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世界最強の母親が50人。しかも僕は、その全員の遺伝子持ち。  作者: 狐白


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第3話

 ミラコ魔法学院。


 校庭。


 僕はうつむいたまま、息をする音さえ出さないようにしていた。


 背後では、二十人以上の子供たちがわんわんと泣いている。


 全員びしょ濡れだった。

 本当は、風邪を引かないように、ちゃんと乾かしてあげるつもりだったんだ。


 手を上げ、心の中で「篝火術」の詠唱をなぞる。


 ――その瞬間。


 昼間のはずなのに、空に赤黒い星がいくつも瞬いていることに気づいた。


 まるで、今にも落ちてきて大暴れしそうな気配。

 空一面が、災厄の前触れみたいな火焼け色に染まっている。


 ……まずい。


 僕は慌てて、呪文を口に出すのをやめた。


 すると、赤い星はすっと消え、空も元通りになる。


 ……あれ?

 間違えたのかな。


 魔法使いの母さんは、いつもこの呪文で洗濯物を乾かしてるのに……。


「シャア、ちょっと先生と来なさい」


 先生の顔色が――少し、怖い。


 僕はびくびくしながら、その後をついていった。


「大丈夫よ、シャア。ほら、先生のそばに座って」


 ……怒られなかった。


 先生は僕の手を引いて、机の横に座らせてくれる。


「お昼寝の時間に、何があったのか……先生に教えてくれる?」


「…………」


 ……おねしょしたなんて、言えるわけないじゃないか。


 転校してきたばかりなのに、

 もし知られたら――


 おねしょしたうえに、

 大瀑布を召喚して、

 寮の子たちを全員流したやつ、ってことになる。


 みんな、きっとこう言う。


 ――シャアはおねしょで滝を作って、仲間を流した。


 頭の中に、最悪の未来が一気に浮かんだ。


 校報に載って、

 全校生徒が知って、

 その親たちにも伝わって、

 さらにその先へ……


 世界中に広まり、

 僕は「おねしょ魔王」と呼ばれ、

 無数の勇者に討伐される――。


「…………」


 ……社会的死亡どころじゃない。


 完全な終わりだ。


 だから、今すごく嘘をつきたい。


 何もなかったことにしたい。


 でも――


 母さんたちは言っていた。

 間違えたら、ちゃんと責任を取らなきゃいけないって。


「ぼ、僕……」


「無理に話さなくてもいいのよ。これは、あなたの年齢で背負うには重すぎることだから」


 先生は、静かに続けた。


「宿舎の破壊状況を見る限り、襲撃を行ったのは少なくとも中級魔法使い以上。

 怖くなってしまうのは、当然の反応よ」


 ……もう“襲撃”ってことになってる!?


 終わった!

 本当に討伐されるやつだ!


「そういえば、シャアは最近この学校に転校してきたばかりだったわね。

 先生、まだあなたの家庭環境をよく知らないの」


 にこやかに、でも真剣な目で、先生は尋ねた。


「ご両親について、教えてくれる?

 まずは……お父さんとお母さんのお仕事からでいいわ」


 ◇


 幼年部教師であるエイヴは、会話を通じて子供との距離を縮めることに長けていた。


 このシャアという生徒は、つい最近ミラコ魔法学院に転校してきたばかり。


 もともと環境の変化に不安を覚えやすい年齢だ。

 そのうえ今日、邪悪な魔法使いによる襲撃を目の当たりにした。


 心が怯えきっていても、不思議ではない。


 だからこそ、教師として、まずは心を落ち着かせてあげなければならない。


「……僕の、父さんは……冒険者です……」


 少年の声は、とても小さい。


「冒険者……危険なお仕事ね」


 エイヴは優しく微笑み、うなずいた。


「じゃあ、お母さんは?」


 ――沈黙。


 ……あ。


 まずい。

 もしかして、この子のお母さんは……。


 別の質問に切り替えようとした、そのとき。


 隣の少年が、ひたすら息を吸い続けていることに気づいた。


 肺が限界まで膨らんだ、その瞬間――


「僕の母さんは、第一魔王で、氷霜の玉座の主で、滅世の大魔法使いで、ブロット帝国の皇女で、神焔の巨竜で、天空城の聖女で、エルフ女王で、ダークエルフ女王で、血族の王で、聖光教廷の前聖女で……だのなんだのだのなんだの…………」


 エイヴの表情が、

 呆然から、

 恐怖へと変わっていく。


 何より――


 目の前の少年が、白目を剥き始め、顔色を失い、

 今にも窒息しそうになっている。


「や、やめて! ストップ!」


 ――ッ!!


 極限まで圧縮されたスポンジが解放されたみたいに、

 一気に空気が胸に流れ込む。


 少年の顔に、ようやく血の気が戻った。


 エイヴの表情は、深刻そのものだった。


 母親を亡くした子供が、からかわれるのを恐れて、

 母が生きているふりをすることは、珍しくない。


 けれど、多くの場合は、

 ただ「いることにする」だけだ。


 ここまで過剰な幻想を抱くことはない。


 ――この子は、もうその段階を超えている。


 どれほど残酷な傷を負えば、

 母への想像が、ここまで歪んでしまうのか。


 エイヴは胸を締めつけられる思いで、少年を見つめた。


 これから口にする言葉が、

 彼をさらに傷つける可能性があるとしても――

 言わなければならない。


 問題が、あまりにも深刻だから。


 エイヴは少年をそっと抱きしめ、

 できる限り優しい声で問いかけた。


「……ねえ、シャア。

 今言った人たちは……本当に、実在するの?」


「もちろんだよ!

 今朝だって、幽霊の母さんが学校まで送ってくれたもん〜」


「…………」


 ――ああ。


 終わってしまった。


 エイヴの鼻がつんと痛み、

 視界が一気に滲む。


 これ以上ない、最悪の答えだった。


 この子は――


 幻覚を見ている可能性が、極めて高い。

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