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転 1

 『未来ノ市』の急速な発展に乗り遅れまいと周りの市町村も様々な取り組みを行った。


 そのうちの一つが『未来ノ市』に集まる人をターゲットにした施設であり、俺たちがやってきたテーマパーク『フューチャーパーク』もその施設の一つだ。


 以前にあったテーマパークをほぼ造りかえ、周りの土地も巻き込みつつ更なる規模に拡大されたこのテーマパークは自らの街の名前ではなく、明らかに『未来ノ市』を意識した施設名をつけていることあたりからも発展の恩恵にあやかろうとしているのが目に見えている。


「やっぱり人が多いな」

「そうですね。これだけの人がいれば、『調整者(リバーサー)』も動きにくいでしょう」


 今の俺たちの服装を雨潟さんは初めて会ったときと同じ白の長袖でくるぶしまで隠す長いワンピーズ。俺は動きやすいズボンとTシャツの上にジャケットを羽織っている。


 ズボンのポケットには昨日、アンリミズからもらった防犯グッズ(?)など制服のズボンに入れてあったものをそのまま入れてある。


 昼を過ぎたあたりにやってきた俺たちはまず人がどれくらいいるかを確認していた。


 俺は奴らが目立つのを嫌うということをチケットを命に渡す寸前に思い出し、人が多く集まるここなら奴らの活動を制限できるのではないかと考え、雨潟さんに提案した。


 人が巻き込まれるのは嫌だが、それも『虚数空間(イマジナリースペース)』が解決してくれるので俺はこの案を考えることが出来た。


 それにここは俺の遺体が発見される田園からはほど遠い場所にある。発見された現場にはなるべく近づかない方がいいだろうし、それならいっそ隣町まで行くのも悪くない。


 そういうわけで先輩が俺にくれたチケットは俺にとって役に立ってくれた。実際、ここに入るのに入場料を払わなくてすんだのも俺の寂しい財布事情からするとかなり嬉しかった。


