第11話
エリンは、僕の隣の席だ。
種族はハーフエルフ。
人間の街でエルフを見るなんて、今どき珍しくもない。
もう種族の垣根なんて、とっくに薄れている時代だ。
違う種族同士が一緒に暮らして、結婚して、子供を持つ。
そんなの、当たり前のこと。
「とんがり耳のバケモノ!」
上級生の一人が教室に駆け込んできて、エリンに向かって変な顔をして、そのまま走り抜けた。
僕は、そっと足を伸ばす。
――ドサッ!
見事に転んだ。
彼が振り返るよりも早く、僕は足を引っ込める。
「誰だよ?!」
僕は何事もなかったかのように教科書を眺めた。
……はあ、学校で習うことって、どうしてこんなに難しいんだろう。
なんで箒と精神リンクを結ばなきゃいけないの?
飛びたいなら竜に乗ればいいじゃないか。
飛行魔法なんて、他にもいくらでもあるのに。
「おい! お前だろ!」
上級生が僕の襟首を掴んだ。
持ち上げようとするけれど――
顔を真っ赤にしても、僕は一ミリも浮かない。
「お前……こんなに小さいのに、なんでこんな重いんだよ!? 石か!?」
「ん?」
僕は顔を上げる。
「どうして僕の服を引っ張るの?」
「さっき足引っかけただろ!?」
「さあ、どうかな」
「くそ……バカにしやがって! 覚えてろよ!」
ちょうどそのとき、授業のチャイムが鳴った。
彼は舌打ちして走り去る。
「……あ、ありがとう」
エリンの声は小さい。
「別に」
「昨日は……私も、シャアくんのこと怪物だって思ってたのに……」
「ああ、あれ? 慣れてるよ。
怖がられるの、初めてじゃないし」
……何人泣かせたっけな、僕。
小さい頃は血脈が安定しなくて、
山に入ってきた人を驚かせるたびに、墜星山脈の怪談が増えていった。
その結果、今では超・危険地帯扱いだ。
「“人は、自分と違うものを怖がるだけ。
あなたが悪いわけじゃない”
って、狐仙ママが言ってた」
初めて山に迷い込んだ農夫と友達になろうとして、思いきり逃げられた日。
狐仙ママが教えてくれた言葉だ。
自分が違うからって、責めちゃいけないって。
……でも。
もし相手が先に殴ってきたら、殴り返していいらしい。
「狐仙ママ? あ、そうか……シャアくん、尻尾あるもんね。お母さんは狐仙なの?」
「うん、ひとりは」
「ひとりは?」
「説明すると長い」
「私も怪物って言われるのに……それなのに、シャアくんから逃げちゃった……」
エリンは下唇を噛み、申し訳なさそうに俯く。
「“置いていかれるのが怖い人は、先に誰かを突き放す。
自分は違うって振りをすれば、一緒に追い出されずに済むから”
……これも狐仙ママ」
エリンの目がきらきらする。
「シャアくんのママ、すごいね」
「うん。大事な言葉だから」
僕は頬杖をついて、窓の外を見る。
狐仙ママがいなかったら、
僕はきっと、どうしていいかわからなかった。
……
「見て、あそこ!」
突然、教室がざわついた。
みんなが立ち上がり、窓辺に殺到する。
「冒険者パーティーだ! A級だって! 墜星山脈から戻ってきたんだ!」
え? 墜星山脈?
あれ、僕んちだけど?
「天魔教団が出たって噂だよ! きっと陰謀を止めたんだ!」
魔王? いつ?
ママ、昨日ちゃんと帰ってきたよね?
「どういうこと? 山で何かあったの?」
僕はエリンに尋ねる。
エリンも興奮気味だ。
「シャアくん知らないの? 昨日、魔法テレビでずっとニュースやってたよ。
天魔教団が墜星山脈で魔王召喚を――」
「ええっ!?」
そんな大事件、僕まったく知らない!
ヴィルじいちゃんも教えてくれなかった。
すごいな、この人たち!
魔王ママ、無事だよね?
……でも昨夜、魔王ママの気配は感じなかったし。
「だめ、ここからじゃ遠い! 近くで見たい!
A級冒険者だよ!? 私、クロード様の大ファンなの!」
A級冒険者は、各地ではほとんどスター扱いだ。
S級みたいに世界的伝説じゃないけど、
サンクルスでは十分に“英雄”。
クラスメイトのひとりが先導し、
みんなが歓声を上げて校門へ駆け出す。
「シャアくん! 私たちも行こう! 先生たちも外に出てるし!」
エリンが僕の手を引いた。
「う、うん、もちろん」
A級冒険者だ。
昨夜こっそり見に行こうとしたけど、ヴィルじいちゃんに止められた。
今日こそ、英雄の姿をこの目で――
……だけど。
校門に辿り着いたとき、そこにいたのは。
目が虚ろで、魂がどこかへ抜け落ちたような、一団の姿だった。




