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女神たちは今日もエリクサーをあおる。  作者: 猫大。
第1章:神が知らざるもの

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第2話:「普通に祈りの内容が怖いですわ」

「スクナヒメ様はいらっしゃいますか?」


姉様とわたくしは、薬神スクナヒメ様の工房を訪れておりました。

神域エデンの一角、常に薬草と蒸気の匂いが立ち込める白亜の工房。

棚には星屑の粉末、竜の涙、月下茸の乾燥標本などが整然と並び、中央では透明な窯が静かに泡立っております。


窓の外を、祈りが光の粒となってゆるやかに流れていました。

そのうちのひとつが、胸の奥をかすめます。


……ちくり、と。

 

エリクサーの在庫は残り二本。

 

本日だけで四本。

このままでは、明日には尽きてしまいます。


「はーい、どちら様でしょうか。

 ……あら、エレキ様にイナンナ様ではないですか」


奥から顔を出したスクナヒメ様は、白衣姿に試験管を両手に持っておられます。

背後では小瓶がふわりと宙に浮き、自律的に中身を撹拌していました。

 

「どうなさいました?

 先日のエリクサーはお気に召しませんでしたか?」


「いやいや、素晴らしかったよスクナ。

 飲んだらすぐに胃がスーッとするんだ。

 さすがエンデいちの薬師だね」


「ええ、お味もイチゴ味でとても飲みやすかったですわ。

 美味しすぎますわ」


「それは、何よりです。

 では、本日はどのような――」


「またエリクサーをお願いしたいんだ。

 今度はメロン味でお願いね。

 足りなくなっちゃった」


一瞬、スクナヒメ様が笑顔のまま固まりました。

目だけが、すっと細くなります。

 

怖いですわ。


「――は?

 先日十二本ほどお渡しいたしましたが、足りないとはどういうことですか?」


「あ、いや、その……もう飲んじゃった」


「な、あなた方はエリクサーを常備薬とでもお思いですか。

 あれは神々の妙薬。

 一滴で難病を癒し、霊核の損傷すら修復する至高の霊薬なんですよ。

 材料だってどれほど貴重なものか……」


プンスコとスクナヒメ様のお小言が始まってしまいました。

しかし、語尾の端々に、薬師としての誇りが滲んでおります。


「……で?

 何の病ですか?」

心なしか、ちょっとワクワクしてらっしゃらない?

研究者の目ですわ。

 

「……例の男ですわ」

 

スクナヒメ様の手が止まりました。

「例の?」


「彼は毎日わたくし達に祈りを捧げている敬虔な信者ですわ。

 普通の信者であれば、それは喜ばしいこと。

 ですが……彼は、少々おかしいのですわ」


「おかしい、とは?」


「ぼくたちは彼に何の加護も与えていない。

 議会も通していない。

 それなのに――前に話したように、彼は奇跡を起こすんだ」


姉様が肩をすくめます。


「彼が祈り、奇跡を起こすたびに……ぼくらの胃がキュッとなるんだ。

 何というかこう、胃が削られるような……

 内側が、ほんの少しだけ軽くなる感じもするというか……?」


「胸の奥が、薄くなるような感覚ですわ」


 スクナヒメ様の視線が、わずかに鋭くなりました。

 

「あと、普通に祈りの内容が怖いですわ」


「具体的には?」


「『女神のためなら死ねます』はたまにいるのですが、『女神のために必ずや魔王の首を祭壇に捧げます』『女神のために魔物と魔族を皆殺しにして、汚れた魂を浄化します』とかなにかと物騒なのですわ」


「ちょっと引くよね。

 でも、実際それをやる。

 致命傷を負っても、次の瞬間には立ち上がるんだ」

 

スクナヒメ様は頬に手を当て、静かに目を細めました。


「なるほど……無媒介型の奇跡の発現。

信仰が術式を介さずに現実に干渉している、と」


「そうなんだ。

 でも、欠損した箇所が瞬時に再生するとかはさすがに加護でどうかできる話じゃないでしょ。

 しかも、心臓も再生する。

 それは、エリクサーや霊薬でも使わない限り無理な話だ」


「心臓もですか

 ……非常に興味深いですね」

声の調子が、明らかに変わります。


先ほどまで怒ってらしたはずなのに、今はすっかり研究者の顔。

目がきらりと光ります。


……あら。


心なしか、ピンと立った耳と揺れる尻尾が見える気が致しますわ。

気のせいかしら、ちょっと可愛らしい。


「つまり彼は、あなた方を経由せずに奇跡を発動している。

 他の神々が介入している可能性は――」


「――それはないだろうね。

君も知ってる通り、無断介入は禁忌だ」


「邪神のン・ゴ様と悪神の鬼八様にもお尋ねしましたの。

 お二人とも……」


「なんと?」


「『何それ、怖い。知らない知らない』

と、全力で目を逸らしておりましたわ」


「最古参の二柱も知らないとなると……ね」


「そもそも、好々爺のお二人が嗾けるなんて思えませんわ」


工房に、短い沈黙。

釜の泡が、ぽこり、と弾けました。

その音と同時に、窓の外でひときわ強い祈りが弾けました。

 

胸が、また少しだけ、軽くなります。

ほんの、ほんのわずかに。


スクナヒメ様の指先が、無意識に窯の縁をなぞりました。

「……とりあえず、私もエリクサーが欲しいです」


「スクナヒメ様まで!?」

棚から一本、輝く妙薬を取り出します。


「まずは医神様のところで、ちゃんと診ていただきましょう」


今日も女神たちは、エリクサーをあおるのでした。

 

 


天界にもお薬が上手に飲めるやつがあります。

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