第4話「……神託ですか?」
夜が明けた。
見張りと火の番をかねて起きていたつもりだったが、いつの間にか眠っていたらしい。
まだ、皆も眠っている。
外が明るくなってから、家を出て村の様子を確かめに行った。
大森林側の門から教会に一直線に伸びる通りは、特に酷い光景だった。
無惨に門は破壊され、死体は見当たらず、広がる血溜まりだけが惨状を物語っていた。
春めいた風に、血の匂いが混じっている。
呆然とその光景を眺めていると、私の他に生き残り、動ける者が声をかけてきた。
村の中心部が一番酷い状況らしい。
無理もない。
ヴラドが暴れた場所なのだから。
その後、拠点を村長の家に移すことになった。
教会のほかに、村長の家と冒険者ギルドが避難所の役割を持っている。
村長は魔物の襲来を聞いてすぐ確認に門へと向かい、帰ってこなかったらしい。
村の半分が壊滅していた。
冒険者ギルドも無惨な有様で、スタンピードが起こり、半壊で済んだのは奇跡だと言われている。
埋葬などの支度を始めて三日目、村の外の草原で放牧をしていたランド一家が、国の兵と冒険者たちを率いて帰ってきた。
村の中心には、息絶えた巨大なドラゴンと、夥しい数の魔物の骸が横たわっていた。
それを目にした兵士たちは、その惨劇の跡にただ沈黙したという。
ヴラドはまだ目覚めない。
呼吸はしているから、死んではいないはずだ。
今夜は追悼の儀式を行う手筈になっている。
アーシャ、ラオウ、ザック――
今まで流れなかった涙が、急に溢れてきた。
冒険者は危険な仕事だ。
いつ命を失っても、仕方がない世界。
私たち中級冒険者は、より危険なクエストに行き、命のやり取りを日常としてきたはずだ。
別れが訪れる覚悟もできていた……はずだったのに。
一昨日のことを思い出す。
大きな依頼を終えた後、祝杯で酔ったラオウが教会で騒ぎ、ヴラドにしこたま怒られていたっけ。
そんなラオウをボコボコにしながら、アーシャが謝り、ザックは腹を抱えて笑っていた。
春の祭りの準備で、アーシェは浮かれっぱなしだった。花冠をどうするかで、ラオウとまた揉めていた。私は花嫁衣装の相談を受けて、布地を広げながら一緒に悩んだ。羨ましくて、ザックの事で愚痴を聞いてもらった。楽しかった……本当に。
あの何気ない日常が、もう戻らない。
送り火が灯る。
村の共同墓地に、皆が集まってきた。
軽傷の者や兵士たちの助けを借りながら、最後の祈りの場へ向かう。
墓石の下には、誰もいない無人の墓もある。
遺体があるのは、まだ運が良い方だ。
代表として兵隊長が祝詞を始めようとしたその瞬間――
ヴラドが、やってきた。
まるで幽鬼のような、別人に見える。
「ああ、ああ……なんということだ、女神よ。ああ……」
ヴラドは、血の涙を流していた。
いや、頭の瓦礫から伝った血が、そう見えただけかもしれない。
私は彼が起こした奇跡を目の当たりにしている。
いや……あれは奇跡だったのか、私にはわからない。
それでも、敬虔なヴラドは、村人たちを心から愛していた。
どんな時も、優しい眼差しで見守っていた。
それが、冒険者仲間の間では、少し危ないんじゃないかと仄めかされるほどに。
そして、まるで呪詛を吐くように、別れの祝詞をあげるヴラドが、少し怖かった。
その後、炊き出しが行われ、食事の時間になった。
多くは再会できた喜びと、亡くなった者たちの話を交わしながら食べていた。
ヴラドは無言で食べていた。
ただ、量がおかしかった。
彼はどちらかといえば少食な方だ。
それでも今は、10人前の食事を平らげている。
そんな彼の向かい側に、トレーを持った兵隊長が座った。
ヴラドがどうやって魔物を退治したか、話を聞きたいらしい。
兵隊長は表情を変えずに座ったが、目は興味と恐怖で揺れていた。
村で面識のある神父に話を聞くのだから、多少の遠慮もある。
「神父様……こんな時にすまない。ある程度は村の者たちから話を聞けたのだが、俺も国に報告を上げないとならなくてな。少し、話を聞かせてもらえないだろうか」
