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ほぼ全知の勇者のギルド運営  作者: 紫木翼
1章

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依頼

 リファロがムカデの魔獣を倒した前日の昼下がり、クララス王国の西にある国、ゼーナマイン帝国とクララス王国の国境沿いにあるリンダホン山脈から三十キロ程離れた場所にある牧場は炎に包まれていた。

 牧場の従業員たちが地上に影が差したと思った次の瞬間には牛舎が打ち砕かれて街への逃げ場を塞ぐ形で炎が広がり、従業員たちの悲鳴を引き裂く様に襲撃者である竜の嘲りの声が響いた。


 成長すれば体長五十メートルまで大きくなる巨体を覆う鱗は並の魔法では傷一つつかず、人間の魔法とは比べ物にならない威力の炎を口から撃ち出し、軽く翼を動かして起こした突風で兵士数百人を吹き飛ばす。

 生まれついてのこの世界の最強生物が竜でその強さからくる傲慢さを隠しもせずに竜は口を開いた。


「ぎゃーぎゃー騒ぐな、うっとうしい。飯を食い終わったら帰るからその辺で大人しくしてろ」


 こう言うと竜、グチャルーツは炎で逃げ場を失った牛や羊を次々に捕食し始め、百頭程の家畜を食べてから従業員たちに視線を向けた。


「また気が向いたら来てやる。……全然足りなかったから次は今日の倍は用意しておけよ」


 グチャルーツは今回食事目的ではなく遊び半分で牧場を襲撃したので人間たちが用意していた『貢ぎ物』が少なかった事にも寛大な態度を示してこのまま帰ろうとしていたのだが、そんなグチャルーツに牧場主が声をかけた。


「どうしてこの様な事をなさるのですか?この場所はギルドから正式に許可をもらって使用しています!」


 冒険者ギルドは人間だけで始めたものではなく数百年前に天使や竜も協力して設立された組織だった。

 拠点としている山脈から離れた場所も自由に飛び回る竜と違い天使はここ二百年程は大陸の北にあるレウヴ聖峰から出てこなかったが天使には竜も一定の敬意を払うというのが人間たちの常識だった。


 そして天使の代理として竜の住処の近くの土地の使用許可を出す事も冒険者ギルドの仕事で、私財の半分以上と一年以上の期間をかけて作り上げた牧場を瞬く間に蹂躙された牧場主はグチャルーツのあまりに理不尽な行いに恐怖も忘れて声を荒げながら土地の使用許可書を示した。


 牧場主が手にしていた許可書には複製とはいえ天使の署名が入っていたが巨大な竜の目には入らず、そもそも現在の天使たちの長の署名が入っていようと気にするつもりが無かったグチャルーツは牧場主に一言も返す事無く口から炎を撃ち出した。

 牧場主を一瞬で焼き尽くした炎はグチャルーツが少し首を動かすと牧場の事務所に命中し、二秒程で完全に炎に包まれた牧場を横目にグチャルーツは従業員たちに話しかけた。


「あんな紙切れで俺がびびるとでも思ってたのか?あの引きこもり共がお前等ごときのために動いてくれると思うなら泣きついてみろ。……その内また遊びにくる。次はもう少しましな物を用意しておけ。ん?どうして逃げないんだ?」


 自分で逃げ道を塞いでおきながらのグチャルーツのわざとらしい問いかけを受けても従業員たちは反論どころか視線を向ける事すらできず、そんな従業員たちを見下ろしながらグチャルーツは魔力を高めた。

 グチャルーツが魔力を高めてから二十秒足らずで上空を雲が覆い始め、やがて視界を遮る程の雨が牧場全体へと降り注いだ。


「気が利かなくて悪かったな!その程度の炎で逃げられなくなるとは思っていなかった!……まったく、人間ごときが俺たちと対等に話そうなんて身の程知らずにも程がある。次の牧場主にはちゃんと自分たちは俺たちのおもちゃだって事を教えておけよ?」


 こう言うとグチャルーツは従業員たちの返事も聞かずに牧場から飛び立ち、牧場を包んでいた炎が全て消えても従業員たちはしばらく一歩も動けなかった。


 一方憂さ晴らしのつもりで牧場に遊びに行ったグチャルーツはあまりの手応えの無さに怒りすら覚え、つい先程会ったばかりのある竜について考えて表情を不快そうにゆがめながら遠く離れた住処への帰路に就いた。


 リファロがこの世界に来て二ヶ月程経ったある日、クララス王国の首都、ベインジアのギルド支部長を務めるマッカランは支部長室である伯爵と会っていた。

 マッカランが呼び出したティオマン伯爵は十日前にリファロに娘の治療を依頼しており、リファロを名指して雇った貴族はティオマン伯爵が初めてだった。


 この一ヶ月の間にリファロはクララス王国が二年以上手を焼いていた盗賊団の壊滅や二十体以上の魔獣の群れを一人で討伐するなど大きな功績を上げており、特に神出鬼没かつ各貴族の領地に逃げ込み王国軍の追跡から逃れていた盗賊団を壊滅させた事は商人を始めとする市民からも評価されていた。


