」
「一つ?」
昨日、あれだけ大勢を倒したのに今度は逆にたった一人なんて、どういうことだ?
そんな疑問が浮かび、考えていると
ズォォォォォォン
体の底を震わせるような低い音が聞こえたかと思うと、一瞬の違和感の後に世界が変わる。
白い世界に。
真っ白というわけではないが、俺たち以外のあらゆるものが白っぽく変わってしまい、昨日の暗い世界が黒が溢れた世界だとすると、こちらは白が溢れた世界だ。
「これは!?」
「『虚数空間』!?―――いえ、違う!これはいったい?」
俺だけでなく雨潟さんも動揺している。
「雨潟さんがやったんじゃないのか!?」
「違います!私にもこの状況がどういうことかわかりません!ですが、得たいが知れない状況ですので私の傍から離れないで下さい!」
コツコツ
俺たち以外いなくなってしまったこの白の世界で一つの足音が響く。
雨潟さんは音が聞こえてくる前から今、音が聞こえてきている前方を睨みつけている。
「わかりませんが、恐らく、これは『調整者』の仕業ですっ」
「その通りだ」
前方からやってきた者から返事が返ってくる。
向こうから返事が返ってくるとは思っても見なかったようで、雨潟さんが驚いている。
「機械を相手するのに現実空間では目立ちすぎるのでな。隔離させてもらった」
前方から歩いてくるのは男。
歳は二十代前半だろうか、金髪碧眼の若い男。吊り上り気味の目だが、その身なりから雰囲気が合わさって俺とは違い凛々しい雰囲気の容貌の男が中世のコスプレのような格好で歩いてきていた。
「・・・・・・まさか、そちらに知性があり、このような技術を持っているとは思いませんでしたよ、司祭様」
「そう決め付けたのはそちらの勝手だ。それとこの服は以前に司祭をやっていたときの名残だ。今は司祭ではない」
どうやらあの服は司祭が着る服らしい。
「さて、御託を長々と並べている暇はないのでな。早々にそこの男を神の御許へ送ってやる」
「開口、起動」
雨潟さんが空間に穴を開け、そこから一昨日も使っていた薙刀『葉切』を引き抜き、刃に青い光を纏わせる。
「ま、待てよ!」
俺は今にも戦いを始めそうな二人に声をかける。
「何だ?死にたくないというなら、そのようなことは認めんぞ」
「お前らは知らないだろうけどお前が俺の生きたいっていう意思を無視して殺した場合、大爆発が起きて大勢の人が死ぬことになるぞ」
こうして口にしてしまうと我ながら卑怯で悪役くさい台詞だが、言っておかなければ大勢の人達の命が危険にさらされる危険があるので相手にそのことを伝えなければならない。
「ふん、そのようなことはすでに知っている」
「だったら」
「だが、それがどうした?」
男は見下すような目で俺を見つめながら、そう吐き捨てた。
「な!?お前等、歴史を正しく進めるために行動してるんだろ!だったら、俺を殺したら自分達の行動理由に背くことになるだろ!」
「いいや。お前如きを殺したところで世界は変わることはない。そのことはそこの機械もわかっているのだろ?」
「・・・・・・彼の言うとおりです、廻さん」
武器を構え、相手を警戒したまま雨潟さんが答える。
「どういうことだよ!」
「私達は周りを巻き込むことであちら側に廻さんを殺すことを躊躇わせるようにしました。しかし、周りを巻き込むことが出来ない状況を相手が作り出せるのならば、周りを巻き込むことが出来なくなり、廻さんを殺す事に問題がなくなってしまうんです」
「そういうことだ」
「そんな・・・・・・」
「すみません。事前に情報が得られなかったとはいえ、相手がこちらと同様の技術を持っているとは完全に想定外でした」
「じゃあ、どうするんだ!?」
「幸い、ここにいるのは彼一人のようですので力尽くで撃退します」
「ふん、やれるものならやってみろ!」
男が右腕を横に振るうと、いきなりその目の前の空間から複数の赤い光弾が高速でこちらに接近して来た。
「っ!」
それに対して雨潟さんは『葉切』を右手一つでもち、もう片方の手を前に向けた。
掲げた掌に青い光が集まると、次の瞬間には前方に青い光の壁が出来ていた。
「はぁっ!」
その次の瞬間にはどこから取り出したのか、剣を持って男がその壁に切りかかった。
バチバチバチ!