「ええ、かまいませんよ」
静かに彼は語り出した。
朝のミサが終わり、皆が仕事に行き始めた頃。
大森林の門の半鐘がけたたましく鳴ったかと思うと、ドラゴンが門を突き破って入ってきた事。
破られた門から村に魔物の群れが洪水の如く入ってきた事。
知らせの水晶には、何の兆候も出ていなかった事。
知らせの水晶とは、半年前に教会に設置された装置だ。
嵐や魔物スタンピードを予測し、文字通り知らせてくれる。
人魔共同研究で作られ、国中で報じられた最新技術だが、精度は芳しくないらしい。
ヴラドはこの装置を設置することに反対だった。
装置を過信して警戒を怠る可能性があると。せめて、精度が安定してから設置してほしいと村長に頼んでいた。
後の調査で、哨戒クエストの依頼が減っていた事がわかった。
村の運営からすれば、負担を減らしたかったのかもしれない。
そして、ドラゴンと対峙した話に移る。
「――私はホノカさんを巻き込んで、薙飛ばされました。壁にぶつかり、瓦礫が降り注ぐ中、女神様のお声が頭の中に響いたのです」
「……神託ですか?」
「ええ。激しい頭痛と目眩に襲われていましたが、確かに聞こえたのです。
周囲は火と悲鳴に包まれていましたが、透き通るお声が聞こえたのです」
「なんと?」
「『魔を滅せよ』と、仰せになりました。
その後は、夢中になりすぎて、詳細はほとんど記憶にありません」
「……そうですか。あなたの腕が喰い千切られても、瞬く間に再生したと証言があるのですが、心当たりはありますか?」
ヴラドは少し目を伏せ、静かに息をついた。
「……ええ、少しだけ。女神様の御加護か、気づけば腕は元通りでした。あの瞬間は、ただ必死で、恐怖も痛みも感じる暇がなかったのです」
兵隊長は眉をひそめ、なおも観察するようにヴラドを見つめる。
「なるほど……だが、村人たちは、あなたが人ならざる力で魔を蹴散らしたと口を揃えて言っています。正確には、説明できない奇跡のようなものだ、と」
ヴラドは微かに微笑み、しかしその瞳にはまだ戦場の影が残っていた。
「奇跡、か……。人の目にはそう映るのでしょう。しかし、私はただ、与えられた使命を果たしたまでです」
兵隊長は深く息をつき、わずかに頷いた。
「……なるほど。神父様の言葉なら、国に報告しやすい」
静かな食堂に、二人の間だけの緊張と沈黙が流れる。
ヴラドは無言でトレーに手を伸ばし、また一口、食事を口に運んだ。
「……それと、その、頭の傷は大丈夫なのか?」
兵士長の視線が、瓦礫の突き刺さった箇所に落ちる。
ヴラドは一瞬だけ、そこに触れて笑って答えた。
「ええ。痛みは、もうありません。大丈夫ですよ」
「そうか……なら、よかった」
兵隊長は頷いたが、視線はしばらく瓦礫から離れなかった。
そして、深いため息を吐いた後、ボソッと強い酒が飲みたいと呟いた。
炊き出しが終わり、人々がそれぞれの家路についた後、村には静寂が戻った。
夜空は澄み渡り、星々が凛と輝いている。冷たい空気の中で、春の風が草木をそよがせる。村の広場では、送り火や篝火がまだゆらめき、赤い光が地面に影を落としていた。
ヴラドは無言で火のそばに立ち、篝火の揺らめきに目を向けている。血と戦いの疲労がその体に刻まれている。瞳に何が映っているのか、誰にもわからない。
遠くの森の端、魔物の侵入で破壊された門や通りは、月光に照らされて静かに息を潜めている。人々が踏みしめた土も、戦いの痕跡を密かに語りかけているようだった。
夜空を見上げ、何かを呟いた。
「どうか、哀れな魂が女神様の元に行き、浄化されんことを」
篝火にあたる彼から伸びる影が、ほんのわずかに揺らいだように見えた。
その夜、村は眠りにつき、星と篝火の光だけが、失われた命と生き残った者たちの記憶を優しく照らしていた。
暗い話が続いて胃がいたい。
エリクサー欲しぃ。




