エプランテ
「……参ったな」
リファロが竜一体がクララス王国に現れた事を知った前日の昼下がり、クララス王国の西にある街、エイメルグの上空に人に姿を変えた竜が一体いた。
瞳も髪も、翼や尾に生えている鱗も、額の左右から後ろに流れるように生えている角も、そして着ている服すら紅かった竜、エプランテはリンダホン山脈を出発して二日目に人間の街に着き困惑していた。
エプランテは出発の際に父親のウィルバフから目的の人間は人里にさえ向かっていればあちらから接触してくるはずだと聞いていた。
しかし実際はエプランテは誰にも会う事無くエイメルグに着いてしまい、こちらからリファロを探す当てなど無いエプランテはブノワームすら倒した人間の調査という父親からの指示を果たせなくなりそうな状況で考え込んだ。
父親の計画の前提が既に崩れている以上、このまま帰っても怒られる可能性は低いとエプランテは考えたが、父親の手前最低限の仕事はしておくべきだと考えてとりあえず街へと向かった。
リファロを敵に回さないように行動には気を配れと言われていたエプランテは石畳を壊さないように緩やかに降下したのでエプランテがエイメルグに降り立った際、負傷者はもちろん周囲の物が壊れる事も無かった。
しかし一目で人間ではないと分かる存在の登場にエプランテの周囲は騒然とし、そんな周囲の騒ぎに不快そうな表情を浮かべながらエプランテは近くを歩いていた男に話しかけようとした。
「おい。リファロという人間の、」
ブノワームはもちろんグチャルーツも普通の人間がどれだけ策を弄したところで勝てる相手ではなく、そんな二人をたやすく殺した人間なら人間たちの間で既に有名になっていてもおかしくないとエプランテは考えていた。
このためエプランテは最初に目についた男にリファロの居場所を尋ねようとしたのだがエプランテの姿を見た瞬間周囲の人々は一斉に逃げ出してしまい、繁殖力しか取り柄が無い下等生物に余計な手間を取らされた事に怒りを覚えながらエプランテは一瞬で男に追いついた。
「ひっ……」
男の肩を掴んだ際、エプランテは可能な限り力を抜いていたので男が痛みを感じる事はなかった。
しかし正体不明の存在に捕まったという事実に足がすくんでしまった男はその場で転倒してしまい、座り込んだまま後ずさりする男に冷たい視線を向けながらエプランテは再度話しかけた。
「そんなに怯えるな。人を探しているだけだ」
こんな下等生物をいたぶって楽しんでいたグチャルーツは本当に変態だったなと考えながらのエプランテの発言を受けて男は恐怖の表情を浮かべたまま口を開いた。
「……誰を探しているんでしょうか?」
角や尾を無視すればエプランテは十代後半の少女にしか見えなかったがエプランテが放つ威圧感から男の口調は自然と丁寧になってしまい、どうして質問をするだけでこんな手間取らなくてはならないのかと怒りを覚えながらエプランテはリファロについて男に尋ねた。
「リファロという男を探している。今どこにいるか教えろ」
「……リファロ、ですか?」
今エプランテと話している男はギルドとは全く関係無い仕事をしており、グチャルーツによる被害すら伝わっていなかったエイメルグの市民の間でリファロの名前は全く知られていなかった。
しかし当代最強の竜だったブノワームを殺した人間の名前が知られていないという状況をエプランテは全く想定していなかったので男の態度を不審に思い声を荒げた。
「ブノワーム様を殺した人間だぞ?知らないはずがないだろう!」
「……すいません。その、……ブノワームって人の名前も初めて聞きました」
「……信じられん」
竜たちはリファロに警戒や恐怖などの悪感情を抱いていたがリファロが人間にとっては英雄の様な存在のはずだと考えており、これはエプランテも同様だったので人間たちの間でリファロが恐れられているならともかく知られてすらいないという事がエプランテには信じられなかった。
このためエプランテは一度上空に向かい完全な竜の姿になり、眼下の街中から悲鳴が聞こえてきた事を確認してから再び人間の姿になると男のもとに戻った。
「今見せた通り、私は竜だ。……もしお前の言った事が嘘ならお前を街ごと焼く。そのつもりで答えろ。リファロという男の居場所は本当に知らないんだな?」
「本当に知らないんです!許して下さい!」
涙を浮かべながら土下座をしてきた男の発言を完全に信じたわけではなかったが、これ以上の情報はこの人間からは出てこないだろうと判断してエプランテは質問を変えた。
「ギルドの支部の場所を教えろ。それが終わったらもうお前に用は無い」
このエプランテの発言を受けて男は早口でギルドの支部の場所をエプランテに教え、言い終えた直後に走り出した男に視線すら向ける事無くエプランテは教えられた場所へと向かった。
空を飛び五分とかけずに冒険者ギルドのエイメルグ支部に着いたエプランテが中に入ると支部にいた冒険者たちの視線が一斉にエプランテに集まり、魔族の特徴を話でしか聞いた事が無かった冒険者の一人がエプランテに話しかけた。