「それじゃ、早速噂の絶叫マシンにでも乗るか」

「廻さん、あまり遊びすぎないでくださいよ」


 昼頃に来たのは夕方頃に来ると思われる奴らを確実にここで迎え撃つためという理由もあるが、雨潟さんに楽しんでもらいたいという別の理由もある。


 昨日も思ったが、彼女の容姿は人間とほぼ変わらないのだが、その行動が淡々と機械じみている。


 もっと人間らしさを知ってもらうためにもまずは彼女に楽しいということを知ってもらうべく、このテーマパークを利用しようと思いついた。


 この理由に関しては雨潟さんに教えておらず、戦う前に下見をしておいたほうがいいと言ってある。


 変に身構えてしまうよりも、自然と楽しんだ方がいいと思ったからだ。


 そんなわけでまずはこのテーマパークの目玉とも言える世界屈指の絶叫アトラクションの数々へと挑んでいった。





 一時間後、俺はベンチでうなだれていた。


「大丈夫ですか、廻さん?」


 その隣で雨潟さんは俺の背中をさすりながら顔色をうかがっている。


「な、なんとか」


 俺たちは定番のジェットコースターとフリーフォールにこの一時間の間で乗った。


 人気アトラクションであるため待ち時間が長く、この二つしか乗れなかったが、その待ち時間も納得できるほどの期待を裏切らない素晴らしいできのアトラクションだった。


 そう・・・・・・、素晴らしいできの絶叫アトラクションだった。


 一つ目のジェットコースターの時点でその洗礼を十二分に体験した俺は懲りずにフリーフォールへと挑戦し、見事にノックダウンされた。


 昨日の戦闘中、結構振り回されていながらも多少気持ち悪くなった程度ですんだので何とかなるだろうと高をくくっていた自分を罵ってやりたい。


 それに引き替え


「?」


 チラッと視線を雨潟さんに向けると彼女は見事にけろりとしている。


 あれだけの絶叫アトラクションにも関わらず、全くダメージを負った様子はない。


 というか、よくよく考えてみれば、昨日は俺を掴みながら飛び回っていたのだから俺に負担がかからないようにある程度の加減をしていたはずだ。


 そもそも激しい戦闘を想定しているであろう彼女にあの程度は本当にたいしたことがないのかもしれない。


 そう考えるとアトラクション系では彼女は楽しめないだろう。


「よし、じゃあ。次に行くか」

「また何かに乗るつもりですか?あまり激しいのは止めた方がいいと思いますよ?」

「いや、今度は別のところに行く」


 そう言って歩き出した俺の後を雨潟さんがついてきた。




 このテーマパークは動物園もその中に建造していて、アトラクションがあるエリアからは少々距離があるが、割と大きい動物園であり、家族連れに好評らしい。


 俺達はその中でも奥まったほうにあるある一角に向かった。


「あの、ここは?」

「見て分からないか?」

「いえ、ここがどういうところなのかは分かりますが、その、あまり廻さんのイメージに合っていないと言いますか、意外に思いましたので」


 俺もそう思う。


 俺たちがいるのは、よくある動物たちとの触れ合いコーナーというやつであり、客には人気のスポットの一つであり、特にちびっ子達はおおはしゃぎしている。


 そんな中に目つきの悪い俺が来たので、距離を置かれることが顕著になるがわりといつものことなのであまり気にしない。


 アトラクションでは雨潟さんにたいした影響はなさそうなので、それならば動物に触れることによって癒し的なものを感じ取ってもらうことにした。


「まぁ、ともかく、触れあってみようぜ」


 俺が動物達に近づくと、動物達は俺から逃げるように移動していく。


 俺の目つきは動物にまで有効なのだろうかと思っていると、動物達の中から一匹の鹿が俺に向かって進んできた。


 怖がらせないようにスッと手を伸ばすと鹿はその手に顔を近づけ、臭いを嗅ぎ、続いて舌でなめてから顔を手にすりあわせてきた。


 俺は大丈夫だと思い、鹿に近づいてその体を撫でる。


 鹿は俺の手を嫌がることもなく、俺にされるがままになっている。


 自分から近づいてきて、俺に心を許してくれている鹿を夢中で撫で回していると、ふと目の端に雨潟さんが映った。


 雨潟さんは視線の先には毛がモコモコした羊が寝ていた。


 子供達は寝ている羊よりも起きて動いている羊のほうがいいのかそちらのほうに集中していて寝ている羊には誰一人かまっていない。


「・・・・・・」


 雨潟さんはその羊をジッと見ていた。


 全然起きる気配のないその羊にたいして雨潟さんはゆっくりと近づき、これまたゆっくりと手を伸ばしていく。


 そして、手が毛に触れると少し手を引く。まだ羊が起きていないことを確認するともう一度羊に触れ、今度はさっきより強めに触り、また手を引いて起きていないことを確認する。


 その動作を何度も繰り返して行っていき、どんどん大胆になっていくが、相変わらず羊は寝たままで起きることはない。


 最終的には雨潟さんは少し考えた後に羊へと抱きついていた。


 羊はそれでもなお起きることはなく、眠り続けていたがそれに抱きついている雨潟さんはその羊毛の感触を堪能しているようだ。


「―――」


 どことなく嬉しそうな笑みを浮かべている彼女を見て、ここに連れてきて正解だったなと思った。





「すみませんでした」

「いや、別にいいって」


 あれからずっと羊毛の感触を堪能していた雨潟さんを鹿を撫でることに飽きた俺が邪魔する気にもなれず、近くの乗馬体験コーナーでしばらく遊び、結構時間を潰しても雨潟さんが来ないため様子を見に行くと相変わらず寝たままの羊と相変わらず羊毛の感触を堪能している彼女がいた。


 流石に長いこと時間を使い、日が沈む時間も近くなってきたのでそのままでは不味いと思い、彼女に呼びかけると、ずっと夢中になっていたことに気づいた彼女は平身低頭してずっと謝っていた。


