表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

起 1

 まず、一つ聞きたい。自分の未来について、日頃から考えているか?


 俺、尾形(おがた) (まわる)は考えてないし、そんな奴はいないだろうと思っている。日頃からずっとそんなことを考えていたら、毎日がつまらないだろうし、きっと面倒だ。


 未来について考えるのは、中学、高校、大学、それぞれにおいての卒業間近、進学や進級を考えなければならないときだけで十分だ。


「ぐぺっ!」


 だから、特に深いわけがあるわけでもなく、絡まれたから、という理由だけでこうして拳を振るうこともある。別に教師からの評判なんて元から低いのだから多少、素行が悪いからと言って、今更何か失うものもない。


「ち、畜生!調子に乗りやがって!」

「ぶっ殺してやる!」


先に倒した二人が何か吼えているが、全く怖くない。というか、反応がワンパターンすぎて呆れている。


「まだ、やるか?」


 自分で言うのも空しいが、俺は目つきが悪い。どれくらい悪いかって言うと、街を歩いていると、皆がやや避けるくらいに目つきが悪い。


 それがいい具合に、普通の人から見れば、危険な人に見え、悪ぶっている奴等にはちょっと生意気だと思われるくらいらしい。


「お、覚えてろよ!」


 むしろ、お前等がな。


 劣勢になっていた奴等を俺が一睨みすると、その中の一人、赤い髪の奴が捨て台詞を吐いて逃げ出し、それを追いかけて残りの二人、青い髪と黄色い髪の奴もそいつに続いて逃げていく。


 こいつらに絡まれたのは一度や二度ではない。俺がこの町に引っ越してきた初日に絡まれて以来、大体二週間に一度は絡まれる。


 頭がとても残念なあの三人組は二週間もすると、絡んだ上に返り討ちにされた相手のことを忘れるらしい。ちなみに、理由は毎回「目つきが気に入らないから」だ。


 三人の見慣れた後姿を見送ると、その辺に放り投げた鞄を回収する。


 学校帰りの途中で偶然であった三バカに連れられて、この人気のない工業地帯に来るのもこれで何度目になるのかと溜息をつきながら家に帰るべく、足を進めていく。

 

 夕飯をどうするか、と考えながら角に差し掛かった。


「どわっ!?」

「がっ!!」


 角を曲がる寸前に、目の前を人が飛んでいき、壁に叩きつけられる。


 俺は驚いて、一歩後ずさり、崩れ落ちる人に視線を向けていると、耳に足音が聞こえてきたのでそちらを振り向く。


「げ」


 そこにいたのは、いかつい顔に右頬を縦断する切り傷、目つきも俺と比べても恐ろしい男。いかにも、ヤクザといった感じの男がいた。


「ひ、ひぃぃ。ゆ、許してくれ!もうしない!もう帰る!だから、みのぉ!」


 飛ばされていたやや肥満体型の男が許しを請うが、ヤクザは殴り倒した上で首根っこを掴み、こちらに視線を向ける。


「・・・・・・」


 俺は無言で道を譲った。


 事情が分からないことに首を突っ込む必要もないし、正義感が強いわけでもない。何より、ヤクザは怖い。

 

 俺が譲った路をヤクザは男を引きずりながら歩いていく。


「た、助けてくれ!頼む!たすげぇ!」


 男は俺に助けを求めたが、ヤクザに殴られて黙らされる。


 俺はその姿を黙って見送り、二人が角を曲がり、姿が見えなくなるとそれを見なかったことにした。

 

 それにしてもあの男は一体、何をやらかしたんだか。


 一瞬、そんなことが頭をよぎったが、考えても意味の無いことだし、首を突っ込みたくも無いので頭から振り払い、男達が来た方向へと足を踏み出す。


 チャリ。


「ん?」


 足元を見ると、十字架を模ったらしいシルバーアクセサリーが落ちていたので、拾い上げる。


「―――あの男のか?」


 先程、ここで壁に叩きつけられた男のものだろうと推測した。


 十字架には輪が取り付けられていた、輪の大きさからして手首にかけるものだろう。あの男には似合わないものだが、ヤクザのものではないだろうし、それ以外に持ち主に心当たりがない。


「・・・・・・もらっとくか」


 男達が去った方向に目を向けたが、あの男達に関わりたくないので、そのまま拾い、ズボンのポケットに突っ込んだ。





 俺が自宅である木造二階建てのアパートに戻ると、丁度、トラックがアパートの前から発進したところだった。


 車体に某大手引越し会社の絵が書かれていることを、すれちがう時に目にして、首を傾げる。


「あ、お兄ちゃん!」


 去っていくトラックを目で追っていると、アパートの入り口から声をかけられた。


 声をかけてきた主は、小さな体でトテトテと奔り寄ってきて、俺の腰に飛びついてきた。


「お帰りなさい、お兄ちゃん」

「おう。帰ったぞ、命」


 抱きついてきたのは、天理(あまり) (めい)。このアパートの大家の一人娘であり、くりっとした瞳とぴょこぴょこと動きに合わせてはねる黒いツインテールが特徴的な人懐っこい少女だ。ちなみに、義理の妹とかではない。


「命、さっきのトラックは引越し業者のだよな?誰か引っ越してきたのか?」

「うん!すっごい綺麗な女の人だよ。それに優しそうだったし、お姫様みたいな人」

「へぇ」


 そんな人がこんなところに来るのか?