「ああ、何だ、お前?アッキムから流れてきた魔族か?」
「お前はギルドの職員か?」
エプランテの移動が早過ぎたせいでギルドの支部にいた人間はまだ誰もエイメルグ上空に竜が現れた事を知らなかったので冒険者は明らかに人間ではないエプランテを見ても全く恐れず、いつもなら即座に殺している人間の暴言にエプランテはかなり穏便な対応をした。
しかし自分の質問を無視した上に質問をしてきた魔族に冒険者は眉をひそめ、エプランテの肩に手を伸ばそうとした。
「おい、魔族風情がでかい顔してるんじゃねぇ。ここは人間が来る、」
「気安く触るな。殺すぞ」
エプランテがこう言った時には冒険者の右手は手首から先が完全に潰れた上に右脚は太ももから先が無くなっており、無礼な人間に思わず手を出してしまったエプランテは自分の失敗に顔をしかめてしまった。
そしてエプランテの尾で吹き飛ばされた冒険者の右脚の一部が壁にぶつかる音に遅れて冒険者の悲鳴が聞こえ、残りの冒険者たちが一斉に逃げ出す中、青ざめた表情でエイメルグの冒険者ギルド支部局長、ユイピエルが奥から姿を現した。
エプランテに重傷を負わされた冒険者の治療を部下たちに任せてユイピエルはエプランテを応接室に案内した。
「おい、さっきの失礼な人間を死なせるなよ。私はリファロという人間と話しに来ただけだ。あんな人間のせいで話が面倒になったら困る」
竜にとっては自然な寝そべる形で長椅子に乗りながらエプランテは当然の様にユイピエルに命令を下し、支部長としてリファロの名前も竜との因縁も知っていたユイピエルはエプランテの命令にうなずいてから現状を説明した。
「独断で竜の方々に危害を加えたリファロという男は当然ギルドから追放されました。しかしこの際に兵士たちを殺害して以降あの男は姿をくらましており、あの男の居場所は私どもでも分かりません」
「……リファロという男はブノワーム様たちを待ち伏せしていたと聞いている。どうして今回は現れない?」
「あの男が妙な情報源を持っている事はこちらでも把握しています。しかしギルドを追放された後はその情報源とも関係が切れているのではないでしょうか?」
こう言うとユイピエルはギルドで把握している限りのリファロの能力の情報をエプランテに伝え、ユイピエルの説明を聞いたエプランテは少し考え込んでから口を開いた。
「リファロという男はブノワーム様の体を焼く程の炎を使えると聞いている。今のお前の説明ではリファロという男は炎は使えないはずだ」
「……申し訳ありません。あの男は私たちにすら能力についての説明をろくにしなかったので詳しい事までは分かっていないのです」
リファロを追放した冒険者ギルドのベインジア支部長、マッカランはリファロが『奉身者』の他に四属性の魔法を使える可能性がある事も他の支部に伝えていた。
しかし遠く離れたベインジアで問題を起こした冒険者、しかも既に追放されている者の情報などユイピエルは既に忘れかけていたのでエプランテへの説明の内容は大雑把になってしまった。
「そうか。お前たちがリファロという男の事を何も知らないと言うならしかたがない。……すぐに帰って行き違いになっても面倒だからな。三日程ここで待たせてもらう。食事は自分で何とかするから気を遣わなくていい。……どうした?もう用は無いぞ?」
自分が使うと伝えたにも関わらず部屋を出て行かない人間の行動が理解できずエプランテは不思議そうな表情を浮かべ、そんなエプランテを前にしたユイピエルは机の上の書類を無言で持ち出すのが精一杯だった。
ユイピエルが退室してから一時間程経った頃、ギルド支部が武装した兵士二百人程に囲まれて周囲の市民には避難命令が出る事態となり、現場に派遣された兵士たちは命令にこそ従ったがこの程度の人数で竜に対抗できるとは誰一人思っておらず全員が絶望の表情を浮かべていた。
そしてそんな兵士たちにユイピエルは三日でこの街を離れるというエプランテの発言を伝え、自分がこの街の領主に掛け合うとユイピエルが提案すると兵士たちは一様に安堵した表情を浮かべてすぐにギルド支部を離れていった。
こうした表の騒ぎを人間たちが何やら騒いでいるとしか思っていなかったエプランテは耳障りな騒ぎが予想より早く収まった事に安堵しながら明日以降の事を考えていた。
いつ現れるか分からない相手を三日以上待つ気はエプランテには無かったがもしリファロに会えたら手合わせをしたいと考えていた。
リファロがブノワームを殺した後に他の竜に危害を加えようとしなかった事からエプランテはリファロの性格についてかなり楽観視しており、今日の自分の人間たちへの穏便な態度を考えたらいきなり殺される事は無いだろうと考えていた。
せっかく山から出る機会を得たのだからもし本当にブノワームを殺せる人間がいるというならその力の一旦だけでも見てみたい。
こう考えて興奮したエプランテは尾を無意識に動かして長椅子を両断してしまい人間の作った物は本当にもろいなと考えながら床に横になった。
土曜に用事ができたの今日投稿します




