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ほぼ全知の勇者のギルド運営  作者: 紫木翼


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切り札

 ベインジアに着いて四日後の朝、リファロは今日は遠出をしようと考えながら宿の一階へと降りた。

 リファロはベインジアに着いてから今日まで薬草の採取といったベインジアの近場で日帰りで終わらせる事ができる仕事しか行っておらず、時間のほとんどをベインジアの探索に当てていた。


 わざわざ街の中を見て回らなくてもリファロは『回答者』でベインジアにある店の位置や人の流れなどを知る事ができたが、『捧身者』はともかく『回答者』については極力隠しておきたかったのでベインジアの住民に顔を売る意味もあり直接ベインジアの様子を見て回った。


 しかしそろそろ『捧身者』がこの世界の魔獣にどこまで通用するか把握しておきたかったので往復で一週間かかる事も珍しくない魔獣狩りの仕事をリファロは受ける事にし、そんなリファロを宿の一階で出迎えたのは表情を硬くした宿の従業員だった。


「……今日も日帰りかい?」


 向こうから話しかけてきた中年の女の従業員の顔には警戒の色が浮かんでいたが、未だに街を歩くと奇異の視線を向けられるリファロとしては宿泊拒否をされないだけでもありがたかったので努めて明るい声で返事を返した。


「ここでの暮らしにも慣れたので今日は少し遠出をするつもりです。……帰るのは明日の昼頃になると思います」


 リファロは今日と明日で魔獣狩りの仕事数件を一気に受けるつもりで、『回答者』で今から冒険者ギルドに向かえば魔獣狩りの仕事を五件受けられる事を確認してから従業員の質問に答えた。

 魔獣狩りの仕事を全て受けると他の冒険者から反感を買いかねないと考えたリファロは魔獣狩りの仕事を三件だけ受ける事にし、ギルドに向かいながらここ数日の周囲の反応について考えていた。


 この世界の魔獣はリファロが以前いた世界の魔獣同様巨大な獣や虫で、巨大なものでは大人の五倍以上の大きさの体を持つ魔獣を一人で狩るのは例え魔法が使えるといっても難しかった。

 このため魔獣狩りの仕事を受ける際は新人はもちろん三級以上の冒険者でも複数で臨む事が一般的だった。


 しかしリファロに声をかけてくる冒険者は今のところおらず、『回答者』で無駄だと分かってはいたがリファロの方から冒険者二十人程に声をかけてもいい返事はもらえなかった。


「……三級ぐらいまで上がる頃には信頼してもらえるかな」


 三年前に起こった魔獣の大量発生が治まって以降、ベインジア近郊だけでなくクララス王国全域においても魔獣による大きな被害が出ていない事をリファロは知っていたので、自分が強さを売り込もうとしても今のクララス王国では需要が無い事も分かっていた。


 しかしリファロは自分が治癒能力を持つ事はマッカランたちに伝え、途中からあからさまに避けられるようにすらなったが他の冒険者たちに声をかけた時もきちんと自分が治癒能力を持っている事は伝えていた。


 マッカランたちが自分の能力の詳細をあまり広めないようにしている事もリファロは『回答者』で知っていたが、この世界の魔法では代えが利かない治癒能力が使える事が知られれば声をかけてくる人間が増えるかも知れないと考えていた。


 しかし実際は今もリファロは街の人間にも冒険者にも怖がられるだけで、『回答者』で知ってはいたベインジアの人間の大半が自分を恐れているという事実を痛感しながら冒険者ギルドの支部へと向かった。


 冒険者ギルドの支部で魔獣狩りの仕事を請け負った二時間程後、リファロはベインジアから馬で移動しても半日はかかる場所にいた。

 リファロは『転移』を前提にして現場がベインジアから遠い現場での仕事を優先して選び、移動だけでも十日はかかる三つの仕事をリファロが一度に受けた事に冒険者ギルドの職員は不思議そうな表情を浮かべていた。


 しかし仕事自体は無事受ける事ができたリファロは『転移』の犠牲になった能力を確認しながら森に入り、もしこの世界の魔獣が想像以上に強かった場合は『転移』で逃げる事も選択肢に入れながら『回答者』を発動した。


 冒険者ギルドからの情報によると一つ目の現場にいる魔獣は猪の魔獣で体長三メートルと魔獣としては小柄だった。

 この程度の大きさの魔獣なら魔法無しでも武器を持った大人数人がかりなら倒せるのではというのがリファロの素直な感想だった。


 しかし『回答者』によると比較的弱い魔獣を自分で倒そうとしてクララス王国だけで年間百人程が犠牲になっているので魔獣は全て冒険者ギルドに任せるという考えは特に珍しくないらしかった。

  森に入ってしばらく経ってからリファロが魔獣の位置を知りたいと思いながら『回答者』を発動すると徒歩で二十分程の位置に目的の魔獣がおり、他に二体の魔獣がこの森にいる事をリファロは知った。


 リファロは詳細を知らなかったが『回答者』はこの世界に答えを知っている存在がいればどんな質問にでも答えが返ってくる能力で、人間や魔族だけでなく動物や魔獣も『回答者』の能力の対象だった。

 このため『回答者』による追跡からは誰も逃れられず、二分程『回答者』を使い続けても魔獣三体の位置を把握し続けられる事を確認してからリファロは猪の魔獣のもとへと歩き出した。


 リファロが猪の魔獣のもとにたどり着いた時、体長三メートル程の猪の魔獣は殺したばかりの鹿を食べており、数分前から猪の魔獣が動かなくなっていた事もその理由もリファロは『回答者』で把握していた。