青い壁と少しの間だけ拮抗したが、よく見れば刃に赤い光を纏ったその剣は壁を切り裂き、雨潟さんへと剣が迫っていく。
「ふっ!」
彼女は右手一本で操った『葉切』を剣の横に叩き込み、起動を逸らす。
続いて、彼女は左手の掌を男に向ける。
もう一度、掌に青い光が集まり、今度は光が炸裂し、男を吹き飛ばす。
「開口、起動!」
穴から左手でガトリング砲『乱れ葉』を引っ張り出すと、すぐさま起動しトリガーを引く。
ズドドドドドド!
青い光弾が群れとなって宙を舞っている男へと襲い掛かる。
「ふん」
男は空中で赤い光を身に纏い、体勢を整えると青い光弾の群れに片手を向けて、赤い壁をその前に発生させることで攻撃を防いだ。
「『乱れ葉』散開!開口、起動!」
『乱れ葉』が十の棒状の端末に別れ、青い軌跡を残して飛んでいく。
同時に残った本体を穴に放り込み、ライフル『貫葉』を引っ張り出す。
すぐさま空中で赤い壁の向こうにたたずむ男に狙いを定めて、ライフルを連射する。
それと並行して、飛んでいるそれぞれの端末が壁を回りこんで男に狙いをつける。
「ぬるい」
男が身に纏った赤い光が一層強くなると、壁を解除して男を狙っていた端末の一つに飛んでいく。
「加速した!?」
俺が驚いている間に男から逃げようとした端末は男にすぐに追いつかれ、切り裂かれ爆発する。
更に男を狙う他の端末に対して、赤い光弾を発射して牽制しながら、雨潟さんが放った青いビームを切り裂く。
「廻さんはここにいてください。重力場制御、起動」
雨潟さんも青い光を纏い、空中に飛び上がっていく。
「はっ!」
「ふっ」
雨潟さんが片手で勢いよく振り上げた一閃は、男の剣で受けられる。
男が軽く力を込めると雨潟さんがあっさりと押し負けて、『葉切』を押し込まれている。
そのまま押し切られるかと思ったが、男が急に上空へ上昇した。
その直後に、男がいた場所に青い光弾が飛んでいた端末から打ち込まれた。
「邪魔だ!」
男が持っていた剣を端末の一つに高速で投げつける。
その剣が端末を貫いて、男が無手になっているうちに雨潟さんと端末達による集中攻撃が行われる。
「はぁ!」
男の両手にそれぞれ赤い光が集まり、光が赤い光を纏った剣に変化し、両手に持った二本の剣を高速で振るい、迫っていた攻撃を全て切り伏せた。
「なっ」
一斉攻撃が二本の剣で全て叩き落されたことに雨潟さんが驚いていると、その隙に男が急降下しながら、二本の剣を叩きつける
「ぐっ!」
右手の薙刀『葉切』で防いだものの、上空からの落下による勢いも二本の剣に加算され、そのまま地面に向かって押し込まれていく。
左手のライフル『貫葉』で胴体に殴打を叩き込もうと振るうが、男が右手に持った剣で防がれる。
下に向かっていく速度は落ちたが、力は相手のほうが上回っているため変わらず二人は下に落ちていく。
男が右手の剣を彼女の胴体に突き出すが、その寸前であらぬ方向を向いていた『貫葉』からビームが発射され、その反動で剣をかわしながら落下軌道から離脱する。
雨潟さんは距離をとり、銃撃で対応しようとするが、男もすぐに雨潟さんに追いすがり、二本の剣を巧みに操り、剣戟を繰り出している。
雨潟さんは剣戟を『葉切』でさばきながら何度も距離をとり、『貫葉』と端末による銃撃で応戦している。
状況的には雨潟さんのほうが劣勢である。
速度と力は相手の男のほうが上であり、両手の二本の剣から繰り出される剣戟に対応し切れておらず傷がどんどん増えていく。
それに対して男は遠距離攻撃があまり得意ではないのか、距離をとり銃撃で対処しようとする雨潟さんに執拗に接近戦をしかけている。銃撃のほとんどをかわしたり、剣で切り裂いたりすることで防いでいるため、傷自体はあまりない。