「そんなによかったのか?」

「はい。それはもうとてもいい感触でそもそも私はあのようにふかふかでふわふわでもこもこで柔らかいものに触れたことがなくて羊毛という物がどういうものかは情報としては知っていましたが実際に羊を見たときにあまりにもこもこしているので気になって触ってみたらそれはもう柔らかくですねあの羊もずっと寝ていて起きないものですからじっくりたっぷり十分にその羊毛の柔らかさを堪能できその柔らかさと言えばとても心地よく私に睡眠という機能がついていたなら間違いなくあそこで寝てしまうと思ってしまうぐらいのものでしてあのふわふわふかふかもこもこはアンドロイドである私すらも虜にする至高品であると言って間違いないと思われ周りに気がつかなくなるほどのあのふわふわふかふかもこもこは私にとっていいものであるとは言えないのですがやはりその感触というのは抗いがたい物がありましていつまでも触っていたいと思うようなあのふわふわふかふかもこもこ感は誰しもを夢中にする麻薬のような中毒性があるのではないかと」

「よし、落ち着こうか」


 というか今、一息で言ってなかったか?あ、機械だから呼吸は必要ないのか?


「す、すみません」


 彼女は自分が夢中で話していたことに気づき恥ずかしそうに、再び頭を下げる。


 こうして見ると、彼女は機械のように感情がないんじゃなくて、どうも感情が育っていないだけのように見える。


 だとすれば、きっかけさえ与えていけば、彼女はどんどん人間らしくなっていくだろう。


「謝ることじゃないって。むしろ、人らしいところがあって安心した」

「人らしい、ですか?私はアンドロイドですよ」

「アンドロイドにこだわる必要もないだろ。人らしくなって欲しいとは思うけど、まぁでも、人であれ、と強要するわけでもないけどな」


 そこら辺は雨潟さんが決めることだ。


 俺は人らしさを教えるし、人らしさが芽生えるような機会を設けることはするが、それを雨潟さんがどのように受け止め、どう活用するかは彼女次第だ。


「完全にアンドロイドであろうとしても、人であろうとしても、結局は『雨潟 つむぎ』っていう個人だろ?アンドロイドだとか、人間じゃないからって選択を狭めるないで自分らしくあることが大事なんじゃないか?」


 きっとそれが一番素敵で満足できる生き方なんだと思う。


「自分らしく、ですか」

「どうしてもアンドロイドでありたいって言うなら、俺はそれでもいいが、そのときでも多少は周りに合わせるために人間らしさっていうのを知るのも悪くはないことだろ?」


 そのとき、近くの売店の棚に売ってあるものが目に入った。


「ちょっと待っててくれ」

「廻さん?」


 彼女をその場に残して、売店にあったその商品を手に取り、値段を見ると買えない値段ではないので即断してレジへと持っていった。


 店員の声を背にそれを持って雨潟さんのところに戻る。


「ほら、これはその第一歩のためのプレゼントだ」

「えっと」


 彼女に渡したのは、羊のぬいぐるみ。


 デフォルメされた羊は寝ているように閉じた目と伸ばされた丸っこく短い四肢、体は羊毛でもこもこしているデザインになっていて、その姿はまさしくさっき、雨潟さんが抱きついていた羊そのものだった。


 後で知ったのだが、あの羊はほぼ毎日寝ていて、起きていてもほとんど動かない怠け者であり、そののんびりした姿で人気があり、グッズ化していてこのぬいぐるみもそのグッズ化したものの一つらしい。


「さっきの羊とそっくりなぬいぐるみだから気に入るかと思ったんだが、気に入らないなら帰ってから命にやってもいい」


 彼女はしばらくぬいぐるみを見つめ、毛の部分をむにむにと数回揉むと


「・・・・・・いえ、ありがとうございました」


 彼女は大事そうにぬいぐるみを抱え込み、笑顔で礼を言った。


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