第2話
父は伝説級のハーレム王だ。
いまだにどうやってそんなことを成し遂げたのかはわからないが、とにかく――僕の母親たちは、サッカーの試合が二つ同時にできるくらいいる。選手だけじゃない。審判も、コーチも、控え選手だって余裕で揃う。
……僕は母の日が嫌いだ。
母が嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。
獣耳の母さんも、エルフの母さんも、女神の母さんも、魔王の母さんも、クラーケンの母さんも、聖女の母さんも、アイドルの母さんも、吸血鬼の母さんも、幽霊の母さんも、ネクロマンサーの母さんも……そして、もし全部を一息で言い切ろうものなら、たぶん僕はその場で窒息するだろう。まだまだ母さんはいるけど。
母さんたちはみんな、僕を愛してくれている。
だからこそ、誰か一人でもプレゼントをもらえなかったら、その母さんはきっと悲しむ。
毎年、母の日になると、僕は何度も何度も贈り物を確認する。誰一人、悲しませないために。
「シャア、今日は母の日だよ。お母さんに何を用意したの? 私はカーネーション!」
声をかけてきたのは、同級生のエリンだ。
彼女はカーネーションを手に、僕の目の前でひらひらと揺らしている。
僕は鞄を開けた。
そして、中から取り出したのは――どこのトイレにもありそうな、ごく普通のトイレットペーパーだった。
「えっ……プレゼントが、トイレットペーパー? 変わってるね……」
するすると紙がほどけていく。
トイレットペーパーは床に広がり、そのまま十メートルほど先まで転がっていった。
僕はそこに書き込んだリストを、一つずつ読み上げる。
「カーネーション、チョコレート、コーヒー、ドラゴン用の鱗ケアオイル、深海触手用トリートメント、供物のお香とロウソク、引き取り手のいない白骨……」
エリンの表情が、ゆっくりと変化していく。
「?」から、「!」へ。
そして最後には、「???!!!」になった。
全部読み終える前に、彼女はまるで不審者から逃げるみたいに走り去ってしまった。
「四十九……あ、いけない。あと一人、幸運値Sの母さんがいた」
僕は財布の中を確認する。
まずい。
一銅貨すら残っていない。
でも大丈夫だ。
あの母さんの幸運値はSだ。きっとプレゼントのほうから勝手に現れる。
僕はただ、流れに身を任せて待っていればいい。
実際、去年は何も用意しなかったのに、母さんはなぜか三つも贈り物を手に入れたうえ、王都の宝くじまで当てていた。
◇
実は、父さんも母さんたちも、僕が地球からの転生者だと知っている。
生まれたその日に、もう気づいていたらしい。
僕は怖かった。
大人の魂を持つ僕が、本来生まれるはずだった子供の体を奪ってしまったんじゃないか――そう思って、罪悪感に押し潰されそうだった。
きっと、消される。
そう思っていた。
だけど父さんは、こう言った。
「せっかく転生できたのに記憶まで残っているなんて……大人の疲れを背負ったまま生きて、思い出や不安に苦しむことになる。そんなの、あまりにも可哀想だ」
「シャア。記憶を封印する気はあるか? 前世で大人だった部分だけを。父さんは、お前に何の憂いもない子供時代を過ごしてほしい。大きくなったら、いつでも封印は解ける」
「……」
――あのとき、僕は泣きそうになった。
それ以来、前世の記憶の大半は封じられている。ただ、自分が転生者だということだけを、ぼんやり覚えている。
たまに思う。
封印なんてしなければ、父さんみたいに勇者になって、あちこち冒険できたかもしれないのに。
……代わりに今の僕が悩んでいるのは、おねしょのことだ。
「転校初日の昼寝で、下の段の子にシャワーを浴びせるなんて! さすが僕だな、シャア!」
……何を誇っているんだ、僕は。
……くそ、夢の中でちゃんとトイレに行ったのに!
まさか僕、夢を現実にする能力でもあるのか?
そんな馬鹿なことを考えながら、下の段の子がまだ起きていないのを確認して、こっそりズボンを履き替えた。
着替え終わると、僕は大魔法使いの母さんがよく使っている浄化の呪文を思い出そうとする。
手を掲げ、下の段へ向けて――
「オラタシ……カ?」
たしか、こんな感じだったような……
いや、待って。違う。完全に間違えた気がする!
これ、たしか――
水魔法・大瀑布の術!!
ドォォォン!!!