俺は流れ弾に当たらないように注意しながら、戦う二人を見上げていた。
何もできないこの状態に歯がゆさを感じ、雨潟さんの勝利を祈ることしか出来ない。
同じような攻防を何回も繰り返し、どちらもこの硬直した状況を打開するべく、チャンスをうかがう中、先に男が仕掛けた。
「はぁ!」
周りの空中に赤い光を集め、周りに剣を十本ほど浮遊させると、手に持っていた二本の剣を飛び回っている端末に投げる。
それが当たるかを確認するよりも早く次の剣を手に取り、また投げるといったことを繰り返す。
最後の二本を投げずに両手に構えたときには、二機を残して端末は撃墜させられていた。
その間に雨潟さんは攻撃を仕掛けるということはせずに
「開口、起動」
『葉切』と『貫葉』を穴に放り込み、右手でガトリング砲『乱れ葉』、左手でバズーカ『落ち葉』を引っ張り出す。
ズドドドドドド!
ズドン!
威力は低いが多数の光弾と威力は高いが連射性の低い光弾による弾幕が張られる。
流石にその数の光弾は剣で捌ききれずに回避行動と片手を空けて、赤い壁を張ることで弾幕から逃れている。
男は弾幕を掻い潜り、近づこうとするが、雨潟さんが二つの巨大兵器を持っているせいで移動スピードが落ちているにも関わらず、その弾幕の壁の厚さから接近することが難しく、先程より接近する回数が減っている。
多少は無理をして弾幕の雨を突っ切ろうとするときもあるが、いやらしいタイミングで残っていた二機の端末が妨害するように攻撃を仕掛けているせいで今度は男が劣勢に追い込まれていた。
男の戦略ミスのおかげでどうにか優勢に立ち、このまま押し切りたいところだが、いつまた流れが変わるかわからないのでどうにかここで決めたい。
が、終幕は唐突に訪れる。
「―――っ!生体反応!?廻さん、気をつけてください!誰かが傍にいます!」
「何だって!?」
急いで周りを確認するが、周りには白っぽい建物などが相変わらずあるだけで、それらしき姿は見えない。
雨潟さんはあいつを釘付けにするためにこちらにはこれそうにない。
いったい、どこから来るのかと警戒心を高めていると
「お兄ちゃん?」
聞こえるはずがない声に一瞬、思考が凍りつき、その後、すぐに声の方へと振り返る。
上の二人がいる位置からは建物が邪魔して見えにくくなっているその位置にいたのは俺の予想通りの人物で、いつもは天真爛漫に明るいその表情が今は不安からか曇っていて、くりっとした目の端には薄っすらと涙が溜まっている。
「やっぱり、お兄ちゃんだ。ねぇ、ここ何処なの?いきなり、お母さんとお父さんがいなくなって、周りが変になったと思ったら凄い音がして、ピカピカ何かが光って」
知り合いを見つけたからか幾分かホッとしたような様子を見せつつも、不安を隠せないまま俺のほうへと近づいてくる。
「空間歪曲!いったい何を!」
叫び声に頭上へと視線を戻すと、男は剣を捨て両手を前にかざしていた。
両手の前の空間が歪んでいて、そこに向かって『乱れ葉』から放たれたと思われる青い光弾が向かっていく。
「お兄ちゃん?」
再び、視線を変えると
「―――っ!!」
建物の影にいるせいで上空の戦闘が見えていないその人物が今まさにさしかかろうとしている建物の角でその人物から見えない位置に、上空に開いているのと同じような歪みが存在していた。
それが何かと考えるよりも早く、直感的に理解した俺は遠ざけようと口を開こうとするが、それすらも既に間に合わないと判断すると、その人物に向かって走り出し、
「え?」
そこにいた天理 命を突き飛ばし、歪みから飛び出た青い光弾をこの身に受けた。