 まだ警戒する程ではなかったがリファロに好意的な意見が増える中、マッカランはリファロが明らかに手の内を隠している事に怒りを覚えながらも最低でも貴族たちにだけは釘を刺しておこうと考えて今日ティオマン伯爵を呼び出した。


「十日前にあのリファロとかいう男に依頼を出したそうですね?」

「……ああ」


 ギルドの支部長とはいえ爵位を持っていない一市民のマッカランと伯爵のティオマンでは名目上はティオマンの方が立場は上だった。

 しかし三年前の魔獣の大量発生以降ギルドの発言力は増し続けており、今回ティオマン伯爵が呼び出される形になった事もそれを物語っていた。


 そしてマッカランたちギルドの幹部が突然現れたよそ者のリファロの存在をおもしろく思っていない事も公爵など爵位が上の相手にはマッカランも自ら出向いている事を知っていたティオマン伯爵の表情は部屋に入った時点で硬かった。


「そんなに緊張なさらないで下さい。今日は私共の方針をお伝えしようと思っているだけですので」


 生まれた時から脚が不自由だった娘の治療のためにリファロの手を借りた事をティオマン伯爵は後悔していなかった。


 しかし一度依頼しただけで釘を刺される程ギルドがリファロを警戒しているとまでは思っていなかったのでティオマン伯爵はお茶すら出さずに慇懃無礼な態度を示すマッカランを前にして怯えた様子すら見せていた。

 そしてそんなティオマン伯爵の態度を見てマッカランは今回の目的は既に果たせたと考えながら話を続けた。


「現在私共は警戒の意味を含めて彼を雇っています。一人で転移魔法が使える彼を王族の方々も警戒されている事はご存じですよね?」

「……ああ、他の貴族の方々から話は聞いている」


「王国ですら把握していなかった盗賊団の動きを把握していなかった事から私共は彼が裏社会と繋がりを持っている可能性も考えています。こうした状況で彼と関係を持たれるとあらぬ疑いをかけられる事になると思いますよ?」


 ティオマン伯爵はマッカランが王国の上層部にリファロの悪評を吹き込んでいる事もマッカランがその気になれば人手不足などを理由に自分の領地への冒険者の派遣を止める事ができる事を知っていた。

 このため伯爵程度ではマッカランに逆らえない事は重々承知しており、口調こそへりくだらなかったが精神的には完全に屈服しながら三十分程マッカランの話を聞き続けた。


「やれやれ、あの男がこんなに強いとは思わなかったな」


 ギルドの登録票を創り出すための水晶は天使の力も借りて作られており、登録票を調べれば冒険者の活動実績を正確に知る事ができた。

 このためマッカランはリファロが『名持ち』になりかけだった魔獣を一人で倒した事も討伐依頼が事実上放置状態だった盗賊団を壊滅させた事も事実だと知っていた。


 しかしいくらでも代わりがいる冒険者を動かすだけで済むマッカランたちギルド幹部は得体の知れない強者を目障りとしか考えておらず、他の冒険者がリファロに近づかないように裏で働きかけていればその内どこかで力尽きて死ぬだろうと考えて今では『奉身者』の詳細、特に制限についての情報を積極的に広めてすらいた。


 そんなマッカランたちの思惑に反してリファロは活躍を続け、『回答者』の存在を知らないマッカランたちは少なくても情報提供者はいるはずだと考えて何度も調査したがそれらしい人物は見つからなかった。


 こうしたマッカランたちの動きは当然『回答者』でリファロに把握されており、この事をマッカランたちは知る由も無かったがリファロが独自に貴族と協力関係を結ぼうとして失敗している事は知っていて嘲笑していた。


 まだ断定はできなかったが通常の魔法、しかも強力な魔法すら使えるという情報すらあり、単独で転移魔法を使えるせいで監視下に置く事すらできない強者。

 そんな厄介者をどう対処するかに頭を悩ませていたマッカランに竜が大きな街の近くで何度も目撃されたという報告が入ったのはティオマン伯爵との会談から四日後の事だった。


 ベインジアから数十キロ南東にある街、ラディバイン近郊で竜が目撃され、更にラディバインの周囲で牧場や集落が確認されているだけでも四つ竜に襲われていると報告を受けたマッカランは報告を受けた翌日にリファロをギルドの支部へと呼び出した。