 大家の娘である命の手前、声には出さないが、はっきり言ってこのアパートはぼろい。ついでに、駅からも遠い上に商店街やコンビニなども離れた場所にある。つまり、あまり良くない物件だ。


 俺がここに住んでいるのは、家賃が安かったという一点に尽きる。


 仕送りをもらっているし、バイトも行っているが、とても裕福とは言えないぐらいの金銭しかないため、安いという一点に絞って物件を探した結果、このアパート『止まり木荘』に辿りついた。


 住んでいるは俺と大家の一家だけであり、その人気の無さが伺え、その新しくやってきた女性を含めても三つの部屋しか埋まっていない。


 町のほうにはこのアパートより好条件名物件が幾つもあるので、当然といえば当然の流れなのかもしれない。


 そんな物件に命が言うような女性が引っ越してくるだろうか?もしかしたら、見た目はよくても、家系が貧しいなどの事情があるのかもしれないが。・・・・・・考えたところで、分かるわけないか。


「お部屋はお兄ちゃんの隣の部屋だよ」

「一応、後で挨拶しとくか。ほら、もう離れろ」

「えー」


 渋る命を無理矢理引き離す。


「あ、そうだ。お兄ちゃんの部屋のテレビ、ちゃんと直しといたからね」

「お、サンキュ」

「えへへ」


 頭を撫でてやると、嬉しそうに頬を緩ませる。


 どうにも俺は機械類が苦手で、ああいったものはよく理解できない。その一方で、未だ小学生の命は機械類に強く、こっちに引っ越してきたからそれ関係で命に助けてもらったことが何度かある。


「んじゃ、俺は部屋に戻る」

「あ、待ってよ。まだお金貰ってないよ」

「っと、そうだったな」


 財布から千円札を一枚取り出すと、両手の掌を差し出している命に渡す。


「毎度あり」


 幼いながらも自分の家が貧しいことを理解している命は自分の特技を活かして、こうして小遣い稼ぎをして家に収める随分と出来た子だ。


「今日は遊んでくれないの?」

「また今度な」


 不満そうな命を残し、二階へと登る階段を上がっていく。


 古びた階段を鳴らしながら上がり、通路の一番奥まで進んだ所が俺の部屋だ。


 ガチャ。


 通路の真ん中まで来たときに、俺の部屋の一個手前の部屋、命の言う通りなら、今日引っ越してきた女性の部屋の扉が開かれていく。



 その日までの俺は何処にでもいるありふれた人間の一人だった。



 開かれた扉からまず見えたのは、ドアノブを握る小さい手。シミ一つない新雪のように真っ白な手は既にそれだけで育ちの良さが伺え、この時点で俺は命の前評判が間違ってないと感じていた。



 だけど、その日からそれが変わってしまった。



 手の次に映ったのは、腕を包む白い衣服、それは清楚さを象徴するような純白の長袖で踝まで隠すほど長いワンピースだった。ゆったりした感じの服越しにも豊かな胸、くびれた腰などの抜群のスタイルを判別できた。



 これから長い付き合いとなる『彼女』との出会いは俺の未来の方向性を決め付けた。



 純白のワンピースに対するように彼女の背中には黒真珠のように人を魅了する黒い色をした髪が腰の辺りまで伸びている。その髪の艶は見事なもので、丹念に手入れをされてきたことが分かる。



 俺は自分のために否応なしに未来を捻じ曲げなければならないと知った。



 最後に目に入ってきた顔は、目はやや垂れ目であるが、ふっくらした唇、スッとした鼻とバランスよく配置されていて、それらの調和が温和な雰囲気をかもし出していた。はっきり言って、俺がこれまで会った人間の中で最上級の美人だった。



 そして、それは同時に世界の未来を捻じ曲げることに繋がった。



「あら?」


 俺を見た女性が発した声は正しく鈴の音がなったように澄んだ声で、聞くものに安らぎを与える。俺は一瞬、この声が声であることに気付けないくらいに、その音に聞き惚れた。



 その結果、俺の日常は非日常が付きまとうことになった。



「お隣の方、ですか?」


 ふわりと女性が首を傾げるのにつられて黒髪が揺れる。俺は彼女に見惚れて、反応するのが遅れた。


「あ、ああ。その奥の部屋に住んでる尾形 廻だ」



 でも、俺はそんな日常を悪くないと感じるようになった。



「初めまして。今日からこの部屋に住む(あま)(がた) つむぎと申します。これからよろしくお願いいたします」


 そう言って微笑む彼女は今まで出会ったどんな女性よりも美しく、俺はまたしてもぼうっと見惚れてしまった。



 彼女、つむぎと出会った日のことを俺はきっと死ぬまで忘れないだろう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