第5話
巨竜。
恐怖、死、そして破壊の化身。
少なくとも――人類の記録においては、常にそう語られてきた存在だ。
――ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン――
切迫した鐘の音が全市に響き渡り、警鐘は今にも砕け散りそうな勢いで打ち鳴らされる。
「警告――! 滅城級災害警報――!」
「巨竜が都市へ接近中! 到達予測――一分後、サンクルス市上空!」
「全市、最高警戒態勢に移行せよ! 都市防衛結界、最大出力で即時展開! 戦闘要員は直ちに迎撃準備!」
都市の魔力回路が同時に点火される。
蒼い符文が人々の足元から立ち上り、世界そのものを覆うように結界の光が広がっていった。
――ここ百年、サンクルスの結界がこれほど本気で稼働したことはない。
だが、都市全体を満たす結界の低いうなりは、地上の人間たちに一片の安心すら与えなかった。
「なぜだ……なぜ、巨竜がここに……!?」
城主は虚ろな目で空を見上げる。
雲海の裂け目から、赤黒い影が姿を現した。
雲を引き裂き、長い尾跡を引きながら、急速に視界いっぱいへと迫ってくる。
数キロ離れているにもかかわらず、その飛翔が生む衝撃波は、まるで終末の角笛のように、人々の鼓膜を狂ったように叩きつけていた。
「……ママ……」
「大丈夫。ママがいるわ。最後の最後まで、一緒よ……」
ミラコ魔法学院の校庭では、保護者たちが子供を強く抱きしめている。
泣いているのは、もう子供だけではなかった。
大人たちの声も、すすり泣きに震えていた。
……
「立て! 立てと言っているだろうが!!!」
城衛兵隊長は部下の襟を掴み、地面から無理やり引きずり起こした。
「サンクルスは俺たちの街だ! 背後には家族がいる!
俺たちはこの街の最後の防壁だ! 家族を守る最後の盾なんだ!
それでも、お前たちは家族が竜の炎で灰になるのを黙って見ているつもりか!?
どうせ逃げ場なんてない! だったら、命の限り戦え! 最後の一瞬までだ!!」
「す、すみません……隊長……でも……足が、言うことを聞かなくて……」
涙が、兵士の頬を伝って落ちる。
「……わかる。わかるぞ」
隊長は兵士を強く抱きしめた。
その体もまた、震えているのが伝わってくる。
「だがな! 人生の最期を、臆病者として恥さらしに死にたいのか!?」
「隊長……」
「災厄が来るかどうかは選べない! だが、どう向き合うかは選べる!
立て、シド! お前は一人じゃない!
どんな敵が来ようと、俺たちは一緒だ! 最後の最後まで、共に戦う!
戦え!
戦え!
戦ええええ!!!」
キィィィィィィ――――――
町の中心で、重苦しかった鐘の音が、甲高い長音へと変わった。
「敵、接近!」
隊長は剣を高く掲げ――
「迎撃せよ!!!」
そのとき、巨竜はすでにサンクルス市の真上にいた。
翼を畳み、真っ逆さまに降下する。
雲海が、暴力的に大穴を穿たれる。
そしてついに、その全貌が人々の視界に晒された。
黒と赤を基調とした巨躯。
さらに――鱗の縁には、淡い金色の美しい輝きが宿っている。
「……神焔巨竜……!?」
その姿は、人々の胸に残っていた最後の希望を、完全に打ち砕いた。
巨竜の中ですら、神焔巨竜は絶対的な王者だ。
通常の巨竜でさえ抗しがたいサンクルスの防衛力では、魔法すら寄せ付けない神焔巨竜に太刀打ちできるはずがない。
「た、隊長……」
シドは震えながら城防隊長を見た。
――だが。
そこには、大の字になって地面に倒れ伏している隊長の姿があった。
「みんな……紙に遺書を書くのはやめよう。どうせ竜の息で灰になる……俺みたいに、地面に刻むんだ……そうすれば、もしかしたら残る……はは……ははは……俺、天才じゃないか……」
隊長は完全に壊れたような笑い声を上げたまま、微動だにしなかった。
◇
学院の校庭で、僕は頭をぽりぽりと掻き、周囲の様子を不思議そうに眺めていた。
……みんな、どうしたんだろう?
三人目の母さんは、なんだか機嫌がよさそうだ。
今日は、たぶん――火を噴かない。