「あなたはこの辺りの出身ではないとの事でしたが竜についてはご存じですか?」


 あいさつもそこそこに話題を切り出してきたマッカランを前にしてリファロは事情を全て把握している事が知られないように言葉を選びながら口を開いた。


「僕が元々いた場所にもいたのである程度は想像がつきます。まともに戦ったら一匹倒すのも大変ですよね?」


 リファロは以前いた世界で竜に会った事が無かったので以前いた世界とこの世界の竜の強さを『回答者』で比べる事はできなかった。

 しかしリファロは『回答者』でグチャルーツという竜がクララス王国の南部で暴れている事もその理由もグチャルーツの情報を知ったマッカランがこれからどう行動するかも既に知っていた。


 リファロがグチャルーツの存在と最近の行動を知ったのはマッカランに呼び出される六日前で、その前日に人口三百人程の村を襲ったのを最後にグチャルーツは人間への襲撃を控えていた。

 グチャルーツが人間への襲撃を控えるようになったのは一族の長から諫められたからでこのままグチャルーツが大人しくしていればよかったのだが、『回答者』によるとグチャルーツはいつ住処の山脈を飛び出してもおかしくない精神状態だった。


『回答者』の事は知られたくなかったがマッカランに呼び出される前にグチャルーツが再び人間を襲おうとしたらリファロはすぐにグチャルーツと戦うつもりだった。

 しかしグチャルーツにも諫められてから一週間程度は我慢する理性があったらしく、幸運にもリファロはマッカランから依頼される形でグチャルーツと戦う事ができた。


「あなたの言う通り竜はギルドの全冒険者が束になっても一匹倒せるかどうかという強敵で、竜の一族を怒らせたら間違い無くこの国は成す術も無く滅びます」


 いざとなったらグチャルーツが所属する一族とは別の比較的穏健な竜の一族に助けを求める事ができるのでこのマッカランの発言は少なからず誇張されており、当然リファロはこの事を知っていた。

 しかし今回はある事情から穏健派の竜の動きが遅くなる事もリファロは知っており、街がいくつも焼かれるよりはましだと考えてマッカランの思惑通り一人でグチャルーツに挑むつもりだった。


「今まで大人しくしてた竜がどうして暴れ出したのかは分かりませんけど僕に何を頼みたいんでしょうか?」


 我ながら白々しいとは思いながらもリファロは困惑した表情を作りながらマッカランに質問をし、そんなリファロを前にしてマッカランも申し訳無さそうな表情を作りながら話を続けた。


「あなたのこれまでの武勇伝は私も聞いています。しかしいくらあなたでも竜を倒すのは難しいでしょう。ですから今回あなたには竜をホーエイト山脈の近くまで誘導して可能な限り足止めをして欲しいのです」


「ホーエイト山脈って竜の住んでる場所ですよね?そこに誘い込めたとしても解決にはならないんじゃないですか?」


「あなたの言う通りです。しかし私たちには天使や他の竜といった協力者がいるので誘い込むのは無理でも暴れている竜の注意を引いてホーエイト山脈の近くで時間稼ぎをしてくれればその間に私たちで対策を取れます」

「……一週間も持たないと思いますけど大丈夫ですか?」


 今回リファロはマッカランが何を言ってきても騙された振りをするつもりだったが穏健派の竜の住むリンダホン山脈ですら早馬で片道一ヶ月、大陸の北にいる天使の住処までは半年近くかかりこの事はギルドの部外者でも知っていた。


 リファロはマッカランが自分がグチャルーツに殺される事を望んでいる事を知っていたが最低限現実的な嘘をついて欲しいと思っており、そんなリファロを前にマッカランはためらいがちな表情で口を開いた。


「……実はレウヴ聖峰の天使たちとすぐに連絡を取れる道具があります。天使のみなさんはあまり私たちと関わりを持ちたがらないのでこの事はくれぐれも口外しないで下さい」


 マッカランたちギルド幹部がその気になれば竜は無理でも天使とは転移魔法を発動できる装置ですぐに直接連絡を取れる事ができた。


 しかし功名心にかられたリファロが独断で竜に戦闘を挑んだという事にしたいマッカランたちが自分と竜の戦闘前に天使と連絡を取るつもりが無い事をリファロは知っており、ここまだ酷いとは思わなかったと嘆きながらマッカランとの話を続けた。


「じゃあ、何とか足止めがんばってみます。一応聞いておきますけど倒せそうだったら倒していいですか?」


 リファロが真顔で口にした竜を一人で倒すという子どもの妄想以下の発言を受けてマッカランはこれまでの演技を忘れて一瞬真顔になってしまったが、すぐに嘲笑を隠しながら穏やかな笑みを浮かべた。


「もちろんです。もしあなたが竜を倒せたらホーエイト山脈の近くの住民は全員あなたに感謝するでしょう。がんばって下さい」


 この場にいたら間違い無く噴き出していた弟を同席させなくてよかったと思いながらマッカランはリファロを激励し、そんなマッカランを前にリファロはため息をつくのを我慢しながら依頼書を受け取ると部屋を後にした。

明日から書き溜めた分が無くなるまで一日一話投稿します

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