 このためリファロは血の臭いと猪の魔獣の出す咀嚼音に眉をひそめながらも目の前の光景にあまり驚かず、リファロが腰に帯びていた剣を抜いた直後猪の魔獣がリファロの存在に気がついた。


 食事中だったためか猪の魔獣の動きは鈍かったがリファロが剣を持っている事に気づいた瞬間、猪の魔獣は雄叫びをあげながらリファロ目掛けて突進し、そんな猪の魔獣の突進を横に避けると同時にリファロは猪の魔獣の胴体の左側を剣で斬りつけた。


 リファロの振るった剣は猪の魔獣の胴体を傷つけこそしたが傷は浅く、剣が半端に刺さったまま猪の魔獣が突進を続けたのでリファロは危うく引きずられそうになってしまった。


「……うん。問題無いな」


 元いた世界の魔獣とこの世界の通常の魔獣の強さは大差が無いという事実をリファロは既に『回答者』で把握していたが、この世界の魔獣の強さを実際に確認したかったので体がなまっていないかの確認も兼ねて一度魔獣相手の接近戦を行った。


 そして『捧身者』を使えば問題無く目の前の魔獣に勝てると判断したリファロは予定通り『回答者』のみで猪の魔獣を倒すことを決め、振り返り再度突進してきた猪の魔獣目掛けて手のひらから手のひら大の火球を撃ち出した。


 一度だけ人間との戦闘経験があった猪の魔獣は人間が得体の知れない攻撃手段を持っている事を知っていたので、リファロが火球を撃ち出した事に驚かずに右に動くだけで火球を回避した。

 しかし回避のためにわずかに速度が落ちた瞬間、猪の視界に直径二メートル程の火球が映り、今度も避けようとした猪の魔獣だったがリファロの撃ち出した火球は猪の魔獣の顔の右半分を焼くとそのままの勢いで猪の魔獣の胴体を焼き払った。


「……よし、大きさの調整も問題無いな」


 リファロの二発目の火球で大きな火傷を負った猪の魔獣は痛みで体勢を崩した事もあり悲鳴をあげながら後ろに倒れ込み、そんな猪の魔獣がすぐに起き上がる様子を見せない事を確認しながらリファロは『回答者』の切り札を使った結果に満足していた。


『回答者』の切り札は知識の具現化でリファロは予め知っていた物はもちろん『回答者』で新たに知った物を人の能力まで含めて全て再現する事ができた。

 本来神の使いから能力を与えられた人間は多くの経験を積む事で切り札に目覚めるのだが、神の使いの失敗の後始末への礼として能力を与えられたリファロは最初から切り札を使える状態でこの世界に転移していた。


 そして『回答者』に知識の獲得以外の能力がある事を感覚で理解していたリファロはこの世界に来た初日から果物や武器といった物の具現化だけではなく魔法を始めとするこの世界の各種異能を練習で再現していた。


 何度か試した結果、あまりの強さにリファロ自身恐怖すら覚えた『回答者』の切り札だが弱点もあり、一つ目の弱点は具現化する物の大きさや内容に関わらず魔力を大量に消費する事だった。

 リファロは能力と同時にこの世界の人間一万人分という大量の魔力を与えられていたが、リンゴ一つを具現化しようが熟練の魔法使いの魔法を経験ごと再現しようが切り札の使用に消費する魔力は常に全快時の一割だった。


 そして『回答者』の切り札の二つ目の弱点は『回答者』で創り出した物は三十分で消えてしまう事で、試しに『回答者』で創り出した食べ物だけを食べて半日過ごそうとしたのがすぐに空腹を覚えてしまったので使用方法は考える必要があった。


 しかし多用できずに効果も長続きしないとはいえ切り札抜きの『回答者』だけでも十分過ぎる程強力で、そもそも無料でもらった物なのだからぜいたくは言えないと考えたリファロは切り札を含めて『回答者』とのつき合い方についてここ数日何度も考え込む事になった。


「……さてと、後一回ぐらい試してとりあえず終わりにしようかな」


 魔力を無駄遣いしたくなかったのでリファロは今再現している魔法を使いこの森に住む残り二体の魔獣も倒すつもりだった。

 このため最後に冒険者としてはそこそこ強いらしいゴスキルの魔法を猪の魔獣に使ってみようとリファロは考えていたのだが、以前戦った一般人の魔法とは比べ物にならないリファロの魔法に怯えた猪の魔獣は立ち上がるなり逃げ出そうとした。


 飛び道具の腕に自信が無かったリファロは逃げ出そうとした猪の魔獣を魔法で倒す事をすぐに諦め、瞬時に自分と猪の魔獣の両方を中に入れた形で巨大な檻を創り出した。

 突然現れた檻で顔を強打して戸惑った魔獣は痛みと驚きでリファロに大きな隙を見せ、そんな猪の魔獣目掛けてリファロは直径二メートルの火球十数発を叩き込んだ。


「……もったいない事しちゃったな」


 この場の戦闘でせめて二属性の魔法を試したかったリファロは一日十回しか使えない『回答者』の切り札をただの檻を創り出す事に使ってしまった事を後悔し、便利な能力に振り回されている自分に苦笑しながら檻を消した。


「……残ってる二体に後ゴスキルさんとミキシュさんの魔法を試せばいいか」


 実際には会った事も無い風魔法の達人の名前を口にしながらリファロは今日の方針を簡単に確認し、さすがに徒歩で三十分以内に残り二体の魔獣のもとに向かうのは無理だと判断して空路を行くために剣で左の手のひらを浅く切った。

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